2016.03.18

「日本の政治外交」という視座【PR】

三浦瑠麗 山猫総合研究所代表

国際

最初に「慰安婦合意は本当に日韓関係改善のきっかけになるのか」というテーマでお話いたします。

まず今回の合意の中身をみていきましょう。「慰安婦」の人たちを強制的に連行したと主張している韓国の方々の意見に対して、政権としては「軍の関与の下」という強制性について玉虫色にどうとでもとれる表現を取りました。そして、総理による心からのお詫びと反省の気持ちを表明し、アジア女性基金と額としてはほぼ変わりない10億円を一括して拠出する。つまり、日本が具体的な事業を担うというよりは、単に「お金を一括でお出ししますよ」という話になっていたわけです。また日韓相互が批判合戦をすることはやめようという約束、韓国政府がソウルの日本大使館前に置かれている慰安婦像を撤去する努力を行い、最終的かつ不可逆的に解決しよう、と両政府が合意した、というものです。これは、問題の解決に関しては韓国政府に下駄を預けるかたちになっています。国内ではこの認識はあまり広まっていないようですが、外交戦術的には日本に有利な合意でした。

写真(報告2)

日本に有利な合意と、戦術ミス

さて、合意は行いました。あとは実行すればいいのですが、ここで気をつけなくてはいけないことは、政府間の合意と国民の理解をごっちゃにしてはいけない、ということです。さきほどお話した「日韓相互による批判をやめる」というのは、政府関係者による批判合戦を指すものであって、何らかの目的をもって活動されている民間の市民や団体の、政府とは関係のない行動を規制するものではありません。

この合意については、すでに強制性をめぐる同床異夢が早くも露呈し、さらに韓国の内政上、実際に履行できるのかも怪しくなってきています。さらには、ご健在の慰安婦の方々の処遇だけでなく、慰安婦問題をめぐる批判、検証、記憶をどのように行い、歴史上記録していくのか。人々の考えが異なる中で、その点が詰められることはありません。

もう一点指摘したいのは、韓国側の努力義務にすぎなかった慰安婦像の撤去について、韓国側が義務履行できないのではないか、という批判が1月あたりから出てきました。実は、努力義務であったこの合意が、「慰安婦像を撤去してから10億円をお支払いしますよ」という順番論になった。その順番論は、日韓両政府の間で、どこまで詰められていたのか明らかでない。産経新聞はじめ保守派の一部では「だから韓国は信用ならない」という論調につながっていますが、私は日本政府の戦術ミスだと思っています。というのも、安倍総理が「慰安婦像を撤去するまでは10億円は……」というご発言をされていますが、日本政府にとっては「日本は合意を履行したのに、韓国はしていない」と見せるほうが、内政上も、外交上も賢いですよね。こうした順番論によって、日本政府も批判を受けうるかたちになっているんです。

慰安婦合意で最も得をしたのは安倍政権

この合意は実行可能なものなのか、という論点をさらに噛み砕くと、どのようなものが見えてくるでしょうか。

まず国民レベルでは、慰安婦「カード」、カードと呼ぶことに不快感を覚える方もいらっしゃるかもしれませんが、ここはカギカッコつきの「カード」として使わせていただきます。これは今後も続くでしょう。となると、日韓の国民感情はこの合意によってさらに悪化する懸念すら出てくる。不信が不信を生む構造になれば、「そもそもなんで韓国は妥協したんだ」という話になってきます。ではなぜ妥協したのか。それは木村先生もご指摘のとおり、東アジア外交のためなのでしょう。数年ほど前から「トライラテラル」「三カ国の」などが付く国際会議が増えています。アメリカが「日米韓で協力しよう」と思っていることの表れです。北朝鮮への対策だと言うことは可能ですし、直接的にはあまり言われませんが「中国に対しても日米韓で協調していったほうがいいよね」という外交思想が背景にあるわけですね。

日本側からみると、韓国を中国側により追いやらないために合意が必要だ、というプロの判断もあったのかと思います。さらに私が提起したいのは、日本政治における懸案解決のために政権浮揚策として行ったという性格があったのではないか、ということです。

実現していない憲法改正は自民党の悲願です。安倍政権にとってはさらに重要な課題でしょう。戦後70年談話は、安倍政権の従来の立場よりもリベラルな立場を取るものでした。そのためバランスを取るために何らかの外交的な果実を得る必要があり、昨年の秋頃からそうした動きが出てきていました。今回の合意は、その動きの頂点であったのだろうと思います。主に保守から右派は憲法改正を長らく望んできました。安倍政権は、「ちょっと待ってね、待ってね」と言いながら、慰安婦問題については保守が批判してきたラインで合意を行っている。政権を支えてきた保守からしたら「いつ憲法改正してくれるの?」という話になりますね。もしくは経済の構造改革を期待して政権を支持してきた人たち。かつて民主党に票を入れて、民主党政権を実現させた人たちからすれば、「いまは自民党のほうが経済改革してくれそうだ」と思って自民党や安倍政権に票を投じたはずです。しかしアベノミクスの第一の矢、第二の矢は短期的に効果を上げていますが、彼らが望んでいた第三の矢は、どうにも進んでいない。私見ですが、そう言わざるをえません。

安倍政権は、今回の合意や北朝鮮の核実験などで支持率を持ち直しています。消費税が先送りになった2014年の総選挙を思い出してください。当時から、経済指標が想定外に悪かったことを考えると、現在の支持率は驚異的なものです。つまり、右にも左にも、中道にも経済ロビーにもいろんなことを言ってきたけど、最終的に一番得しているのは政権なんですね。安倍政権は、強い政権になるために様々な外交力を発揮してきました。今後この政権がどこへいくのか、2016年の年頭にあたって考えておかなければならないのではないか、と私は思っています。

日本/韓国それぞれの好感情を決める要素とは

今日は、2014年末から2015年初頭にかけて、外務省から東京大学政策ビジョン研究センター(PARI)安全保障研究ユニット(SSU)への助成金を受けて行った調査をご紹介いたします。

これは日本、中国、韓国それぞれ2000サンプル、しかも年代や都市部・地方部など、バランスよくサンプルを確保して行った調査です。われわれは日本が持っている、中国や韓国への良い/悪い感情それだけをみがちです。しかし本調査で、回答者の「好き」「どちらかといえば好き」と「どちらかといえば嫌い」「嫌い」の分岐点を各国で比べてみると、いろんなことがわかってきます。

日本の場合、アメリカとオーストラリアが大好きで、ロシアはそんなに好きでもない。そして中国と韓国への嫌い度合いは際立って高くなっています。韓国はどうでしょうか。やはり他国に比べて日本のことはあまり好きではないようです。ただここでも際立っているのは、やはりアメリカとオーストラリアが大好きだ、ということです。面白いですよね。

本調査で明らかになった結果をさらに見ていきましょう。

日本は、韓国に対する感情の中で、20代・30代の若者は上の世代と比較すればまだ韓国を好きな傾向にあります。それから女性も韓国への感情が良い。韓流ブームの影響が色濃く残っていることがわかりますね。さらに面白いのが、将来の収入増加見込みがあると思っている人は、韓国がわりと好きなんです。また「友好的」「信用できる」などいくつかのプラス評価の要素を設定して、それぞれの度合いについて答えてもらいました。横軸に「建前」としての相手国に対するプラス評価の度合い、縦軸に「本音」としてその評価軸がどれだけ実際の好感につながっているかを表してみました。

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韓国人を「エネルギッシュだ」と思う人は多いですが、その評価がほとんど好感につながらないことがわかります。一方で、韓国人を「友好的である」「信用できる」「親切である」と思う人は韓国のことが好きですが、そう思っている人の数は極めて限られている、というのがこの図からわかります。

では韓国からみた日本はどうなのか。こちらも日本と同じです。若者のほうが日本が好きです。高学歴であればあるほど日本が好きです。今後、収入が増えると思えば思うほど日本が好きです。また職業区分をみると、国営企業や外資系に勤めているエリートは日本が好きで、自営業、つまり海外とあまり関わらないで暮らしている国内に閉じられた人は、日本があまり好きではありません。海外経験をみても、外国語能力がある人は日本がとても好きです。さらに、将来、自分の会社が外国との経済取引関係が増えると考えている人はやはり日本が好きなんですね。

韓国は全体で10%の人しか日本が好きでなかったのですが、会社が日本との経済的な関係が深いと思う人は、29%が日本を好きでした。+19ポイントですね。同じように、外国との取引関係が増えると思っている人は、+14ポイントで24%が日本を好きでした。実は+51ポイントという素敵な数字もあったのですが、統計的にはこれを強調することはあまりよくありません。というのも、これは「自分の会社の取引関係で最も増えるのは日本」だと言っている人は61%も日本も好きだということなのですが、たったの5人しかいなかったんです。

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韓国の「本音建前分析」も見ていきましょう。韓国人が日本を好きになる要素は、「友好的」「信用できる」「寛容である」という点でした。「イノベーティブ」「清潔」「クール」ではなく、人間的な信頼関係が大きいということがわかります。たとえば経済取引において、日本のビジネスマンが約束を守ってくれることのほうが評価軸として大事な要素だということなんですね。

日韓関係の改善の糸口を探る

話をまとめましょう。

政治的な合意がなされたあとも問題となっていく対外意識はなんでしょうか? まず日本は中韓に対して悪感情が強く、また中国への悪感情のほうが強いことがわかっています。対韓感情については、多少明るい未来がみえるのは女性や若者にすぎません。また将来の収入増加見込みが高い人のほうが好感情を持っていることもわかりました。人間は経済的なインセンティブで外国人を好きになっている。そもそも儲けられるだけでよい、好きになる必要はあるのだろうか、という考え方もできるでしょう。そして、人間的なふれあいである「友好的である」「親切」という因子が、好感情に働いていることもわかりました。

韓国から日本に対する感情については、各国と対比すれば、悪い感情が広がっているのは確かです。しかし日本と同様に、若者のほうが日本を多少は好きであり、海外経験が豊富な層ほど対日感情が良くなる傾向がある。ここに、改善の目があることは確かなのだろう、と思われます。

木村先生がご指摘になったように、経済的な取引関係が肝になるのではないか、それが「友好的である」「信用できる」「寛容である」などに大きく働くのではないか、それが日韓関係の課題なのではないか、ということをお示しして、お話を終えたいと思います。ありがとうございました。

プロフィール

三浦瑠麗山猫総合研究所代表

1980年、神奈川県生れ。国際政治学者、山猫総合研究所代表。東京大学農学部卒業後、同公共政策大学院及び同大学院法学政治学研究科修了。博士(法学)。東京大学政策ビジョン研究センター講師などを経て現職。主著に『シビリアンの戦争』『21世紀の戦争と平和』『孤独の意味も、女であることの味わいも』などがある。2017(平成29)年、正論新風賞受賞。

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