2012.05.08
もしインターネット、英語、ソーシャルメディアがなければ、AMP MUSICは始められなかった
アフリカのインディーズミュージシャン、特にスラムや貧困エリアに住むミュージシャンの音楽を、インターネットを通じて世界中の音楽ファンに届けようというAMP MUSIC(アンプ・ミュージック)のビジネスは、次の3つの存在が前提となっている。インターネット、英語、ソーシャルメディア、だ。(参考)第一回掲載記事「AMP MUSIC、アフリカのインディーズ音楽を世界で販売するという挑戦」(2011月11年29日)
iTunesをはじめとする音楽販売プラットフォームと、YouTube、Facebook、SoundCloudといったウェブ上のプロモーションツールがなければ、資本のない私たちが世界規模で音楽を販売し、ミュージシャンたちを世界デビューさせることはできなかった。津々浦々の小売に商品を届け、在庫を抱え、それを複数国で行うようなことができるのは資金力がある企業に限定される。
そして販売面だけでなく、アフリカ(ナイロビ)の通信環境がこれほど進んでいて、スラムのミュージシャンたちが英語とソーシャルメディアをこれほど使いこなしていなければ、少なくとも今のような効率性をもってアルバムを制作し事業を行うことは難しかっただろう。
ケニアのインターネット事情
ケニアのインターネット普及率(アクセス率)は25.9%(*1)、これは最近BRICSの仲間入りをした南アフリカより高い。接続は主にモバイルから(携帯端末かUSBタイプの通信モジュール)。都市部ではインターネットカフェも多く、スラムでもgmailかyahooの無料アドレスを持っている人はたくさんいる。
(*1)IDC, Kenya ICT Board Monitoring and Evaluation Survey Results 2011
首都ナイロビの街中では、感覚的には東京並みかそれ以上のスムースさでネットに接続できる。3Gのカバレッジ率はまだ低いものの、携帯キャリアのシェア上位3社ともすでに3Gサービスを展開している。AMP MUSICが、音源データやプロモーション写真のような重いデータさえもケニアと日本の間でやりとりできるのは、このおかげだ。
携帯電話はこの5年ですっかり普及した。2006年に20%だった普及率は、2010年には6割を超えた(*2)。彼らにとって携帯は、固定電話やPCから買い替えるものではない。はじめから携帯なのだ。レガシーがなく競合商品がないので、コミュニケーションや情報享受という人間の基本ニーズを満たす役割を、携帯が一手に引き受けている。テレビや銀行口座の役割さえも果たしている。彼らの環境にあった商品がやっと現れたのだ。
(*2) ITU, World Telecommunication/ICT Indicators Database 2011
たとえばケニア発のモバイルバンキングサービスであるM-Pesa(エムペサ)。携帯端末から仮想マネーを用いて送金、預金、支払いなどができる。M-Pesa登場以前、都市に出稼ぎにでた人が故郷の農村に仕送りするためには、高い交通費をかけて手持ちするか、バスの運転手に預ける(!)しかなかった。今では相手の番号と金額を入力してSMSで送ればすぐに送金できてしまうのだ。お金の盗難も防げる。M-Pesaユーザは現在ケニアで1,380万人、これは18歳以上人口の7割に該当する(*3)。これが、彼らの環境にあった金融インフラだったのだ。
(*3) Safaricom, FY2011 Results Announcement
AMP MUSICも、ミュージシャンたちに売上を送金するのに一部M-Pesaを使っている。彼らは仕事を求めて移動することが多い。M-Pesaがなければ、銀行口座を持たない彼らに滞りなく売上を渡し続けるのは難しかっただろう。(参考)M-Pesaについてはこちらもご参照ください。
ケニアのソーシャルメディア普及状況
スラムに住むAMP MUSICのミュージシャンたちは、全員、Facebookのアカウントを持っている。アフリカにおいてもFacebookは急速に普及しつつあり(*4)、ケニアのユーザ数は130万人を超えた(*5)。ナイロビでは道端の露天主でも、Nokiaの低価格端末を操作しながら「商売のためにもFacebookを始めないと」と言う。
(*4) Socianbakers, Africa Facebook Statistics
(*5) Internet World Stats, Facebook Statistics for Africa (2012.3)
第1回の記事で紹介したGhetto exaltersのCharlesなどはFacebook中毒で、いつでも携帯画面を見ている。プリペイドカードを事前に購入する方式なので、予想以上に使ってしまう心配はないのだけれど。
Facebookのおかげで、私たちはミュージシャンたちと毎日連絡を取り合うことができる。クローズドのグループを作り、そこでファンからの声(http://amp-music.net/blog/?p=1353)やメディアの反響、販売状況を伝えている。ミュージシャンにとって、ファンの反応を知ることは貴重だ。誰の曲がどれだけ売れたか、全員分の売上についてもページ上で公開している。日々の事務連絡も行う。メールだとなかなか連絡がとれなくても、Facebookならすぐ返事がくるのは、どこでも同じだ。
Facebookによって彼らの日常生活がリアルタイムでわかることにも助かっている。文化も距離も離れた相手に思いを馳せ、言葉の裏にある事情を把握することがしやすくなる。Facebookがなければ、つまるところ私たちは東京・ケニア間の遠距離恋愛のような状態なのだから、同じ熱さと方向性を維持することは難しかっただろうと思う。
パーソナル・ネットワークの有無やコミュニティへの紐帯が、仕事や日常生活の便宜や不確実性担保に直結している彼らは、とてもまめに連絡をとりあう。人とコミュニケーションをとることが生活の命綱なのだ。Facebookは彼らのようなコミュニケーションスタイルにフィットしていると感じる。
先日、ミュージシャンたちが住むスラムで、彼らに近しい人が殺される事件があった。すぐさまFacebookのメッセージ機能を使ってグループが作られ、100人近くが追悼や犯人捜索のアイディアを次々交換しあっていた。あのような状況を見ていると、「アラブの春」のようなうねりはいつでも起こりうることだと実感する。
スマートフォンも普及しつつあり、スラムの中でもブラッグベリーや中国Huawai(ハーウェイ)社のスマホを見かける。Huawaiのスマホは80ドル弱。これはスラムの人々の月収程度。ちなみに安めのレコーディングスタジオ代も同じくらいの金額である。
ケニアの識字率、英語話者数
また、識字率が高く、英語でコミュニケーションが行えるのは彼らの強みだ。ケニアの15歳以上識字率は85.1%で、インドの61.0%より高い(*6)。
初等教育就学率は83%(*7)まで上昇した。彼らにとって英語は母語ではないが、小学校から基本的に授業が英語で実施されるため、英語話者数率は100%に近い(2005年で3,750万人)。AMP MUSICのスラムに住んでいるミュージシャンたちも、ほぼ全員が英語を話せる。ちなみにケニアのTOFEL平均点は79点で、日本の70点より高い(*8)。
(*7) The World Bank, World Development Indicators
(*8) ETS, Test and Score Data Summary for TOEFL Internet-based and Paper-based Tests 2010 TOEFL受験者がエリートに限定されるという要因も影響していると考えられる。
つまり彼らには、インターネットもソーシャルメディアも英語力もある。あと少しの障壁さえ除かれれば、自ら音楽を販売することもできるようになる、はずである。私たちの役割は、その日まで足りないパズルのピースを埋めることだ。そしてだからこそ、彼らとなら、第1回の記事(http://synodos.livedoor.biz/archives/1863040.htm)で述べたような、ミュージシャンが世界を相手にビジネスを行っていけるようなモデルを一緒に作っていくことも、荒唐無稽ではないと思っているのだ。
次回は、スラムの起業家たちについて。
新譜紹介
・ Koch music compilation LIFE
(http://amp-music.net/jp/music_and_musicians/koch/album/life.html)
Life is not so easyをポップに歌う軽快で聴きやすいアルバム。疲れた日に聴くと心に沁みて癒されます。Kochのビヨンセ、Heavensの曲が1曲目、Philip Noldanが8曲目に。
・ Koch music compilation FLOW
(http://amp-music.net/jp/music_and_musicians/koch/album/flow.html)
疾走感と切なさあふれるラップアルバム。体が思わず動きます。特に1曲目のWacha。ケニアンストリートミュージックの入門編としてもおすすめ。
AMP MUSIC
アフリカのインディーズミュージシャンの音楽を、インターネットを使って世界中の音楽ファンに届けます。iTunes、amazonほか世界400の音楽配信プラットフォームで販売中。
・ 公式サイト:http://amp-music.net/
・ Facebook:http://www.facebook.com/ampmusicnet
・ Twitter: @ampmusic_jp
プロフィール
梅本優香里
AMP MUSIC共同創設者、経営コンサルタント、開発学系大学院在学中。アフリカを軸に、コンサルタントとしては日本企業のアフリカ事業立ち上げ支援を、大学院生としてはアフリカの職業訓練、労働市場、産業育成をテーマとしている。「しごとをつくる」が関心領域。