2011.06.20
「増税・増税・増税」の三連呼こそ「失われた30年」への道
2010年6月8日に誕生した菅政権では、さまざまな改革の必要性が提示されたものの、結局在任期間中には議論が深まることがなく、東日本大震災の影響もあって政策課題は頓挫している状況だ。
そのなかにあって唯一議論が進んでいると思われるのが、さまざまな政策課題に対する対処策としての「増税」である。「雇用・雇用・雇用」と雇用問題の重要性を訴え、「最小不幸社会」の実現を謳った菅政権がじつはやりたかったことは、「増税・増税・増税」の三連呼を通じた「最大不幸社会」の実現であったのか。
以下では「増税・増税・増税」の三連呼の核となる考え方について明らかにしつつ、現段階の増税こそさらなる経済停滞の持続-「失われた30年」-につながるものであることを述べてみたい。
東日本大震災の財源としての「増税」
東日本大震災からすでに三ヶ月が経過した。しかしながら大震災からの復旧・復興は十分に進んでいるとはいい難く、瓦礫処理や仮設住宅建設といった当面の復旧活動すら遅れている。
この状況で、復興構想会議の第一次提言案が明らかになったが、復旧・復興の具体策は示されておらず、復興のために復興債を発行し、償還財源として消費税や所得税、法人税の増税策が提示されている。そして同様の増税策は、伊藤元重・伊藤隆俊両氏が日本経済新聞(5月23日)の経済教室欄「震災復興政策-経済学者が共同提言 持続可能社会へ市場活用」においてもなされている。
これら増税策の核となっているポイントはなんだろうか?
ひとつ目は、少子高齢化、低い経済成長、悪化した財政状況といった日本の現状を踏まえると、公債による財政出動ではなく増税による財政出動が好ましいという考え方である。そしてふたつ目は、公債は将来世代にツケを先送りするため、現世代が増税というかたちで負担するのが望ましいという考え方である。
ひとつ目の考え方に対しては、人口が減少し、経済成長率が低く、政府債務・国内総生産比率が高い日本経済の現状にとって何が必要かといえば、長年続くデフレから脱却し、先進国の平均レベルの成長率に回帰することが、中長期的な財政改善にとっても必須であるという点を指摘しておく必要があるだろう。
過去30年を振り返ると、政府の財政赤字が改善しない原因が経済成長によることは、たとえばプライマリーバランスの動きをみても明白である(図)。この点はリーマンショック後の経済停滞により大きく税収が落ち込んでいる事実をみても明らかだろう。
そして過去15年ほどつづくデフレとそれに伴う経済停滞は、我が国のみが陥っている現象であり、それは安価な輸入財が大量に入っているためでも、生産年齢人口が停滞しているためでもない。端的にいえば経済政策、とくに金融政策の失敗によるためである。
さらに、提言では国債による財源捻出を負担の先送りと論じているが、復興でインフラが無になった現状を考えれば、国債で得た資金を用いて行うインフラ投資から得られる収益は大であると考えられる。提言では国債を発行した場合の将来世代に対する負債効果に重点が置かれているが、国債を発行してつくったインフラが将来世代にもたらす生産力拡大効果も合わせて考慮すべきではないか。
そもそも今回の大震災は毎年生じているわけではない。数百年に一度の大震災の財政負担を「被害を受けた世代」のみが背負わなければならないのならば、それこそ世代間公平の原則に反するだろう。課税標準化の考え方に基づいて、各世代に負担を平等に分配するほうが合理的かつ公正ではないか。
個別の増税策についてみていくと、消費税率引き上げについては経済成長に与える影響が軽微であるという指摘がなされている。理論的にいえば、消費税導入前の駆け込み消費とその後の消費減を考えれば、消費に対して中立という議論も成立するかもしれない。
しかしながら、以前拙稿(https://synodos.jp/economy/2551)でもまとめたように、97年の消費税率の引き上げは、住宅、半耐久財、耐久消費財の消費減少、つまり消費および投資の停滞につながり、それがアジア通貨危機や金融システム不安定化といったイベントにより増幅されて日本経済を好況から不況へと落としめた。
しかも、現在の日本経済は97年の消費税引き上げ前とは異なり、リーマンショック後の経済状況から回復することができていない状態に追い討ちをかけるように、震災によるマイナスショックが加わった状況である。そしてすでに2四半期連続のマイナス成長であり、3四半期連続のマイナス成長となるのは確実な状況でもある。このような情勢のなかで、実体経済をさらに下押しするリスクのある消費税増税を選択するのは得策ではない。
税と社会保障の一体改革の財源としての「増税」
次に税と社会保障の一体改革における「増税」議論についてみていこう。
6月2日に「社会保障改革に関する集中検討会議」は社会保障改革案を取りまとめ、議論は政府および党における「成案決定会合」と社会保障検討本部に移った。社会保障改革案は、子ども・子育て支援、医療・介護、年金の三つの項目について、その充実と重点化・効率化をはかることで、2015年度の追加的所要額が2.7兆円となり、かつそのための財源として消費税率を5%から10%に引き上げることが謳われている。さらに社会保障改革案では、消費税率を引き上げることで財政赤字(プライマリーバランス)の改善に繋がることが指摘されている。
これらの議論のポイントは何だろうか?
ひとつは改革によって追加所要額がネットでプラスになっているという改革案そのものについての是非だろう。ふたつ目は、消費税を社会保障4経費に目的税化することの是非である。三つ目は消費税引き上げに伴う経済への影響だろう。
ひとつ目の点については、追加所要額がネットでプラスになっているという点について十分な議論と合意形成がなされているとは言い難いのではないか。社会保障については安心をもたらすことで消費が増えるという指摘がしばしばなされるが、統計資料をみるかぎり、消費の低迷は不安の増加ではなく所得の低下による所が大きい。幼保一体化による機能強化、高額療養費制度の負担軽減、「利用者負担総合合算制度(仮称)」の導入、短期間労働者に対する厚生年金の適用拡大といった方策が、どの程度「安心」に寄与するのかは不明であるし、十分な理由が提示されているとはいい難い。
ふたつ目の点については、嘉悦大学教授の高橋洋一氏が述べるように、社会保障財源に消費税を用いるというのはそもそもおかしいのではないか(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/9228?page=2)。社会保障改革を行うのならば、所得再分配と給付・負担の明確化をはかることがまず議論されるべきであり、社会保障と税の共通番号制の早期導入とあわせて給付つき税額控除を進めていくことが、税と社会保障の一体改革に資することではないか。
三つ目の消費税が経済に与える影響についてはすでに記したとおりだが、他の論点として、財政政策の手段という視点から考えれば、消費税への比重を高めることは景気の自動安定化装置としての財政政策の効力を弱めることにもつながるだろう。また、消費税収の国と地方との配分をどうするかといった点も、地方分権を考える際にポイントとなるだろう。「成案決定会合」における議論をみると、早速消費税収の配分問題が議論になっているようだが、棚上げにした状態で社会保障改革を進めることが好ましいとは思われない。
我が国の財政問題を考える際に必要な四つの事実
以上、震災からの復興策および社会保障改革の財源として「増税」が指摘されている状況とその問題点について述べた。
我が国の財政問題については、モルガンスタンレーMUFG証券のアラン・フェルドマン氏が論じる点が参考になる
(http://www.morganstanleymufg.com/economicforum/jaew/docs/jaew_110610.pdf)。
少しフェルドマン氏の議論を敷衍しておこう。フェルドマン氏は、我が国の財政問題を考えるにあたり、まず中央政府や地方政府、社会保障基金の単体決算ではなく、これら三主体を合算しかつ三主体間の移転を考慮した、一般政府の連結決算をみておくことが重要だと指摘する。
一般政府の勘定については、国民経済計算から把握することが可能である。たとえば2008年度の状況は歳出196兆7000億円、税収139兆8000億円、借入32兆5000億円、残りが利子受け取り、資本収入等で24兆4000億円。これで歳出と歳入がバランスしているという状況である。そして、一般政府の財政赤字が拡大しているのは、社会給付収支の赤字が拡大しているためである。
そして財政赤字問題を考えるにあたり目標となるのは、まず債務の対GDP比の安定化だろう。このために必要な調整額はフェルドマン氏の試算によれば、2008年度比で38兆2000億円となる。
財政赤字問題を改善するにはどうしたらよいだろうか。これにはふたつの手段がある。ひとつは歳出削減であり、もうひとつは増税である。よって、先程の38兆2000億円を念頭におけば、以下の「財政問題を考える際の公式」が成立する。
(歳出削減)+(増税)=38兆2000億円・・・(※)
フェルドマン氏が指摘する公式からわかることは何だろうか。四つの事実が明らかになるだろう。
ひとつは歳出削減のみ、もしくは増税のみで38兆2000億円もの金額を融通することは困難であるということだ。たとえば歳出削減のみで38兆2000億円を捻出するには、2008年度の歳出額は196兆7000億円だから、19%程度の歳出削減が必要となる。そして増税のみで38兆2000億円を捻出するには、消費税率換算で5%から19%ポイント引き上げて24%まで上げることが必要になる。震災の影響を加味すれば、さらに財政状況は悪化しているため、必要な歳出削減および増税の幅はさらに拡大しているだろう。
ふたつ目の事実は、「財政問題を考える際の公式」からは、歳出削減と増税を組み合わせることの方がより現実的な方策であるということだ。「50年後にも安心」な社会保障制度を実現するには、社会保障給付費の削減は避けては通れない道だろう。しかし今回の社会保障改革では、社会保障費は増加し、増税策のみが謳われている。
三つ目の事実とは何だろうか。それは、2008年度ベースで19%の歳出削減、19%ポイントの消費税率引き上げが即座にできないということを念頭におけば、財政問題の改善には長い時間が必要であるということだ。
当たり前の話だが、震災からの復興の財源に増税を充てたとしても、社会保障改革の財源に増税を充てたとしても、財政問題が解決するわけではない。増大する社会保障費に対して消費税増税を充てるのならば、社会保障費の増加分と消費税増税分が同じであるかぎり、少なくとも財政赤字を縮小させることにはつながらない。社会保障費の増加分以上に消費税増税を行うのならば財政赤字の縮小につながるが、それならば消費税を目的税化する意味はないだろう。
そして増税論のみが横行する最大の問題は、四つ目の事実にかかわる。それは、持続的な経済成長が財政赤字削減のためには必須であるという事実だ。歳出削減と増税というふたつの政策によって財政赤字が改善するのは、このふたつの政策によって経済状況が悪化しないと仮定した場合のみである。実際は、歳出削減と増税はともに経済にマイナスのインパクトを及ぼす。経済が低迷すれば、税収は落ち込み、財政赤字はさらに拡大してしまう。
震災による復興債の財源として増税が謳われる場合、増税による経済のマイナスへの影響を復興債による財政支出のプラス効果で打ち消すことが可能かどうか、増税により安定した経済成長が担保できるかという視点はないと考えられる。財政問題が深刻であることを述べながら、増税は復興債の捻出のために行われるものであって、そのことで経済成長は担保できず財政問題がさらに深刻化するのだとしたら本末転倒だろう。
復興、社会保障についても、歳出削減、増税、経済成長の三つの最適な組み合わせを考えることが必要である。「増税・増税・増税」の三連呼のみが実現するのは、経済停滞のさらなる持続につながらないか。そして結局は、財政赤字の改善にはつながらないのではないか。これこそがもっとも恐れるべきことではないかと思うのである。
プロフィール
片岡剛士
1972年愛知県生まれ。1996年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2001年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員。早稲田大学経済学研究科非常勤講師(2012年度~)。専門は応用計量経済学、マクロ経済学、経済政策論。著作に、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店、2010年2月、第4回河上肇賞本賞受賞、第2回政策分析ネットワークシンクタンク賞受賞、単著)、「日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点」(幻冬舎)などがある。