2015.06.18
ウイグル族問題――なぜ中国は優遇政策に舵を切れないのか
近年中国では、イスラーム教徒のウイグル族が関係したとみられる事件が頻発している。ここ数年だけをみても、2013年4月にカシュガル地区、6月にトルファン地区とホータン地区などの新疆ウイグル自治区各地で死傷事件が発生しているほか、10月28日には新疆ウイグル自治区から離れた北京市中心部にある、普段から警戒が厳しい毛沢東の肖像画が掲げられる天安門で車両突入事件が発生した。2014年にはいっても、3月1日に雲南省の昆明駅、4月30日にウルムチ南駅、5月22日にウルムチ市内の朝市、7月28日にヤルカンド県などで死傷事件が発生している。これらはあくまでも頻発する事件の一端に過ぎない。
このうち2014年4月30日のウルムチ南駅での事件は、習近平政権に大きな衝撃を与えたと考えられる。習近平国家主席が4月27日から30日までの日程で、新疆ウイグル自治区を訪問していたからである。中国政府はウイグル族が関連したとみられる一連の事件を、民族問題ではなく社会治安を脅かす「テロ」事件と認識しており、習近平は訪問先のカシュガルやウルムチで「テロ」との戦いに強い決意を示していた。そのような新疆訪問最終日の夜に、ウルムチ市内の交通施設で爆発が起こり、数十名が死傷したのである。
翌5月にはいってから、中国政府は新疆ウイグル自治区に対し一連の政策を打ち出していく。まず5月23日には、公安部を通じて「新疆を主戦場とする暴力テロ活動取り締まり特別行動」の展開を決定し、6月23日に当初1か月間の成果報告が行われ、32にのぼるテロ集団の摘発と380名の容疑者を拘束したことなどが発表された。また5月28日から29日まで第2回中央新疆工作座談会を開催したが、2010年に開かれた第1回中央新疆工作座談会と比べて、「テロ」との戦いを通じた社会秩序の安定が強調された。
2015年1月1日には新たに「新疆ウイグル自治区宗教事務条例」が施行され、過激思想の浸透を防いで不法な犯罪行為に厳しく対処する方針が示されるとともに、国家機関、学校、公共事業単位などではいかなる形式の宗教活動も認めないこと、イスラーム教を信仰する公民がメッカ巡礼を行う際には国家と自治区の規定に基づいて手続きをとること、未成年者の宗教活動参加を禁止することなどが定められた。
さらに2015年2月1日には、ウルムチ市で顔を隠す衣服の着用を禁ずる規定が施行された。この規程を制定した目的として第1条では、「社会安定を維持し、宗教の過激思想の浸透を防ぎ、各族群衆の正常な生産生活秩序を保障し、華文化と優良な伝統を伝承するために、関係する法律や法規に依拠するとともに、ウルムチ市の実情に合わせて本規定を制定した」ことが示された。もともとウルムチ市内では、顔を完全に覆い隠すブルカを着用するウイグル女性が少ないことから、すぐには反発がでないであろうウルムチ市で先行的に同規定を制定し、国内外の反応を見定めてから、やがて自治区全体へ拡大していこうとしているのだろう。
近年、東南アジアやトルコを経由して中東のイスラーム過激派に合流するウイグル族の存在が伝えられている。中国政府が新疆ウイグル自治区に厳しい政策を適用するのは、国外のイスラーム過激派との連携を警戒しているからであろう。しかし、そうした政策は、ウイグル族全体の文化や伝統を規制することにもつながることになり、それによって新たな摩擦が引き起こされる可能性が高いことは否めない。
ウイグル族を取り巻く社会構造
ウイグル族が持つ社会的不満の源泉を歴史的な文脈から眺めてみると、新疆ウイグル自治区での漢族人口の増加という構図がある。
10年に一度大規模に実施される人口調査の最新版によれば、2010年の新疆ウイグル自治区の人口比は、漢族が40%でウイグル族が46%であった。この人口比は2000年のデータと比べてほぼ横ばいの状況にあるが、1949年に中華人民共和国が建国された頃には、ウイグル族が人口の8割を占めていたことと比較すれば、新疆ウイグル自治区のなかでさえウイグル族のマイノリティ化が進みつつある実態がわかる。とくに新疆ウイグル自治区の経済的な中心地であるウルムチ市や、石油が産出されるカラマイ市ではウイグル族のマイノリティ化は顕著で、ウイグル族の人口比はそれぞれ13%、11%にすぎなくなっている。
政治や社会の面でも漢族の優位性が目立っている。中国の民族政策は民族区域自治制度と呼ばれているが、この制度においては、自治区の政府主席などに少数民族を担当させる政治的な優遇策が定められている。この点だけを見ると、中国のアファーマティブアクションが有効に機能しているように感じられる。しかし中国では、この少数民族優遇策に大きな限界がある。
中国共産党一党支配体制においては、自治区の政治的実権は政府主席ではなく、中国共産党委員会の書記にあるからである。党書記ポストについては少数民族の優先枠が設けられておらず、新疆ウイグル自治区やチベット自治区など5つある自治区すべての書記ポストは漢族が占有している。少数民族にとって中国共産党による一党支配体制とは、権威主義体制であると同時に、漢族が政治権力を独占するシステムでもあり、二重の意味で少数民族の不満を高める一因となっている。
また先述した2010年の人口調査によれば、農業、林業、牧畜業、漁業に対するウイグル族の従事者比率は漢族の2.5倍となっている一方、国家機関、党群組織、企業、事業単位責任者につく比率は漢族がウイグル族の6倍となっている。このように実社会のレベルでも漢族の優位性が顕著となっている。
ウイグル族全体を取り巻くこうした社会構造を改善しない限り、新疆ウイグル自治区の社会的安定を確保することは難しい状況となっている。では、中国政府は民族政策を柔軟路線に転換し、ウイグル族への優遇策を拡大することで地域の安定を得ることができるのだろうか。結論を先取りするならば、政府による政策転換は非常に難しいと言わざるを得ない。
困難な民族政策の転換
まず、中国の民族政策が安全保障と密接な関係にあることである。少数民族が多く居住する民族自治地方は行政レベルに応じて5つの自治区、30の自治州、100以上の自治県などに分かれており、その面積は中国全土の63.9%を占め、新疆ウイグル自治区だけでも16%にのぼる。
さらに中国と周辺国が陸地で接する国境線の大半が民族自治地方にあり、新疆ウイグル自治区はロシア、カザフスタン、アフガニスタンなどと接する5600キロの陸地国境線を持ち、中国全体の陸地国境線の24%を占めている。このように中国は国境沿いの広大な領域に少数民族を抱える多民族国家であり、その民族政策は常に国家統合を確保するための安全保障の問題と直結する特徴をもっているのである。
つぎに新疆ウイグル自治区を安定させるには、少数民族のウイグル族だけでなく、この地域に居住する漢族の不満も取り除く必要が生じていることである。2009年7月5日にウルムチ市で発生したウイグル族の騒乱は、この年の6月に広東省のおもちゃ工場で発生した漢族とウイグル族の衝突が一因であった。したがって2009年7月5日の騒乱は、漢族に対するウイグル族の不満が爆発したものと見ることができる。しかしこのときの騒乱の特徴は、ウイグル族によるデモだけでなく、数万人の漢族による反ウイグル族デモが7月7日に行われたことだった。
中国の公式見解や研究書では7月7日の漢族騒乱が語られなくなってしまっているが、2009年7月の騒乱は7月5日のウイグル族による騒乱と7月7日の漢族による騒乱をあわせ、騒乱の発生した都市の名前を使ってウルムチ騒乱と表現したほうが、実状を正確に反映しているといえる。ウルムチ騒乱はウイグル族と漢族のあいだに生じた民族問題であり、新疆ウイグル自治区における地域全体の社会的安定を得るには、ウイグル族だけでなく、漢族の不満をも解消しなければならなくなったのである。
ウイグル族への優遇策を高めることはウイグル族からの信頼を得るには有効な手段だが、それが逆に、政府のガバナンスにとって極めて重要な意味を持つ漢族からの支持を損なう可能性を高めてしまうという政策上のジレンマが明らかとなったのだ。逆説的にいえば、国際的にイスラーム過激派の動きが大きな問題となるなかでウイグル問題に厳しく対処することは、マジョリティ集団である漢族からむしろ積極的な支持を得て、中国共産党の統治能力を高める構図ができあがっているといえる。このようなことから中国政府は、ウイグル族への優遇策を拡大する方向に政策の舵を切りにくいのである。
おわりに
1990年代にはいってから中国では、冷戦崩壊に伴う周辺諸国の環境変化によって、ウイグル問題が国外勢力と連携して拡大していくことを一貫して警戒してきた。2001年6月に設立された上海協力機構では、この多国間枠組みの中でウイグルの問題を抑え込もうとし、2001年9月の同時多発テロ以降は、国際「テロ」との共闘という枠組みからウイグル問題を抑え込もうとしてきた。しかし中国国内に目を向けてみるとウイグル問題が収束する気配はないうえに、習近平政権が穏健な民族政策を打ち出す余地がきわめて限られた状況にある。
このような状況のなかで習近平政権は、「シルクロード経済ベルト構想」の実現に向けて着々と準備を進めている。中国内陸部から中央アジアを通ってヨーロッパへつながろうとするこの構想において、新疆ウイグル自治区はヒト・モノ・カネの流通拠点となり、これまで以上に新疆ウイグル自治区の安定が求められるようになる。
しかし、民族政策が柔軟化されないことに加えて、シルクロード経済ベルト構想によってもたらされる富が漢族に偏在することになれば、ウイグル族の不満はさらに高まることになり、そのなかの一部が中国への反発から国外の過激派と連携していく可能性も否定できない。以上を総合的に見て、今後もウイグル族をめぐる問題は不安定な状況が継続していくことは間違いないといえるだろう。
サムネイル「Mosque yanqi xinjiang」Rolf Müller
プロフィール
星野昌裕
現代東アジア研究。一橋大学社会学部卒、慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得満期退学、博士(法学)。在中国日本大使館専門調査員、北九州市立大学助教授、Old Dominion University Visiting Faculty、静岡県立大学准教授などを経て、現在は南山大学総合政策学部教授。