2016.09.08

『グローバル・タックス』が世界を変える!――富の再分配と持続可能な世界の実現に向けて

上村雄彦 グローバル政治論 / グローバル公共政策論

国際 #パナマ文書#グローバル・タックス

歴史的な転換点?

2015年、2016年は、21世紀の転換点の一つだったと記憶されるかもしれない。

2015年9月に、国連ミレニアム開発目標(MDGs)に代わる持続可能な開発目標(SDGs)が国連で採択された。2030年までに貧困ゼロなど、持続可能な世界の実現に向けて、グローバル社会が共通して取り組んでいく大胆な目標が定められたのだ。

2015年12月には、パリで第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)が開催された。気候変動から人類が生き残るために、その原因である温室効果ガス、とりわけ二酸化炭素排出を今世紀後半にはゼロにするという目標を含むパリ協定が締結された。これは、今後人類が石油や石炭など化石燃料を使わないということを意味しており、まさに歴史的かつ革命的な変化といえよう。

そして、2016年4月に公表された「パナマ文書」である。これは、パナマの法律事務所の顧客情報が漏洩したもので、ロシアのプーチン大統領の側近、中国の習近平国家主席の親族、俳優のジャーキー・チェンなど著名な政治家や経営者、セレブが資産隠しや税金逃れをしている実態が明るみとなり、アイスランドの首相に至っては、その座を追われることとなった。

実はこの3つの出来事は互いに関係している。その共通点については後ほど述べるとして、まずは「パナマ文書」の実態とその問題点について見ていきたい。

パナマ文書は「史上最大のリーク」

パナマ文書が明らかにしたのは、タックス・ヘイブンの問題である(「タックス・ヘイブン問題の本質と『グローバル・タックス』の可能性とは」上村雄彦×荻上チキ)。租税回避地のことを指すこの言葉は、「そこにお金を持っていけば、どこにも税金を払わずに済み、名前なども公開されずに、好き勝手にお金の出し入れできる国や地域のこと」をいう。

タックス・ヘイブンの利用によって、富裕層や大企業は本国や操業国で税金を払わないため、各国の税収は落ち込み、タックス・ヘイブンを通じて巨額の資金が貧しい途上国から豊かな先進国へ流れている事態も明らかになっている。さらに、タックス・ヘイブンに流れた資金はマネーゲームに回され、それに参加できる富裕層や大企業をますます富ませ、参加できない庶民との格差が際限なく拡大している。

タックス・ヘイブンのポイントは、いったい誰がどのくらいのお金をそこに保持しているのかなどの情報が一切秘匿されていることである。なぜなら、それが明らかになれば、あちこちから非難を受けるばかりではなく、マネーロンダリングの実態が明るみになる、実際に課税をされるなど、富裕層や大企業といったタックス・ヘイブンの利用者にとって大きな痛手となるからである。パナマ文書により、表に出るはずのない情報が公になったからこそ、あれほどまでにセンセーショナルに取り上げられたのだ。

もちろん、これまでタックス・ヘイブンについての情報は大なり小なり公になり、その度問題にされてきた。しかし、パナマ文書ほど大量の、かつ誰もが知っている有名人の名が連ねられた生の情報が、タックス・ヘイブンの当事者から出てきたことはなかった。

だから、アメリカの国家安全保障局(NSA)の元局員であり、NSAで行われていた違法・違憲な情報収集行為(とりわけ個人情報)を世間に知らしめたエドワード・スノーデンをして、パナマ文書を「史上最大のリークだ」と言わしめたのである。

3つの共通点

持続可能な開発目標(SDGs)、パリ協定、パナマ文書には共通点がある。まず、SDGsとパリ協定を達成するためには、巨額の資金が必要という点だ。極度の貧困の解消や保健、教育の整備などには年間38兆円、途上国の気候変動対策には年間96兆円、これだけで年間130兆円以上が必要となる。

これに、先進国の気候変動対策費用も加えると、さらに60兆円以上の資金が追加されるので、SDGsとパリ協定で定められた目標を達成するためには、最低でも年間200兆円の資金が要ることになる。

他方、世界の政府開発援助(ODA)の総額は2014年で18兆円であり、気候変動向け民間資金は同年で23兆1600億円であったので、合計しても41兆1600億円にしかならない。これらのことから、グローバル社会は明らかに巨額の資金不足に陥っていることがわかるだろう。

次に、パナマ文書が炙り出したタックス・ヘイブンの実態である。タックス・ヘイブンに秘匿されている個人資産は、実に2310兆円~3520兆円である。これに課税をすれば、年間21兆円~31兆円の税収が上がると試算されている。

個人資産でこの数字なので、企業の資産も加えれば、もっと巨額の資金がタックス・ヘイブンに秘匿されているであろうし、これに適切に課税できれば、さらに大きな税収を得ることができるということになる。

つまり、3つの共通点は「巨額の資金」であり、前者二つはその必要性、後者は適切な課税により、その資金が生み出される可能性を示している。

キーワードは税

さて、SDGsやパリ協定の実現に向けて必要となる資金は、自動的に降ってくるわけではない。年間200兆円ともなると、ODAの増額によって満たすことも非現実的である。民間資金も「儲け」がなければ投資は行われないが、地球規模課題の解決という公共財の供給で直接儲けることは、基本的にむずかしい。それでは、どうすればよいのか? 先に、「適切な課税により、その資金が生み出される」と書いたように、キーワードは「税」である。

なぜ、税なのか? これを考えるにあたって、たとえば、税のない日本を想像してみればよい。一見、多くの人々が喜びそうな話だが、税がないということは政府に収入が入らないということである。

政府に収入がなければ、医療、教育、福祉など、国民に必要な基本的サービスが提供されなくなる。また、再分配機能も働かないので、お金持ちはとことん金持ちになり、貧しい人々は命を落とすまで貧しくなる。

実はこれが今のグローバル社会の実態なのである。8億人が飢餓や栄養失調に苦しむ一方、0.14%の富裕層が世界の金融資産の81.3%を持ち、たった62人が世界の下位36億人分の富を所有している。また、貧困や気候変動以外にも、地球規模問題は山積しているが、上述のとおり、その解決に必要な資金は完全に不足している。

日本には税制があって、不十分とはいえ富の再分配機能が働き、また税収によって医療、教育、福祉のサービスが提供されている。これと同じことをグローバル社会でもできないのか? つまり、これだけグローバル化した国際社会と一つの「国」とみなし、地球規模で税制を敷くことができれば、多くの地球規模課題は解決するのではないか。このような構想と政策を「グローバル・タックス」と呼ぶ。

グローバル・タックスが世界を変える!

グローバル・タックスは、大きく三つの柱からなる。第一の柱は、「漏れを防ぐこと」、つまりタックス・ヘイブン対策で、世界の金融情報の透明化と各国の税務当局による情報共有が鍵となる。

次に、金融取引税、地球炭素税、武器取引税、タックス・ヘイブン税など実際に税金をかけることである。この場合、グローバル・タックスは「グローバルな資産や国境を超える活動に課税し、グローバルな活動の負の影響を抑制しながら、税収を地球規模課題の解決に充当する税制」と定義される。

最後に、課税、徴税、税収の適切な使用のための「システムの透明化」で、説明責任を果たすことのできる民主的な統治の仕組みを創ることである。

これが実現すると、まずは巨額の税収が得られる。あらゆるグローバル・タックスが実現すれば、理論上最大で年間300兆円近い税収が得られる。つまり、地球規模課題の解決やSDGs達成のための財源がこれで満たされるのである。

次に、負の活動も抑制される。金融取引税が導入されると、取引をすればするほど儲けが少なくなるので、1秒間に1000回以上の取引を行うような投機的取引が減少して、金融市場が安定する。

地球炭素税によって電気を使えば使うほど、ガソリンを使えば使うほど、化石燃料を使えば使うほど、税金を多く払わなければならないので、化石燃料の使用が抑えられ、二酸化炭素の排出が削減される。そして、税収を再生可能エネルギーに向ければ、パリ協定の実現に大きく踏み出すことができる。

また、武器取引税によって武器を取引するたびに税金がかかれば、武器取引が抑制され、税収を核兵器、化学兵器の廃棄や平和構築に使うことができ、平和に貢献することができる。

そして、グローバル・タックスによって、現在の地球社会の運営(グローバル・ガヴァナンス)はより透明で、民主的で、説明責任を果たせるものとなる。象徴的に言うならば、現在の少数の金持ち、強者、強国による「1%のガヴァナンス」から、「99%のガヴァナンス」に変えることもできる。

なぜなら、現在の加盟国の拠出金で成り立つ国際機関と異なり、グローバル・タックスを財源とする国際機関は、桁違いに多数で、多様な納税者からの税を財源とするからである。

税を取るからには、説明責任を果たさないといけない。そのためには、お金の流れや意思決定の過程を透明にするだけでなく、税収の使途などを民主的に決定するために、意思決定のプロセスに多様なステークホルダー(利害関係者)に直接かかわってもらう必要がある。さらに、加盟国からの拠出金に依存しなくてよくなるということは、国益のくびきから解放されて、純粋に地球益のために活動できることを意味する。

金融取引税機関、地球炭素税機関、武器取引税機関など、グローバル・タックスを財源とする国際機関が多数誕生することで、現在の「1%のガヴァナンス」を変える可能性が生まれるのである。

グローバル・タックスは実現できるのか?

そうなってくると、あとはグローバル・タックスが実現できるか否かである。しかし、この問いは実は間違っている。なぜなら、航空券連帯税や「CDM税」という形で、部分的ではあるが、すでにグローバル・タックスが実現しているからである。

これらの説明は他に譲ることにして(文末の参考文献参照)、いま一番注目されているグローバル・タックスが、金融取引税である。金融業界の猛烈な反対があるので、このような税はまったく夢物語だと考えられてきた。

ところが、2015年12月に、フランス、ドイツ、イタリア、スペインを含む10ヵ国が、金融取引税の導入で大筋合意したのである。詳細については、さらなる議論が必要だということで、本年9月の最終的な合意をめざして、現在も議論が続けられている。

この金融取引税は、現在のところ、10ヵ国の金融機関内で取引をすれば税金がかかるというだけでなく、10ヵ国に含まれていない国の金融機関、たとえば日本の銀行がこれらの国々の金融機関と取引をすれば、税が課される制度設計になっている。

ということは、一方的に課税されるのは不公平だから、日本でも金融取引税を導入しようという動きに、つまりヨーロッパ10ヵ国で始まった金融取引税が、グローバルに広がる可能性も考えられる。

そのように考えると、ヨーロッパ10カ国の金融取引税がどうなるかということは、今後のグローバル・タックスの導入、ひいてはSDGsの実現に向けての重要な試金石になるといえるだろう。そして、もし2016年中に金融取引税の実施で最終合意がなされるようなことになれば、SDGs、パリ協定、パナマ文書に金融取引税の実現が加わることになり、冒頭で述べたとおりのこと、すなわち、2015年、2016年は21世紀の転換点だったと記憶されることになろう。

<参考文献>

上村雄彦(2009)『グローバル・タックスの可能性―持続可能な福祉社会のガヴァナンスをめざして』ミネルヴァ書房。

上村雄彦編著(2015)『グローバル・タックスの構想と射程』法律文化社。

上村雄彦編著(2016)『世界の富を再分配する30の方法―グローバル・タックスが世界を変える』合同出版。

上村雄彦(2016)「タックス・ヘイブン」『先見経済』第62巻第6号、52頁。

グローバル連帯税推進協議会(2015)「持続可能な開発目標の達成に向けた新しい政策科学―グローバル連帯税が切り拓く未来」『グローバル連帯税推進協議会最終報告書』。

Oxfam International (2016) “AN ECONOMY FOR THE 1 %: How privilege and power in the economy drive extreme inequality and how this can be stopped”, 210 OXFAM BRIEFING PAPER, https://www.oxfam.org/sites/www.oxfam.org/files/file_attachments/bp210-economy-one-percent-tax-havens-180116-en_0.pdf, last visited on 21 June 2016.

Schulmeister, Stephan (2009) “A General Financial Transaction Tax: A Short Cut of the Pros, the Cons and a Proposal”, WIFO Working Papers, No. 344.

Tax Justice Network (2012) “Revealed: global super-rich has at least $21 trillion hidden in secret tax havens”,   http://www.taxjustice.net/cms/upload/pdf/The_Price_of_Offshore_Revisited_Presser_120722.pdf , last visited on 10 November 2013.

プロフィール

上村雄彦グローバル政治論 / グローバル公共政策論

横浜市立大学学術院 国際総合科学群教授、同グローバル協力コース長。

1965年生まれ。大阪大学大学院法学研究科博士前期課程、カールトン大学大学院国際関係研究科修士課程修了。博士(学術、千葉大学)。国連食糧農業機関(FAO)住民参加・環境担当官、奈良大学教養部専任講師、千葉大学大学院人文社会科学研究科准教授を経て、現職。専門は、グローバル政治論、グローバル公共政策論。地球環境税等研究会(環境省)、環境金融情報普及検討会(環境省)、革新的開発資金に関するリーディング・グループ・開発のための国際金融取引タスクフォース専門家などを歴任。現在、グローバル連帯税推進協議会(座長:寺島実郎・多摩大学学長)委員、横浜市税制調査会委員、グローバル・ガバナンス学会理事、国際連帯税フォーラム理事。

著書に、『グローバル・タックスの可能性』(ミネルヴァ書房、単著)、『グローバル協力論』(法律文化社、編著)、『グローバル・タックスの構想と射程』(法律文化社、編著)、などがある。

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