2014.11.15
リスク・責任・決定、そして自由!――『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼』(他)
『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼』(PHP新書)/松尾匡
本書は、シノドスで連載中の『リスク・責任・決定、そして自由!』のうち、第一回(2013年10月24日)から第八回(2014年6月26日)までを、加筆修正の上でまとめたものだ。サブタイトルは「巨人たちは経済政策の混乱を解く鍵をすでに知っていた」。
長期連載かつ書籍化の予定があることをあらかじめアナウンスしていたため、途中で離脱した読者や、書籍化後にまとめて読むと決めていた読者も多くいるだろう。改めて本書(本連載)の内容の一部を振り返ってみたい。
筆者の松尾氏は、70年代から80年代にかけて、それまでの「大きな政府」志向が行き詰まりを見せ転換を迫られたとき、人びとはその転換を「小さな政府」路線への推進と誤解してしまった。しかしそれは「小さな政府」(新自由主義)路線ではなく、まったく別の「転換X」だった。つまり、この30年間、世界中が「大きな誤解」をしていて、それが現在の混乱を招いてしまったのだ、と指摘する。
それでは「転換X」とは一体なにか。その正体を探るべく、ソ連型システム、ハイエク、フリードマン、日本型雇用からベーシックインカム、リフレーション政策まで、ありとあらゆる時代・思想・分野を横断していく。それらを読み解くためのキーワードが「リスク・責任・決定の一致」そして「予想は大事」だ。
本書でも典型例として引かれている福島第一原発事故を思い浮かべてみよう。事故が起きた際のリスクは建設地の住民に最も降りかかる。しかし原発建設は、その土地に住まない電力会社が最終的な決定をする。原発事故が起きてしまったとき、被害の甚大さからして、電力会社が自らの力のみで責任を負うことはできない。つまりリスクに応じた責任を取らずに済むならば、リスクのあることに手を出してしまって当然であり、ある決定は、リスクにかかわる人間が、その責任のもとで行われなくてはいけない、ということだ。
それではいったいなぜ「予想は大事」なのだろうか。それはぜひ書籍を手に取って確認してみて欲しい。消費税増税先送りの議論のなかで、アベノミクスの真意を問われているという意見も耳にする。そのアベノミクスの金融緩和こそ、なぜ予想が大事なのかを理解するためにうってつけの題材だ。
加えて、本連載を追ってきた読者にも本書はぜひ手に取ってもらいたい。というのも最終章には、連載に直接的には記されていない松尾氏の思惑を垣間見ることができるからだ。それによって、いままで以上にこの連載を深く読み解くことができるようになるかもしれない。
われわれが30年もの間、大きな誤解をしていたという転換Xの正体とは? 現代を切り取る新たな視点を楽しんでほしい。(評者・金子昂)
『わが子よ 出生前診断、生殖医療、生みの親・育ての親』(現代書館)/共同通信社会部編
シンプルなタイトルに具体的な副題。『わが子よ』は、2013年4月から2014年6月にかけ、共同通信社が配信した連載記事をまとめた本である。文字通り、出生前診断と、生殖医療、養子縁組の3つのテーマを設定し、「親子とは何か」という普遍的な問題を問いかけている。
2013年春、出生前診断の新たな検査が医療現場に導入された。検査では、ダウン症を含む染色体異常の有無を調べることができる。第1章では、そんな出生前診断を取り上げ、命をめぐる重い選択に向き合った夫婦の葛藤が描かれている。
川合真理さんは、知的障害のある長男を育てながら二人目を身ごもった。胎児には染色体異常が発見され、「障害がある子を、二人も育てられない」と中絶を考えるが、夫と話し合いを重ね、生むことを決意。しかし、「かわいそうな思いをさせてしまう」と、長男の世話が疎かになってしまうのではと頭をよぎる。
また、上の子がダウン症である佐藤泰子さん(仮名)は、二人目を身ごもった際、夫の両親から羊水検査を受けることを強く進められる。泰子さんは検査を受けるが、大きくなった子どもに「障害があったら産まなかったの?」「なんで検査を受けたの?」と聞かれるのではないか考えると、涙がこぼれてくる。検査結果は異常なしであり、誕生した子どもはすくすくそだっている。それでも、子供への罪悪感から、心に傷が残り、一時は精神科に通ったこともあった。
本書には多くの夫婦が登場し、それぞれの葛藤を丹念に描いている一方で、「連載をすぐにやめてください!」「障害がある人、子どもの家族からすれば、世の中にとっていらない人、子どもと言われている気持ちになり、つらくて仕方ないですよ!」と障害がある子どもを育てている読者からの手紙が寄せられていることも紹介している。
子を産み、育てることに正解などなく、それでも悩みぬいて決めなければいけない、という事実は重く、読んでいて息苦しさを感じるほどだった。それでも、本書にどこか希望があるのは、「わが子」たちの命の輝きを丁寧に描き出しているからかもしれない。(評者・山本菜々子)
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