2017.02.08
デジタル化が切り開く情報公開――エストニア電子政府に学ぶ
世界最先端のICT国家・エストニア
――今日は、『未来型国家エストニアの挑戦 電子政府がひらく未来』(インプレスR&D)の著者である、EUデジタルソサエティ推進協議会代表理事の前田陽二さんに、エストニアの電子政府の取り組みについて伺っていきます。まず、エストニアはどのような国なのか教えてください。
エストニアは北欧のバルト三国の一つです。日本の九州ほどの国土に、福岡市とほぼ同数の人口約130万人が暮らしています。豊かな自然を擁し、首都タリンの中心部にある城壁で囲まれた美しい街並みは「タリン歴史地区」として世界遺産にも登録されています。
1991年に旧ソ連から再独立したばかりの歴史の浅い国ですが、独立当初から社会全体のICT化を推し進め、今では世界最先端のICT国家として知られるようになりました。特にこれからお話するような電子政府の取り組みは、日本の10年以上先を進んでいると言われています。また、Skype(スカイプ)が生まれた国としても有名です。エストニアではスタートアップ企業(新しいコンセプトや技術に基づいて設立した企業)への支援も充実しているため、近年、高いレベルのIT企業が続々と設立されています。
――独立してすぐにデジタル社会に向けた取り組みが始まったのですね。なぜ、そのような方針がとられたのでしょうか。
独立当初はそれほど大きな産業がなかったため、そもそもどうやって国民を養っていくのかという問題がありました。一般に、エストニアのような資源の限られた小さな国で経済的な成功や質の高い生活を実現するためには、情報通信技術を駆使して知識や情報を効率的に活用していく必要があります。そのため、エストニア政府は独立後の1991年に、今後はICTとバイオテクノロジーに資本を集中させていくと発表し、国民もこの方針を支持しました。
また、エストニアは人口が少ないため、都市部から少し離れた地域では人々がまばらに住んでおり、近所の役所や銀行に行くのも大変です。さらに北の国なので、冬はなおさら外に出にくい。そうした状況で限られた人材を活用しつつ国民に行政サービスを提供していくためには、インターネットを介した電子政府のシステムを構築する必要があったのです。
もう一つ、ICT化が成功した背景には、もともとソ連時代に情報関係の研究所があった関係でICTに精通した人材を抱えていたことと、隣国であり、人種的にも言語的にも近い国であるフィンランドにおいて、IT技術が発達していたという要因もあります。エストニアはもともと教育レベルが高かったため、その人材を活用しようとフィンランドのIT企業がどんどん進出していきました。こうした周辺国の環境と政府の方針が上手く調和したわけです。
インターネットは国民の基本的人権
――具体的に政府はどのようなプロジェクトを始めたのでしょうか。
まず、お手本にしたのはICT先進国であるシンガポールと韓国です。特にシンガポールは小国にも関わらず国民の教育レベルも高く、ICTによる経済成長にも成功していました。エストニアでも、まずはICT教育を積極的に進めていくべく、1996〜2000年にかけて「タイガーリープ(虎の躍進)」というプロジェクトを始めました。これは、シンガポールのようにICTで「虎のひと跳び」のように先進国を追い越そうと、民間企業などが中心となって、すべての学校でインターネットを利用できる環境を整備という試みです。同時に、民間による教員向けのICT教育が実施されるなど、人材育成にも力を注いでいきました。
現在では、一部の学校において義務教育段階からのプログラミング教育も始まっています(注)。これはプログラマーを作るためではなく、情報リテラシーを身につけ、論理的な思考を育てることを目的としているようです。
また、2002年から学校側と保護者との情報連絡を密にする「e-Kool」という民間サービスも生まれ、現在では国内の約85%の学校で導入されています。これは先生が子どもたちの成績状況や学校生活の様子、行事の予定などを書き込み、保護者も子どもについて気になることを書き込むというツールです。
家のパソコンや携帯電話などからいつでもアクセスすることができ、子ども達もこのシステムを通じて日々の宿題や休講の情報などを簡単に確認することができます。先生にとっても、出席・成績管理や生徒や保護者との連絡など、授業以外の業務が軽減するというメリットがあります。こうした新しいICT教育の試みにより、エストニアの経済発展を支える良い循環が作られているわけです。
――民間による貢献が大きいのですね。
そうです。ちなみに、エストニアには現在1100箇所以上の無料公衆Wi-Fiエリアが設置されており、レストラン、ガソリンスタンド、空港など多くの場所で無料でインターネットを利用することができます。特に都心部では、ほとんどの施設でWi-Fiが繋がるようになっています。驚くことに、こうした動きは有志によってボランティアベースで広がっていったのです。
これには、「インターネットの利用は水道や電気の利用と同様に国民の基本的な権利である」というエストニアならではの発想があります。「ネットの中立性」の原則を支持し続け、国内で誰でも無料でインターネットが使える環境を整える。それだけでなく、国際社会でも自由でオープンなインターネットのために人々を保護し、この分野で国際協力に寄与することを目標としています。すなわち、自分たちが素晴らしいと思うものはみんなで協力して広げていく。新しく伸びていく国の姿勢とはこうなのだろうと感じています。
エストニア版「マイナンバーカード」
――いよいよ、エストニアの電子政府のサービスがどのように利用されているのかについて伺っていきます。まず、エストニアにも日本のマイナンバーカードのようなものがあるそうですね。
はい。「eIDカード」と呼ばれるものです。生まれた時に与えられる国民ID番号とセキュリティ対策のための情報が入っているカードで、電子政府サービスを利用する際に必須となるカードです。また、自動車の運転免許証、健康保険証として利用することもできます。インターネットを利用する際には「eIDカード」を使って電子署名と電子認証を行うことができます。ちなみに日本ではまだ一般的ではありませんが、エストニアでは印鑑やサインの代わりに電子署名を用いるのが普通です。政府や企業における「ペーパーレス化」が徹底しており、そもそも紙の文書が出回ることはほとんどないからです。
eIDカードの利用できる範囲はかなり広く、電子政府サービスのみならず、銀行や保険会社の手続きなどにも使われます。特に人気の機能として、多くの国民がeIDカードを用いて自宅のパソコンからインターネットバイキングを利用しているようです。
なお、eIDカードをパソコン上で使用する際はカードリーダーの接続が必要です。そこで、カードリーダー無しでも携帯電話などのモバイル機器で電子署名や電子認証を行える「モバイルID」という仕組みも登場しました。eIDカードと同じ機能を携帯電話のSIMカードに保管させるというもので、カードを持ち歩かなくても電子署名や電子認証が行えるようになります。
――「eIDカード」は、マイナンバーカードとはどう違うのでしょうか。
そもそもエストニアの国民ID番号は「デジタルネーム」と呼ばれ、名前と同じように秘密にするものではありません。この点でマイナンバーとは大きく異なります。
また、最も重要なのは、カードを国民全員が持たなければいけないのか、持たなくても良いのかという違いだと思います。全員が持てばインフラになり、それを前提にいろいろなシステムを組むことができるからです。エストニアでは法律で15歳以上の人は全員eIDカードを所持すると定められています。ただ、不所持に対する罰則は特にありません。
そして利用範囲にも大きな違いがあります。マイナンバーカードは電子認証においては自由に使えますが、電子署名においては民間では使えないという制限があります。エストニアでは国民ID番号の仕組みがはっきりしているので、こうした制限はなく、広い範囲で利用することができます。
例えば、少し仕組みは異なりますが、Suicaのような形でも利用されています。エストニアの電車には改札がなく、車内で検札者が切符をチェックしにきます。定期券や切符をネットであらかじめ購入しておけば、あとは検札者にeIDカードを見せるだけで良いのです。なおかつ、ネットで切符を買うと現金で一回ずつ買うより安くなるような仕組みになっています。また少子化対策の一環として、子どもが多い家庭は値引きされるなどの工夫もされています。eIDカードを使えばすぐに色々な情報にひも付けられるので、そうした細やかな対応が可能なのです。
このような工夫によって、eIDカード不所持に対する罰則がなくてもカードの普及が広がっていきました。また、セキュリティ機能もしっかりとしているので、カードの発行が始まって14年ほど経った今でも大きな問題は起きていません。
ちなみに少子化対策と言いましたが、エストニアでは18ヶ月までは有給の出産休暇を取ることができ、その間も勤めていた時と同じ給料が支払われることを国が補償しています。約130万人しかいない人口を増やすため、少子化対策は重要な政策として位置付けられているのです。【次ページにつづく】
実績のあるセキュリティシステム
――eIDカードに関して、これまで大きな問題は起きていないということですが、電子政府のセキュリティ対策はどうなっているのでしょうか。
エストニアの電子政府のセキュリティシステムにはしっかりとした実績があります。特徴的なのは、個人情報を一箇所に集めるのではなく分散して管理をしている点です。というのも、電子政府の基本的な構造そのものが分散型で作られています。エストニアが独立後、既存の情報システムが何もない中で、低い予算で電子政府を構築できた理由の一つには、はじめにベースとなるICT共通基盤を構築したことが挙げられます。これから新たなサービスを開発する際に同じようなものをいくつも作るのではなく、既存のICT共通基盤上にアプリケーションを作っていくことで、開発コストを低く抑えることが可能となっているのです。
その共通基盤のうちの一つが、「X-Road」と呼ばれるデータ交換基盤です。ここにあらゆるデータベースが結びつけられています。電子政府の本質は、さまざまな情報システムがX-Roadのセキュリティサーバを介して相互に通信できる点にあると言えます。データベースに保管されている個人情報等にアクセスする際は、ポータルサイトというものがあり、そこからX-Road経由でデータを引っ張ってくることができます。なお、ポータルサイトは民間用と企業用と行政用と3種類あり、それぞれのポータルサイト上に電子政府のアプリケーションが登録されています。それぞれのアプリケーションごとに利用者が制限されていますので、たとえ政府職員であろうと勝手に特定の個人の情報を集めることはできません。
また、X-Roadに接続されるデータベースには、eIDカード等に関わる認証機関や金融機関などがありますが、これらはすべて各管理者のもとで個別に管理されています。それをつなげる方法だけを標準化させているのです。なおかつ、X-Roadを使用して個人情報にアクセスした際はすべてのアクセス履歴が残るようになっており、時間が経ってもその履歴は消えません。こうした枠組みは約15年間、問題なく維持されてきています。
――日本の行政のICT化は、一つには情報漏洩などの懸念があり、なかなか進んでいないという印象があります。エストニアでは安心して電子政府サービスを利用できているようですが、これは政府に対する信頼感が大きいからなのでしょうか。
エストニアの人々によると、それは人に対する信頼ではなく、仕組みに対する信頼だと言います。日本の政治家はおかしくて、みんな「私を信頼してください」と言いますよね。そうではなくて、信頼できるしっかりとした仕組みがあれば、どんな人が使おうと不正はできません。
また、情報漏洩については、むしろ今の紙の文化の方が情報が漏れている可能性が高いと思われます。紙の書類だと役所の中で誰がどう見ていようが市民は知りようがありません。しかし、電子で管理されていれば、限られた人しかアクセスできないようにしたり(アクセスコントロール)、いつどこで誰が自分のどの情報にアクセスされたかを市民がチェックすることもできるわけです。
日本ではマイナンバー制度について一部で「政府による国民の監視が強まる」との声もありましたが、エストニアでそのような心配をする人はほとんどいません。紙の文化のままでは行政が個人を監視するだけで終わってしまいますが、エストニアのようにICTをうまく使えば、彼らが個人情報をいつ見たかのかを国民の側が監視することができるからです。
また、エストニアの場合、政府の公文書は全てweb上で公開することが法律で義務付けられています。日本では情報公開を求める際にわざわざ窓口まで行ったり、郵送で手続きをする必要がありますが、エストニアではweb上で誰でもすぐに見ることができるので、情報を持っている側も不正やごまかしができません。
エストニアでは基本的にはすべての公文書を公開し、事情によって一般の国民には見せられないような書類については、公開できない理由を必ず説明します。このような形で、行政による徹底した情報公開の文化が根付いており、常に透明性が担保されています。
その上、電子政府のシステムについても、それがどういう法律のもとで動いているのか、どういうセキュリティ対策が行われているのか、国民が納得できるように分かりやすく説明をしています。だから、安心して電子政府システムを利用することができるのです。
徹底した情報公開は民主主義の基本
――『未来型国家エストニアの挑戦』の中で、エストニアでは議員や公務員のお給料まで公開しているというお話があり、とても驚きました。
そうです。この本の共著者で、かつて官僚を経験されたこともあるラウル・アリキヴィさんに話を聞いたところ、「たしかに自分の給料を見られて良い気持ちはしないが、そういうものだと思っている」と言っていました。なぜなら、国民には自分たちが払った税金がどこにどれくらい使われているのかを知る権利があるからです。情報を公開する文化ができてしまえば、それも当たり前だという感覚になるのです。
当然、政治家の収入や個人による献金額もすべて公開され(もちろん企業献金などは禁止です)、少しでも不正なお金の使用があるとメディアに厳しく追及されます。海外視察の際も経費にいくら使ったか、どのような用途だったのかなどきちんと説明しなければいけません。エストニアはプレスフリーダム(報道の自由)という考え方が徹底しており、いかなる人もメディアに圧力をかけることができません。メディアは権力に対して非常に強いのです。その分、政治家は苦労している部分があります。
――そうした状況だと、政治家がICT化に対して後ろ向きになるということはないのでしょうか。
いいえ、それはありません。情報公開についてはむしろ行政の側が中心となって進めてきました。おそらく日本の政治家の場合は、「政治家が国民より偉い」という認識があるのではないでしょうか。こんなことを国民に知らせたら騒ぐだろうから情報を開示しない、とか。しかし、エストニアのように常に情報を開示していれば、国民の政治に対する関心、冷静な分析能力も育っていきます。ですから、情報ははじめから全て開示して、説明していくべきです。これは民主主義の基本ですよね。
日本の政治家はICT化に関心が薄い
――日本でも2001年に政府がe-Japan戦略をスタートして以来、電子政府の開発に取り組んできましたが、まだまだ完成には程遠い状況です。なぜ、行政サービスのICT化は進まないのでしょうか。
この問題は、政治家が動かなければいけません。民間企業の経営者にとっては、業務を効率化する情報システムの構築は非常にプライオリティーの高いことですよね。本来は行政もそうであるはずなんです。なのに日本の政治家はそこに対して関心が薄い。原因として考えられるのは、行政の効率化は政治家にとって票にならないという点です。また、ICT技術の進化が早いため、政治家自身が技術を理解できていないという点も挙げられます。
そもそも、日本は行政コストの効率化に対する危機感が薄いですよね。借金を抑えるためにはどうすれば良いか、こうした部分があまり議論されていません。国の借金が一千兆円あってもしばらくは大丈夫だろうという感覚だと思います。エストニアはすぐ近くにロシアがあるので、国の体制が揺るがないように常に透明性を保ったしっかりした民主主義の国であろうという強い思いがあります。しかし、日本の場合はそうした脅威もなく、不安もない。
マイナンバー制度などを様々な取り組みを進めてはいますが、最終的にどのようなシステムを目指すのか、計画についてはあまり聞きませんよね。ここが一番心配しているところです。縦割り行政ですから、政治家がしっかりとした方針を打ち出さなければ、官僚も身動きがとれません。まずは、日本が将来どういう国でありたいのか。そのためにはどういった情報システムが必要なのか。30年先のビジョンを描き、長期的な計画を立て、20年程度かけてじっくりと進めて行くような姿勢が必要です。
システム開発の効率化、知識の集積
――日本のICT化は行政が追いついていない状況があります。エストニアでは、電子政府のシステム開発における行政と民間の連携はどうなっているのでしょうか。
日本では通常、行政のシステムを作る際に納入実績のある大きな企業に発注します。しかし、これでは民間企業のみに知識が蓄積されていきます。その上、囲い込みがあるとコストも高くなります。
この点において、エストニア政府の方針は効率性を重視しており、知識の集積にも尽力しています。民間企業やあらゆる団体と協力し、システムの共通化を図っているのです。つまり、地方自治体においても似たようなものを個々に作るのではなく、既存のものをベースに発展させていく形で構築しています。また、EU内の他の国々との連携も図り、独自のものを作るのではなく国際標準を基本としています。
コストもかなり抑えられており、たとえばインターネット投票のシステムは数千万円ほどで開発されるなど、日本では考えられないほど安い値段で作られています。それは「オープンソース」呼ばれる、プログラムのソースコードがネット上で無料公開されているものを積極的に利用しているからです。エストニアのシステムは最初にお金をかけない代わりに、毎年改良を重ねていきます。そこが日本とは発想が違うところです。
また、エストニア政府の経済通信省には、電子政府の開発の際の仕様の検討やチェック等を行う「RIA(エストニア情報局)」という専門家組織が設置されています。RIAは、現在の情報システム全体のチェックを行うだけでなく、最先端のICT技術を把握した上で、次の開発ではどの技術が有効なのか、どのようなオープンソースが使えそうなのか検討しています。日本にもこのような専門家による組織が求められます。
技術が育つスタートアップ支援
――近年の日本のIT技術の進歩は世界的に見てどうなのでしょうか。
日本の企業は、1990年代初頭のバブル崩壊以降、おとなしくなってきたように思います。韓国や中国など他のアジアの国々が台頭する中で、日本の企業は新たなビジネスモデルを描けず、景気も伸び悩んでいますよね。
現在はAIブームですが、かつての「第5世代コンピュータ」の時代、人工知能の分野でかなり日本は頑張りました。しかし、それは上手くいかなかったので途中ですべて止めてしまった。失敗するとなると開発の予算を全てなくしてしまうようなやり方では、長い目でみて技術は育ちません。コアの部分だけは予算を残しておくなどして、優秀な人材が研究を続けられる環境を作ることが重要です。
また、日本では何十年も前にできた大きな企業が未だにICT市場の多くの部分を占めています。こうした状況は技術革新の激しいICTの分野において健全なのだろうかと疑問に思います。
――冒頭で、「エストニアでは企業に対するスタートアップ支援が充実している」というお話がありました。起業しやすい環境づくりが、エストニアのIT技術の発展を支えているのでしょうか。
はい。エストニアには「国際社会において先進的で優秀なユーザーになる」という目標があるそうです。そのため古い技術やシステムに固執せずに、新しい技術を積極的に取り入れる。電子政府の開発においても、素晴らしい技術があればどんなに小さな企業のものでも、先ほどのRIAという組織が検討して取り入れることもあります。
また、日本では株式会社を起業するために20万円くらいお金がかかりますよね。エストニアでは2万円くらいで会社が作れます。また、起業の際の手続きもインターネットを通じて行われるため時間がかかりません。日本では何日もかかるところが、数時間で完了すると聞いています。
それから、エストニア国籍を持っていない人もエストニアに会社を立てて活動できるような仕組みも作られています。「eレジデンシー」と呼ばれるものです。海外の人にもエストニア人のeIDカードと同じようなeレジデンシーカードを発行し、このカードを使えば国外からでも簡単に会社の設立及び運営ができるようになりました。また、エストニアの会社は面白くて、利益をプールしている限りは税金を払わなくてもいいんです。配当や役員報酬を支払う際にはかかりますが、会社を始めたばかりの時期は税金を払わなくてもいい。こうした部分も、会社を作りやすい仕組みになっています。
紙から電子へ
――最後に、これからのエストニアの電子政府の取り組みは、国際社会においてどのように発展していくのでしょうか。また、その中で日本はどのような課題に向き合うべきでしょうか。
エストニアはEUに加盟していますが、EUの中でエストニアはICT分野においては一つのショーケースのような役割があります。電子政府のプロジェクトでは国の予算だけでなく、EUから資金を得ている事業もあるのです。おそらく、今後エストニアで作られたシステムがEU全体で標準化され、EU全体のデジタル化の中でその利用が広がっていくことになるでしょう。すでに今年からフィンランドの電子政府のなかで、エストニアのX-Roadの技術の利用がスタートしています。その中で日本はどうしていくのか、我々は考えていかなくてはいけません。今のままではアジアの中でさえも決してリーダーシップは取れません。
日本はまず、公文書の作成、管理を紙から電子に移行することから始めるべきです。そうすれば情報公開も進みやすくなります。そもそもパソコンで作成した文書をわざわざ紙に印刷するより、電子のまま決済して電子のままweb上で公開する方が、ずっと楽なはずですよね。これは行政の側が中心となって取り組まなければ何も始まりません。たとえば東京都あたりがペーパーレスに移行してくれると面白いのにな、と思いますね。
先日の豊洲市場の問題がきっかけで、情報公開ができていない状況は国民のほとんどに知られました。これはある意味チャンスです。エストニアでは「明るいところでは犯罪が起きにくい」とよく言われます。電子に移行することで、少しずつ社会の暗闇を消していく。こうした発想がなければ、官・学・民が一体となった電子政府システムの構築は難しいと思います。
(注)7〜11才 向けのプログラミング教育についてはこちらを参照:
e-Estonia「A Game to Change the Concept of Teaching Programming」
https://e-estonia.com/game-changes-concept-of-teaching-programming/
ICT教育システムについてTartu市が作成した紹介ビデオ:
http://www.tartu.ee/?lang_id=2&menu_id=9&page_id=2828
【参考記事】
シノドス「エストニアの電子政府と日本の未来への提言 前田陽二」
※本稿はα-Synodos vol.208(2016/11/15)からの転載です
プロフィール
前田陽二
日本・エストニア/EUデジタルソサエティ推進協議会代表理事。1948年富山市生まれ。早稲田大学理工学部電子通信学科卒業後、同大学理工学研究科修士課程を修了。三菱電機株式会社に入社し、文字・画像認識分野の研究開発に従事した後、2001年~2009年にECOM(次世代電子商取引推進協議会)に出向し電子署名および認証の分野を中心に調査研究に従事。2010年~2013年、一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)主席研究員、2005年~2014年、はこだて未来大学(夏季集中講座)非常勤講師。工学博士。共著に『未来型国家エストニアの挑戦 電子政府がひらく未来』(インプレスR&D)『IT立国エストニア−バルトの新しい風』(慧文社)、『国民ID制度が日本を救う』(新潮新書)他。