2023.01.23

「建設国債の買いオペ」は実行可能か――国債の「60年償還ルール」について考える

中里透 マクロ経済学・財政運営

経済

防衛費の増額分の財源確保の問題をめぐって、国債の「60年償還ルール」のことが話題になっている。このルールを見直せば、「埋蔵金」が発掘できて増税なしで防衛財源が確保できるという話もあるようだが、そのようなことは実現するのだろうか。以下ではこの点について論点整理を行い、それを踏まえて財政運営をめぐる課題について考えてみることとしたい。

あらかじめ記しておくと、60年償還ルールをめぐる議論をながめるうえでの大事なポイントは、財源不足を補填する手段という財政運営の面から見た場合の「国債」と、国が資金調達をするために発行する債券(金融商品)としての「国債」をきちんと分けて考えるということだ。赤字国債・建設国債というのは前者(財政面)から見た場合の国債の区分であり、短期国債・長期国債というのは後者(金融面)から見た場合の国債の区分である。

この両者の違いを意識的に分けて考えると、議論の見通しがよくなる。まずはこの点を確認するために、「建設国債の買いオペ」について考えてみよう。

1.「建設国債の買いオペ」は実行可能か

10年前、「日銀に建設国債を買ってもらう」という安倍晋三自民党総裁(当時)の発言が話題になったことがあった(2012年11月17日の熊本市での講演における発言)。この発言については、日銀に国債の引き受けを求めるのかという批判があったことから、日銀による建設国債の買い入れを求めたものだという趣旨の補足説明がなされたが、日銀引受ならともかく、日銀がオペ(公開市場操作)で建設国債のみを選択的に買い入れるというのは、とても厄介な作業である。

というのは、市場では建設国債と赤字国債を分けて国債の取引がなされることはなく、発行根拠法のいかんによらず10年債は10年債として取り扱われているからだ(場合によっては同じ銘柄の国債が、発行根拠法からすると建設国債でもあり、赤字国債でもあり、借換債でもあるということもある。たとえば、2022年3月に発行された第365回債)。

上記の補足説明では「建設国債が発行できる範囲の中で買いオペを進めていく」との例示もなされたが、もし仮にこの方針にそって国債を買い入れることにしていたら、「異次元緩和」(量的・質的金融緩和)はほどなく買い入れの壁に直面して、これほど長い期間にわたって続けられなかっただろう。建設国債の年間の発行額は6兆円程度しかなく、「長期国債の保有残高を年間約50兆円(2014年10月以降は約80兆円)のペースで増加させる」という買い入れの規模には耐えられないからだ(たとえば建設国債が10年債として発行された場合、10年経って借り換えが行われる際に発行される国債は建設国債ではなく借換債となるから、この点を踏まえると既発行の分を含めても建設国債を十分なロットで確保できないことに留意)。

このエピソードは、財政運営において財源不足を補填する手段として利用される「国債」の話と、金融商品として市場で流通している「国債」の話をひとまず分けて考えないと、議論が混乱するもとになるということを物語るものだ。となれば、まずは財政面から見た国債と、金融面から見た国債の概要を整理しておくことが、議論の見通しをよくすることに役立つだろう。

建設国債・赤字国債・借換債

いま発行されている普通国債の大半は建設国債と赤字国債(特例国債)と借換債である(この他に、東日本大震災の復興財源を確保するために発行される復興債などがある)。財政法では国債発行が原則として禁止されているが(第4条)、公共事業費と出資金、貸付金の財源としては国債発行が認められている(第4条ただし書き)。この規定に基づいて公共事業費の財源をまかなうために発行される国債が建設国債である。

もっとも、実際には建設国債の金額をはるかに上回る規模の赤字国債が発行されている。法律は法律によって変えられるから、財政法第4条の規定にかかわらず国債発行を可能とする法律(特例法)をつくれば、赤字国債の発行が可能となるからだ。これが特例公債法に基づく国債発行であり、このようにして発行される国債は法律の名称に因んで特例国債と呼ばれることもある(こちらのほうが正式名称である)。

建設国債も赤字国債も実際に発行される債券としては5年債、10年債などの形で発行されることになるが、発行された国債の償還時には新たに国債を発行して財源を確保することが必要になる。この目的で発行される国債が借換債(借換国債)であり、この国債は国債整理基金特別会計において発行されることとなっている(特別会計に関する法律第46条)。

ここで留意が必要なのは、建設国債と赤字国債の間に、一般に持たれている印象ほど大きな違いはないということだ。財政運営の面からいうと、これらの国債の償還についてはいずれも「60年償還ルール」が適用されており(この点については後半で詳述)、発行や償還について両者の間の取り扱いが異なることもない。あり体にいえば、一般会計(国の基本的な予算を経理する会計)の財源不足をまかなうために発行される国債のうち公共事業費の金額に相当する分を「建設国債」、それ以外の分を「赤字国債(特例国債)」と呼んでいるに過ぎないということになる。

中期国債・長期国債・超長期国債

建設国債と赤字国債はあくまで財政制度上の区分の仕方であり、実際に金融商品(債券)として国債が発行される際には、建設国債と赤字国債は一体のものとして取り扱われる(借換債についても同様)。この意味においても建設国債と赤字国債の違いは、一般に思われているほど大きなものではない。もちろん、国債の発行にあたっては、根拠法が財政法なのか(建設国債)、特例公債法なのか(赤字国債)、特別会計法なのか(借換国債)が入札時に公表されるが、同一の銘柄の国債が複数の根拠法に基づいて発行されることもしばしばあり、市場では財政上の区分は特に意識されることなく国債の発行・流通が行われている。

国債の取引においてむしろ大事なのは、その国債の年限が何年で、償還日がいつで、利回りがどのような水準になっているかということだ。年度内の資金繰りなどのために発行される短期国債(国庫短期証券)を除くと、普通国債は中期国債(2年・5年)、長期国債(10年)、超長期国債(20年・30年・40年)の形で発行されている。

「建設国債の買いオペ」は実行できるか

このようにみてくると、「建設国債の買いオペ」は、やろうと思えばできないわけではないが(発行される各銘柄の国債について発行根拠法が明示されているため)、建設国債だけを選り分けて日銀が買い入れを行うことに実質的な意味はなく(そもそも建設国債と赤字国債の区分が今では形式的なものとなってしまっているため)、このようなことを行うことのコスパ(費用対効果)は著しく低い(金融調節という点からはどの年限の国債をどれだけ買うかが大事なのであって、買い入れる国債が建設国債であるか赤字国債であるかはどうでもよいことであるため)ということになる。

ここで心配されるのは、「60年償還ルール」の見直しをめぐる議論も同じような「財政錯覚」に陥っていて、そのために議論の混乱が生じていたりすることはないのだろうかということだ。そこで、以下ではこの点について考えてみることにしよう(なお、財政の話なので毎年の予算・決算については「年度」という表記を用いるのが一般的であるが、記述が徒に煩雑になるのを避けるため、以下では「年」と表記することを基本とする)。

2.「60年償還ルール」の見直しで「埋蔵金」は生まれるか

60年償還ルールとは

建設国債と赤字国債については(借換債を含む)、その発行残高の1.6%に相当する金額を償還財源として毎年の一般会計予算において確保し(国債費の一部)、それを国債整理基金特別会計に繰り入れることで(定率繰入)、発行された国債を60年間で計画的に償還するという仕組みがある。これが国債の「60年償還ルール」の基本をなすものだ(実際に計算するとわかるように、この定率繰入のみでは国債の現金償還に必要な金額を60年で確保できないが、不足分については剰余金の繰り入れなどによる補填を行うことで、事実上の60年償還が確保されている)。

もっとも、ここで留意が必要なのは、現状では定率繰入の財源が税収ではなく国債発行によってまかなわれているということだ。つまり、「貯金(国債整理基金への繰り入れ)をするために借金(国債発行)をする」という状況が生じているわけであり、このような対応の仕方が資産負債管理の観点かららみて適切なものといえるのかという点については、改めて考える必要があるということになるだろう。

見直しで新たな財源は確保できるか

「貯金をするために借金をする」というのが合理的な対応といえるかは、その時々における資金の運用と調達の状況によるため一概にはいえないが、もしこのようなやり方が非効率なものとなっているということであれば、「貯金をやめ、そのための借金もやめる」というのも一案といえるかもしれない。

地方自治体が赤字地方債(臨時財政対策債)を発行する一方、基金への積み立てを行っていることについて、以前(2017年)、財務省から問題点の指摘がなされたことがあったから、そのことに即して考えると、赤字国債を発行する一方で国債整理基金への繰り入れを行っていることの妥当性についても同様の精査が必要となるだろう。国債整理基金への定率繰入をやめれば、その分だけ国債費として確保すべき財源の額が減り(その分だけ歳出総額の圧縮が可能になる)、その結果、赤字国債の発行を減らすことができるようになる。

だが、話はここで終わらない。新たに借り入れを起こして工面したお金(定率繰入によって確保された国債償還の財源)は、過去に借りたお金の返済(既発債の償還)に充てられているからだ。60年償還ルールや定率繰入の有無にかかわらず、過去に発行した国債の満期は必ずやってくる。これは発行した国債が10年債であれば10年、20年債であれば20年で必ず生じるものであり(これは金融商品としての国債の性質から自然にしたがうものである)、定率繰入がなくなれば、それによって不足する償還財源は借換債の増発でまかなう必要が生じることになる。

したがって、60年償還ルールをなくすと赤字国債の発行はたしかに減るが、それに見合う分だけ借換債の発行が増えることになるから、総じてみると国債の発行額は減らないということになる。このような状況のもとでは、60年償還ルールの見直しによってただちに財政に余力が生じるということはなく、したがって「埋蔵金」の発掘を通じた新たな財源の確保もできない。

ではなぜこうしたもとにあっても「60年償還ルールを見直せば…」という話が盛り上がるのかといえば、それは伝統的に用いられてきた「財政赤字」の定義が歪んでいるからだ。

3.財政運営ルールの正常化に向けて

ここまで見てきたことからわかるように、「60年償還ルール」の見直しは新たな財源を生み出すことにはつながらないが、見直しそのものは債務を膨らませる要因ともならないものだ。この点からすると、「貯金をするために借金をする」ということが資産負債管理の観点から見て非効率であれば60年償還ルールと定率繰入を見直せばよく、そうでなければあえて見直す必要はないという程度の話ということになる。

それにもかかわらず、60年償還ルールの見直しが大きな話題となるのは、見直しによって赤字国債の発行が減る分だけ借換債の増発が生じるということへの認識がなく(あるいはそのことが意図的に無視されて)、定率繰入の分だけ赤字国債の発行を減らすことができるということが強調されるためだ。60年償還ルールを見直せば財政に余力が生じる(「埋蔵金」が発掘できる)という議論は、この話の延長線上にある。

もっとも、このような話が盛り上がるのは、伝統的に用いられてきた財政赤字の定義が歪んでいることによるものだ。その歪みを適切に補正したり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)を財政赤字の指標として利用するということをきちんとやれば、この問題は解消できることになる。

「財政赤字」についての不思議な定義

財政赤字についてはしばしば不思議な定義が登場する。それは新規国債発行額(公債金収入)、すなわち「国債費を含む歳出と税収・税外収入の差額」を財政赤字の指標とするものだ。

国債費(国債の償還や利払いに要する経費として歳出に計上される費目)のうち債務償還費相当分は国債整理基金への繰り入れに充てられるものであり、現状ではその財源は国債発行によってまかなわれているが、財政赤字の額を算定する際にこの分を歳出に含めると、赤字が過大に計上されてしまうことになる。「お金を借りてそのお金を貯金する」という操作によって債務残高が増えることはなく(見かけ上の債務残高は増えるが、この場合は金融資産も増えていることに留意)、債務を増やす要因とはならないものを「赤字」として認識する必要はないにもかかわらず、それを含めて財政赤字の額を算定していることになるからだ(このような歪みが生じることがないよう、IMFの統計では適切な調整がなされている)。

したがって、新規国債発行額(公債金収入)をもとに財政赤字の額を算定するのであれば、新規国債発行額から債務償還費相当分を控除した額を利用しなくてはならないということになる。

このことは政府債務残高の定義についても同様にいえる。政府債務残高については政府の保有する金融資産を控除しない総債務(粗債務)の指標がしばしば用いられるが、政府による「貯金」の効果を適切に評価するには、金融資産を控除した純債務を債務残高の指標として用いることが適切である。G7(先進7か国)の中で日本は政府金融資産の保有額が顕著に多いため、そのことを適切に考慮したうえで国際比較を行わないと、財政状況の把握に歪みが生じてしまうおそれがあることに留意が必要となる。

財政運営ルールの正常化に向けて

上記の点については令和3年度(2021年度)予算から、財務省の予算説明資料において適切な改善がなされている。それは「予算フレーム」の資料において歳出側の国債費について内訳(債務償還費と利払費)の金額が明示され、歳入側でも公債金収入(新規国債発行額)について同様の取り扱いがなされるようになったことだ(https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2021/seifuan2021/02.pdf)。

こうしたもとで、「債務償還費相当分を財政赤字に含めるのは赤字を過大に計上していることになる」ということについての適切な認識が広まっていけば、その反射的な効果として、「60年償還ルールを見直せば新たな財源を生み出すことができる」ということにはならないということも適切に理解されるようになるだろう。もちろん、このことは防衛費の増額分を税と国債のいずれで調達すべきかという議論とは別の問題であり、両者はきちんと分けて考える必要がある(「税か国債か」という議論に関する論点整理については、「将来世代にツケは回せるか―防衛費の「倍増」について考える」(https://synodos.jp/opinion/economy/28492/)をご参照ください)。

ここまで、防衛費の財源確保をめぐる議論を踏まえつつ、「60年償還ルール」の見直しと財政運営をめぐる課題について論点整理を行ってきた。財政をめぐる問題については、財政状況を懸念する側からも、財政出動を志向する側からも、ともするとやや極端な議論がなされがちなところがあるが、落ち着いた環境のもとで堅実な議論がなされていくことが望まれる。

プロフィール

中里透マクロ経済学・財政運営

1965年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て、現在、上智大学経済学部准教授、一橋大学国際・公共政策大学院客員准教授。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向などについて分析を行っている。最近の論文に「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編『徹底分析 アベノミクス』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。

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