2015.09.07
大津いじめ事件・若き市長の改革
平成24年1月、大津市長に就任した越直美氏は、市長就任前に起きたいじめ事件の対策へ取り組むことになる。立ちはだかる教育委員会の壁や、第三者調査委員会の設置……市長の改革に荻上チキが迫る。(構成/島田昌樹)
大津いじめ事件の経緯
荻上 今回は滋賀県大津市の現役市長である越直美さんとの対談をお送りします。越さんは、平成23年10月11日に起きた大津いじめ事件のあと市長に就任し、前の市政を含めて改革する立場からいじめ対策に取り組みました。
また、ご自身もいじめられた経験を持っていると著書にあります。以前の市政を客観的にチェックするというだけでなく、ひとりの当事者として問題と向き合うところがあったと思います。
越 はい。今回、私が本を出したのは、3年が経ちましたが、亡くなった中学生のつらさや無念を忘れてはいけないという思いからです。大津いじめ事件の教訓を共有して、悲しい事件が起こらないようにするための歩みを止めてはならないと思っています。
まず、事件の経緯からお話ししますと、平成23年10月11日に、いじめを受けていた市立中学校2年の男子生徒が自ら命を絶たれました。私は翌年1月に市長に就任したのですが、最初はこの件について報告がまったくありませんでした。
そして、平成24年2月末に、ご遺族が大津市を相手に訴訟を提起されました。それまでは学校と教育委員会がこの問題に対応していたのですが、直接、教育委員会を相手に訴訟を起こすことができないため、市が訴えられる形になりました。
荻上 形式的にそうなるんですよね。著書で初めて知りました。
越 後にご遺族の方とお話した際、ご遺族の方も学校と教育委員会を訴えたかったのに、市を訴えることになりびっくりしたと仰っていました。この時初めて、教育委員会から報告がありました。事件後、私が市長になる前に学校と教育委員会が調査した結果、いじめがあったことは判明したが、いじめと自殺との因果関係は分からなかったという内容でした。本当に十分な調査をしたのか何回も聞いたんですが、ちゃんと調査した、と。
7月に自殺の練習が行われていたのではないかと新聞で大きく報道され、全国的なニュースになりました。それから滋賀県警の強制捜査が学校と教育委員会に入り、段ボール10箱もの資料が押収されました。それまで、教育委員会から市長部局には全く提出されていなかった資料です。そこで、県警から資料のコピーをもらい、私も自分で資料を見ました。
「生徒が亡くなるまで、いじめに気付かなかった」と学校は言っていました。でも、「いじめか?」と書かれた教員のメモなど、少なくともいじめの疑いがあったことが分かる資料が出てきました。愕然とする思いでした。教育委員会の調査は全くいい加減な調査だったと気付いて、調査のやり直しを決意しました。
私の前職は弁護士で、企業のコーポレート・ガバナンスの仕事をしていたのですが、企業で不祥事が起きたときは内部で調査することはあまりありません。外部の弁護士などに任せます。専門性の問題もありますが、株主や消費者に信用してもらうためには第三者による調査を行う必要があるんですよね。
これにならって、外部の専門家による第三者調査委員会を作って再調査をしようとしたのですが、教育委員会からも強い抵抗がありました。今考えると、この時が一番大変でした。
再調査への抵抗
荻上 どういう抵抗があったんですか?
越 「“教育的配慮”から再調査はするべきではない」と、教育委員会から言われました。「教育村」と言われることもあるように、教育委員会って、中の人しか分からない言葉を使うんですよ。「“教育的配慮”って何ですか」と聞いてみたら、「事件を蒸し返すことになり、子どもが傷つく」ということでした。
でも、本当は違いました。押収された段ボールには、「亡くなった生徒のために真実を明らかにしてください」「死を無駄にしないように、原因をつきとめてほしい」と同級生が回答したアンケートがありました。
実は、私もいじめられた経験がありました。この事件に比べたら私の受けたいじめは大したものではありませんが、亡くなった生徒のことを思うと、徹底的な調査をしなければならないと決意しました。
そこで、教育委員会ではなく、市長の下で再調査を行うことにしました。もう教育委員会には任せられないという気持ちでした。
荻上 第三者調査委員会に遺族推薦の人物を入れたんですよね。それに対しては、どういう反応がありましたか?
越 5人(のち6人)の委員のうち、3人をご遺族推薦の委員にしました。これにも反対する声が多かったですね。
荻上 その理由は?
越 「大津市が作る委員会なんだから、遺族推薦の人物を入れるのはおかしい」ということでした。
荻上 うーん……。遺族の方は大津市民ですよね。で、市民が当事者として市政に要望するのはいたって真っ当です。人数の問題はありますが、そもそも意見を聞かないというのは謎ですね。
越 あと「遺族推薦の人を入れたら、公平な調査ができない」という反発もありました。
荻上 「遺族が推薦する人物を入れたら、遺族に有利なバイアスがかかるだろう」というロジックですか。それは直ちに、「行政が推薦する人物だけなら、行政に有利なバイアスがかかるだろう」って跳ね返ります。
越 そうですよね。ぜんぜん理屈になってないんです。
荻上 こうした検証は、第一義的には当事者のために、第二義的には秩序を改善するために行われるものです。これには専門性・信頼性、さらに客観性・透明性も必要です。
当事者の推薦した人物が入ることで信頼性が築かれますし、調査委員会のメンバーが客観性と専門性を持っていれば問題はないはずです。なおかつ、そのあと民間に戻る人物がいれば、その人達の口はふさげないので、社会に対する透明性も担保されます。
このようなサイクルで、第三義的にはメディアや啓蒙活動を通じて社会全般を向上させることも期待されます。
今回のように当事者が推薦した人物を入れることで、本人や市民に信頼してもらえる仕組みを作ることは、第三者委員会としては当たり前のことにように思えるんですけどね。
越 遺族推薦の人物を入れるために夜中まで何度も議論した時には、ご遺族の言葉が支えになりました。
7月に教育委員会と学校のずさんな調査について、ご遺族に直接謝罪したんです。その時、「市長を信頼して、息子の件を市長にお任せします」と言っていただきました。その言葉が私の支えとなって、同時に責任の重さを感じ、ご遺族の思いを裏切りたくないと思いました。
結局、弁護士の経験から、中立・公正に調査を行うことを約束する就任承諾書を出してもらうことなどを提案し、なんとか、遺族推薦の半数の委員を入れることができました。大津市の推薦委員も市が勝手に選んだものではなく、日本弁護士会などに推薦してもらった専門家です。委員の皆さんは、遺族推薦や市推薦の区別なく、全員が、亡くなった生徒のために、本当に熱心に活動してくれました。
第三者委員会設立の難しさ
越 大津市が行うまで、外部の委員会がいじめについて調査・公表することは、ほとんど無かったんですよね。第三者調査委員会を立ち上げるために、前例を調べたのですが、見つかったのは4件だけ。このとき初めて、いじめについて過去に徹底的な調査がされて、公表しているものが無いと分かったんです。
大津市の調査のあと、調査を義務づけるいじめ防止対策推進法ができ、いろいろなところで大津市のように第三者調査委員会をやってほしい、という声が起こっています。でも、本当に中立・公正で専門性のある委員会ができているかというと、そうでないケースが多いと思います。
大津市のご遺族が他のご遺族の支援をされているのですが、そもそも調査をしなかったり、調査をしても遺族推薦の委員が入ることはすごく少なかったり、教育委員会が遺族の了解を得ずに委員を選んだり、市の元顧問弁護士を入れたり……遺族に信頼してもらえるような委員会は、あまり作れていないと思います。
荻上 いじめ以外でも第三者委員会を作ろうとする動きは起こっていて、社会全体がやり方を模索しています。今はそのための議論を重ねているところですね。いじめの場合は、越さんがやったことがひとつのきっかけになり、第三者委員会を作ることが当たり前になりました。今後重要な点としては、まさに当事者の要望を反映する形でメンバーを選ぶなり、情報公開するなりといったことをスタンダードにしなくてはいけないということですね。
検証を行う際、当事者の信頼性を得られない検証機関を作ってもしょうがありません。その点で市長は重要ですが、曖昧でもある立場です。市長は市民の代表として行政に携わるので、官僚組織の改革も期待されますが、行政の側の人間でもあります。長期政権だったり、事件が自分の時に起きたりすると、俗人的な理由も手伝い、行政擁護のふるまいをするケースも出てきます。
越 それはあると思います。それでも、私は教育委員会ではなく、市長が動く意味はあると思います。市長は市民に直接、選挙で選ばれており、市民に対して説明責任がある立場です。でも、教育委員会は選挙で選ばれていませんし、市民に遠い。それが隠ぺい体質に繋がっていると思っています。
教育委員会の問題点
越 そもそも教育委員会がどういうものなのか理解している市民が少ないです。私は、理解してない市民が悪いのではなく、市民に理解できない制度が悪いと思っています。制度が複雑過ぎるんですよ。
例えば、大津市には5人の教育委員がいて、その中に教育長と教育委員長がいるのですが、このような制度について知っている市民はあまりいません。また、教育長以外は非常勤で、教育委員の名前を知っている市民はほとんどいません。そのため、教育委員会には権限があるのに、市民から責任を問われることがなく説明責任を果たすこともありません。責任を取るのは市長です。市民から見てバラバラになっている制度になっていて、大津いじめ事件では悪い方向に影響しました。
荻上 ちなみに、大津のいじめ問題をきっかけに教育委員会改革が進んだけれども、その後の教育委員会改革は大津のケースとは完全に無関係のものになっていますね。
越 そうなんです。 責任と権限がバラバラのままで。大津の事件にとって背景の事情として作用したと思うことは3つあります。教育長と教育委員長の2人がいること、県の教育委員会と市の教育委員会があること。それから、一番大きいのは市長と教育委員会という組織があることです。大津のケースで言うと、制度上の責任者は教育委員長だったのですが、当時の委員長は、一度も市民の前で説明しませんでした。
また、教育や学校については教育委員会に権限がありますが、そのあと訴訟になったら市長が責任を負います。つまり、教育委員会は事件が起こるまでは好きに決めることができるけれども、最後まで責任をとらない仕組みになっているのです。だから、教育委員会は訴訟になっても資料を出さないような無責任な体質になってしまうんです。ここが大津で一番の問題だったのに、今回の法律改正では「教育村」の抵抗が強くて制度があまり変わりませんでした。
荻上 国の教育委員会の法律の改正では、教育委員長が無くなって、教育長と一緒になりましたけど、それ以外の部分は変わりませんでしたよね。
越 基本的に最終的な権限や責任は変わっていません。教育に関する部分は教育委員会、予算や訴訟に関する部分は市長というバラバラの状況が続いています。
あと、今回の教育委員制度の国の改正の枠外ではありますが、県の教育委員会と市の教育委員会が分かれていることも問題です。教員の人事権は県の教育委員会にあるのですが、これは市民の意識と乖離しています。
事件の際、私のところに「校長・担任をやめさせろ」という批判がたくさん来ました。市民は大津市立の中学校だから市長や市の教育委員会に人事権があると思っているわけです。でも、実際に、処分する権限があるのは、県の教育委員会です。
そして、県の教育委員会による処分も非常に軽かった。私は軽すぎる処分だと言いましたが、取り入れられることはありませんでした。これでは組織としての一体性がないし、そのような人事配置をしている県の責任も問われない。
荻上 県と市の仕事の違いが分かりにくいと、通報することも難しくなりますね。別の意味での縦割りと言いますか、層が違うと言いますか。
越 文部科学省、県の教育委員会、市の教育委員会というピラミッドは残っているように思います。市の教育委員会の事務局は本来、教育委員を見て仕事をするべきなんですが、それも見ていないし、市長も見ていませんでした。県の教育委員会を見ているんです。教育委員会事務局がなにか報告するときも、まずは県の教育委員会に報告し、教育委員や市長は後回しという感じでした。市民のために働くためには、市の中で完結させる仕組みにしないと。
「教育村」
荻上 先ほどの「教育的配慮」の話があったじゃないですか。「事件を蒸し返すことになり、子どもが傷つく」っていう。これは何にでも使えるマジックワードですね。調査をせず隠ぺいすることは、子どもたちから社会への信頼を剥奪することになるため、「教育的配慮」のためにはむしろ丁寧な調査と説明こそが重要だと反論することもできます。そういう言葉は使わないで、議論を進めないと。
越 でも、「教育村」の人はそれで納得するんでしょうね。例えば、学校で事件があった場合、それが犯罪に該当するような暴力事件であっても警察に言わないのは「教育的配慮」だという。本当にそれでいいのかと考えると、そうじゃないと思います。
犯罪に該当する行為に対しては、社会のルールにしたがって警察にも言うべきです。少年法には更生させる目的があるわけですから、将来的に見たらその子のためにもなる。それを考えずに、その場限りのことをするんですよね。自分たちのいいように「教育的配慮」という言葉を使っている。
荻上 いざという対応がどうなるか、教育委員会の俗人性に左右されることはこれからも続く面があるでしょう。緊急事態だけでなく、いじめ防止対策推進法では、いじめに関する調査や啓発を普段からしておくことが求められています。
地方のいじめ対策の動きを見ていてもいいなと思えるのはごく一部で、ふんわりしたことをやっているところが多い。例えば、いじめ防止宣言を建てて、みんなで歌をつくるとか。スローガンを募集する、いじめ防止授業を一回だけする……残念な実情だなあ、という気がします。
大津いじめ事件後の大津市行政の動き
荻上 大津市はじめ、国や他の自治体のその後の動きはどうですか。
越 大津市のことをお話すると、大津市ではいじめ防止対策推進法ができる前に、第三者委員会の報告書が出て再発防止策の提言がありました。これと、大津市議会で策定したいじめ防止条例の2つに基づいて、平成25年4月から大津市では新しいいじめ対策に取り組んでいます。
これまで、いじめ防止策は教育委員会や学校だけがやってきましたが、市長部局でも「いじめ対策推進室」を設けました。4~5人の市の職員以外に、常勤の相談調査専門員として臨床心理士や弁護士を4人ほど雇用しました。それと、「大津の子どもをいじめから守る委員会」という常設の第三者委員会を設けました。これにも、外部の弁護士、臨床心理士が入っています。
これにより、今まで行き場のなかった子どもの声を聴く窓口ができ、子どもを中心とした解決方法を提供できるようになりました。例えば、加害者の謝罪だけで片付けられてしまった事案についての相談が来たりしています。
子どもが相談する相手は小学生なら親、中学生なら友達が多くて、先生は一番じゃないんですよね。なぜ先生に言いにくいのか、子どもたちに聞くと、「帰りの会などで勝手に言ってしまうから」と話していました。そういうことをすると信頼関係は築けません。
「いじめ対策推進室」と「大津の子どもをいじめから守る委員会」では、子どもの秘密を守るようにして、まず子どもの声を聴くようにしています。
学校への働きかけが必要な場合は子どもの了解をとったうえで、「いじめ対策推進室」の専門相談員や「大津の子どもをいじめから守る委員会」の委員が学校に行き連携を取るようにしています。今までの学校とは違ったアプローチや解決ができている点で意義があると思います。
荻上 学校側の論理だけで動くと、やはり限界があります。今、注目されているのは、学校と行政との橋渡しになる「スクールソーシャルワーカー」ですね。学校のことを外部に伝えたり、当事者に対して学校の外側でやれることについて情報相談するはたらきが期待されています。
それから、経済的にハンデがある子ども、障害のある子ども、セクシャルマイノリティの子ども、外国出身の子どもなど、いじめの対象になりやすい児童は多い。いじめを単独の問題としてとらえるのではなく、差別や貧困、人権の問題と連携しながら、他のNPOや行政などと協力することも期待されています。このような動きは学校だけでは難しいですから。学外との取り組みはどうですか?
越 学校の外に機関があることには、意味があると思っています。「いじめ対策推進室」のような活動を広めると、学校とは別の価値観で子どもにアプローチできるかと思います。
大津いじめ事件後の学校、教育委員会の変化
越 教育委員会と学校も変わらなければいけません。大津市では、事件の後、教育委員会の委員を大きく入れ替えました。先ほどもお話しましたが、今の制度上、市長は教育に直接関与できません。市長のできることは、教育委員を交替することなんです。
教育の素人が教員委員になるという考えもありますが、いじめ事件のときの大津市の教育委員は、教育委員会事務局の言いなりになり、形骸化していました。そこで、第三者委員会の委員をした人、専門の大学教授を新しく委員に選任しました。そのことで、意思決定できる組織になりました。
また、以前の活動回数は他の教育委員会同様、月1~2回でしたが、今は、教育委員が月7、8回活動しています。教育委員会の会議以外に、月に2回は市長と教育委員会の協議会を行っています。教育委員が学校現場に行く「スクールミーティング」も行うようになり、校長やいじめ対策をしている教員に直接話を聞くようになりました。
また、教育委員会の事務局に、「学校安全推進室」ができました。「学校安全推進室」には指導主事だけでなく室長や行政職が入っていて、いじめ、事故などを扱っています。加えて、重大な事案については、弁護士、臨床心理士、大学教員で構成された緊急サポートチームも対応します。
学校では、全ての学校に「いじめ対策担当教員」を配置し、また、「いじめ対策委員会」を設けました。第三者委員会の報告書では、学校側の反省点として、教員がいじめについての情報を一元化できていなかったことが挙げられていました。複数の教員が暴力を見たのに、学校全体で対応することができなかったんです。
「いじめ対策担当教員」には担任を持たず専任で、いじめの情報を集めたり、いじめ対策を行います。そのために、各校に教員を増やしました。新しいいじめ対策を行うためのs平成25年度の予算、3億4千万円のうち、2億3千万円をこのために使っています。
学校現場からは、「教員が増えることで余裕が生まれ、普段から見回りなどできるようになった」「学年が変わった時も同じ教員に情報が届くため、生徒に対して継続的な対応ができるようになった」という声を聞きました。
荻上 学年会議、主任会議、職員会議などの場所じゃないと報告できない、いじめの話で会議を長引かせたくないという風にならないための窓口を設ける必要がありますからね。
越 それから、いじめ、もしくは、いじめの疑いがあったら24時間以内に報告する「24時間ルール」を設けました。事件以前は大津市すべての小中学校でも月に1、2件しか報告がないことさえあったんですが、今は150件ちかく報告があることもあります。これまでまったく何もできていなかったに等しいのですが、いじめの疑いも含め早期発見できるようになりました。
発見されたいじめは、ABCにレベルを分けて対応しています。Aの場合、「いじめ対策担当教員」と他の管理職による各校の「いじめ対策委員会」が対応、Bの場合はそこに外部の専門家に入ってもらいます。不登校など事態が深刻化しているCの場合は、教育委員会と「緊急サポートチーム」で対応します。
組織のあり方は、この2年弱で大きく変わりました。でも、いじめの問題が無くなったわけではなく、今でも学校が変わっていないという手紙が私のところに来ます。一番大事なのは、教員ひとりひとりの意識を変えることです。いくら制度を整えても、教員がいじめに鈍感では何も変わりません。亡くなった生徒の無念を忘れず、これからも、地道にやっていかなければなりません。
いじめ対策における教員
荻上 インフラ面、ソフト面で考えると、人数を増やすのは必須です。なぜいじめに対応できないのか、教員にアンケートをとると「忙しい」「時間がない」という理由が第1、2位にあがります。教員に相談した事例では7割ちかく改善しているが、そもそも約6割の生徒は教師に相談できていません。
このための前提として、まず教師と生徒を繋ぐための通報用のアドレスを教えなくてはなりません。大学だったら、入学時点でセクハラ担当の教員がアナウンスされるし、パンフレットも配られます。問題を掘り起こすために、通報手段の通知は必須ですね。
越 大津市では、いじめ対策推進室などの連絡先を書いたカードやチラシを全ての小中学生に渡しています。今年は、切手を貼らなくても送れる封筒を全員に配布したのですが、子どもたちからたくさん手紙が来ました。これは、私が学校に行ったときに、子どもから「切手がないから、手紙が送れない」と聞いたので、始めたのですが、子どもにとってのアクセスのしやすさは大切だと思います。
また、PTA総会の際に「いじめ対策担当教員」が、保護者の前でどんなことをしているのか説明するようにすると、保護者からも連絡が来るそうです。
荻上 生徒だけでなく、保護者へのアナウンスも必要ですね。僕はそもそも、1クラスに2人以上の大人がいるべきだと考えています。副担任性以外にも、いくつかの自治体では、介助員のパートを教室に配置しています。
大津市では、教員の増員をひとまず進めることができた。行政との連携も進んできた。しかし、教員の意識はまだ変えられていないんでしたよね。制度が変われば、意識は自然と変わるものです。でも、日本には、トラウマ的な事件が起きてから「なんで活用されなかったんだ!」と制度を再発見するようなところがあります。
越 そうですね。
荻上 いじめの問題では、そうなってしまっては遅い。リマインドするための研修会が欠かせませんが、教師はあまりに忙しくてその余裕がないので、いずれはサバティカル制度を与えられるような環境が作れたら理想的だと思います。研修を行い、他の学校を見に行ったりできれば、教員のスキルアップやリフレッシュ効果が望めると思うのですが……現実的には、財源の問題がありますね。
越 結局は、そこに行き着きますね。
荻上 もちろん倫理面や実際的なニーズからの提言ですが、徴税期待を考えると、不登校の児童を減らすことなどには、長期的な税収増の効果があると思います。少子化時代にあってこそ、短期的なコストがかかっても、ドロップアウトする児童を減らせれば先行投資としての意味はあると思います。
越 大津市でも複数担任制までは行きませんが、担任をサポートする臨時教員を雇ったりしています。担任の教員が授業をしている間でも生徒を見ることができますし、人員を増やすのは重要ですね。
荻上 「少人数学級」に注目するのと、「教師一人当たり児童数」に注目するのとでも、議論は違うんですよね。日本はこれまで、少人数学級を目指そうという議論は強かったのですが、これは直ちにはいじめ減少には効かないというデータもある。でも、そもそもOECD各国と比較して、日本は教師1人あたりが見る児童の数が多い。教室に関わることのできる人を増やしつつ、教室以外の選択肢も生徒に用意する。教室の質を向上させ、他の選択肢も拡充するという政策が求められます。
いじめに関する調査統計
荻上 統計には2種類あって、調査統計と業務統計があります。業務統計は、普段の業務の中で発覚したことを数えたものです。例えば、警察がネズミ捕りをいっぱいやれば、道路交通法の違反者はたくさん捕まり、認知件数が増えます。業務統計上の数値は上がりますが、その統計からは事故件数が増えたか、モラルが悪化したかなどは分かりません。いじめに関する文科省の調査は、業務統計の集積で、実数把握には使えません。いじめ防止対策推進法では、いじめ対策のために調査も行うよう書かれているんですが、どうですか。
越 大津市では、新しいいじめ対策をはじめて、いじめの認知件数が、いじめの疑いも含めて10倍以上になりましたが、私は、いじめの発見ができるようになってきたと捉えています。いまだに、他では、いじめの認知件数が増えるのは悪いことだと思っているような教育委員会や学校もあるようなのですが。
昨年、「いじめの行動計画」を作りましたが、策定委員会の中で、何を指標に成果を測っていくかが議論になりました。業務統計上のいじめの件数を減らすのを目的にしたら、いじめを発見しないのが一番良いことになってしまいますよね。だから、子どもたちにアンケートをして、「楽しく学校に来られる」などの観点から成果を測っていく予定です。
荻上 複数のアンケートを取るとコストがかかりますし、いじめのアンケートだと子どもが身構えてしまうところがあるので、「学習環境実態調査」のような形にできるといいと思います。教科ごとの学習満足度調査や普段の生活の満足度などの項目を入れれば、いじめや不登校、問題行動との相関関係を調べることもできます。加害者だと思われていた子どもが、実は社会問題の当事者でもあったというような事実が浮き彫りになるかもしれません。
メディア報道について
荻上 最後にメディアの話をお伺いしたいと思います。メディアの報道、ひどかったですよね。啓蒙や命綱になるはたらきをしてほしかった。いじめ報道の際は単に騒ぐだけでなく、いじめがあったときどうすればいいのか、相談するにはどこに電話すればいいのかアナウンスするなどの改善をしてほしいと中から言ってたりします。
それから、メディア経由で誤解が拡散してしまうと、よく知らないのに罵倒してくる人たちもたくさん出てきます。「市長なんだから、教員をすぐにクビにできるはず」「市のことなんだから市長が悪い」など、正しい情報の共有ができていないために、いらない電話がかかってきて事務作業に忙殺されることになります。報道と報道のリアクションについて、どう見ましたか。
越 複雑で分かりにくい制度を伝えることも、メディアの役割だと思っていました。教員を辞めさせろ、と苦情がたくさんあることは報道するのに、その権限が県の教育委員会にあることは報道してくれませんでした。そうすれば、制度のおかしさを市民に広めることができるのに。
私が特に疑問に思ったのは、大津いじめ事件が大きく報道されてから、メディアが、教育委員長ではなく、私に記者会見で説明するよう求めてきたことです。本来、学校のいじめについて権限があるのは教育委員会で、教育委員会の代表者は教育委員長です。私は、選挙で市民に選挙で選ばれた立場ですから、市民に対して説明をすることは当然のことだと思っていますが、でも、メディアがちゃんと法律上の責任者に責任を問わないと、おかしな教育委員会制度が残り続けてしまいます。
荻上 メディアによって、制度のおかしさに気づくだけの力と関心が教育されてないんですよね。いじめの問題でも、コメンテーターが専門知識に基づかない仕方で感情的に話し、「よく言ってくれた!」みたいな感じで拍手喝采を得てしまう。改善のための対策や実情に関する情報をシェアすることが重要なんですが、気持ちのいい断言が求められる。
越 日本でのいじめは、これまで、10年に1回くらい大きく報道されてきました。ときどきバーンと報道して、一時的にいじめの認知件数が増える。でも、年を経るごとに忘れられては、また大きな事件が報道されるという繰り返しでした。これでは、問題解決にはなりません。
荻上 災害報道のサイクルが参考になると思います。発災直後は、エース級の人が各地に行って取材してくるわけですが、これに加えて、各新聞が年に何回か防災のための報道をしています。教育に関しても、日常の中で、このような足が長くて骨太な取材ができるといいんですが。
越 大津いじめ事件から3年経って、だいぶ報道が減っています。もしこのまま忘れられてしまったら、また同じ事件が起こる。これが本を出した1つの動機でもあります。メディアでも、いじめ防止のために、地道に継続的に報道してほしい。
メディアによる誤報
越 私が遺族を批判する発言をした、と週刊誌が誤報したこともありましたね。その時は抗議しました。ありもしない話が勝手に広まるのは怖いですよね。事件と全く関係ない市民の方が、加害者の親族と勘違いされるケースもありました。しばらく経ってからお会いしたんですが、「いまだに電話がかかってくるのが怖い」と泣いてらっしゃいました。
荻上 問題解決のためのアクションなのか、感情発散のためのアクションなのか区別がつかない人は多いですね。そこにメディアが煽るだけの情報を提供して、拍車を掛けている。そもそもいじめ議論の水準が低かったり、いろいろなことが積み重なって騒動になっていると思います。
いじめが自殺の原因かどうかって議論あるじゃないですか。いじめのほかに家庭などの問題を抱えている場合は、いじめが原因ではないとする風潮がありますよね。主原因でない場合は、原因として認められない。
自殺研究によれば、1つの要因で自殺が起きることは通常考えられません。例えば、経済的な問題、相談できる仲間がいない状況が続いて、うつ病を発症、そのせいで就業できなくなり……という感じに、一般的な自殺はじわじわと数年間かけて起こります。でも、いじめが原因と認定されるのは、いじめによって短期間で自殺に辿り着いたケースなど。
越 その理論は、教育委員会にいいように使われているような気がしますね。「ほかにも原因があったから、いじめが原因かは分からない」というような感じで。
荻上 誰も「いじめ“だけ”が原因だ」なんて言ってほしいとは思っていません。いじめも原因の一つとして考えられると判断されればまず十分で、その「もうひと押し」がなければ、自殺を選ばなかった可能性が高いと言えるはずですから。
今後は、各自治体が事例を重ねることが重要なフェーズです。モデルケースとなる事例づくりを、自治体には期待したいと思います。
●編集後記
このインタビューの後、平成27年3月、ご遺族と大津市との間の民事訴訟での和解が成立した。和解に際して、越さんは、「決してこれが終わりではありません。亡くなった中学生のつらさを決して忘れてはいけません。ご遺族との和解をいじめ対策の礎として、これらも全力でいじめ対策に取り組みます」と述べている。
『教室のいじめとたたかう~大津いじめ事件・女性市長の改革~』には、ご遺族からのメッセージも掲載されている。
プロフィール
越直美
1975年生まれ。大津市出身。北海道大学法学部・大学院修了。2002年から弁護士として西村あさひ法律事務所にてM&Aやコーポレートガバナンスを専門とする。2009年、ハーバード大学ロースクールを修了、ニューヨーク州司法試験に合格。ニューヨークの法律事務所に勤務した後、コロンビア大学ビジネススクール日本経済経営研究所・客員研究員。2012年1月、現職らを破って大津市長に初当選。当選時の年齢は36歳で、歴代最年少の女性市長となった。市長就任前の2011年10月の大津いじめ事件について、再調査のための画期的な第三者調査委員会を設置し、徹底した調査を行う。大津市の第三者調査委員会はその後のいじめ調査のモデルとなる。現在は、大津の子どもをいじめから守る委員会など大津モデルともいうべき新たないじめ対策に取り組む。
荻上チキ
「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。