2021.02.18
市場支配力とインサイダー情報――市場の信頼性と電力市場価格高騰問題の深層
2020年12月から2021年1月にかけて約3週間続いた日本卸電力取引所(JEPX)スポット市場の価格高騰の問題を深堀りするために、市場の公平性と透明性、そして信頼性の観点から、特に市場支配力とインサイダー情報に焦点を当て議論します。
問題の俯瞰的な整理が必要
今般の電力市場価格高騰問題は、結果として、市場価格の高騰により電力の市場調達を行なっていた一部の(多くの)小売事業者が損益を出す、もしくは電力消費者が高い電力料金を負担しなければならなくなったために注目を集めていますが、この点だけに注視すると問題の本質を見誤る可能性があります。そもそも、なぜ市場価格の高騰が長期間継続したのか、根本原因について分析的に整理し、俯瞰的に眺め、その発生要因とその影響を整理しなければなりません。
この問題の発生要因とその影響を見るためには、以下の3つに分けて考える必要があります。
① 1次事象:発電事業者
1. 売り入札量の急激な減少(玉出し抑制)
2. 売り入札量抑制の長期化
② 2次事象:市場運営者および規制機関
1. 市場支配力の監視
2. インサイダー情報の公開(市場の透明性)
3. インバランス料金制度
③ 3次事象:小売事業者
1. 買い争い
2. デマンドレスポンスの未成熟性
このうち、①-1および①-2については、公開データから読み取ることができ、1月21日付日経エネルギーNext誌掲載の拙稿においても、12月26日を境に急激な売り入札量の減少とそれに続いて約3週間に渡る長期玉切れ状態(売り入札量と約定総量の差がほぼゼロになること)の継続を確認しています。
また、②-3、③-1および③-2については、すでに電力・ガス取引監視等委員会(以下、電取委)の公表資料でも取り上げられ、多くの報道や記事で指摘されているので、本稿では特に議論しません。むしろ、③の部分だけを過度に議論するほど、問題の本質から却って遠ざかる可能性があると言えるでしょう。なぜなら、①の行動が発生したとしても②の対策が十分取れていれば、③の問題には至らないからです(もちろん、将来の備えとして議論する必要はあります)。本稿では上記の整理のうち②-1および②-2に着目し、問題の深層に降りて行きたいと思います。
市場支配力の監視の重要性
一般に、適切に設計された市場では、市場の信頼性を維持するために市場監視(モニタリング)が常時行なわれており、通常とは違う不自然な行動や異常な結果が観測された場合、なんらかの是正措置がなされることが予め定められています。
なおここで、価格が高騰する(または0円やマイナスの値がつく)こと自体が「異常」だと判断されるわけではなく、多くの場合、正当な理由ではない行動、とりわけ市場支配力(market power)の行使によって「異常」と判断されるという点に留意が必要です。
市場支配力とは、『経済用語辞典』では以下のように説明されています。
・ある市場において、通常の企業間競争によって決定する(市場)価格とは異なり、特定の企業が自己に有利な価格を人為的にコントロールできる力を有していること。
・経済理論上の完全競争の市場条件においては、市場支配力は存在しない。しかし、現実の市場は不完全であるため、多少の市場支配力は存在するのが一般的である。
市場支配力の形成、維持ないし強化につなかせる行為のうち一定のものについては独占禁止法で規制されており、電力市場における取引も同法の適用外ではありません。公正取引委員会と経済産業省が連名で公表する『適正な電力取引についての指針』(最終改定: 2020年10月7日)では、「公正かつ有効な競争の観点から問題となる行為」として、
・区域において一般電気事業者であった発電事業者等が、単独で、不当に卸電力取引所に電力を投入しない又はその数量を制限することにより、他の小売電気事業者が卸電力取引所において電力を調達することができず、その事業活動を困難にさせるおそれがあるなどの場合には、独占禁止法上違法となるおそれがある(私的独占、取引拒絶等)。
・区域において一般電気事業者であった発電事業者等が、他の発電事業者等と共同して、正当な理由なく卸電力取引所に電力を投入しない又はその数量を制限することは、他の小売電気事業者が卸電力取引所において電力を調達することができず、その事業活動を困難にさせるおそれがあることから、独占禁止法上違法となるおそれがある(私的独占、取引拒絶等)。
・また、区域において一般電気事業者であった発電事業者等が、他の発電事業者等と共同して、卸電力取引所に投入する電力の数量を制限し、卸電力取引所における適正な価格形成を妨げることなどにより、競争を実質的に制限する場合には、独占禁止法上違法となる(私的独占、不当な取引制限)。
を挙げています(なお、もしかしたら多くの人が「悪意があったか」「他の事業者に損害を与える意図があったのか」「儲かったか」を気にするかもしれませんが、ここで問われるのはあくまで「不当に」「正当な理由なく」という点であることに留意が必要です)。
この市場支配力の監視に関して、海外の事例を紹介します。例えば米国の独立送電系統運用機関 (ISO: Independent System Operator)の一つであるNYISO(New York ISO)では、市場支配力自動低減措置(AMP: Automatic Mitigation Procedure)と呼ばれる市場監視ツールが導入されています。そこでは、事前に定められた閾値を超えるなど市場支配力の行使が疑われる場合には自動的にAMPが動作し、異常行動によって引き起こされた(と疑われる)価格が抑制されます。
図1にさまざまな市場行動に対するAMPがある場合とない場合のシミュレーションの事例を示します。両図は約1ヶ月半の期間のさまざまな市場の状態模擬した際の市場価格の推移を表していますが、左図のように900ドル/MWh(約90円/kWh)程度に高騰するようなケースでもAMPのような適切な監視と自動措置が動作することにより200ドル/MWh(約20円/kWh)に抑制されることが示されています(繰り返しますが、価格が高騰すること自体が異常ではなく、市場支配力の疑いが監視の対象です)。
図1 市場支配力自動低減措置(AMP)の導入効果
(出典) B.J. Wilson and Lynne Kiesling: An experimental analysis of the effects of automated mitigation procedures on investment and prices in wholesale electricity markets, Journal of Regulatory Economics, Vol.31, No.3, pp.313-334 (2017)
このNYISOのAMPについて日本語で読める情報としては、『イノベーションの鍵を握る米国型送電システム』という本で短く紹介されています(同書p.181)。また、同じ米国の送電機関であるPJM(ペンシルバニア・ニュージャージー・マサチューセッツ州などにまたがる地域送電運用機関)では、AMPという言葉は用いられませんが同様の監視抑制システムが用いられており、その詳細については電力中央研究所の報告書で日本語でも読むことができます。さらに欧州を含めた諸外国の市場監視手法や体制については、経済産業省の委託報告書において網羅的にまとめられています。
一方、日本では、電取委で市場支配力に対する監視が行われ、その強化のための議論も続いていますが(例えば2015年第2回制度設計専門会合資料)、その多くは人的な事後評価であり、上記のような市場監視ツールや自動措置について議論された形跡はあまり見られません。このような市場支配力監視は今後も継続的に議論されより進化することが期待されますが、少なくとも現時点では諸外国に比べ未成熟で発展途上だと言わざるを得ない状況です。
特に、現在日本では発電設備の総容量の約8割を旧一般電気事業者の発電部門によって占められているという典型的な寡占状態です。前述の『経済用語辞典』の市場支配力の説明では「現実の市場は不完全であるため、多少の市場支配力は存在するのが一般的」と書かれていますが、特に日本では何か不自然な市場行動があると真っ先に市場支配力を疑わなければならない状況であると言えます。
しかしながら、2020年12月26日を境に明らかにそれ以前と異なる市場行動が見られていたにもかかわらず、電取委から市場価格高騰について会合が開かれ文書が公表されたのは発生後実に20日経過した2021年1月15日になってからでした。この12月26日前後の市場行動が「異常」であったかはたまた「正常」なのかという見解も未だ公式には聞かれません。諸外国であれば瞬時に自動措置が働く可能性がある事象に対して20日間も何も公式アナウンスがなかったという体制自体が、市場の信頼という観点から問題視されなければならないでしょう。
燃料制約とインサイダー情報
2月1日付の拙稿において、少なくとも公開されたデータからは需給逼迫と市場高騰の関連性は薄いことを指摘しました。特に、電力広域的運営推進機関(以下、広域機関)が公開しているデータからは、特定の日(1月7日および12日)の数時間以外は毎時の供給余力はあることが読み取れます。また、広域機関からは「最大出力の運転」および「余剰電力の市場投入」の指示が出されていました。
一方、2月5日に開催された電取委の第55回制度設計専門会合 資料4では、大手発電事業者の売り入札量の監視として「燃料制約」についての調査報告がありました。この調査から、「今冬にLNG火力の燃料制約による出力制限を実施した」大手発電事業者は7社あり、「一部事業者で12月中旬から、多くの事業者は12月下旬から燃料制約を実施していた」ことが明らかになっています。
この燃料制約については、電取委でも以前より議論されており、例えば2017年11月に開催された第24回制度設計専門会合 資料4では、図2に示すようなイメージで入札可能量が示されており、入札制約の中に燃料制約が位置付けられています。
図2 燃料制約と入札可能量の関係
(出典) 電力・ガス取引監視等委員会: 第24回制度設計専門会合, 資料4, p.5 (2017)
燃料制約については、さらに2020年6月24日に電取委から公表されたNews Releaseにおいて、
・現行の本指針では、一定規模以上の発電ユニットの計画停止及び計画外停止については、市場価格に大きな影響を及ぼし得るインサイダー情報として電気事業者に適時の公表を求めていますが、停止に至らない発電ユニットの出力低下については 適時公表の対象となっていません。この点、停止に至らない発電ユニットの出力低下であっても市場価格に影響を及ぼす可能性があることから、電力の適正な取引を確保する観点からは、一定以上の出力低下が24時間以上継続することが合理的に見込まれる場合については適時公表の対象にすることが適切と考えられます。
と指摘され、『適正な電力取引についての指針』の改定が建議(提案)されています。その結果、同年10月には同指針が改正されたのは前述の通りです。
また、同指針(ガイドライン)の改定に合わせて公表された『よくあるご質問』では、インサイダー情報についてQ and A方式で詳しい説明が解説されており、そこでは
・Q2-1 電気事業におけるインサイダー情報とは何ですか。
A2-1 認可出力10万キロワット以上の発電ユニットの、計画停止、計画外停止、及び10万キロワット以上の出力低下に関する事実等です。
・Q6-5 燃料制約による出力低下については公表対象となりますか。
A6-5 燃料の残量により、10万キロワット以上の出力低下が24時間以上継続することが合理的に見込まれる場合は公表対象となります。(後略)
と明記されています。
インサイダー情報の公開の場としてのHJKS
発電事業者がインサイダー情報を適宜に公表するための情報公表サイトは「発電情報公開システム」(HJKS)という名称で一般社団法人日本卸電力取引所(JEPX)によって2016年より開設されていますが(電取委『インサイダー取引及びインサイダー情報の公表について』)、燃料制約による出力低下も2020年10月よりインサイダー情報として公表対象になりました。
ここで今冬(2020年12月〜2021年1月)のHJKSで公開された全ての電源の稼働状況のデータと、広域機関の広域機関システムにて公開されたピーク時最大供給力のデータをグラフ化して比較すると、図3のようになります。
(データソース) JEPX: 発電情報公開システム(HJKS) および
広域機関: 広域機関システム>情報ダウンロード>電力需要ピーク情報>当日
より筆者作成
ここで注目すべきは、HJKSに登録された稼働状況は広域機関から公表された最大供給力予想と似たような(ほぼ一致または平行の)曲線にならないばかりか、いくつかの少数の日を除いてほぼ常にHJKS稼働状況が最大供給力予想を上回っていると言う点です。HJKSは発電事業者が入力するものであり、広域機関の最大供給力予想は各一般送配電事業者から情報が集められるものですが、燃料制約などの入札制約(インサイダー情報)がなければHJKS稼働状況と最大供給力予想の曲線は理論上(ほぼ)一致します。
また、燃料制約などによって入札制約がある場合は、インサイダー情報の公開の場であるHJKS稼働状況の曲線は最大供給力予想の曲線よりも下回りますが、図3から観測される通りそのような日は数えるほどしかありません。
ここから推測できることとして、多くの時間帯でHJKS稼働状況が最大供給力予測を上回るということは、いくつかの発電事業者が燃料制約に係るインサイダー情報をHJKSに適切に入力(公開)せず、そのためあるべき競争状態となっていなかったという可能性があります。このままでは折角のHJKSの情報が信頼性に欠けると言わざるを得ません。
HJKSへ入力する情報の誤りについては、前述の『よくあるご質問』において、
・誤入力について直ちに罰則が適用されることはありませんが、(中略)誤入力が頻発する等、公表の実務に不適切な点が認められる場合には、電力・ガス取引監視等委員会が業務改善勧告等を行う可能性があります。また、意図的に誤った情報を公表した場合には、相場操縦として問題となる行為に該当する可能性があります。
とも記載されています。
なお、HJKSは現状では1日単位でしかデータ閲覧ができず、時間単位の情報ついては他の市場プレーヤーは把握できません。2月1日付日経エネルギーNext誌掲載の拙稿でも指摘した通り、需給逼迫の懸念があった日でも時間単位でみると供給余力があるとされる時間帯もありましたが、そのような時間帯に燃料制約があったとしても現状のHJKSではその情報を他のプレーヤーは入手することができません。
前出の『よくあるご質問』でも「10万キロワット以上の出力低下が24時間以上継続すること」という記述が登場しますが、仮に1日のうち大多数の時間帯で燃料制約があり少数の時間帯(ピーク時など)で燃料制約をしなかった場合、この燃料制約に関わる情報はインサイダー情報にあたるのか否かは現行ルールでは判断が難しいところです。HJKSの設計と運用については、今後速やかに改善のための議論を進める必要があります。
インサイダー情報の公表を行わないことが問題となる行為として適正取引ガイドラインに記載された背景については、同文献に、
・卸電力市場の活性化のためには、市場の健全性と公正性を確保し、市場参加者の信頼を得ることで、市場参加者の増加や取引量の拡大につなげていくことが重要であると考えられたことから、発電ユニットの停止情報等の卸電力市場の価格に重大な影響を及ぼす情報についてはインサイダー情報として公表の対象とし、インサイダー情報を公表せずに行う取引についてはインサイダー取引として問題となる行為と位置づけました。
と冒頭に明記されています。
市場が信頼されるためには
以上、本稿で議論したように、市場が公平で効率的であるためには市場の透明性を高める必要があり、市場支配力の監視やインサイダー情報の公開といった諸制度が各国・各地域の電力市場で整備されています。
今冬の電力市場価格高騰は、そのような状況下で市場の透明性の確保や監視は適切に行われていたのか?という点がまず検証されなければなりません。本稿冒頭で論点を整理した通り、電力市場か価格高騰問題は単にスポット価格が高かったという点ではなく、①発電事業者の行動、②市場運営者および規制機関の制度設計・運用、③小売事業者の行動、に大きく分けることができます。
その中で①と②の問題を検証しない限り、この問題は根本解決や再発防止もできず、市場プレーヤーは今後も同様の玉出し抑制や長期価格高騰に怯えなければならないことになるでしょう。市場が一部の少数プレーヤーの不自然な行動(それがたとえ悪意や恣意性がなかったとしても)に翻弄され、市場支配力やインサイダー情報に無頓着な(もしくは意図的に軽視する)声が多いとしたら、そのような市場が果たして全ての市場プレーヤーから(そして国際的に)信頼され、魅力のある市場に映るかどうか甚だ疑問です。
前出の2月5日の電取委の第55回制度設計専門会合 資料4では、燃料制約について「現時点において、問題となる行為は確認されていない」ものの「リスク評価の方法や、運用の詳細などについては、各社で一部ばらつきが見られた」と記されています。政府内や国会でも公正取引委員会による調査を示唆する声もあり、今後も引き続き電取委と公取が協調・協力しあいながら、日本全体の問題としてこの問題の深層まで解明し、原因究明と再発防止、さらには市場の信頼回復に努める必要があるでしょう。
プロフィール
安田陽
1989年3月、横浜国立大学工学部卒業。1994年3月、同大学大学院博士課程後期課程修了。博士(工学)。同年4月、関西大学工学部(現システム理工学部)助手。専任講師、助教授、准教授を経て2016年9月より京都大学大学院経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座 特任教授。
現在の専門分野は風力発電の耐雷設計および系統連系問題。技術的問題だけでなく経済や政策を含めた学際的なアプローチによる問題解決を目指している。
現在、日本風力エネルギー学会理事。IEA Wind Task25(風力発電大量導入)、IEC/TC88/MT24(風車耐雷)などの国際委員会メンバー。主な著作として「日本の知らない風力発電の実力」(オーム社)、「世界の再生可能エネルギーと電力システム」シリーズ(インプレスR&D)、「理工系のための超頑張らないプレゼン入門」(オーム社)、翻訳書(共訳)として「風力発電導入のための電力系統工学」(オーム社)など。