2015.07.17

シリア人権監視団発表の死者数統計に潜む政治的偏向

青山弘之・浜中新吾

国際 #シリア

はじめに

2011年3月に「アラブの春」の混乱が波及したシリアでは、国内外の様々な当事者による暴力の応酬、欧米諸国などの制裁や干渉により情勢が悪化し、人々の生活は困窮を極めている。「今世紀最悪の人道危機」と称されて久しいこの紛争によって、23万人以上が死亡し、400万人弱が国外で、また650万人が国内で避難生活を余儀なくされ、1,000万人が被災していると言われる。こうした推計、とりわけ死者数推計の最大の根拠となっているのが、シリア人権監視団が発表する統計データである。

シリア人権監視団(アラビア語名al-Marṣad al-Sūrī li-Ḥuqūq al-Insān、英語名Syrian Observatory for Human Rights (SOHR)、http://www.syriahr.com/)は2006年、英国在住のシリア人、ラーミー・アブドゥッラフマーン氏が設立した人権団体で、紛争発生当初から各地の人的・物的被害や人権侵害についての情報を発信し続けている。

シリア人権ネットワーク(アラビア語名al-Shabaka al-Sūrīya li-Ḥuqūq al-Insān、英語名Syrian Network for Human Rights (SNHR)、http://sn4hr.org/arabic/)など類似した組織のほとんどが、シリア政府側の犠牲や反体制側の暴力を限定的にしか取り上げないのに比して、シリア人権監視団は、紛争被害に関する情報を網羅的に収集・発表しようとする姿勢が見て取れる。

それゆえ、シリア人権監視団の発表は、国連諸機関も紛争被害を把握する際の主要データとして利用されており、またAFPをはじめとするメディア機関もその情報に依拠して、被害状況を伝えている。

しかし、この組織については、2012年5月にヒムス県で発生したいわゆる「ハウラ虐殺」事件をめぐる「誤情報」拡散など、中立性が常に疑問視されている。本報告では、こうしたアンヴィバレントな評価を受けるシリア人権監視団が発表する死者数統計に着目し、そのデータ集計のありよう、そして公表される数値に潜む政治的偏向を明らかにする。

死者内訳の変化から読み取れるもの

まず、シリア人権監視団の死者数統計におけるデータ集計のありように着目する。表1および図1は、2011年にシリアで紛争が発生して以降、死者数に関するシリア人権監視団の主な発表における数値をまとめたものである。

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図1 シリアの紛争による死者数の変遷
(出所)シリア人権監視団ホームページ(http://www.syriahr.com/)、AFP、al-Ḥayātなどから筆者作成。
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表1 シリアの紛争による死者数の変遷(単位:人)
(出所)シリア人権監視団ホームページ、AFP、al-Ḥayātなどから筆者作成。[クリックで拡大します]

図1は、武力闘争が本格化した2011年半ば以降に死者数が急増したこと、そして民間人が犠牲者の約半数を占めていることを明確に示している。また表1、とりわけ2013年以降公表されるようになった死者内訳からは、重層的様相を特徴とする紛争の対立構図が次第に複雑さを増していった実態を読み取ることができる。

このことは、公表されたデータにおいて採用されている内訳の名称の変化を追うことでも確認できる。表1には具体的に記入しなかったが、例えば「親政権民兵」、「その他の親政権外国人戦闘員」、「外国人戦闘員(ヌスラ戦線、ダーイシュなど)」は、表2で示した通り、2013年と2014年以降で内訳の名称が変更され、当事者の多様性が加味されるようになっている。

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表2 内訳名称の変化
(出所)シリア人権監視団ホームページ、AFP、al-Ḥayātなどから筆者作成。

しかしその一方で、死者内訳における「民間人」に着目すると、政治的偏向と非難されてしかるべき「配慮」がなされていることに気づく。

シリア人権監視団は、2012年半ば以降、「民間人」を「民間人と反体制派戦闘員」(madanī wa muqātil mu‘āriḍ)と表するようになっていたが、2013年になると、「子供(18歳未満)」、「18歳以上の女性」とともに「戦闘部隊戦闘員」(muqātil al-katā’ib al-muqātila)という項目を「民間人」のなかに設け、さらに2014年末には、この項目を「戦闘部隊およびイスラーム主義部隊の戦闘員」(muqātil al-katā’ib al-muqātila wa al-islāmīya)と「拡大解釈」している。

反体制武装集団やジハード主義者(イスラーム主義者、ないしはイスラーム過激派)を「武装した民間人」とみなすのであれば、シリア軍・治安部隊に属さない親政権民兵も「民間人」に含まれねばならない。しかし、シリア人権監視団は「民間人」の政治的・イデオロギー的志向によって、民間人と戦闘員を恣意的に区別している疑いがある。

計量分析から見えてくるもの

次に、シリア人権監視団による死者内訳の分類に恣意性があるかどうかを統計学的に検証してみたい。はじめに表1に挙げた死者数の変遷は累積度数であるため、1期前から当期までの死者数の差分を2014年度から2015年度にかけて計算してみた。

図2と図3は死者内訳を(1)子供(18歳未満)、18歳以上女性、シリア軍・治安部隊、親政権民兵、離反兵、(2)反体制武装集団戦闘員(ジハード主義者を含む)、ヒズブッラー戦闘員、その他の親政権外国人戦闘員、外国人戦闘員(ヌスラ戦線、ダーイシュなど)、身元不明(戦闘員を含む)、という二つのグループに分けて、グループごとに差分の死者数を表したものである。

なおグループ分けに際しては、それぞれ政権側と反体制側が混在するようにしたうえで、グループ毎の総数が極端に偏らないように工夫した。

図2 シリアの紛争による死者数の変遷(グループ1) (出所)表1をもとに筆者作成。
図2 シリアの紛争による死者数の変遷(グループ1)
(出所)表1をもとに筆者作成。
図3 シリアの紛争による死者数の変遷(グループ2) (出所)表1をもとに筆者作成。
図3 シリアの紛争による死者数の変遷(グループ2)
(出所)表1をもとに筆者作成。

これらの図を見ると、公表期間が一定ではないことや戦闘の激化によって死者数に変動が生じていることが認められる。とくに図3において注目すべきは、2015年2月7日における反体制武装集団の死者数が2014年12月2日に比べてマイナスになっていることである。これはシリア人権監視団による分類の恣意的な見直しを窺わせる事実である。

シリア人権監視団が政治的・イデオロギー的志向性によって死者を「民間人」に分類したり戦闘員に含めたりしている疑いについて、体系的証拠を見出すにはどうすればよいだろうか。

ここでは任意の隣り合った2期間において、死者数の増加、具体的には上述の二つのグループが、内訳によらず一定か否かを検討する。任意の2期間は(1)2014年4月1日と5月19日、(2)2014年8月21日と12月2日、(3)2015年2月7日と3月15日、(4)2015年4月16日と6月9日、の4組とした。

4組の任意の2期間においてグループ毎にカイ二乗検定(独立性の検定)を行う。この時、分類に恣意性がなければ、グループ内の内訳分類とは関係なく、累積死者数が増加しているはずである。戦闘の激しさによって特定の集団に死者が集中する可能性を考慮し、2グループ×4組の検定を行った。なお有意水準は5%とした。

表3は2グループ×4組のクロス集計表とカイ二乗検定の結果である。グループ1はすべての2期間において内訳分類とは関係なく累積死者数が増加している。しかし、グループ2では4組すべての2期間において、内訳分類ごとの累積死者数の変化に違いが生じている。4組すべてにおいて有意水準5%のカイ二乗検定で帰無仮説が棄却されている。こうした結果は、特定の集団に死者が集中することがあったとしても、通常は生じ得ない。

表3 シリアの紛争による死者数のクロス集計(単位:人) (出所)表1をもとに筆者作成。
表3 シリアの紛争による死者数のクロス集計(単位:人)
(出所)表1をもとに筆者作成。

計量分析の結果から、シリア人権監視団は「民間人」の政治的・イデオロギー的志向によって、民間人と戦闘員を恣意的に区別している可能性が極めて高い、と言えよう。

おわりに

シリア人権監視団の死者数統計は、データ集計のありようの変化、数値そのものの変遷のいずれをとってみても、恣意的な操作の痕跡が見られることが確認できた。

シリアの紛争は、その発端となったアラブ諸国の「アラブの春」がそうであるように、「長期独裁政権」対「民主化」という構図のもとで捉えられることが多く、体制転換が生じて当然だと考えられてきた。勧善懲悪に基づくこうした予定調和が実態に即していないことは、シリアを含むアラブ諸国が混乱の度合いを深めるなか、最近になってようやっと認知されるようになった。

しかし、シリア人権監視団のデータに潜む政治的偏向は、極端に単純化された「アラブの春」のステレオタイプを再生し、シリア情勢を的確に理解することを阻害してしまっている。

政治的偏向を含んだデータは、本来であれば紛争の実態を把握するにあたって依拠すべきものではない。とりわけ、シリアの紛争は、アラブ湾岸諸国の衛星テレビ局などによる「煽動放送」や、インターネット、SNSなどを通じた情報拡散がその趨勢を左右する「情報戦争」をとしての性格を色濃く持っているがゆえに、中立的な情報、データに基づいた現状認識が求められている。

シリア人権監視団の発表は、国連各機関、欧米諸国のメディアが依拠している「もっとも信頼できる情報」であるが、「情報戦争」としてのシリアの紛争においては、ありとあらゆる情報に政治的価値を付与されていることを忘れるべきではない。

サムネイル:A View of Syria, Under Government Crackdown. VOA News photo gallery

プロフィール

青山弘之アラブ地域研究

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院修了。JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ政治、思想、歴史。編著書に『混迷するシリア――歴史と政治構造から読み解く――』(岩波書店、2012年)、『「アラブの心臓」に何が起きているのか――現代中東の実像――』(岩波書店、2014年)などがある。またウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/aljabal/index.htm

この執筆者の記事

浜中新吾比較政治学

1970年京都生まれ。山形大学准教授。和歌山大学卒。神戸大学大学院修了、博士(政治学)。山形大学講師、助教授を経て現職。専門は比較政治学、現代中東の計量政治分析。著書に『パレスチナの政治文化』(大学教育出版、2002年)、編著書に『選挙と民主主義』(吉田書店、2013年)などがある。また青山弘之氏らとウェブサイト「現代中東政治研究ネットワーク」(http://cmeps-j.net/)を運営。http://www.e.yamagata-u.ac.jp/~oshiro/

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