2014.08.17
なぜ、コオロギの鳴き声はそろうのか――『非線形科学 同期する世界』(蔵本由紀)他
『非線形科学 同期する世界』(集英社新書)/蔵本由紀
世間は夏休みである。夏休みといえば虫取りだと相場が決まっている。たいていの小学生は麦わら帽子に半ズボンで虫取り網を持ち、ぶんぶん振り回さなければならない。そうこうしているうちに、一匹の昆虫が目の前を飛び回り、夢中になって追いかける。気が付いたら野を越え、山を越え、谷を越え、川を越え、全然違う場所にたどり着いていた。そんな経験はないだろうか。
今回紹介するのは、『非線形科学 同期する世界』だ。コオロギの鳴き声が一定にそろい始める、吊り橋を歩く集団の歩調が合い大きく橋がゆれる、コンサート中に拍手がそろう……固有のリズムとリズムがそろった時、同じリズムを刻もうとする働きがあるようだ。本書は「同期現象」と呼ばれるこれらの現象にスポットを当てている。
この現象を発見したのは、オランダの科学者クリスチアーン・ホイヘンスだ。ある日、同じ板に取り付けられた二つの時計の振り子が、歩調をそろえていることに気が付く。振り子の動きをわざと乱しても、30分もするとまた歩調をそろえる。ホイヘンスはこの現象を「一種の奇妙な共感」と呼んだ。
振り子時計、メトロノーム、オルガンのパイプ、ろうそくの炎、体内時計、ホタルの光、電力供給網、心拍、糖の分解過程、ヤツメウナギの遊泳、ミミズの移動、アメーバー運動、信号機など、この本で取り上げられる事例は多岐に渡る。なぜ、お互いはお互いのリズムを知っているのか。解説は数式を全く使っておらず、科学に疎くても安心して読める。
塔を高く積み上げていき、上へ上へ伸ばすことが最先端である。それが素人にとっての、科学のイメージだろう。しかし、「同期現象」を追いかけていくうちに、様々な科学分野を横断していることに気が付く。網をもって追いかけまわした昆虫のように、夢中になれる魅力がこの本には詰まっている。夏休みに、ぜひ読んで欲しい一冊。(評者・山本菜々子)
『NASA――宇宙開発の60年』(中公新書)/佐藤靖
真夜中に空を見上げるとき、あるいはロケット打ち上げの報道、地球に帰還した宇宙飛行士がテレビ番組に出演しているとき、なんらかのかたちで宇宙が話題にあがるとき、必ず「NASA」という言葉が脳裏に浮かぶ。
だが、「NASA」という組織の実態となると、どうも漠とした印象しかない。誰もが冷戦中に巻き起こった米ソの激しい宇宙開発競争や、アポロ11号と人類初の月面着陸、そして宇宙ステーションの開発など、NASAによる輝かしいプロジェクトを知っているにもかかわらず、である。
本書では、成果の割に曖昧な実態のNASAが、いかに成立し、時代の変化に対応しながら発展し現在に至ってきたのか、その歴史が辿られている。そこで描き出されるのは、組織としてのNASAの、あまりに現実的な姿だ。NASAは絶えず政治に、社会に、時代の流れに翻弄され続けてきた。
NASAは大統領直属の独立機関である。当然、国家の予算のもとで活動している。予算確保のためには、議会の支持を取り付けなければいけない。ソ連との競争の中で、限られた時間で一定程度の成果を求められる。考えを異にする研究センターの対立。世間の注目を浴び発言力を手にした宇宙飛行士の存在。技術力。予算が削られる中で、迫られる組織の再編。新しいプロジェクトの立ち上げ。あるいは、業務を外注し産業界との関係を構築することで、自らの政治力を高めるといった強かさ……。
自らの存在意義を絶えず問いつづけ、目標を設定し、輝かしい成果をあげてきたNASA。しかし、組織としてのNASAの歴史を紐解いていくと、われわれが抱いているような人類のフロンティアに挑戦し続ける輝かしさの裏にある、泥臭いNASAの姿が浮かび上がってくる。
とはいえ安心して欲しい。本書を読み通してもNASAの魅力が色あせることはない。むしろ、もがき苦しみながら、それでも歩み続けてきたNASAの姿を知ることで、より身近にその魅力を感じることができるだろう。そして、さまざまな制限の中でNASAが成し遂げてきたプロジェクトの一つひとつが、これまで以上に輝かしく感じられるようになるだろう。(評者・金子昂)
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