2025.06.06

輸入が増えるとGDPは減る?:国民経済計算について改めて考える
ひと月ほど前、ノア・スミスさんの記事をきっかけに、ネット上で輸入とGDP(国内総生産)の関係が話題になりました。
「なぜ経済マスコミは『輸入はGDPから差し引かれる』の間違いを犯し続けるのか?」
(https://note.com/econ101_/n/ne154cc130cde)
この話題はGDPやGNPの話(国民経済計算)のことを考えるうえでとてもよい素材になっています。以下では、この話を起点に、国民経済計算のことについて考えてみたいと思います。
輸入が増えると実は「GDPは増える」
「輸入物価が上がるとGDPデフレータは低下する(物価は下がる)」、「輸入が増えるとGDPは減る」。このいずれが正しいか、街中でアンケートをとったら、おそらく後者のほうに「正しい」という票が集まるでしょう。
しかしながら、実際には前者のほうが正しく、後者は間違っています(前者がなぜ正しいのかはデータとともに後述します)。
この手の話は実際のデータを確認するほうがよいので、まずは国民経済計算のデータを利用して、実質値でGDPと輸入の関係をながめてみることにしましょう(図表1)。両者の推移がわかりやすくなるように、ここではいずれも前年との差額を計算して、その推移をグラフに描いています。
図表1 国内総生産と輸入の推移(2015暦年連鎖価格・実質値・暦年)

このグラフからは、総じてみると輸入とGDPは同じ方向に変化していることがわかります。「輸入が増えるとGDPは減る」という話に即していえば、「輸入が増えるとGDPは増える」ということになるわけです。
これは別に新たな発見ではなく、マクロ経済学の入門書にもきちんと書かれていることです。というのは、さまざまなモデルの解説をする際に、「輸入はGDPの増加関数」という設定がなされているからです。
ここで急いで付け加えないといけないのは、図1からうかがわれる輸入とGDPの関係は、「輸入が増えるとGDPが増える」ではなく、「GDPが増えると輸入が増える」という関係を表している可能性が高いということです。生産活動が活発になると原材料の輸入が増え、所得が増えると輸入品の購入も増えるため、「GDPが増えると輸入が増える」という関係が生じるのは自然な話ということになります。
ここで思い出されるのは、日本の戦後経済史の本を読んでいると出てくる「ストップ・アンド・ゴー政策」。高度成長期の前半(神武景気や岩戸景気の頃)には、国内の景気が回復・拡大すると輸入が急増し、貿易赤字が膨らんで外貨準備の減少が生じました。こうしたもとで固定相場制を維持するには(当時は1ドル=360円の固定相場制でした)、金融引き締めを行い、景気の過熱を抑えることで外貨準備が底をつくのを防ぐ必要があります(「国際収支の天井」)。
金融引き締めの効果が現れて景気が十分に減速すれば、輸入が減り外貨準備が回復して国際収支の制約が緩やかになり、金融政策を引き締めのスタンスから緩和基調へと転じることができます。つまり、国際収支の天井の存在を前提に、収支の赤字・黒字をシグナル(信号)としてストップ(金融引き締め)、ゴー(金融緩和)という形で金融政策を運営するのが、「ストップ・アンド・ゴー政策」のポイントでした。この政策の背後には「GDPが増える(減る)と輸入が増える(減る)」という想定がありました。
「輸入が増えるとGDPは減る」という錯覚はなぜ起こるのか
それではなぜ「輸入が増えるとGDPは減る」という錯覚が生じてしまうのでしょう。ここで支出面からGDPをとらえる場合の計算式を思い出すと、
国内総生産(GDP)=消費+投資+政府支出+輸出-輸入 (1)
となります。この式を見ると輸入の前にマイナスの符号がついているので、「輸入が増えるとGDPは減る」というのは正しいことのように思われます。
しかしながら、ここで留意しないといけないのは、輸入というのは国内の経済活動から派生して生じるものだということです。たとえば、関税率の引き上げを見込んで企業が普段よりも多くの原材料などを海外から調達すれば、「かけこみ輸入」の分だけ輸入が増えることになります。
一方、そのようにして海外から輸入された原材料や製品は在庫の形で保有されることになりますが、その動きは在庫投資(在庫変動)という形で記録され、需要面から見た場合のGDPを押し上げる方向に働くことになります。
このような場合、輸入の増加の効果と在庫投資の増加の効果が上記の式において相殺されてゼロになるから、「輸入が増えるとGDPは減る」ということにはならないというのが、ノア・スミスさんの議論のポイントでした。
なお、「GDPは付加価値の総額であり、中間投入はGDPには含まれない」という教科書などの説明からすると、原材料が在庫投資の一部となってGDPに算入されるというのは奇異に感じられるかもしれませんが、この場合の原材料は、将来の生産活動のための投資という性格を持つものとして、GDPに含まれることになります。
「純輸出」がわかりにくさの原因に
上記の(1)式からわかるように、GDPを算出する際に輸入は控除される側の項目なので、「輸入はGDPから差し引かれる」と表現するところまでは問題がないように思われます。ただ、「差し引かれる」ことをもって、「輸入が増えるとGDPは減る」と解釈すると、さまざまな判断に誤りが生じ、おかしなことが起きます。
錯覚が起きる原因は輸入の前についている「-」(マイナス)の記号にあるので、このような錯覚を避けるには(1)式の右辺にある「輸入」を左辺にもっていって、
国内総生産(GDP)+輸入=消費+投資+政府支出+輸出 (2)
とし、この式をもとにGDPと輸入の関係を考えるのがよいように思われます。
ある国の市場に出回っている商品は、その国で生産されたもの(国産品)と海外から輸入したもの(輸入品)から成るので、上記の(2)式の左辺は「総供給」を表していることになります。
これに対し、右辺は市場に出回っている商品を誰が(家計か企業か政府か海外部門か)何のために購入するのかということを示しているので、これは「総需要」を表しているということになります(これらの点についての詳細は、飯田泰之・中里透『コンパクトマクロ経済学』(新世社)の第2章をご参照ください。初版から第3版までのいずれの版にも記述があります)。
この式は財・サービスに対する需給のつりあい(均衡)を表しているだけなので、ここから何か確定的なことを言うことができるわけではなく、それぞれの需要項目の変化が国内の生産活動と輸入に与える影響は、その時々の局面によって異なることになりますが、このようにしておけば供給面(左辺)と需要面(右辺)の関係が常に意識されるため、「輸入が増えるとGDPは減る」といった錯覚は避けることができます。
なお、この式からわかるように、「外需」というものは本来は輸出のこととなるはずです。GDPの伸び率に対する各需要項目の寄与度を示す際には、輸出から輸入を控除したもの、すなわち「純輸出」(=輸出-輸入)を外需として寄与度の計算が行われますが、純輸出は計算の便宜上つくられたものと考えるほうがよく、純輸出を消費や投資と同列のものとしてとらえようとすると、かえって意味がわかりにくくなるように思われます。
国境をまたぐ財・サービスの取引である輸出と輸入の結果として、両者の差額である貿易収支が決まるという理解に立てば、国民経済計算において貿易収支に相当する項目である純輸出についても、一括りにせず輸出と輸入に分けて、上記の(2)式のような形で理解するほうがよさそうです。
輸入物価が上がるとGDPデフレーターで見た物価は「下がる」
「輸入が増えるとGDPは減る」という説明は一見するともっともらしく思われます。これに対し、「輸入物価が上がるとGDPデフレーターは低下する(物価は下がる)」という話をしたら、「なんだそれは」「そんなことあるか」ということになりそうです。
しかしながら、少なくとも短期的にはこれは合っています。論より証拠ということで、まずはデータをながめてみることにしましょう(図表2)。このグラフは2020年以降の消費者物価とGDPデフレーターの推移を四半期別のデータで示したものですが、2022年4-6月期と7-9月期には、消費者物価で見ると前年同期比で2%を上回る物価上昇が生じていたのに対し、GDPデフレーターは上昇率がマイナス、すなわち低下が生じていたことになります。
図表2 消費者物価指数とGDPデフレーターの推移(四半期別)

日本銀行の黒田総裁(当時)の「家計の値上げ許容度も高まってきている」という発言に対して多くの批判が集まったことからもわかるように、2022年のこの時期には物価上昇が顕著になっていたはずなので、その時期に物価が下がっていることを示す統計があるとなると、「数字が間違っているのではないか」ということになりそうです。しかしながら、内閣府のデータを見る限り、GDPデフレーターは低下していています(前年同期比はマイナス)。
なぜこのようなことになるかは、輸入がGDPから差し引かれる項目であるということと関係があります。たとえば原油価格が上昇すると、名目額でみた場合の輸入の金額が大きく膨らむため、その分だけ名目GDPに下押しの圧力が働くことになります(この動きを受けて名目GDPが減少するところまでいくかは、その時々の経済状況によります)。
原油価格の上昇は、やや長い目でみると輸入物価を起点とした国内物価の上昇を通じて家計消費などに影響を与えることになりますが、このような調整には時間がかかるため、しばらくの間は、実質値で見た場合のGDPは大きく変化しないことになります。
ここで、GDPデフレーターはどのように算出されるものであったかを確認すると、名目GDPを実質GDPで割ることで求められるのがGDPデフレーターということになるのでした(GDPデフレーターは「インプリシット・デフレーター」)。
となると、原油価格の高騰が生じた場合、短期的には名目GDPに下押しの圧力が働く一方、実質GDPはあまり影響を受けないため、名目GDPを実質GDPで割ることで求められるGDPデフレーターは低下することになります。2022年の局面と同様のことはリーマンショックの直前にも生じていたとみられますが、当時は長期にわたる経済の停滞によって、デフレーターは低下するのが常態であったため、この時期におけるGDPデフレーターの低下はあまり話題になりませんでした。
2020年以降の局面に戻ると、22年10-12月期以降、GDPデフレーターは上昇に転じ、その後は2023年7-9月期にかけて上昇のペースが加速しています。これは輸入物価の上昇が国内の物価に波及して、価格転嫁が進んでいったことを意味しています。
ここまで、輸入とGDPをめぐる2つの話題をもとに、国民経済計算のことについて考えてきました。国民経済計算はともすると暗記物のように思われて、「輸入が増えるとGDPが減る」というように機械的な取り扱いがなされがちですが、実際の経済の動きとの対応関係を意識しつつデータをながめると、いろんな発見ができるように思われます。
戦後の長きにわたり、日本は貿易立国とされてきましたが、現在公表されているGDPと同じ基準で1980年まで遡及して計算されたデータ(2015年(平成27年)基準支出側GDP系列簡易遡及(1980年~1993年))をながめると、1980年代の純輸出は一部の期間を除きずっとマイナスの値になっています。とりわけ、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という気分が絶頂に達したバブル(平成景気)の時期に、純輸出のマイナスの幅は1980年代で最大を記録しています。
純輸出や貿易収支の黒字を、その国の「稼ぐ力」の証としてとらえるならば、当時は「稼ぐ力」が著しく落ちていたということになりますが、はたしてそのようにとらえてよいのでしょうか。どこかに見落としはないのでしょうか。
このことについても、国民経済計算をめぐるパズルとして、データをながめながら考えてみると面白そうです。
プロフィール

中里透
1965年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て、現在、上智大学経済学部准教授、一橋大学国際・公共政策大学院客員准教授。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向などについて分析を行っている。最近の論文に「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編『徹底分析 アベノミクス』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。