2017.06.30
ロウハニ政権の功績をたどる
欧米諸国との核合意に達し、諸外国からイランへの制裁緩和に成功したロウハニ師。5月の大統領選では6割の得票を得て再選され、続投が決まっている。一方で、トランプ政権によるイランへの強硬姿勢やISのテロなど、流動的な国際情勢は今後のロウハニ政権の政策にも影響を及ぼすと考えられる。混迷を極める中東情勢の中でロウハニ政権が歩んできた道、そして今後の展望とは。イラン現代政治がご専門の坂梨祥氏に伺った。(取材・構成/増田穂)
イラン・イスラーム共和国体制のインサイダー
――先日の大統領選挙で再選され、8月には2期目に入る予定のロウハニ師ですが、どのような経歴の持ち主なのですか。
ロウハニ大統領は1948年生まれの68歳、宗教都市コムでイスラム諸学を学んだウラマー、イスラム法学者です。ロウハニ師はテヘラン大学でも法学を学び、その後英国スコットランドのグラスゴー・カレドニアン大学において、法学修士号と博士号を取得しています。
ロウハニ師はまだ10代であった1960年代から革命運動に身を投じ、1979年に革命が達成されると、それ以降は体制の安全保障にかかわる要職を歴任してきました。革命直後には、現在イランの最高指導者を務めるハメネイ師に、イラン国軍の再建を託されます。1980年3月の国会選挙で当選し、国会国防委員会の委員長に就任すると、イラクの侵攻により同年9月に始まったイラン・イラク戦争では、国防最高評議会メンバーとして、また様々な部隊の司令官として戦争の遂行にかかわり、88年の終戦を迎えます。
ロウハニ師はその翌年、1989年には国家安全保障最高評議会の初代事務局長に就任し、2002年に「イラン核開発問題」が発生すると、英独仏の3カ国との交渉を通じ、複数の合意を成立させます。保守強硬派のアフマディネジャド大統領の任期中は安全保障問題を扱う戦略研究所の所長を務め、その後2013年には大統領選挙に出馬して当選を果たし、イランの第7代大統領に就任しました。
ロウハニ師は1980年から2000年まで、5期20年にわたり国会議員の座にとどまったほか、1999年には最高指導者の選出機関である専門家会議のメンバーにも選出されます。また、1991年以来、三権の長を含む体制の要人が集う体制利益判別評議会メンバーも務めており、体制のインサイダーと言うことができます。
――ロウハニ師とハメネイ師はともに国家の重要な権力者ですが、その関係はどのようなものなのですか。
4年に一度、国民が選挙で選ぶ大統領は、イランの顔とも呼べる存在です。しかし、イランにおいて大統領は、最高指導者に次ぐ第2の権力者であるにすぎません。というのも今日のイランにおいて、最高指導者は「お隠れイマームの代理」として、名実ともに体制の頂点に君臨しているからです。
イラン国民の9割以上が信奉する十二イマーム・シーア派において、初代イマームのアリーから数えて十二代目にあたるイマームは9世紀にお隠れに入り、いつの日か救世主として再臨するとされています。本来信徒共同体にとって唯一正統な指導者であるイマームがお隠れにある間は、イスラムの学識に優れたイスラム法学者がその代理を務めるべき、というのが、革命の指導者ホメイニ師の考えでした。
ホメイニ師のこの考えに基づき、イランの最高指導者には幅広い権限が与えられています。最高指導者は統帥権を有し、各軍の司令官および司法とメディアの長を任命します。最高指導者はまた、監督者評議会(憲法擁護評議会、護憲評議会とも訳されます)のメンバーを、直接・間接に任命します。
監督者評議会とは、国民が選出する国会で可決された法案が、イスラムおよびイランの憲法の原則と矛盾しないかを審議する機関です。監督者評議会はまた、国政選挙への立候補を希望する者の資格審査を行います。イランの国政選挙では、監督者評議会がその資格ありと認めた者だけが、立候補することができるのです。
最高指導者は、体制利益判別評議会のメンバーも任命します。体制利益判別評議会とは、ある特定の法案に関する国会と監督者評議会の見解が一致しなかった場合に、「体制の利益」に鑑みて最終的な決定を下す機関です。
このように、最高指導者の権力は絶大です。それでも、革命をともにたたかったロウハニ師とハメネイ師の間には、今日も信頼関係があるといわれます。最高指導者の支持があったからこそ、ロウハニ師は核合意を成立させることができ、今回の大統領選挙でも出馬を認められたということができます。
核合意に向けて尽力
――ロウハニ師は2013年の大統領選挙でイランの対外的孤立を改善することを公約のひとつに掲げ当選しましたが、それまでイランと欧米諸国の関係はどのようなものだったのですか。
革命で親米的な国王が追放される前のイランは、中東随一の親米国でした。しかしイランの革命政権は、一転して反米的なスローガンを唱え始めます。なぜならば革命前にイラン国内で反対派を厳しく弾圧していた国王を、米国は「中東地域の安定化に必須」であるとして、全面的に支援していたからです。革命直後には在イラン米国大使館の占拠事件も発生し、米国とイランの関係は一気に悪化していきます。
イランと米国の関係が悪化したいまひとつの理由に、米国がその安全を保証する立場にあるイスラエルを、革命後のイランが敵視し始めたことがあげられます。革命によってイスラム共和国を樹立したイランにとって、ムスリムの同胞であるパレスチナ人を抑圧するイスラエルは許しがたい存在でした。イスラエルは1982年にレバノンに侵攻しますが、イランはそれによって占領下に置かれたレバノン南部のシーア派の人々を支援し、イスラエルの占領に対し戦うヒズボラという組織の結成にも関わりました。
イスラエルと米国は、ヒズボラをイスラエルに武装闘争を挑むテロリストと位置付けており、イランは米国により、ヒズボラを支援する「テロ支援国」に指定されています。革命により反米国に転じたイランを孤立させ、弱体化させることを目指す米国は、これ以外にも「中東和平妨害」、「人権侵害」、「大量破壊兵器開発」「ミサイル開発」など様々な理由をあげて、イランに多種多様な制裁を科してきました。
一方で、欧州諸国のイランへのアプローチは米国とは一線を画すものでした。歴史的にもイランとの関わりが深い欧州諸国は、イランの革命体制に対し、その言い分を聞きながら問題点は指摘し、互いの接点を探るという方針を貫き、イランとの「批判的対話」を続けていました。
しかし、2002年にイラン核開発問題が発生し、2006年にこの問題が国連安保理に付託されて以降は、欧州諸国も徐々にイランへの圧力を強めていきます。欧州諸国は2012年には、イラン産原油のボイコットも開始し、イランの現体制はこれを受け、核交渉に本腰を入れ始めます。イランにとって石油輸出収入は、国家運営に不可欠の要素であるからです。
――核合意への動きはそうした背景で開始されたのですね。
はい。ロウハニ師は2013年8月に大統領に就任して以降、翌9月には国連総会出席のために訪れた米国でオバマ大統領と電話会談を行い、11月には米国を筆頭とする国連安保理常任理事国5カ国プラス・ドイツの6カ国、通称P5+1との間で暫定核合意を成立させます。その後2015年7月には最終合意が成立し、イランは核技術開発の規模を縮小し、P5+1は核に関する対イラン制裁を、緩和することになりました。
核合意は2016年1月に履行され、それによりイランの原油輸出は回復し、核合意の枠組みに基づきイランとの経済関係を拡大しようと考える国や企業の代表が、大挙してイランを訪れ始めます。ロウハニ大統領は核合意を成立させてこのような状況を作り出すことにより、国民に対し、「イランの孤立は終わり、経済状況も改善されていくのではないか」という希望をもたらしたということができます。
――実際に経済は回復したのでしょうか。
とはいえ、米国が革命以降イランに科し続けてきた核以外の理由に基づく数々の制裁は、今日も残っています。たとえば米国は、イランによる米ドルの使用を今も禁じています。貿易代金の決済は米ドルで行われることが多いため、米国政府によるこの制裁は、欧州や日本の企業にも影響を与えています。こうしたなか、イランの経済回復はゆるやかなものにとどまっており、国民の多くが制裁解除の恩恵を実感する状況とはなっていないようです。
自由化反対の声も
――第1期のロウハニ政権に対する国民からの評価は限定的ということでしょうか。
イラン国民は、ロウハニ政権が核合意を成立させたことを高く評価しています。核交渉の行き詰っていたアフマディネジャド政権下では経済状況は悪くなるばかりであり、核合意以外に道はない、という見解は、すでに共有されていました。
ただし、核合意後も経済が期待どおりには改善していない点につき、ロウハニ政権を批判する国民がいるのも事実です。ほかにも、制裁下で撤退する外国企業に代わり国内のプロジェクトを請け負っていたイラン企業の中には、今日のロウハニ政権の外資「優遇」政策に批判的なところもあります。
社会の変化に関しては、ロウハニ政権はSNSへの規制を緩和するなど、文化面での自由の拡大を目指しました。この自由化政策は、都市の中間層には歓迎された一方で、これに不満を募らせた層もありました。宗教的に保守的な層はロウハニ政権の自由化政策を、イスラム教の伝統的な価値観や道徳観に有害なものと受け止めたのです。それらの保守層は、今回の大統領選挙ではロウハニ師の対抗馬となったライシ師を支援しました。
――ロウハニ師が勝利したとはいえ、ライシ師も4割近い得票でした。接戦となった選挙戦でロウハニ師が勝利した背景には何があるとお考えですか。
ロウハニ師は今回の選挙において、外交面では国際協調路線を、経済面では外資参入による経済の立て直しを、社会面では自由の拡大を公約に掲げていました。ロウハニ師が支持された理由は、核合意という実績があったことと、イランを孤立から救った国際協調路線の継続を望む国民が多かったからだと思います。
これに対してライシ師は、選挙戦では革命の原理原則をより重視する姿勢を強く打ち出し、外交関係では反米的なスローガンを掲げ、経済面では外資に頼らない「抵抗経済」の必要性を強調し、文化面ではイスラムの伝統的な道徳観を守るべきだと訴えました。ライシ師はまた、アフマディネジャド政権下で開始された現金給付の金額を、現在の3倍に増やすことも約束しました。
今回の選挙でライシ師を支持したのは、宗教界の重鎮や革命防衛隊などのいわゆる保守強硬派、および地方の貧困層であったとされています。選挙に敗れたとはいえ4割の得票を確保したライシ師を支持した国民の声も、無視できない重みを持っているのです。
――結果としてロウハニ政権と保守勢力との対立が起こるのではないかと懸念されていますが、その辺りはいかがでしょうか。
ロウハニ大統領も革命防衛隊などの保守強硬派も、「イラン・イスラーム共和国体制を守る」という大目標は共有しています。ただ、そのためにどのような手段とるべきかという点をめぐり、両者の考えは異なっており、イランを取り巻く状況により、どちらが優位に立つかも変わってきます。
イランに対して融和的な姿勢を取ったオバマ政権の時代には、協調路線を掲げるロウハニ師が前面に出てきました。しかし今日、米国のトランプ政権は、同盟国のサウジアラビアやイスラエルなどとともに、対イラン圧力を強化しようとしています。この状況は、イラン国内ではロウハニ師に不利に働く可能性があります。
2000年代前半に、イランで保守強硬派勢力が力を伸ばし、2005年にアフマディネジャド政権が誕生した時も、その背景には米国のブッシュ大統領による対イラン強硬姿勢がありました。ブッシュ大統領はイランを「悪の枢軸」と呼び、軍事攻撃によるイランの体制転覆、「レジーム・チェンジ」の可能性にたびたび言及し、イラン国内の強硬派を勢いづかせたのです。
揺れる国際情勢の中で
――トランプ大統領は他の中東諸国と連携して、イラン包囲網ともいえるネットワークを築こうとしていると言われています。核合意にも批判的でした。
トランプ大統領は確かに、選挙戦中から核合意を強く批判し、これを「破棄する」とまで宣言してきました。しかしイラン側はこの合意を順守しており、米国が核合意を一方的に破棄することは難しい状況になっています。
そこでトランプ政権は、イランは核合意を守っているとしながらも、「核合意が米国の安全保障上の関心に見合うか否か」を「検証中」であると発表しています。この検証は、核合意による制裁の解除を受けてイランが周辺諸国への介入を増大させ、地域の不安定化をもたらしていると主張するサウジアラビアなどの訴えにも通じるものです。
その一方、イランとの間で核合意を成立させた米国以外の5か国は、今後とも核合意を守る方針です。よってロウハニ大統領は、これからも核合意の枠内で、米国以外の国々との経済関係の拡大により、イラン経済の回復を目指すと考えられます。豊富な資源と大きな市場を持つイランへの接近を試みる国はいまも存在し、ロウハニ政権はそれらの国々との関係を強化することで、イラン孤立化の試みに対抗していくと考えられます。
――周辺諸国への影響力ということで言うと、イランの保守強硬派が国内での優位を保つため、イラクやシリアなどへ武装人員を派遣して対立を煽っているとの批判がありますが、実際にそのようなことはあるのでしょうか。
イランの革命防衛隊は、「ISのイランへの侵入を防ぐため」、イラクやシリアにおいてISと戦っていると主張してきました。「国内での優位を保つために対立を煽っている」というよりは、イラクやシリアに拠点を持つISはイランをも攻撃対象としかねず、それを未然に防ぐためには介入が必要だと言ってきたのです。
イランの首都テヘランでは実際に、先日ISによるテロが発生し、20名近くの人々が犠牲になりました。革命防衛隊のシリアにおける戦いは、イランとヒズボラの架け橋であったアサド政権を守る戦いでもありますが、イランの西に隣接するイラクでは、イランは確かにイラクのシーア派民兵を動員し、ISと戦い続けています。
ペルシア湾をはさんでイランの対岸に位置するサウジアラビアは、イランの「周辺諸国への介入」を、強く非難しています。サウジアラビアはイランの介入を悪事と糾弾することで、イランの勢力圏拡大を阻止しようとしているといえます。しかし実際は、ISはサウジアラビアにとっても打倒すべき相手です。イランがイラクに「介入」して戦ってきたISは、実はサウジアラビアの敵でもあるのです。
――先日のテロはイランの首都テヘランでの初めての無差別テロとのことですが、今後どのようにロウハニ政権に影響すると思われますか。
ISはシーア派を極端に敵視するスンナ派の過激派組織ですが、イランではISによる大規模なテロ事件はこれまで起こっていませんでした。しかし、イラクとの国境地帯では、過去数年にわたりISメンバーの摘発が相次いでおり、今回のテロの実行犯のなかにも、イラクとの国境地帯に居住するクルド系イラン人が含まれていたとされます。イランの少数民族のひとつであるクルド人は、イラク国境をまたぐ地域に居住しており、そのなかにはスンナ派も含まれています。
ISによるテロ攻撃に関しては、革命防衛隊が早々に報復を誓い、すでにシリア国内のISの拠点に対するミサイル攻撃も行っています。すなわち革命防衛隊による、「IS掃討」の名の下のイラクやシリアへの関与は、今後とも続いていくと考えられます。
ISによるテロ事件はイラン国内では、治安や安全保障関係者の発言力を高める可能性があります。その場合、ロウハニ大統領の国際協調や自由化といった公約は、治安や安全保障を優先させたい勢力に、阻まれてしまいかねません。
ロウハニ大統領の再選は、自由の拡大を求めるイラン国民にとっては素晴らしく前向きなニュースでした。しかし、米国のトランプ政権の反イラン政策やテヘランで発生したISのテロは、開放路線を掲げるロウハニ政権のイラン国内における立場を、弱めていく可能性があるのです。
――混沌とする中東情勢の中で、ロウハニ大統領のイランがどのような役割を担っていくのか注目したいです。坂梨さん、お忙しいところありがとうございました!
プロフィール
坂梨祥
日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究主幹。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻修士号取得・