2014.05.26
貨幣と世界をインターネットで変える!――新しい貨幣の可能性
いまの貨幣では、いずれ戦争が起きてしまう!?――今回、高校生のための教養入門でお話を伺ったのは、「インターネットと社会」について研究をする斉藤賢爾氏。インターネットは、産業革命以前の世界にひっくり返す力がある。そしてそのファイナルフロンティアは貨幣だ、と語る斉藤氏に、インターネットによるイノベーションの可能性などお話を伺った。(聞き手・構成/金子昂)
世界を変えるインダストリアルツール
―― インターネットと社会、とくにインターネットと貨幣の関係について研究されている斉藤先生ですが、ご専門は何になるのでしょうか?
専門ですか……計算機科学、つまり「コンピュータサイエンス」のことをやっているんですけど、簡単に説明することができません(笑)。博士号は慶應義塾大学の大学院政策・メディア研究科で取得しています。だから専門は「政策・メディア」ですね。でも、これじゃなんのことかさっぱりわからないですよね。ちょっとだけ遠回りしてお話します。
バックミンスター・フラーという、数々の偉大な発明をした工学者は「この世界にはインダストリアルツールという道具がある」と言っています。インダストリアルツールとは、「作るために複数の人が必要になる道具」のことです。現代の道具はすべてインダストリアルツールと言っても過言ではないですね。パソコンもカメラも、あらゆるものが、いろいろな人が携わってできている。意外なところでは言葉もそうですよね。相手がいるからこそ道具として意味があります。
複数の人が協働しながら作るということは、必ずガバナンス(秩序の形成とその維持)が必要になります。「政策・メディア」の「政策」の部分はこのことを言っています。それではもう一方の「メディア」はなにかというと、「人間を拡張してくれる道具」のこと。メガネとか、あるいはやはり言葉はそうですね。人間ができることを拡張してくれるものです。
まとめると、私は「メディア」という道具の中でも、必ず「ガバナンス(政策)」とセットで考えなければならない「インダストリアルツール」についての専門家で、特にコンピュータやインターネットについて研究しているんです。
この分野の研究者は世界を変える力をもっています。例えば私が研究しているコンピュータやインターネットは社会と直結していますから、私が新しい技術を世に送り出して多くの人に利用してもらえたら、それだけで世界が少し変わる。社会と関係ないところで研究していてもあまり面白くないような気がする人には、ぴったりだと思います。
ミーハー心で研究者に?
―― 斉藤先生のご年齢だと、おそらくコンピュータが使えるようになったのは大学生になってからだと思います。なぜこの分野を研究したいと思ったのでしょうか?
それには、めちゃくちゃな経緯があるんです。まず、私はとてもミーハーだ、ということを覚えておいてください(笑)。
高校生のときは理系の勉強をしていました。物理学の本を読むのが好きだったんですけど、あるとき仏教やヒンドゥー教の本を読んでいたら「物理学と同じようなことを言っている!」と驚いて、そのまま東洋大学の文学部インド哲学科に入っちゃったんですよ。あとになって勘違いだったと気が付きましたが(笑)。ただ、そこで学んだことはやっぱり糧になってるんです。
大学に入学したころに、少しずつコンピュータが普及し始めます。とはいえ、いま皆さんが使っているようなパソコンとは違うものですね。当時は、ポケットコンピュータというコンピュータをいじっていました。高校生は知らないですよね(笑)。すごく性能の高い電卓だと思ってください。そこでプログラミングを覚えて、音楽を作っていました。
そのあとに入手したMSX2という8ビットのコンピュータでも、やはり音楽を作っていました。MSX2は、主にゲームなどに用いられていた安価な8ビットパソコンで、いろんな家電メーカーが互換性のあるハードウェアを出していたのですが、私はヤマハから出ていたMSX2を買ったんです。音楽が好きだったんですよ。でもおそらく音楽よりは、プログラミングの方に才能があったんだと思います。それがきっかけになって、コンピュータのことを独学で覚えていったんです。
大学卒業後は、日立ソフトウェアエンジニアリング(現・日立ソリューションズ)に就職し、日立製作所に出向して働いていました。なにしろ日立ですから、当時すでにインターネットの環境は整っていたんですね。でも、私がいた「ソフトウェア工場」では、メールを送るために、インターネットに接続できるパソコンが唯一置いてある別の棟までわざわざ渡り廊下を歩いて行っていました(笑)。
―― いまじゃ歩きながらだってメールできるのに(笑)
そう、すごい進歩ですね(笑)。そのあと会社のお金を使ってコーネル大学に留学しました。コーネル大学には、NASAにおける惑星探査の指導者だったカール・セーガンがいたんですよ。行けば会えるかな、と思って(笑)。亡くなる前に、特別講義を一番前の列に座って聴くことができました。むしろあとになって、コーネル大学はインターネットの理論的な背景に当たる「分散システム」に関する最先端の研究をしていると知ったんです。そこでは工学修士号をとりました。
そのあと会社を辞めちゃいました。ミュージシャンになろうと思ったんです。
―― えっ!?
留学を終えて日本に帰ってきた翌々年頃に、坂本龍一さんのラジオ番組にハマっちゃったんですよ。坂本さんから出された音の切れ端を、リスナーがそれぞれ音楽にするというコーナーがあって、熱中して常連になっちゃうんです。たびたび取り上げられるようにもなって、ミュージシャンになろう、って(笑)。それで会社を辞めたんです。
それからも何らかの形でコンピュータ事業には関わっていたのですが、あるとき自分の授業をインターネットに公開していた村井純という先生に出会います。彼は、日本におけるインターネットの父とも呼ばれていて、世界的にも有名な方です。みなさんの使っているメールアドレスには、最後に「.jp」というのが付いているのが多いと思いますが、あんな風に「国を表すコードは2文字にする」と決めたのが村井さんです。その頃は、ちょうど World Wide Web が流行りだした頃で、私もインターネットについては「いいかげん真面目に勉強しないと……」と思って、授業中に出された課題を村井さんに送っていたんです。そしたら私のことを気にいってくれたんですね。
実は当時、坂本龍一さんのコンサートがよくネット中継されていたんですけど、それを担当していたのも村井さんでした。ということは、村井さんの研究室に入れば、坂本さんに会えるかもしれません。村井さんに、博士課程に入るから研究室に入れて欲しいとお願いしました(笑)。
―― やっぱりミーハーなんですね(笑)
どこまでもミーハーなんです(笑)。
村井さんに初めて実際に会う前に、「何を研究するか考えてこい」と言われて、いくつか考えたうちのひとつが「インターネットで貨幣は変わる」だったんですね。ようやく先ほどの質問にお答えできました。
インターネットで産業革命以前の世界に
―― なぜ「インターネットで貨幣は変わる」のでしょうか。変える必要があるのですか?
そうですよね。私も研究することを決めてから「そもそもどうしてお金を作りなおさないといけないんだ?」と自分に問いかけました。だいたい博士課程に進む人間なんて、人生設計がちゃんとできていない人が多いんですよ。面白そうだし、世界でまだ誰もやっていないことだし、博士号とれるかもしれないし、やってみようと思って始める。だから「なんでやってるの?」と問い詰められると、誰でも最初は、はっきり答えられないんです。
私も、必死に考えました。お金だけじゃなくて、エネルギーとか人間社会と地球の関係、情報システム、そういったものも含めて研究を考えるようになります。そして、やはりいまの貨幣は変えなくてはいけない、と思う様になります。
インターネットはいろいろなものを変えていきます。例えば村井さんは、インターネットはコミュニケーションのハードルを下げていくんだと言っています。社会の仕組みによって、人間は、やりたいようにコミュニケーションできていなかったけれど、インターネットがその壁をバサッと取り除いてくれる。すると、その後の世界は産業革命以前の世界に似てくるんですよ。社会の構成のされ方が、教育も物流も経済も、すべてひっくり返るんです。
―― どういうことですか?
いまの世界は、産業革命の余韻の中にあります。産業革命の基本には、グーテンベルクの活版印刷術があることは高校生の皆さんもご存知だと思います。
活版印刷術は、同じものを大量にコピーするという考え方をもたらします。そして知識を持ち運べるようにして、個人の力を強力に打ち出すための道具になったのと同時に、国家規模での情報の共有を可能にしました。いまの世界の成り立ちは、まさにそうなっています。
その延長線上にあるインターネットも同じような方向に進んできました。でも、性質が異なってきているんです。例えば、活版印刷が発明されたことによって、同じものを大量にコピーできるようになったけれど、誰もが自分の本を出版できたわけではありません。でも、インターネットは、一見すると同じものを世界中にまんべんなく行き届かせているようで、それらはちょっとずつ書き変えられています。例えば、ツイッターで私が何か面白いことをつぶやくと、それがリツイートされて広がっていくということが起きますが、そのときに、リツイートする人が勝手に自分の意見を入れて書き換えたりすることも起きます。
これはむしろ活版印刷の前の、写本の文化に似てるんですね。写本って、書き写して行くうちに「こっちのほうがいいよね」と言って内容が変わっていくんです。産業革命以降の延長線上にあるけれど、実は考え方が産業革命以前のものにひっくり返っている。そういう世界にいま、なりつつあると思います。
そしてそのファイナルフロンティアは、お金だと私は思うんですね。
―― ファイナルフロンティアですか?
いま話題の3Dプリンターを例にあげるとわかりやすいですね。3Dプリンターと設計図があれば、世界中のどこでも、その現地で生産できるようになりますよね。その土地にあわせて改良したっていい。
いまの経済の仕組みの中でやっている、外国で安く作って、自分の国で高く売るということは、その土地の資源を奪っているということですよ。だってモノはエネルギーと物質的なリソースによって生み出されているんだから、本当は、必要なコストはどこで作っても変わらないはずなんです。現地で作って、現地で使うのが一番効率的だと思いませんか?
ところが、いまは例えばコンビニで売られているような弁当を作るためにも、世界中から安い食材を輸入して作っている。お金で計算するとその方が安いからなんですが、エネルギー的には間違いなく無駄遣いをしています。水などの資源もです。こういう関係の根源にいまの貨幣があります。貨幣を持っているかどうかで富める者と貧しい者の関係が決まり、貧しい者は貨幣を必要としているので、貨幣のために働かされ、搾取されることになります。だったら貨幣そのものを変えたらいい。
インターネットによって貨幣は変えられるのは、当然のことだと私は思っていたのですが、どうやら皆さんはそう思わないみたいなんですね。だから、ファイナルフロンティアなんだ、と思っているんです。
―― うーん、なるほど。変えられるんですか?
変えられます。それに変えないと、いつか利用可能なエネルギーの不足が大きな問題となり、戦争が起きると思います。
おそらく、政治に関わる人々は、サイエンスの力を使って社会の問題を解決できるようになるなんて思ってないんですね。おそらく、サイエンスは自分たちの主張を裏付けるための道具であったり、あるいは新しい産業のネタくらいには思っているかも知れません。でも、サイエンスは、そしてインダストリアルツールは、世界を変えられるんです。だって活版印刷術は実際に世界を変えていますよね? 活版印刷術を引き金に、蒸気機関など、新しい技術が次々に生まれて、世界は一気に変わりました。歴史を勉強すればすぐにわかることです。
みんなには人間の力をもっと信じて欲しいですね。物事を解決する力が、人間にはある。私はそう思います。
ところで、富ってなんだと思いますか?
―― うーん、なんでしょう……。わざわざ質問されるということは、「お金」ではないんですよね?
お金とか時間とか人間関係とか、いろいろ思い浮かんで、定義しにくいですよね。
先ほどお話に出したバックミンスター・フラーは、そこをズバッと「富はある人数のために用意できた未来の日数である」言い切ってしまうんです。そうなると、人数が多ければ多いほど、未来の日数が長ければ長いほど、富がある状態になりますね。
物質やエネルギーが多ければ多いほど、多くの人間を長い期間養えます。そして知識があれば、限られた資源を効率的に使うことができるようになる。つまり、物質・エネルギーと知識があれば、富は増えていくわけです。そしてインターネットという基盤は、デジタル化された知識であれば、全人類に共有可能にする性質がある。世界中に等しく行き渡らせることができるんです。いまは著作権の問題も、だんだんフリーの方向に向かっていますよね。10年前は「フリーソフトの方がみんな使ってくれるし、イノベーションも起きますよ」って言っても、キョトンとされました。ようやく変わりつつあると私は思っています。
新しい貨幣「i-WAT」
―― 斉藤先生は、具体的にはどんな研究をしているんですか?
うーん……まず研究できているのかって問題があるんですよね……。
われわれは、本来は、作ったインダストリアルツールを使ってもらうことで、社会がどのように変わったのかを確かめていくことが研究になります。私の場合は、ソフトウェアを開発してはいるものの、社会を変えることはまだできていません。だから「研究できている」と言い切れないんです。もちろん論文は書いていますし、最低限の研究者っぽさはあるのかもしれませんが……(笑)。
例えば、ビットコインのようなものが出てきたとき、その問題点を見つけて、実験で確かめるなりして、論文に書いて世に問う、ということをするとします。それは立派に研究ではあるのですが、自分で作り出したインダストリアルツールを社会で実際に試して、社会に起きる変化を確かめていく、という方が、醍醐味は感じますよね。
そういう意味では、インターネット上でインダストリアルツールを使った研究を最もしっかり行っているのは、GoogleとかYahoo!のような営利企業と言えるのかもしれません。
―― どんなソフトウェアを作られたのでしょうか? やはり貨幣に関係するものですか?
i-WATという通貨システムと、それを使うためのコミュニケーションツールを作りました。
i-WATは誰もが作りだせる通貨です。日本円のようないまの貨幣って、全部負債の表現なんですね。日本のお札のことを、日本銀行券と呼びますが、あれは日本銀行が発行している券です。例えば政府が発行する国債などを担保にして、日本銀行券は発行されますが、国債というのは国の借金です。それから、事業を興す人が銀行からお金を借りることによっても新しくお金は生まれているのですが、それも借金が担保になっているわけですね。いまの世界では、そこにお金があるということは、誰かが借金をしていることを意味しています。i-WATは、その考え方で誰もがお金を新しく作れるようにした仕組みです。これは、森野榮一さんという方が発明した「ワットシステム」という考え方に則っています。
例えば、「10分間肩叩きをする」という肩叩き券のような通貨を私が生み出すとしましょう。私が肩叩きがとてもうまいことを知っている人だったら、その通貨を受け取ってくれるでしょうから、お金みたいに使えますよね。あとは、「いますぐ肩叩きをして欲しい!」って思っている人を知っている人も受け取るでしょう。その人に対して使えることが分かっていますから。このように日本全国津々浦々に出回るわけではないけれど、貨幣を作りだしたいと考えている人の信用が及ぶ範囲では使える。i-WATはそんな仕組みの貨幣です。
―― 貴重な技術を持っている人がいて、必要としている人が世界中にいるとしたら、使える範囲の限られるi-WATより、日本円のほうが便利だと思うのですが……?
そうですね。確かにいまの社会だと、日本円の方が利便性は高いと思います。
でも先ほどお話したように、類まれなる能力を持っている人は、そのノウハウを地球の裏側に伝えればいいんです。地球の裏側にも、同じような知識が伝わるような社会に促進したほうがいい。コンビニのお弁当を作るために、世界中からいろいろなものを輸入するなんて無駄ですよ。できるだけその地域で、物事を解決するのが大切だと思うんですよね。
―― 何もしてあげられない人はどうすれば……?
それもよく聴かれることですね。本当は、誰もが、世の中の役に立ちたいと思っていると思いますし、実際に役に立つ何かをもっていると思います。でも、健康上の理由で働けなかったり、災害に遭ったり、いろんな理由で、いまは世の中にお返しができない状態かも知れない。そんな状態だということを、周りのみんながわかってあげられるなら、約束した内容が、時間が経つにつれて減っていくようにi-WATを使うことができます。
例えば、一日に一割ずつ時間が減っていく「肩叩き券(10分間)」を発行したとします。実は私は今日ちょっと熱があるので、10分も肩叩きなんてしていられません。そんな私の状態を知っている人は、その肩叩き券を今日は私には渡さずに、他の誰かに渡して使うことで、いいことをしている気になれますよね。それにだんだん時間が減っていくので、早く使わないといけない。約束している分の時間が減るにつれ、私は得をしますが、その益はどこから生み出されるかというと、私に気を遣ってその券を私に対しては使わないでいてくれている周りの人たちです。これは、券を作った人が、周りの人たちによって助けられる仕組みなのです。
そんな風に使えるi-WATを、私自身も使ったことがあるんですよ。2005年に愛・地球博が名古屋で開かれましたよね。そのときi-WATを使った実験をすることになったんです。でも、私はとても貧乏で交通費もなかったんですね。だから「これから10年間、i-WATの研究を続けるので、交通費のための日本円と交換してください」という意味で、10年かけて価値がゼロまで減っていく券を出して、いろいろな人に買い取ってもらったんです。おかげでちゃんと名古屋まで行くことができました。来年の2月にようやく、10年が経ちます。
愛・地球博では、災害によって通信や銀行のインフラが破壊された状況を想定して、無線端末のアドホック通信だけを使ってi-WATを使用できることを示す実証実験をしました。このような仕組みが社会の中に実際に入って、日常的に使われるとしたら、災害に強い経済基盤を作ることができます。しかも、誰もが貨幣を創れるようなテクノロジーを持つということは、貨幣を得るために競争をする必要がないということです。世の中にいろんな困難がある中で、地域に暮らす人々が、お金を理由に分断されたりすることなく、お金のために競争したり、お金を持っているかどうかで区別されることもなく、持てる力を存分に発揮して協力して生きていけるような社会をつくっていくために、i-WATのような新しいインダストリアルツールは使っていけるのではないかと期待しています。
もちろん、i-WATだけが唯一の可能性ではありません。ただ、i-WATは、かなり基盤的な作りをしているので、i-WATに基づくさまざまな新しい通貨の可能性というのは考えやすいと思います。例えば、コンピュータを使っている私たちは、必ずディスクスペースのような記憶空間を持っていて、しかもそれを余らせています。自分が持っている記憶空間を貸し出すことを約束する券を作れば、肩たたきなどと違って、コンピュータによる自動化の進んだ通貨の体系を作れるのではないかと私は考えています。
誰でもイノベーションを起こせる!
―― 貨幣にはいろいろな可能性があるんですね。インターネットが世界も貨幣も変えて、いまとは違う社会になっていくかもしれない。
いまインターネットには変なサービスがいっぱいあるじゃないですか。例えば、世界中で展開されているUberは、タクシーのようなサービスだけど、タクシーとはちょっと違う配車サービスです。どこかに移動したいとき、Uberに登録している人が近くにいたら、呼び出して連れて行ってもらえる。いま類似のサービスがたくさんあります。インターネットを使ったヒッチハイクシステムがもっと発展したら、公共交通機関すら必要なくなるかもしれませんよね?
あと研究者にはとてもありがたい助け合いのシステムがあるんですよ。研究をしていると、世界中を飛び回らなくてはいけなくなります。でも、その度にいちいちホテルを予約して、高いお金を払うなんてもったいないですよね。どうせみんな世界中を飛び回っているんだから、研究者同士で部屋を貸し合えばいい。
こういった新しい、一見すると変なイノベーションがいまどんどん起きています。その多くに共通しているのが、現地にある資源、私たちの生活の現場の中で埋もれている資源を、有効に活用するということです。そしていまの高校生は、テクノロジーの勉強をすれば、誰だってイノベーションを起こせる環境にある。日本は特にそうですが、インターネットはほぼ万人に、平等に提供されていますよね。これまでは社会の問題を解決するために、国のような大きな機関が働いていました。でも、これからは高校生や中学生が、世界を変えるようなインダストリアルツールを生み出せるかもしれないんです。私たちが自分たちの力で社会の問題を解決できるんですね。
インターネットで世界は変わる
―― 実は最後に、高校生にむけてメッセージをお願いしようと思っていたのですが、先取りされてしまいました(笑)。
そうだったんですか(笑)。
コンピュータを使った研究は、フィードバックが適切に返ってくるという楽しさがあります。やったとおりに、物事が起きる。とても素直なんですね。私が間違えれば、コンピュータも失敗するわけです。適切に返ってきたフィードバックを見て、少しずつ、自分の力で改善することができる。自分との対話みたいなものですね。そのことに人は夢中になるのだと思います。そして、いまやコンピュータは1台だけで動くものではありませんから、その向こう側に、たくさんの仲間がいることになります。仲間たちといっしょに、工夫をしながら、ひとつひとつ、課題を解決していけるのです。それはとても楽しいことだと思います。
だから、私はもどかしさも感じています。私は、いまのお金に対して懐疑的な研究を行っているわけですが、研究にはお金が必要になります。これは自分に課した罠ですね(笑)。なかなか思い通り研究費が出なくて、地味な研究しかまだできていないんですよ。いまは、お金に関する研究に関しては、研究の楽しさに駆動され切れていないところがあるんです。
でも私の専門は、インターネットとお金だけではなくて、インターネットと社会という広い問題なんですね。その広い意味での研究の中で、学生の面倒をみたり、福島のこどもたちといっしょに新しい「遊び」と「学び」の空間を創りだしているアカデミーキャンプという活動に熱中することに、楽しさを見出しています。こうした活動も、やっぱりインダストリアルツールの発明とその社会への投入の事例だと言えるのかもしれません。こどもたちが変わっていく様子を目の当たりにしながら、こどもたちが社会を変えていく可能性に、自分も少しは貢献をしているんだと感じています。そして、研究をしたいと思っている高校生やいま研究をしている学生には、自分の研究が、社会をよくするかもしれないという大きな喜びに気が付いて欲しいと思います。
むかし、村井さんが、電車の乗客がみんなケータイを使ってメールを送っているのをみて「実験に参加してくれてありがとうございます」という気持ちになったと言っていました。村井純はインターネットで世界を変えました。ぜひ皆さんにもそれを味わってほしいと思っています。
インターネットと社会を考える! 高校生のための5冊
「宇宙船地球号」の概念を世界に知らしめた一冊。単に「みんなで仲良く乗ってるね」という意味ではなく、実際に真空中を全員の生命維持をしながら移動している宇宙船として地球の生態系システム全体を捉え、人類が滅びずに未来を迎えることができるための考え方を示した、こらからを生きる世代にとって必読のマニュアル。
活版印刷術の発明は、私たちの社会を具体的にどのように変えてきたのか?どのように現代の科学技術、国民国家、そして大量生産・大量消費の文化は形作られていったのか。豊富な文献の引用から緻密に歴史を読み解いていく、メディア学者マクルーハンの最高傑作。
すっかり私たちの日常の生活や産業を支える情報基盤となったインターネット。その仕組みを小学生にもわかるように物語形式で徹底解説。インターネットが極限までに使いこなされている「不思議の国」が舞台です。
「インターネットの不思議、探検隊!」の続編として書かれた、「不思議の国」のお金の話。インターネットがもたらす社会の変化を、極限まで描ききりました。斉藤賢爾の2008年までの研究の集大成であり、かつこれからの世界をつくっていくための計画書。
2009年に突如出現した貨幣のもうひとつのイノベーション「ビットコイン」。「不思議の国の NEO」の精神をそのままに、斉藤賢爾が解説に挑みました。
プロフィール
斉藤賢爾
1964年生まれ。「インターネットと社会」の研究者。 日立ソフト(現 日立ソリューションズ)などにエンジニアとして勤めたのち、2000年より慶應義塾大学SFCへ。2003年、地域通貨「WATシステム」をP2Pデジタル通貨として電子化し、2006年、博士論文「i-WAT:インターネット・ワットシステム─信用を維持し、ピア間のバータ取引を容易にするアーキテクチャ」を発表。 現在は「人間不在とならないデジタル通貨」の開発と実用化がおもな研究テーマ。 慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、一般社団法人アカデミーキャンプ代表理事。著書に『これでわかったビットコイン──生きのこる通貨の条件』(太郎次郎社エディタス)『不思議の国のNEO──未来を変えたお金の話』(太郎次郎社エディタス)