2017.09.29
「戦争」の裏を支える――「民間軍事会社」は何をしているのか
戦場での後方支援や要人の警護などを請け負い、イラクやアフガニスタンでその存在感を発揮した「民間軍事会社」。正規軍の代わりに戦闘行為を代行する団体と誤解を受けることも多いが、実は彼らの業務の多くは非武装で行われる。退役軍人などが中核を成す「民間軍事会社」はいったい戦場で何をしているのか。国際政治アナリストの菅原出氏に伺った。(取材・構成/増田穂)
後方支援や警備などを担当
――「民間軍事会社」とはどのような組織なのですか。
「民間軍事会社」という名称はメディアや研究者が便宜上使っているものであって、そのような正式な業種があるわけではありません。例えば「警備会社」であれば、警備事業法に基づいて特定の許認可を受けた会社が「警備会社」として警備事業を行うことが出来ますが、「民間軍事会社」については、同様の法的なステータスがあるわけではないのです。自らを「民間軍事会社」と呼ぶ企業もほとんどありません。ただ、元軍人たちが、軍隊で培った技能、知識やノウハウを生かして商業活動をしていたり、かつては軍隊だけが行っていた業務を請け負う民間業者が出てきたため、こうした会社が、「民間軍事会社」と呼ばれるようになりました。
――どのような業務を請け負っているのですか。
軍隊が海外で長期間活動する際には、大人数の軍人たちがそこで生活をし、作戦行動をとるわけですから、様々な「仕事」が必要になります。基地を設営し、食料や燃料などの生活物資や武器弾薬を滞りなく手配しなくてはなりませんし、基地の安全を確保しなくてはなりません。そうした基盤があって初めて軍隊は作戦行動をとることが出来ますね。正規軍はこうした実際の作戦行動を行うわけですが、現在ではその活動基盤である基地の運営や武器弾薬の手配から兵器システムの維持管理、基地の警備といった、いわゆる後方支援はほとんどが民間業者が軍との契約の下で行います。
――産業としてはどの程度のものなのですか。特にアメリカが有名だと聞いています。
軍の民間委託は多岐に及びますが、明確な一つの産業として位置づけられておりませんので、正確な数字はわかりません。また、米国が海外で軍事作戦を実施し、多くの米兵を派兵すればその分費用は増大しますので、そうした米軍の活動状況によっても変わってきます。
例えば2010年には米国はイラクとアフガニスタン両国に大規模な軍隊を派遣しており、その数は28万人くらいいました。その頃、軍と契約して働く民間の契約者、つまりいわゆる「民間軍事会社」で働く民間人の数はこの2ヵ国で24万2千人に上っており、この2ヵ国で軍が民間業者に支払った額は2000億ドルという莫大な額に上ったことで問題になりましたので、その規模感が理解できるのではないでしょうか。
実際にはイラクやアフガニスタン以外の世界中の米軍基地で民間業者が委託を受けて働いておりますし、軍だけでなく、米国務省と契約して大使館警備などを提供したり、中東やアフリカで民間企業向けに武装警備を行う会社もあります。「民間軍事会社」と呼ばれている企業は、軍隊だけをお客さんにしているわけではなく、他の政府機関や民間企業向けに様々なセキュリティ・サービスを提供しております。いずれにしてもこうした様々な分野まで含めて一つの「民間軍事」産業として認識されていませんので、全体としてどのくらいの規模になるのか、正確な統計はありません。
――今お話に出たイラクでは、民間軍事会社が戦後統治で重要な役割を担ったと聞いています。
そうですね。ただ、イラク戦争はかなり特異なケースだったと思っています。当時のブッシュ政権は、国際的にも国内的にもイラク戦争に反対する意見が多い中で戦争を開始しました。そうした背景もあって、当時のラムズフェルド国防長官は、「簡単な戦争なので小規模の軍隊で短期間で片付く」と説明して小規模軍隊による作戦にこだわりました。事実、フセイン政権は戦争開始からわずか一ヶ月で崩壊しましたが、一方でブッシュ政権はその後の占領計画や戦後計画を綿密に立てていませんでした。各地で武装反乱が起き始めましたが、当時のブッシュ政権は「簡単に片付く」として治安維持のために増派することをせず、治安が不安定な中ですぐに復興事業を開始させ、多くの民間企業や開発支援関係者をイラクに送ってしまいました。
通常は紛争が片付き、治安が安定してから復興事業のために民間人が現地に入るのですが、イラク戦争の場合は、武装反乱が拡大する一方で復興関係の民間人がどんどんイラクに入っていったのです。当然彼らの安全が脅かされ、警備が必要になったのですが、米軍は兵力が足りませんでした。米国大使館の警備さえ出来ない状況で、ましてや民間の建設会社や石油会社やNGOの警備などをする余裕はない状態だったのです。
にも関わらず、イラクでは終戦直後から破壊されたインフラ設備の復旧や資源開発プロジェクトなど莫大な復興事業の案件が立ち上がり、数多くの民間業者がイラクに渡ったため、彼らの安全を確保するというセキュリティのニーズが生まれました。そのニーズにこたえるべく「民間軍事会社」が次々にイラクで事業を始めたのです。
米軍はイラクの反乱部隊を鎮圧する作戦を行ったのですが、反乱部隊はゲリラ戦術をとり、米軍関係者だけでなく、復興事業のためにイラクで活動する外国人たちを狙った爆弾攻撃、襲撃テロなどを仕掛けたため、外国人たちの警護を請け負う「民間軍事会社」の元軍人たちが戦闘に巻き込まれ、「武器を持った民間人である元軍人」が戦闘をしている状態が生まれたというわけです。
正規軍の増派が政治的な理由から出来ない、より厳密にはしたくないという状況の中で、「民間軍事会社」を使うという選択がとられたということになります。
政治的制約がある場所に入れる
――結果的にイラク戦争では民間軍事会社の役割が大きくなったということですね。一方で、本来国家の権限のもとで執り行われていた軍事行為が民間に委託されることに問題点はないのでしょうか。イラクでは民間軍事会社が民間人を誤射して問題になったという話も聞いています。
「戦争」というのは、単に最前線で戦闘行為をするだけではなく、兵士たちが戦地で生活をすることまで含まれます。そしてそうした戦闘行為以外の戦地での生活全般のサポート、後方支援のアウトソーシングは昔から行われたことで、イラク戦争で始まったわけではありません。軍隊が動けばそこに様々なビジネスの機会が生まれるのは、当然と言えば当然なのです。
ただ、現代の戦争、特に武装反乱勢力やテロリストとの戦いという状況の中では、明確な戦闘の前線や後方がなくなっています。一般市民に紛れてテロリストが自爆をする、路上に仕掛けた爆弾で車を吹っ飛ばすといった攻撃が主流になり、これまでは比較的安全とみなされてきた後方支援、すなわち食料の輸送をしていたトラックや民間業者の宿営地などが攻撃の対象にされました。そうなると、こうした対象を警備している「民間軍事会社」の武装警備員たちが攻撃を受けて応戦し、テロリストを殺害したり、予防的な措置を取って民間人を誤射するような事件が発生するようになったのです。
イラクではブラックウォーターという米国の会社がイラクの民間人を殺害したことが国際的な問題となりました。同社は当時バグダッドの米国大使の護衛を行っていたのですが、大使の乗る車列を警護している最中に、交差点で停まろうとしないイラク人の車に発砲し、無実の市民を多数殺害してしまいました。
――軍隊による誤射に関しては、軍法会議などで処罰が行われていますが、民間人による誤射はどのように対応されているのですか。
特に戦後間もない頃は、イラク政府の法執行機関が機能していなかったため、そうした行為が起きても取り締まることが出来ませんでしたし、民間軍事会社の社員も、米兵と同じく地位協定によってホスト国の法律の適用外の存在だったため、彼らがイラクの法律で裁かれることはありませんでした。
ですが、イラク政府の行政機能が回復するにしたがい、イラクでもアフガニスタンでも、「民間軍事会社」に対する規制は強化されるようになりました。現在ではそれぞれ警備事業法の下で厳格に管理されており、外国人の元軍人たちが好き勝手に武器を扱ったり、民間人を射殺したりするようなことは出来なくなっています、というより、そんなことをすればすぐに現地の警察に逮捕されます。
――先ほど、後方支援の民間委託は以前からあったとありましたが、過去民間はどのように戦争に関わってきたのでしょうか。
主に基地での支援業務、掃除、洗濯、給食サービスなどは第二次大戦のころから民間会社が提供しています。ベトナム戦争でも第一次湾岸戦争でも、基本的に基地の設営、運営、生活必需品の補給などは民間が担ってきました。
また、政治的な制約があって正規の軍隊を送れない場合に、「民間軍事会社」を送った例もあります。例えば1970年代後半に始まったサウジアラビアの治安部隊の訓練任務や、ユーゴ紛争時にクロアチア軍の近代化支援として軍の機構改革、戦略策定や要員の訓練の任務を担ったのも、米国防総省から委託を受けた「民間軍事会社」でした。
それからアフリカでは90年代に本格的な戦争を請け負う会社も出てきました。南アフリカのエグゼクティブ・アウトカムズ(EO)という会社で、同社は93年にアンゴラ政府から委託を受けて反政府武装勢力を掃討する戦闘作戦を行ったり、95年にはシエラレオネ政府からの依頼で反政府ゲリラを鎮圧する軍事作戦を行いました。戦争を請け負う「民間軍事会社」のイメージはこのEO社の活動によるものだと思われます。しかし、同社のこうした活動は国際的にも問題となり、EO社は98年に解散され、以降、この種の「戦闘請負会社」はなくなりました。
こうした業務の受託は、一部アフリカでは今でも存在するかもしれませんが、欧米の大手の会社は、戦闘業務を請け負えば国際的な非難=企業イメージ低下につながるので、まず戦闘業務を請け負うことはありません。
今後の「戦争」と「民間軍事会社」
――現在は中東が混迷した状況にありますが、この現状に民間軍事会社はどのように関わっているのでしょうか。
基本的にセキュリティのニーズのあるところには、元軍人たちの技能、知識、ノウハウが必要とされますので、「民間軍事会社」のビジネス機会が存在します。ソマリアの海賊が跋扈した2000年の終わり頃は、アデン湾海域を通過する商船向けに、「対海賊セキュリティ・サービス」を提供する会社がいくつもありました。
最近の中東・アフリカでは、過激派イスラム国(IS)を始め、アルカイダ系のテロ組織も各地で活動を活発化させていますので、こうしたテロの脅威が高い国々で活動するには、何らかのテロ対策が必要になります。テロや治安情報の分析サービスの提供、サイバーテロ対策、セキュリティ計画の立案や警備・警護サービスの提供、国外退避などの危機対応のアシスタンスサービス、危険地に派遣される民間人向けのセキュリティ訓練など、「民間軍事会社」は様々なサービスを提供しています。多くの人々の予想に反して、こうした業務のほとんどが非武装でのサービスになります。「ライフルを持って警護」というのは彼らの業務のほんの一部に過ぎません。
――今後、軍隊と民間の関係はどう変わっていくでしょうか。
一国の軍隊同士が特定の戦域・戦場で戦闘をするという形態の戦争はますます減り、国家と非国家勢力の戦いが増えています。前線と後方、戦場と平時の世界、軍人と民間人の区別はますます曖昧になり、ロンドンやパリの大都市で、シリアで行われた空爆作戦の報復テロが行われるのが現代の戦争です。
これからはサイバー空間をつかった戦争、無人機や人工知能(AI)関連の技術を搭載した兵器システムによる攻撃など、さらに戦争の形態が変わっていくと思われます。そうなれば、そうした新たな脅威に対処する知識や技能を持った人の能力が必要となり、そうした人材が民間にしかいなければ、民間会社が防衛の最前線を担うことになるかもしれません。
先にも申し上げた通り、民間による軍事への介入は、昔からあった現象であり、「民間軍事会社」の参入が戦争の在り方を変えるわけではありません。しかし、このように戦争の形態が変わったことや戦争関連技術の変化が、軍隊と民間の関係を変化させ、民間軍事会社の新たな活動の場を形成していると言えるでしょう。
――軍民要用技術の進歩など、今後の軍と民間の関わり注目していきたいです。菅原さん、お忙しいところありがとうございました。
プロフィール
菅原出
1969年⽣まれ。中央大学法学部政治学科卒業。平成6年よりオランダ留学。同9年アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。東京財団リサーチフェロー、英国危機管理会社G4SJapan役員等を経て現職 著書:『秘密戦争の司令官オバマ』(並⽊書房、2013年)、『リスクの世界地図』(朝日新聞出版、2014年)、『海外進出企業の安全対策ガイド』(並木書房、2014年)、『「イスラム国」の「恐怖の輸出」』(講談社現代新書、2015年)など多数。