2012.06.19
OECD諸国との教育支出の比較から見る日本の教育課題
近年、経済開発協力機構(OECD)からEducation at a Glanceが出版されるたびに、日本のGDP比の公教育支出がOECD諸国の中で最下位レベルである事が話題となっている。下の図が示すように、確かに日本のGDP比の公教育支出はOECD最下位レベルであるが、OECDの中でもトップレベルに多い私教育支出がこれを補い、日本の総教育支出はOECD平均以下ではあるもののOECD最下位レベルではない状態となっている。
このGDP比の公教育支出の低さに対する反応からも分かるように、教育問題がメディアを賑わしている割には、日本の教育支出の特徴と課題はそれほど認知されていない印象を受ける。しかし、これらはしっかりと把握しておく必要がある。なぜなら、留年制度の導入・子ども園の設置・高校教育の無償化といった教育政策を論じる際に、その政策のコストとベネフィットを考えるだけではなく、そもそも教育分野への支出増は他分野とのバランスがとれているのか、さらに特定の教育段階への支出増はその他の教育段階とのバランスがとれているのか、これらの事も含めて考える事が重要だからである。
そこで、本記事では日本の教育支出を高所得国に分類されるOECD諸国の教育支出と比較し、今後の教育議論の土台となりうるような日本の教育支出の特徴と課題を提示したいと思う。
今回は、世界銀行の世界開発指標(World Development Indicators)とEdStatsのデータを用いて議論を進めていく。基準年は、基本的に2009年であるが、各国で最も新しい有効データを用いている。本記事で言及する教育支出とは、各教育段階の教育機関・行政に使用されている支出を指し、塾・家庭教師といった家庭教育に関するものへの教育支出は含まれていない。また、教育支出は主に、公教育支出・私教育支出・外国からの教育支出の3つに分類される。公教育支出は中央・地方問わず公的セクターが支出した教育支出を指す。私教育支出については、OECDの中で数カ国、私教育支出と外国からの教育支出の区別がついていない国がある。私教育支出に比べて外国からの教育支出はかなり小さいため、そのような国については総教育支出から公教育支出を引いたものを私教育支出として掲載し、本記事では総・公・私教育支出について言及することとする。
以下では、まず2章でGDP比の公教育支出という指標の特徴に触れつつ、OECD諸国と比べて日本の公教育投資は本当に少ないのか検討する。次に、3章で教育段階別に日本のGDP比教育支出をOECD諸国と比較し、日本はどの教育段階に対して公教育支出が少ない/多いのかを検討する。注意しておきたいことは、公教育支出額が少ない事それ自体は問題ではないということである。なぜなら、教育の質と量に問題がなければ、それは少ない教育資源で効率的に教育が行われている事になる。そこで、教育段階別に日本の教育の質と量をOECD諸国と比較することも試みる。最後に4章で日本の公教育支出の特徴と課題について考察する事とする。
日本の公教育支出は本当に少ないのか?
日本のGDP比の公教育支出の少なさから政府の教育に対するあり方が問題視されがちだが、これには2つの問題がある。まず、この指標は全人口に占める学齢人口の割合が小さければ小さくなりがちであるし、学齢人口の割合が大きければ大きくなる傾向がある。そして、学齢年齢であると考えられる5-24歳人口の全人口に占める割合が、日本は男女ともOECD諸国中最下位で、それぞれ18.1%、20.0%となっている。
さらに、GDP比の公教育支出は政府の大きさにも依存する。GDP比で大きな政府であれば、その予算のわずかな割合を教育へと支出するだけでGDP比の公教育支出は大きくなるし、GDP比で極めて小さな政府であれば、予算の大半を教育へ支出したとしてもGDP比の公教育支出は大きくならない。そして、日本のGDP比の政府の大きさはOECDの中でも小さい方に分類される。
このように、日本は全人口に占める就学年齢人口の割合が低く、かつ決して大きな政府ではないため、政府の努力とは関係なしにGDP比公教育支出は小さくなってしまう。政府が教育に力を入れているか、政府が生徒一人一人に充分な教育投資を行っているか、を考察するためにはGDP比の公教育支出だけではなく、政府支出に占める教育支出の割合・学生一人当たりGDP比の公教育支出、という二つの指標を用いる必要がある。
まず、前者の政府支出に占める教育支出の割合を下記の図2に示した。さらに下に図3に後者の学生一人当たりGDP比における公教育支出を示した。
日本はOECD諸国と比較して、学齢人口が少ない事も相まってか政府は教育分野よりも他の分野を優先しており、かつ学生一人一人に対する政府による投資額もかなり少ない事が分かる。しかし、OECD諸国と比較して日本は効率的に教育投資を行っているのか、それとも教育投資が過少なのか、これだけでは判断できない。そこで、次章では教育段階毎に、教育支出と教育の質・量に関するデータの国際比較を試みる。
教育段階別にみる日本の公教育支出の特徴と課題
a. 就学前教育(ISCED0)
上の図4は就学前教育に対するGDP比の公支出・私支出を示したものであるが、就学前教育は国によって年数の差が大きいので、就学前教育の年数も記した。児童一人当たりのGDP比公教育支出はデータがなかった。日本の就学前教育に対するGDP比の公支出はOECD諸国の中でも群を抜いて少ない。具体的には、GDPの0.2%、つまり1兆円ほど就学前教育への公支出を増やしたとしても、日本の就学前教育に対するGDP比の公支出は同じ就学前年数を取っている国の中でも最低レベルであるぐらいに、日本の就学前教育に対する公教育支出は少ない。さらに、日本は就学前教育に対する極めて少ないGDP比の公支出を補うような形で、GDP比の私支出の割合が極めて高いが、それでもOECD諸国の就学前教育に対するGDP比の総支出には及ばず、極めて少ない公支出を私支出がカバーしきれていないのが現状である。では、OECD諸国と比較して日本の就学前教育の質と量はどのような状況であろうか?
就学前教育の量の比較を上の図5に示した。日本の就学前教育の量は一見するとOECD諸国と比較して見劣りしない。しかし、日本はOECD諸国の多数の国と異なり厳格な入学年齢を敷き就学前教育における留年が殆ど存在しないにも拘らず、租就学率が100%を下回っている。つまり、OECD諸国と比較してまだ就学前教育が働きかけられていない児童が多く存在している事が示唆され、教育の量の観点から見ても就学前教育段階での改善の余地は残されている事が伺える。
国際学力調査が存在しない就学前教育の質を国際比較するのは難しいが、今回は教員一人当たり児童数を用いる事とする。これまでの研究結果から一概に教員一人当たりの生徒数が増加すると教育の質が低下するとは言えない。しかし、テネシー州で行われたSTAR Projectという少人数学級の効果を測定するために適した環境を用意した研究によると、特に低学年・低学力の児童の間では教員一人当たりの生徒数が増加すると学力が下がるという結論が導かれている。そこで、教育の質に関連があり、かつ国際比較が可能な指標として教員一人当たり児童数を使用する。
上の図6で示したように、日本の就学前教育における教員一人当たり児童数は、OECD諸国の中でも群を抜いて多く、就学前教育の質にかなり問題を抱えている事が読み取れる。従って、日本の就学前教育は質・量ともに問題を抱えているにも拘らず現状の教育支出額であることから、日本の就学前教育に対する公支出は全然足りていない事が分かる。
b.初等教育(ISCED1)
上の図7は、初等教育に対するGDP比の公・私教育支出と児童一人当たりのGDP比公教育支出を示したものである。日本の初等教育に対するGDP比の公教育支出も小学生一人当たりのGDP比公教育支出も、どちらの値もOECD平均と同水準程度である事が読み取れ、初等教育段階については決して政府の支出が他のOECD諸国と比較して少ないわけではない事が分かる。また、初等教育に関しては、公支出が充分である事もあり、私支出の割合は多くはない。
OECD諸国は義務教育の修了率がほぼ100%の国ばかりなので、教育の量を比較する意味はそれほどない。教育の質については、国際比較が可能な指標として、OECD諸国の参加率がやや低いものの4年時のTIMSS(国際数学・理科教育調査)の数学の成績を用いる事とする。下記の図8が示すように日本の初等教育の質は悪くないどころか世界でもトップレベルにある事が分かる。
日本は初等教育に対してOECD諸国並みにGDP比の公支出を行っている。その一方でOECD諸国の中でも極めて高い初等教育の質を維持していることから、日本の初等教育に対する公支出は充分であるし、極めて効率的に支出を行っている事が分かる。
c.中等教育(ISCED2・3)
上の図9は、中等教育に対するGDP比の公・私教育支出と児童一人当たりのGDP比公教育支出を示したものである。日本の中等教育に対するGDP比の公教育支出はOECD諸国と比較して少ない。
残念ながら前期中等教育(中学校)と後期中等教育(高校)が分かれたデータがないのだが、恐らく日本がOECD諸国と比較して中等教育への公支出が少ないのは、主に後期中等教育への支出の少なさによるものだと考えられる。
理由は3つ考えられる。まず、普通教育と職業教育では後者の方がコストはかかるが、日本は後期中等教育における実業科の割合がOECD諸国の中で最も低い国の一つである。次に、前回論じたように留年制度はコストが高い政策であるが、留年制度を後期中等教育段階で使用する事で租就学率が100%を大幅に超え、コスト高になってしまっている国が存在している事も見逃せない。そして最後に、日本の教員政策は他国と比較して相対的に初等教育に力を入れているために、日本の後期中等教育段階での教員給与は相対的に低く抑えられている。
前期中等教育は義務教育であり、後期中等教育も日本の租就学率は100%付近である事から、OECD諸国と比べて日本の中等教育段階での教育の量の問題は比較的少ないものであると考えられる。教育の質の面に関しては、後期中等教育段階に関しては国際的に比較可能な指標がそれほど整備されていないが、前期中等教育段階に関してはPISA(生徒の学習到達度調査)で国際比較が可能なので、最新のPISAの数学の成績を用いて日本の前期中等教育の質の問題を考察する。下の図10から見てとれるように、PISAにおける日本の成績はOECD諸国の中でもトップクラスであり、日本の前期中等教育の質は、初等教育同様決して低くはない事が分かる。
日本は中等教育に対してOECD諸国より少ない公支出を行っている。しかし、前期中等教育の質はOECD諸国の中でも極めて高く、前期中等教育に関しては極めて効率的に教育支出が行われている事が伺える。後期中等教育に関しては、教育の量はOECD諸国の中でも問題が少なく、この点に関しては効率的に教育支出が行われている。後期中等教育の質に関しては、国際比較が難しいうえに、日本の後期中等教育が抱える質の問題はやや複雑であるため、字数の都合上本記事では割愛し、また別の機会にでも論じる事とする。
d.高等教育(ISCED5・6)
最後に高等教育について概観する。上の図から分かるように、日本の高等教育に対する総支出はOECD諸国の中でも多い方に分類される。これは、OECD諸国の中で最低レベルの公教育支出を、最高レベルの私教育支出が補っている賜物であり、やはり学生一人当たりのGDP比公教育支出を見るとOECD諸国の中でも極めて少ないものとなっている。高等教育の便益は、その他の教育段階と比較して、教育を受けた個人への帰着割合が多い傾向がある上に、高等教育へ進学するのは比較的社会経済的に恵まれた家庭出身の生徒が多いため、政府の高等教育への支出が少ないからといって、直ちにこれを問題視するのは誤りである。よって、他の教育段階と同様に教育の量・質との比較から支出額を考える必要がある。
上の図12は高等教育の租就学率を比較した図である。この図から判断すると、日本の高等教育の租就学率はOECD諸国の中でも下位に位置づけられる事が分かる。この事実を踏まえると、やはり日本の高等教育に対する公支出の少なさは問題をはらんでいると言わざるを得ない。高等教育の質に関しては、後期中等教育と同じく国際比較が難しいのと字数の都合上、本稿では触れないものとする。
まとめ ―― 教育支出から見る日本の教育課題
日本の教育段階別の公・私教育支出と教育の質・量をOECD諸国で比較した結果、日本の教育支出の特徴として以下の4点が挙げられる。
1)義務教育段階に対するGDP比の公教育支出は決して少ないものではなく、教育の質もOECD諸国で最高レベルにある
2)就学前教育に対するGDP比の公教育支出はOECD諸国の中でも最低で、教育の量にも改善の余地はあるが、特に教育の質について深刻な問題を抱えている
3)後期中等教育に対するGDP比の公教育支出はOECD諸国の中でも低い水準に位置していると考えられるが、少なくとも教育の量の面での問題は小さい
4)日本の高等教育は量的な問題を抱えているにも拘らず、GDP比の公支出はOECD諸国の中でも最低水準である
日本は義務教育に問題があるという言説をしばしば耳にするが、日本の教育支出の特徴から鑑みると、これは大きな誤りである。むしろ日本の大きな教育問題は義務教育以外の教育段階、とりわけ高等教育と就学前教育に存在している事が分かる。
まず高等教育については、機械化の進展や工場の海外進出等によって高卒程度の労働力に対する需要が減少し、かつ国際社会で戦力となる人材を輩出することを国の方針として掲げている事を考えれば、OECD諸国以上の割合で充分に教育されていない人材を抱える事は、あまり得策ではないと考えられる。かつ、日本はOECD諸国の中でも私大生の割合が群を抜いて高く、これが貧困層の就学阻害要因となっている事が考えられるため、高等教育については社会経済的に不利な層の生徒をターゲットにした就学率向上のための公支出増が求められる。
しかし、高等教育へのGDP比の公支出についてはOECDの中でも同程度の国が存在するため、最も大きな問題と言うほどではない。OECD諸国との比較から日本の公教育支出を見た場合、最も問題を抱えているのは就学前教育への支出である。仮に現就学前教育に対する公支出を1兆円増加させ、現在の3倍程度に増やしても依然としてOECDの中で就学前教育を3年間で取っている国の中で最低レベルのGDP比の公支出しかしていない水準である。
アメリカで行われた調査によると、家庭の社会経済状況を反映した学力格差は小学校1年生の段階で既に存在している。一方で、別の調査によると、質の高い就学前教育の提供は、有利な社会経済状況にある家庭の児童に対してはそれほど効果が認められないが、不利な社会経済状況にある家庭の児童に対しては効果が大きい事も確認されている。
不利な社会経済状況にある家庭の児童は小学校入学時点で既に、豊かな家庭出身の児童に学力差をつけられており、それがそのままその後の低学力・低学歴へとつながり、大人になって再び不利な社会経済状況に立たされる、という貧困の連鎖を断ち切る事を考えた場合、就学前教育は非常に重要になってくる。その役割を発揮させるためには、特に社会経済的に不利な状況にある家庭の児童に対して、就学前段階からの早期の積極的な介入が必要である。生活保護問題でこれだけ大きな議論が巻き起こる日本においては、如何に教育を通じて将来の貧困を防ぐ事ができるか、というのは大変重要な課題である。
さらに、中等教育の所では触れなかったが、PISAの結果に関して日本は同程度の学力水準の国と比較したときに低学力の生徒の割合が高い事がOECDの報告書によって指摘されている。ある学年での生徒の成績は前年度のその生徒の成績が最もよく説明できるという事実と、良質な就学前教育は小学校入学後の学力を向上させるという事実を合わせて考えると、低学力の生徒に関しても就学前段階からの早期の積極的な介入が重要である。
現状では就学前教育は主に福祉の一環として捉えられ、他のOECD諸国と比較して極めて貧弱な予算配分しか行われていない。現在も就学前段階への公支出増加を含んだこども子育て新システムが議論されているが、廃案となる可能性がある。確かに就学前教育の方法論に関する議論は必要である。しかし、現状の就学前教育に対する公支出の現状を考えると、方法論の先送りがあったとしても就学前教育に対する公支出の増加を見送るという結論にだけは至ってはならない。就学前教育は単なる福祉政策ではなく、学力対策・将来の貧困対策の要となる政策である。
本記事のまとめに入る。日本の公教育支出は確かにOECD諸国と比較して少ないが、私支出が幾分か補ってはいる。しかし、義務教育以外の教育段階については私支出が充分に補えている水準とは言えない。これを解決するためにはさらなる私支出の増加を引き出すか、公支出を増加させるか、教育の効率性を改善する必要がある。OECD諸国と比較しても教育に対する私支出割合が高い現状を考えると、教育の効率性の改善を図りつつも、義務教育以外の教育段階に対する公支出を増加させるのが現実的な解決策ではないだろうか。
(本記事は筆者個人の見解であり、所属機関を代表するものでも、所属機関と関連するものでもありません。また、立場上謝金は受け取っておりません。)
プロフィール
畠山勝太
NPO法人サルタック理事・国連児童基金(ユニセフ)マラウイ事務所Education Specialist (Education Management Information System)。東京大学教育学部卒業後、神戸大学国際協力研究科へ進学(経済学修士)。イエメン教育省などでインターンをした後、在学中にワシントンDCへ渡り世界銀行本部で教育統計やジェンダー制度政策分析等の業務に従事する。4年間の勤務後ユニセフへ移り、ジンバブエ事務所、本部(NY)を経て現職。また、NPO法人サルタックの共同創設者・理事として、ネパールの姉妹団体の子供たちの学習サポートと貧困層の母親を対象とした識字・職業訓練プログラムの支援を行っている。ミシガン州立大学教育政策・教育経済学コース博士課程へ進学予定(2017.9-)。1985年岐阜県生まれ。