2014.08.22
文明の岐路に立つ私たち――「宇宙船地球号」は今どうなっているのか
1960年代に有名になった「宇宙船地球号」という言葉がある。建築家・思想家のバックミンスター・フラーが独特のアプローチで読み解いた「宇宙船地球号」を、「スペースシップアース」として現代に位置づけようと試みたのが、『スペースシップアースの未来』(松井孝典、ジャレド・ダイアモンド、ダニエル・ヤーギン、ヨルゲン・ランダース、エイモリー・ロビンス、NHK取材班 著)だ。著者のお一人で、惑星科学の第一人者である松井孝典さんと、NHKプロデューサーの浜野高宏さんにお話をうかがった。(聞き手・構成/長瀬千雅)
震災を機に、現代文明のあり方を問い直す
―― 本書は、「スペースシップアースの未来」という同名のテレビシリーズが元になっています。もともとその番組は、どういう経緯で企画されたのでしょうか。
浜野 私は、国際共同制作というかたちでの番組づくりをもう10年以上やってきているんですが、毎年4月の終わりから5月にかけて「Hot Docs」というドキュメンタリーの国際フェスティバルがカナダで開催されていて、それにずっと参加しているんですね。その中に、ピッチ・セッションといって、世界中から放送局が集まって、いろんな企画を提案し合う場があるんです。
東日本大震災があったあとの2011年の4月は、多くの人が考えたのと同じように、私も、自分に何ができるだろうかと考える日々でした。そんなとき、たまたまですが、カナダへ行くことは前から決まっていた。そこで、ピッチ・セッションでプレゼンしたいから15分ぐらい時間をくれないかとお願いしたんです。何を言おうと思ったかというと、「日本では震災が起き、さらに原発事故が起きて放射線の恐怖にさらされた。いったい今、ぼくらは、これをどういう経験としてとらえていけばいいのか。ぼく個人は、現代文明のあり方をもう一度問い直すべき時期にきているんじゃないかと思っている。そのことをみんなに問いたい」と。具体的な番組の提案ではないけれど、そういうことをみんなで一緒に考えていきませんかという問いかけをしたいと思ったんです。
スピーチを聞いて、自分も一緒にやりたいと言ってくれた人が、20人ぐらいかな、集まってくれました。長く一緒にやっているカナダのディレクターやプロデューサーもいて、アイデアを出してくれたりして、国際共同制作として番組が作れそうだぞということになっていったんです。
そこからまた時間がかかるんですが、日本のスタッフで集まって勉強会を続けていた。あるとき、松井先生にきていただいて2時間ぐらいお話をうかがったんですね。そこで、松井先生の地球システム論に基づいた文明のとらえ方というものに、感銘を受けたんです。本で読んではいたのですが、やはり、目からうろこだったんですね。
松井 宇宙を考える上で重要なことは、俯瞰的な視点で見る、相対的に見る。地球もたくさんある星の一つだってことですね。もう一つは、普遍性を追求する。この3つですが、私はそれにもとづいて、地圏・水圏・大気圏・生物圏・人間圏から成る地球システムという考えを発想していました。地球システムの中に人間圏を作って生きるという、その生き方が「文明」なんだと考えています。
「スペースシップアース」の元になっているフラーの『宇宙船地球号操縦マニュアル』も、まさに、基本はそこです。フラーは、地球は包括的に働く自動機構で、地球そのものに情報がびっしり詰まっていると言っています。コンピューターのような解析技術は専門化が進んで人間の代わりをするようなものも出てきているけど、それを包括的に、私の言葉で言えば「俯瞰的」に見られるのが人間の特徴なのであって、我々人間の役割は、地球という星が情報源であるということを認識して、しっかり読み解くことだと。そういうことを書いているんですね。
それはまさに私がやってきたことそのものなんです。地球はどんな星なのか。そこにどんな記録が残されているのかということを読み解いていく。自然は、宇宙の歴史を書いた古文書だと、私は考えています。その古文書を読み解くのが自然科学者なんですよ、ということでやってきたわけです。
浜野 そこから我々もすごくインスパイアされて、カナダ人なんかもメンバーに入ってもらって、「スペースシップアース」という概念をもう一度取り出して、現代的なスペースシップアースとは何なのかを考えるのはおもしろいんじゃないか、というような感じでブレストがされていったんです。
イメージのとっかかりは「スター・ウォーズ」!?
—— 地球を読み解くとか、人間の文明とは何かとか、何人もの科学者たちが時間をかけて研究してきたものを、テレビを通じて一般の人に伝えるというときに、番組づくりという面での難しさもありそうですね。
浜野 我々は、できれば中学生以上ぐらいの人にはわかってもらいたいと思ってつくっています。先生の本はおもしろいんですけど、やっぱり中学生にはちょっと難しいですよね。それをどう番組に落とし込むかというときに、我々のアプローチとしてはまず、ぱっと見てわかる、直感的に理解できるようなビジュアルをつくれないか、ということを考えました。
—— 「スペースシップアース」のメインビジュアルでは、地球を3つのユニットに分けて説明しています。人間が暮らす「客室」、大気や水などの「客室維持装置」、化石燃料が蓄えられている「燃料タンク」。で、ユニットごとに解説と課題が提示されています。おもしろいなと思ったのは、「客室」には「機関室」が備えられているという設定になっていて、機関室の誕生は産業革命に相当する、と。
浜野 最初は、「スター・ウォーズ」にデス・スターって、丸い悪い星あるじゃないですか。あんなイメージから、まあるい絵をこう、描いてみたんですよ。NHKの小野プロデューサーをはじめ制作スタッフが知恵を絞った結果、松井先生のおっしゃる地球システムを、客室・客室維持装置・燃料タンクというふうになぞらえることができそうだなと。全部を包括できてはいないんですけどね。
ちなみに、先生が提唱されている別のイメージは次元が一つか二つ上で、要するに、現在の地球の姿だけでなく、46億年という歴史の時間軸をも含めて一つのビジュアルとしていらっしゃるから。じつは、それもいいなあと思って考えたんですが、さすがにそれを映像化するのは難しかった。
松井 コンピューターでつくればつくれるんですけどね。ものすごいお金がかかるんですよ。情報量が膨大で。我々の知識のすべてですから。
ただ、将来の百科事典はそうなるだろうと思っています。三次元的な構成で、地球から宇宙まで、時空138億年を含む三次元図で、その図上の点を指すと、その時点での対象の状態が出てくるわけです。たとえば、(本の第三章に出てくる)シアノバクテリアに相当する部分をクリックすると、地球の歴史や生命の歴史の上での位置づけから、今の状態まで、全部出てくる。検索項目をビジュアル的に選べるわけ。「し」という頭文字で検索するのではなくて。そういうイメージなんですけれど。
浜野 テレビ的な二次元のものではなくて、三次元的な、ホログラムみたいなものがあれば、すごくいいと思うんです。次の世代のメディアは、それを作れるでしょう。
松井 話を聞いたとき、最初は、ぼくが「地球システム」と表現していることを、「スペースシップアース」として表現したらどうなるのかなと思った。けど、番組のほうで客室とか客室維持装置という説明の仕方をつくって、提案してきてくれたのを聞いて、たしかにわかりやすいし、それでいいんじゃないですかと返事しましたね。
地球温暖化、エネルギー問題…すべてはつながっている
—— この本でおもしろかったのは、概念とか考え方だけではなくて、北極圏の異常とか、大規模森林伐採とか、シェールガス開発とか、もちろんエネルギー問題の中で化石燃料や原子力についても触れられていますし、現実の事例が豊富に収められているところです。取材先の選定はどのようにされたんですか?
浜野 そこはシンプルに、客室で起きていること、客室維持装置で起きていること、燃料タンクで起きていること、それぞれの中でいちばん目立った動きを、ジャーナリスティックに迫ろうと思いました。そうすると、先生の地球システム論にもだいたい沿うかたちになるはずなので。そこのリンクだけははずさないように心がけたつもりではありますね。
ぼくにとっていちばん大きかったのは、やっぱり、3.11が出発点だったということです。東日本大震災を安易に扱うわけにはいかないというところで、悩んだ部分もあったんです。つまり、多くの方がお亡くなりになって、今もまだ行方不明の方もいらっしゃる。そういう中で、わかりやすくするためとはいえ宇宙船をつくってみたり、震災とは一見関係なさそうに見える違う分野にも触れてみたりというのが、いいのだろうかと。
先生はご記憶かわかりませんが、そういう率直な悩みをご相談したときに言われたのは、「それは、3.11を過去として見るからいけないんだ。そこに立脚しつつ、現在と未来を見るんだ」ということでした。あれで我々は、そうか、それならできると思えたんです。
松井 そういうのはね、フラーの本の中ではどういう書き方になってるか、わかります?
—— ええ!? 書いてあるんですか!?
浜野 ぼくも思いつかない(笑)。
松井 そりゃ、3.11とかって書いてあるわけじゃないですよ。何が書いてあるかというと、フラーの本の中ではね、エネルギーのパターンということが書いてあるんです。
非常に大きなエネルギーの出来事はまれに起こる。小さなエネルギーの出来事はしょっちゅう起こっている。まれにしか起こらない現象は、我々の意識からはずれてしまう。震災はまさに、まれに起こる現象だったわけです。だから、彼が、そういうことを理解しないと、地球という星のちゃんとした操縦マニュアルをつくれませんよと言っているんだけど、それがまさに、あの大震災だったわけです。
—— それでは、あの震災を契機に文明を考える番組をつくろうという浜野さんの発想は。
松井 それはフラー的なわけですね。まさに操縦マニュアルをどうつくるか、つまり、地球とはどういう星なのかということでしょ。
浜野 なるほど。
松井 エネルギーの問題もね、エネルギーの中には、利用できるエネルギーと利用できないエネルギーがあるわけです。利用できないエネルギーがエントロピーという概念につながる。利用できるエネルギーがどんどん減っていき、利用できないエネルギーが増えていくのが、エントロピーの増大です。それをどう克服するかというので、フラーは、地球という星は、じつは、利用できるエネルギーをつくり出しているんだと言うわけです。それを理解して、もうちょっと上手く使えば、化石燃料が枯渇してどうにかなるなんてことはないですよと言っている。その、「上手く使う」ということが「操縦マニュアル」なんだけど、それは書かれてないから、人間が自分たちで読み解いていかなきゃいけない。
エネルギーというのは本当はそういう問題なんです。だけど、なかなか番組でそんなふうに説明するわけにはいかないから、やっぱりわかりやすいエネルギー問題、わかりやすいというのは、世の中的に受け入れられているようなエネルギー論でやっているということです。
浜野 だから、松井先生との会話がなければ、ああいう並びはたぶんあり得ないですね。つまり、いろんな状況を考えれば、今のNHKで、地球温暖化問題と原子力を含むエネルギー問題を、別の回とはいえ同じシリーズの中であのように語るというのは、ふつうはちょっとやりにくいんです。
—— なるほど、そうか……
浜野 しかし、地球を俯瞰すれば、それはやっぱり、全部つながってる話だし、そうか、やってもいいんだという、テレビの作り手としてある種、腹がくくれたと言いますか。それはあったと思います。
松井 すべての問題は地球という星を理解することなんです。操縦マニュアルは、地球の中に全部書かれている。それを読み解きなさいとフラーは言ってるわけでね。番組とこの本は、読み解き作業の、第一弾ということですね。
浜野 そうですね。だから、やればやるほど、やらねばならぬこととか、むしろ、やれないことが多いとわかっていく。
松井 我々は操縦マニュアルを持ってないからね。それを読み解いたあとで番組にするんだったらできます。だけど、読み解いている途中で番組にしていくというのは、なかなか難しいですよね。
3.11以降の本当の問題は巨大都市東京
浜野 悩んだのは、じゃあ未来に向けた「解決編」みたいなものをつくろうとなったときに、それってなんなんだろうということでした。本の第四章にあたりますけど、その一つのキーワードが、システムを小分けにするということでしたね。
松井 要するに、今流行りの再生可能エネルギーを使えるということです。システムを小さくすれば。太陽の光だとか、風の力だとか。ただそれは、エネルギー密度的には非常に小さいわけ。だから大きなシステムには使えない。システムの単位が大きいと大きいエネルギーが必要ですから、システムを小さくして、それをつなぎ合わせれば、できるんじゃないかと。
浜野 そう言われて探したら、やっぱりそうで、事実、ドイツなんかだと、小さな町で、風車や家畜の糞を燃やしたメタンガスでエネルギーを全部まかなっているところがふつうにあるんです。でも、3000万人規模の首都圏のエネルギーをまかなおうと思うと、やっぱりどこかに原発をつくって大規模に発電して引っ張ってこないといけない。
松井 ということはね、東京を解体しない限り、3.11以降の本当の問題に手をつけたことにはならないんだけど、だれもそんな発想を持ってないから政治的な話題にはならない。私は政治家じゃないから、現状はどうかという解説はできても、どうあるべきだなどということは言わない。かつての日本を目標にすると言うのなら東京は今のままで行かざるを得ないし、原子力は必要になる。3.11以降我々はもうまったく違う文明のフェイズに入ったのだから発想を変えざるを得ないと言うなら、東京を解体して小さなユニットに分けていくべきだという発想もあり得る。日本人がどっちを選ぶかという問題なんです。
—— ちょっと脱線するかもしれませんけど、松井先生も浜野さんも世界中の都市を見ていらっしゃると思いますが、やっぱり東京って特殊ですか?
松井 特殊でしょう。100万くらいから出発して、3500万人にもなっちゃったんだから。
浜野 突拍子もなくでかいですね、東京は。世界一ですよね、都市圏で言えば。次が2200万人のデリーかな。
松井 東京とデリーの違いは、東京にはスラムがないということですね。
—— それも東京に特有のことなんですね。
松井 スラムというものをどう考えるかは、非常に微妙な問題で、これについてはいろんな考え方があるんです。また別の話になってしまう。
—— ドイツの郊外の町でできることが、なぜ日本でできないのでしょうね……
松井 30万とか35万人の都市と、3500万人の都市とでは、本質的に違います。システムとしてね。ここでできるからこっちでもできるということはあり得ない。
浜野 まあ、私が住んでいる世田谷区とか、試みている方々や地域はあります。でも、エネルギーをどういうバランスでミックスして使っていくかということは国家戦略そのものですから。そこが変わらない限りは、ちょっと難しいですよね。
松井 結局は、一人一人の決断なんだけど、一人の持ってる知識は限られているから。フラーも最終的に重要なのは教育だと言ってる。これがなかなか、難しいんですよ。
浜野 番組も本もそうですけど、我々が目指したのはきっかけです。この本でエッセンスに触れた人がおもしろいなと思って、松井先生のほかの本も読んでみたり、(本に登場する)(ジャレド・)ダイアモンドや(ヨルゲン・)ランダースや(エイモリー・)ロビンスの本を読んでみたりする中で、考えるきっかけができるといいなと。我々も、これで終わってはダメなので。もっといろんなかたちでやっていかないと。だって、人類の未来を考えるっていう話ですからね。
松井 本気で考えなきゃいけないのです。みんなが。でも今の人にとって、「人類の未来を考える」なんていうのは、言葉でしかないんだよね。本気じゃないんです、だれも。そこが問題なのです。(浜野さんに向かって)だけど、この本、梅原(猛)先生が褒めてたよ。
浜野 そうですか。それはとてもうれしい。
松井 秋から梅原先生と対談して本をつくる話があるのですが、その資料としてお送りしたら、おもしろかったって。私自身も、今回この本をつくることに関わって、もう一回、自分の文明論を発展させなきゃと思いましたね。
しかも、考えようによってはちょうどいい時期かもしれない。というのは、産業革命勃興から200年ぐらい経過して、今、産業革命のほとんど終焉に近いところにいるわけ。社会の発展とは何か、ぼくの言葉では人間圏と言うけど、どちらにしても、俯瞰的な見方をしなければ、その未来について解くべき問題をつくれないわけです。今なら、宇宙138億年を俯瞰して、何を解けばいいのかというところを論じられるからです。
浜野 番組と本に関わらせてもらって、産業革命が始まって人間圏がわーっと膨らんで、我々の言う機関室が大きくなって、ある種の終わりが見えた瞬間が今だという気がしていて、「ひたすら成長しなくては」という一つの共同幻想がもしかしたら終わるかもしれない、ということはなんとなく見えたような気がするんです。で、じゃあその次はどうあるべきかというときに、私流に解釈すると、個別に見えた問題が全部つながっていく、そこに考えるべき新しいテーマが潜んでいるのかなという気がしています。まだ漠然としているんですが。
未来へ向けてのエピローグ
—— テーマが大きいだけに、私なんかがふつうに視聴者、読者として気づきを得たとして、日々の暮らしで何をどう変えていけばいいのか……と考えてしまいます。
松井 何をどう変えるかじゃなくて、そういう発想をすることで自分自身が変わると思うよ。俯瞰的な視点を持つことによって、自分の生き方そのものが変わると思う。だって、何のために生きているのか考えてなかった人が、自分は何のために生きているのかと考え始めた瞬間から、今までやってきたことがバカバカしくなるってことはあり得るわけですよ。それがいちばん大きいと思います。ぼくは、何のために生きているのかを問わずして、ただ生き延びるための議論をしたってしょうがないと言うんだけど、こういうことは、言葉としてわかっても、本当に自分がそういう意識に変わらなければ、お経の題目と変わらないでしょ。
浜野 逆に言うと、そういう発想を持つと、ある種の議論がすごく陳腐に見えてきたりするじゃないですか。ニュースを見てても、なんでこの話をしててるのにこれをやるんだろうか、みたいなね。我々の商売はそういうことを、少しでも本質を提示するようなことを一つ一つやっていくしかないんですけど。でも、やっぱり松井先生の俯瞰する発想っていうのは、すごく、現代的に必要だなと思います。
—— そうか、番組を見て、本も読んで、スペースシップアースが抱える問題を知った気になっていましたけど、まだ、全然……
浜野 わかっていないというところから始めなければならないし、なにもかもは載せられないですよね。だから、松井先生と一緒に考えた21世紀版スペースシップアースという骨組みと、一般の人が興味を持ちそうな、大寒波とか異常気象のような身近な話題であったり、日本人であれば原発の話であったりというものを、番組にしていったという感じですね。
松井 ……番組のエピローグを作らなきゃいけないのかもしれない。
こういう提起をしたわけだから、3.11はどう考えるのか、原発の問題はどう考えるのか、日本国の未来はどう考えられるのか、学問の状況をどう考えるかとか、そういった大きな問題の。プロローグの回があったじゃない、それから本編が4回あったんだけど、エピローグがない。未来へ向けてっていうのはまさにエピローグだからね。
—— 本もできあがってこれで区切りかと思ったら、宿題ができちゃいましたね。
浜野 ちょっと近いことを思ってたんですけど、ぼくらの仕事は、たとえ100%理解できていなくても、考えのエッセンスを、若い人というか、幼いぐらいの10代の子たちに伝えることで、そこから将来、先生のように科学者や研究者になる人が出てくるかもしれない。そこがもう一つの、かすかな希望というか。
松井 教育というのはそういうことですよね。
—— すごい素朴な疑問なんですけど、テレビ局って、いつになるかわからないエピローグを待ってくれるようなところなんですか……?
浜野 やるとしても新たに提案することになるので、全然違う番組にはなるでしょうね。個人の思いがあれば可能性はあります。
—— テレビマンとして、自分の中に問題意識を持ち続けるということですか。
浜野 尊敬する先輩たちは、5年経っても10年経ってもおんなじようなことをやり続けて、それがだんだん進歩していって、そういう姿を見ているとやっぱりすごいなと思うんです。それを受け継ぐ人がまた現れたりする。ある種、個人の思いでつながっていくということはあるんじゃないかと思います。ただまあ、テレビを見る側は知らなくてもいいことですし、それよりも、見てくれる人に多少なりとも影響を与えられたらいいな、と。いい意味でね。そこはちょっと、期待というか、願いですね。
松井 いや、メディアというのはまさにその字句通りなんです。私みたいに物事を考える人と、一般のレベルの人たちがいて、それをつなぐのがメディアの人なんだから。このつなぐ人が、考えをどうやってわかりやすく、目に見える格好で示せるのかというところがポイントなわけです。そういう意味ではこの番組は、「宇宙船地球号」という言葉を可視化してくれたわけでしょ。そこが重要ですよね。なおかつ、その背後に隠されている問題を明確に示す、と。メディアはまさにそれが仕事だから、そこのところでいろんな人がいろんな能力を発揮すれば人々の意識を変えられるかもしれない。
ぼくは30年くらい前、NHKで「地球大紀行」という番組に関わったんだけど、その前に「パノラマ太陽系」という番組があって、それがNHKと関わった最初だったの。惑星科学という最先端の学問をね、どうやって見せるのか、しかも総合テレビで、一つの実験としてああいう番組があった。それがうまくいったから、今のように、総合テレビで科学番組を放送するという、次につながっていったわけです。この番組も同じです。世の中で高く評価されれば、それが一つのムーブメントになっていく。
研究者は別に、社会をどう変えるということでやっているわけではありません。メディアの人が鋭い感性を持っていて、これはすごく本質的だなと感じて、それを社会につなげたいなと思ったら、それをどう表現するかという話でしょ。
—— じゃあ、今回の番組から書籍化の流れは、成功例の一つと言っていいでしょうか。
松井 成功例かどうかは、エピローグにかかってる。
—— はははは。
松井 だって、これはきっかけだからさ。
それぞれの時代にそういうことを考える人がいるということが驚きであってね。フラーであり、今は我々が考えてるわけだけど、また20年後か30年後かにこういう問題を考える天才が出てくると、本当に宇宙船地球号の操縦マニュアルができるかもしれない。人間が創造することじゃないんです、解読するんですよ。自然を解読するということが重要なんです。地球とはなんぞや。宇宙とはなんぞや。
『宇宙船地球号操縦マニュアル』が生き延びる理由
浜野 おもしろいもので、テレビもわかりやすくすれば多くの人が見るわけでもなくて、難しいテーマをあえてやったときに、意外にそういうものに飢えている視聴者がいたりする。もちろん難しいことを難しいまま出したってしょうがないよなということはあるんですけど、でもあんまりやさしくしすぎちゃうと、円周率を3という、みたいになっちゃうでしょ。それでよければまあそれでもいいんだけど、そればっかりになると、今度はちゃんとしたことが言えなくなってくる。もやもやの中でどっちのバランスをとるか。
松井 今、円周率π(パイ)が出てきたので紹介しますが、フラーはね、πを使うような発想じゃなく世界を理解しようとしているんです。自分が経験上わかるような概念だけでこの宇宙を説明してやろうとしているわけ。πというような数字、もともと自然は持っているのか、と問うわけ。πを使わないと表せないような世界を自然がつくり出すだろうか、というのが彼の発想の原点にある。彼は彼自身の言葉で宇宙の現象を説明しています。だからその背景にあるのは、いわゆる物理学じゃないわけです。彼は、球の細密パッキングという独特の発想で、正多面体をいろいろ持ち出してきて、世界を説明していこうとします。あるいは、球の2地点を結ぶ最短の線であるジオデシックラインとか。それがじつはぼくの言葉で言えば、関係性ということになるのですが。
佐伯(担当編集者) ジオデシックドームってそういう意味だったんですね。(モントリオール)万博で採用されたという。
松井 そうです。でもこの本はふつうの人が読んでもその文章の意味がまったくわからないと思いますが。
佐伯 その『宇宙船地球号操縦マニュアル』が2000年に文庫になって、その後も何度も増刷されているっていうのは、やっぱりいまだに振り返りがされているからですか?
松井 なにか、本質をついているなとみんな思っているのでしょう。だけど、その本質が何なのかはよくわからない。
浜野 ぼくもそんな感じだと思います。
—— そこに本質がありそうだというカンはあるんですね。
松井 こういう本とかを番組で紹介してくれる意味は大きいと思う。だって、ふつうの人はそういう本を選ぶ感性はないわけだから。だけど、浜野さんや、NHKの人がそういう感性を持っていて、それにもとづいて番組をつくることによって、「宇宙船地球号」の現代性が浮かび上がる。
浜野 エピローグに向けて、何か考えないといけないですね。
松井 そういう意味で言えば、「地球大紀行」にしても、エピローグってないんですよね。今つくるならエピローグなんですが。今までやった番組のエピローグをつくろうと思えば、たくさんやるべきテーマがあると思います。
浜野 それおもしろそうですね。
—— そのときはぜひまた書籍化も。タイトルは変わるかもしれないけれど、いろんなかたちで繰り返し伝えていくということですね。
松井 すべては時系列としてつながっていきますから。終わるということはないんです。エピローグであり、プロローグなのです。
プロフィール
松井孝典
1946年生まれ。理学博士。東京大学理学部卒業、同大学院博士課程修了。NASA研究員、マサチューセツ工科大学招聘科学者、マックスプランク化学研究所客員教授、東京大学理学部、同大学院新領域創成科学研究科教授を経て、同大学名誉教授。2009年4月より千葉工業大学惑星探査研究センター所長。著書に『我関わる、ゆえに我あり―地球システム論と文明』(集英社新書、2012年)、『生命はどこから来たのか? アストロバイオロジー入門』(文春新書、2013年)、『天体衝突』(講談社ブルーバックス、2014年)など。
浜野高宏
1966年生まれ。1990年にNHKに入局。広島放送局、報道局、NHKエンタープライズ勤務などを経て、現在、編成局コンテンツ開発センター、チーフ・プロデューサー。国際共同制作で「祖国を奪われた人々」(2006)、「スーパー・ストーム」(2007)、「異界百物語」(2008)、「二重被爆」(2010)、「ナノ・レボリューション」(2012)などを制作。また、東日本大震災後は「震災後を歩く デヴィッド・スズキ」(2012)、「心をひとつに」(2013)、「波の向こう」(2013)、「ミュージック・フォー・トゥモロー」(2014)などをプロデュース。その他、「妖しき文豪怪談」(2010)、「ひろしま 石内都・遺されたものたち」(2012)、「太秦ライムライト」(2013)などの制作・劇場上映にも携わる。