2013.05.11
法制度からオープン・データを考える
クリエイティブ・コモンズ・ジャパンによる、オープンカルチャーに関する新しい対話の場/学びの場であるCCサロン。第5回目を迎える今回は「建築・都市におけるソーシャルデザインの可能性」と題して、日本社会の縮小をポジティブに捉え直す「列島改造論2.0」を構想し、「公共建築から考えるソーシャルデザイン・鶴ヶ島プロジェクト」などを手がける建築家の藤村龍至氏、そして、クリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事であり、オープンガバメント・データの専門家でもある生貝直人氏をゲストに開催された。そのなかから生貝氏によるプレゼンテーションをお届けする。(構成/出口優夏)
法制度におけるボトムアップとトップダウン
クリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事の生貝直人と申します。わたしは文化芸術に関わる知的財産の処理や、おもに日米欧の情報政策、著作権、プライバシー、セキュリティといったいわゆる「情報法・政策」を専門に研究しています。ですから、じつのところ今回のテーマである建築・都市というのは不案内な世界です。しかし、公共建築と法制度は、「公共的なものをいかにボトムアップでオープンにつくっていくか」という点で方法論的に共有している部分も多く存在します。ということで、ぼくのほうからは法制度の観点からみた公共的な設計物や構築物のあり方、そしてそのオープン性やボトムアップ性についてご紹介させていただこうと思います。
まず、法制度におけるボトムアップやトップダウンのあり方についてお話させていただきます。
法制度に関わる社会科学のなかでは、トップダウンとボトムアップはある意味で対照的に存在しています。伝統的な法学の方々はトップダウン、つまり立法、行政、司法という三権が法律をつくることで社会をマネジメントしていく方法論に重きを置いています。その一方で、経済学や経営学系の方は、社会制度は市場や企業、個人という分散的な主体がボトムアップでつくっていくべきだと考えているわけですね。
もちろん、必ずしもこの二極のどちらかが正しいというわけではありません。正しい答えは両者の中間あたりに存在しているのではないかとぼくは考えています。
ボトムアップのメリットとデメリット
法制度をボトムアップから考えるとき、大前提になっているのは「インターネット上では、もう政府が法律やルールをつくることはできないだろう」という考え方です。
インターネットが発展する以前の社会では、政府がトップダウンで法律やルールをつくり、社会を制御していくという方法論が比較的うまく機能してきました。しかし、技術革新の激しい情報社会では、「そもそもプライバシーってなんだ」、「著作権の正しいありかたってなんだ」というように、さまざまなものを一義的に定義することが非常に難しくなってしまっている。そこにグローバル化の流れも加わって、一国の政府はもう相対的な力しかもちえない。それならば、「民間の側が、ボトムアップでどんどんインターネットのルールをつくっていったほうがいいんじゃないか」ということになってくるわけですね。
しかし、このボトムアップの考え方を人権保護やプライバシー、表現の自由といったさまざまな分野に拡張していくと、危なっかしい部分もたくさん出てきます。もしかしたら、民間側がつくったルールが、不公正なものだったり、実効性がないものだったりするかもしれない。あるいは民主的な正当性がない場合もあるかもしれない。
そのときに、ボトムアップのメリットを十分に活かしながら、そのリスクや不完全性を国が補完していくというあり方、つまりボトムアップとトップダウンを組み合わせた最適なルールづくりはできないか、ということをぼくは研究対象にしています。この考え方を「共同規制(co-regulation)」と呼びます。
共同規制とはなにか
共同規制について、もう少しくわしく説明させていただきます。
これらの考え方のひとつの土台にあるのは、「できる限り政府の仕事は少ない方がいいに決まっている」という、いわばリバータリアニズム(自由至上主義)的な考え方です。そのような社会では、ボトムアップで企業や市民の側がしっかりとルールをつくっていかなければならない。こうした私的な主体によるルール形成を、ここでは仮に「自主規制(self-regulation)」と呼びます。
そして、問題は自主規制では上手くいかない場合です。こうなると、日本はすぐにその対極にあるトップダウン、つまり「直接規制(direct regulation)」に走ってしまっている。しかし、そうではなくて、トップダウンとボトムアップを組み合わせたルールづくりができないか模索していくのが「共同規制」の考え方になります。
共同規制の具体的な方法論
共同規制には具体的な方法論がいくつかあります。
一番典型的なやり方としては、政府が民間の業界団体に「ルールをつくりなさい」と指示する方法です。ボトムアップを上から指定するというかたちに近いですね。この場合、指示を受けてその団体はルールをつくるわけですが、そのルールが破られた場合の最終的な罰則権限は政府がもつことになります。どうして業界団体がこのようなしくみに従うかというと、政府に強い規制をされてしまうよりは、自分たちで実情に即した柔軟なルールをつくった方が自分たちのビジネスにとって望ましいという産業界の思惑があるわけです。
このように、「あくまでルールは民間につくらせるけれど、その柔軟性を活かして、政府側があとから面倒を見る」という方法論が、いまインターネットのルールづくりでは中心になっています。
また、ほかの方法論として、「政府の側で緩やかな原則をいくつか定める」という場合もあります。プライバシー保護などの領域ですと、最終的に求められるものが、提供するサービスの性質などによりケースバイケースでおおきく異なってきます。その場合、国がひとつの業界団体にひとつのルールをつくれと命令をするのはむずかしい。だから、一定の緩やかな原則を定めて、これだけはしっかりと守ってねということにするわけです。この原則にもとづいて、業界団体がルールをつくり、さらに個別企業がそのルールを具体化して、各社のプライバシーポリシーに落とし込んでいく。この場合も、彼らが自分でつくったルールを破った場合には、政府が違反への罰則をおこないます。
共同規制のルールづくりのときに一番重要なのは、「ボトムアップで業界側にルールをつくらせようとすると、消費者側の価値観や利益と相反してしまうことが多い」ということです。したがって、ルールづくりの際に消費者の参加経路もしっかりと求めていくということが、政府にとっての非常に重要な配慮事項になってくる。つくられたルールが消費者にとって過度に不利益をもたらすものであった場合には、しっかりと政府が是正し、適正性を担保していかなければならないわけですね。
このような共同規制の方法論については、拙著『情報社会と共同規制』(勁草書房、2011年)に著作権やプライバシー保護などを中心にさまざまな実例を紹介していますので、機会があればご覧いただくことができればと思います。
世界におけるオープン・データの利用
もうひとつ、まさに建築と関連しているところですが、オープン・データやオープン・ガバメントの文脈における地理空間情報に関してお話しさせていただこうと思います。
そもそも、ぼくたちクリエイティブ・コモンズ・ジャパンが取り扱っているクリエイティブ・コモンズ・ライセンスとは、「情報をできるだけオープンに、かつ、著者の意向を尊重した上で使っていただく」ということを目的にしたツールです。WikipediaやCGMなど、さまざまなものに使われているのですが、最近はオープン・ガバメントの文脈のなかで、「世界各国の政府が保有している情報をどのように公開していくか」というときのツールとして適用されることが多くなってきている。たとえば、Data.gov(http://www.data.gov/)のような公共データの共有サイトが世界中で立ち上げられていますし、オーストラリアやニュージーランドなどは政府のもっている多くの情報をクリエイティブ・コモンズ・ライセンスで共有していこうという取り組みをスタートさせています。
また欧州では、2003年に公共セクター情報の再利用支援を目的とする法制度がつくられ、できるだけ欧州各国政府の保有している情報をオープンライセンスで公開していこうということになっている。さらにアメリカでは、そもそも連邦政府のつくった著作物に著作権が存在しないので自由に使うことができますし、州政府や民間の情報を政府が買い上げ、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスで公開していくという取り組みもあるんですね。
地理空間情報がオープンになることの有用性
このように各国政府がオープン・データとして公開している情報というのは、写真や地理空間に関わる情報、統計情報と非常に多岐にわたります。そのなかでも、オープンライセンスの有用性が非常に期待されているのが、地理空間情報にかんする領域です。
公共の地理空間情報がオープンになることで、さまざまなことが可能になります。政府や各企業がもつ公共交通の関連情報を集約し、アプリケーションをつくれば、もっとも効率の良い移動方法をすぐに知ることができるわけですね。たとえばイギリスでは、公共交通の運行データを交通局がリアルタイムに出している。そして、民間側がその情報を使って渋滞情報や最適な移動方法を把握できるアプリケーションをつくったりしています。
それから、いま需要が増えてきているのが地質データ。地質データを共通APIで公開・編集し、マップなどに整理していけば、災害のハザードマップや都市計画をつくる際に役に立ちます。そのほかにも気象情報やハザードマップ、汚染に関するデータなどをオープンにしていくことで、さまざまな活用ができると思います。たとえば、修繕の必要な公共交通施設の情報を市民が提供すれば、行政や企業が迅速に対応できるようになりますよね。そのほかにも、マイクロソフトは各国政府と民間の両方から公害情報を収集・公開し、それを公共政策への提言につなげていこうという試みをやっていたりします。
いまお話ししたのはごく一部の例ですが、このように地理空間情報をオープン・データとして利用すると非常に有用なんですね。
しかし、日本では地理空間情報データのオープン化がまだあまり進んでいません。たとえば、航空写真は多くの場合、閲覧以外の目的で使用することができませんし、利用する際にはいちいち問い合わせる必要があります。また、そもそも利用方法に関する記載がなかったり、利用条件が一律に定まっていない情報もたくさんあるんですね。
こういった情報の利用規約をどのように統一し、オープンにしていくかということが日本の今後の課題ではないでしょうか。最近、経済産業省がOpen DATA METI(http://datameti.go.jp/)という、白書や経済関連データなどをクリエイティブ・コモンズ・ライセンスで公表するという取り組みをスタートさせました。こういったような取り組みをもっと日本でも進めていき、将来的にはその情報をさまざまな都市計画や建築計画の利用に役立てられるような取り組みを進めていくことができればいいなと考えています。
(2013年2月3日 CCサロン「建築・都市におけるソーシャルデザインの可能性」より)
プロフィール
生貝直人
1982年埼玉県川口市生まれ。博士(社会情報学、東京大学)。2005年慶應義塾大学総合政策学部卒業、2012年東京大学大学院学際情報学府博士課程修了、博士論文学府長賞受賞。情報・システム研究機構新領域融合研究センター融合プロジェクト特任研究員、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任助教、東京藝術大学総合芸術アーカイブセンター特別研究員、特定非営利活動法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事、総務省情報通信政策研究所特別フェロー等を兼任。専門分野は日米欧の情報政策(知的財産、プライバシー、セキュリティ、表現の自由)、文化芸術政策。単著に『情報社会と共同規制』(勁草書房、テレコム社会科学賞奨励賞、国際公共経済学会学会賞)、共著に『デジタルコンテンツ法制』(朝日新聞出版)、『「統治」を創造する』(春秋社)等。