消費税率引き上げの経済への影響をどう考えるか

前回の拙稿(「景気循環から見た日本経済の現状と今後」)でも述べた通り、日本経済は09年第1四半期以降景気回復期に入ったが、回復の動きは緩慢で景気後退による経済の急激な落ち込みを乗り越えたとはいえない情勢である。つまり景気の方向感としては上向きだが、経済の規模という視点ではいまだ停滞がつづくというのが現在の局面だ。

 

この状況でもっとも懸念すべきは、適切でない政策対応が景気回復の好ましい動きを阻害する可能性ではないか。今回は消費税率引き上げの経済への影響について、過去の経験を踏まえつつ論じてみることにしたい。

 

 

菅再改造内閣の成立

 

1月14日に発足した菅再改造内閣では、菅総理が税と社会保障の一体改革に政治的生命をかけると強い意欲をにじませ、経済財政・社会保障と税一体改革担当相として与謝野馨氏を任命した。

 

菅再改造内閣の顔ぶれはすでに報道等でも指摘されているとおりだが、消費税増税に意欲的な菅総理、低めの経済成長率を前提に財政再建策としての増税策の早期実現を主張する与謝野氏、金利を上げることで経済成長を図ると以前述べていた枝野官房長官、円高が進むことが日本経済に望ましいとする藤井官房副長官といった人材起用が特徴だ。

 

これらの人々が持論通りの政策をいま、実行に移せば、日本経済の回復基調にブレーキがかかるのは避けられないだろう。

 

なぜかといえば、景気回復のなかで設備投資の拡大がわずかな現状で金利を引き上げれば、設備投資の伸びをさらに下押しすることは必定であるし、1ドル80円台前半で推移する為替レートの円高の固定化もしくはさらなる円高が進めば、国内企業の収益条件や国内雇用環境に下押しの影響をもたらすと考えられるためである。

 

景気回復が進んでいけば金利は上がり、為替レートも円高方向にふれる可能性はあるが、金利を上げ円高にすることで景気回復するという主張は、原因と結果を混同した本末転倒の議論だろう。

 

さて、税と社会保障の一体改革についての議論のなかで浮上しているのが、消費税率引き上げである。消費税率引き上げの是非について考える際に重要なポイントのひとつは景気動向との兼ね合い、つまり消費税増税を進めることが景気にどのような形で影響を与え、その影響はどの程度かという点だ。

 

この点については、97年4月に当時の橋本政権の下で実施された消費税率の3%から5%への引き上げの際の経験が参考になる。節を改めて考えてみたい。

 

 

97年4月の消費税率引き上げが経済に与えた影響

 

97年4月の消費税率引き上げが経済に与えた影響は、既存研究でどのように整理されているのだろうか。中里透(2010)「1996年から98年にかけての財政運営が景気・物価動向に与えた影響について」(井堀俊宏編『財政政策と社会保障』バブル/デフレ期の日本経済と経済政策5、第4章所収http://www.esri.go.jp/jp/archive/sbubble/menu.html)では、さまざまな研究を整理しつつ緻密な検討を加えている。この研究を足がかりに整理してみよう。

 

まず着目すべきは、消費税率引き上げを行った97年の前後、つまり96年から98年という時期にはさまざまなイベントが連続して生じているため、個別のイベントが経済にどのようなかたちで影響したのかを、計量分析で実証することが困難であるという点だ。

 

ポイントとなるイベントは、(1)96年半ば以降の歳出削減(公共投資削減)、(2)97年4月に実施された消費税率の引き上げと特別減税の廃止、(3)97年7月以降のアジア通貨危機、(4)97年11月以降の金融システム不安定化、(5)97年11月の財政構造改革法の制定、の5つだが、このうち財政運営に該当するのは(1)、(2)および(5)である。

 

中里(2010)では消費税率の引き上げに伴う駆け込み需要と、その反動減について、どのような評価が下されているのだろうか。消費税率引き上げ前後の消費の動きに着目すると、消費税率引き上げ前の97年第1四半期には耐久消費財の消費が大きく増加し、消費税率引き上げ後の97年第2四半期には耐久消費財の消費が大きく減少した。だが、家計消費全体の動きをみると、97年第2四半期は前年比マイナスとなったものの、97年第3四半期には前年比プラスとなり、97年半ば時点まで生産や雇用環境には大きな変化がみられなかった。

 

消費が急激に落ち込んだのは、金融システム不安定化が生じた97年11月以降であって、消費や生産の動向をみるかぎりは、消費税率の引き上げがその後の景気の落ち込みの主要因になったとは考えにくい。金融システムの不安定化にともなう景況感の悪化が、97年末から98年にかけての不況の深刻化をもたらしたとしている。そして留意点として、消費税率の引き上げや特別減税の廃止等の負担増が、現在のみならず将来にわたる家計の可処分所得を減少させる要因として認識され、消費抑制に影響した可能性を指摘している。

 

まとめると、消費税率引き上げは現在から将来にわたる家計の可処分所得の減少要因として認識された可能性はあるものの、消費への影響は一時的である、というのが評価であるといえよう。

 

 

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