2015.08.17

日本語訳「安倍談話」

山形浩生

政治 #安倍談話

2015年8月14日、戦後70年談話が安倍内閣のもとに閣議決定された。そこで、官邸サイトに掲載された英語版を、山形浩生氏に日本語訳していただいた。(Statement by Prime Minister Shinzo Abe Friday, August 14, 2015より翻訳)

安倍晋三総理大臣による声明

2015年8月14日

閣議決定

終戦70周年にあたり、私たちは冷静に戦争への道、その終結以来私たちが採ってきた道と20世紀という時代をふり返らなくてはいけません。歴史の教訓から未来への叡智を学ばねばならないのです。

百年以上前、主に西洋列強が保有していた広大な植民地が世界中に広がっていました。その圧倒的な技術優位により、19世紀には植民地支配の波がアジアへと押し寄せてきました。そこから生じた危機感が日本を近代化実現に向けて推し進めたのはまちがいありません。日本はアジアのどの国よりも先に立憲政府を樹立しました。この国は一貫して独立を保ちました。日露戦争は、アジアからアフリカまで植民地支配の下にいる多くの人々を力づけました。

世界中を巻き込んだ第一次世界大戦後、(民族)自決運動が勢いを増し、進行中の植民地化を足止めするようになりました。第一次大戦はひどい戦争で、一千万人もの犠牲を出しました。平和への強い欲望をかきたてられた人々は、国際連盟を創設し、戦争の放棄に関する条約(不戦条約)を掲げました。国際社会の中に、戦争自体を違法とする新しい潮流が生じたのです。

当初、日本もまた他の国々と歩みを一つにしていました。でも大恐慌が訪れ西洋諸国が植民地経済を巻き込んだ経済ブロック構築に走る中、日本経済は大打撃を受けました。こうした状況で日本の孤立感は深まり、外交的、経済的な膠着状態を武力行使で克服しようとしたのです。日本の国内政治体制は、こうした試みを止めるブレーキ役を果たせませんでした。こうして日本は世界の全体的な傾向を見失ったのです。

満州事件と、それに続く国際連盟脱退で、国際コミュニティがすさまじい犠牲を払って確立しようとした新しい国際秩序に挑戦する存在へと日本はだんだん自らを変えていきました。日本はまちがった道を採り、戦争への道を進んで行きました。

そして70年前、日本は負けました。

終戦70周年にあたり、私は故国と外国で命を落とした人々すべての魂の前に深く頭を垂れるものです。きわめて深い悲しみと、永遠の心底からの哀悼の意を述べるものです。

戦争で、同朋300万人以上が命を失いました。戦場で、故国の未来と家族の幸せを祈りながら。戦後に遠い異国の地で、すさまじい寒さや暑さの中で、飢餓と病気に苦しみながら。広島と長崎の原子爆弾、東京などの都市への空襲、沖縄などでの地上戦、無慈悲にも一般市民に大きな犠牲を出しました。

また日本に敵対して戦った諸国でも、将来有望な若者たちの無数の命が失われました。中国、東南アジア、太平洋諸島など戦場となった各地で、無数の罪もない市民たちが苦しみ、戦闘の犠牲となり極度の食料不足などの苦しみの被害者となりました。戦場の背後では、名誉と尊厳が極度に傷つけられた女性がいたことを決して忘れてはなりません。

無実の人々の上に、私たちの国は計り知れない被害と苦しみを引き起こしました。歴史は厳しいものです。行われたことを取り消すわけにはいきません。かれらの一人残らず、命、夢、愛する家族を持っていました。この当然の事実を厳粛に考えると、今ですら私は言葉を失い、心は最大級の悲嘆に引き裂かれます。

私たちが今日享受する平和は、こうした尊い犠牲の上に成立するものでしかありません。そしてそこにこそ戦後日本の起源があります。

私たちは二度と戦争の荒廃を繰り返してはなりません。

紛争、侵略、戦争——私たちは二度と国際紛争解決手段としていかなる脅しや武力行使にも頼りません。私たちは永遠に植民地支配を廃し、世界中の人々の自決権を尊重します。

第二次大戦についての深い悔悟とともに、日本はこの誓いを行いました。これに基づき私たちは自由で民主的な国を作り、法治に従い、二度と戦争を起こさないというあの誓いを一貫して守り続けてきました。70年という長きにわたり平和を愛する国として私たちが歩んできた道を静かに誇りつつ、私たちは二度とこの確固たる道から外れないという決意をいまでも抱き続けています。

日本は戦時中の行いについて深い後悔と心からのお詫びを繰り返し述べてきました。こうした気持ちを具体的行動で表すべく、私たちはインドネシアやフィリピンなど東南アジア諸国の人々、台湾、韓国と中国をはじめ、隣人たるアジアの人々の苦しみを心に刻んできました。そして終戦以来、地域の平和と繁栄のために一貫して献身してきました。これまでの内閣が述べてきたこうした立場は、未来にわたっても揺るぎないものです。

でも、どんな努力をしようとも、家族を亡くした人々の悲しみや戦争の破壊により多大な苦しみを味わった人々の痛々しい記憶は決して癒されません。

だから私たちは以下のことを肝に銘じねばなりません。

アジア太平洋地域の各地から六〇〇万人以上の日本人帰還兵が安全に帰国し、日本の戦後復興の原動力となれたという事実。中国に取り残された日本人の子供三千人近くが、彼の地で育ち、故国の土を再び踏めたという事実。アメリカ、イギリス、オランダ、オーストラリアなど各国の元戦争捕虜たちが長年にわたり日本を訪れ、双方の戦死者の魂のために祈り続けてくれたという事実。

戦争のありとあらゆる苦しみをくぐりぬけた中国の人々や、日本軍による耐えがたい苦しみを体験した元捕虜たちにとって、それでもこれほど寛容であるためには、どれほどの感情的な葛藤があり、どれほど大きな努力が必要だったことでしょうか。

私たちは、この点を振り返り考えを向けねばなりません。

こうした寛容さのあらわれのおかげで、日本は戦後に国際社会に復帰できました。終戦70周年のこの機会を利用して、日本は和解のあらゆる努力を行ってきた国々や人々に対し、心からの感謝を述べたいと思います。

日本では、いまや戦後世代が人口の八割以上となっています。あの戦争とは何の関係もない子供たち、孫たち、さらにはその先に来るはずの世代に、あらかじめ謝るよう運命づけてはなりません。でもそれであっても、私たち日本人は世代を超えて、過去の歴史に正面から向き合わねばなりません。わたしたちはあらゆる謙虚さをもって過去を引き継ぎ、未来へと伝える責任を負っているのです。

私たちの親の世代と祖父母の世代は、戦後の貧窮の中、荒廃した国土で生き延びおおせました。かれらがもたらした未来は、現在の私たちの世代が受け継ぎ、そして次の世代へと手渡すものです。私たちの先人たちのたゆまぬ努力とともに、これが可能になったのはひとえに、日本が敵として熾烈な戦いを繰り広げたアメリカ、オーストラリア、ヨーロッパ諸国などの実に多くの国々が、憎しみを乗り越えて私たちにさしのべてくれた善意と支援によるものです。

私たちはこれを、世代から世代へ、未来へと向けて伝えねばなりません。私たちは歴史の教訓を心に深く刻み、もっとよい未来を創り出し、アジアと世界の平和と繁栄のためにできる限りの努力をするという大きな責任があります。

私たちは日本が膠着状態を武力で突破しようと試みた過去を心に刻みます。この反省のもと、日本はあらゆる紛争は武力行使によってではなく、平和的かつ外交的に、法治に対する敬意をもって解決しなければならないという原理を堅持し、世界の他の諸国にも同じようにするよう呼びかけ続けます。戦争中の原子爆弾攻撃の惨状に苦しんだ唯一の国として、日本は国際社会での責任を果たし、核兵器の非拡散と最終的な廃止を目指します。

私たちは20世紀の戦争中多くの女性の名誉と尊厳が極度に傷つけられた過去を心に刻みます。この反省のもと、日本はそうした女性の傷ついた心の側に常にたつ国でありたいと願います。日本は21世紀を、女性の人権が侵害されない時代にするよう世界を主導します。

私たちは経済ブロック形成が紛争の種を育んだ過去を心に刻みます。この反省のもと、日本はどんな国の恣意的な意図であれ影響されないような、自由、公正、開放的な国際経済システムを構築し続けます。私たちは発展途上国への援助を強化し、さらなる発展に向けて世界を主導します。繁栄こそが平和の基盤に他なりません。日本は暴力の温床でもある貧困との闘いにこれまで以上の努力を行い、医療、教育、自立の機会を世界中の人々に提供するようにします。

私たちは日本が国際秩序への挑戦者に成りはてた過去を心に刻みます。この反省のもと、日本は自由、民主主義、人権といった基本的な価値を不動の価値として堅持し、そうした価値観を共有する国々と手を携えて「平和への積極的な貢献」の旗を掲げ、未だかつて以上に世界の平和と繁栄に貢献します。

終戦80周年、90周年、百周年に向けて、私たちはこうした日本を、日本国民とともに造りあげる決意です。

2015年8月14日

日本国総理大臣 安倍晋三

プロフィール

山形浩生

1964 年東京生まれ。東京大学工学系研究科都市工学科修士課程、およびマサチューセッツ工科大学不動産センター修士課程修了。大手調査会社に勤務するかたわら、科学、文化、経済からコンピュータまで、広範な分野での翻訳と執筆活動を行う。著書に、『新教養主義宣言』『要するに』(ともに河出文庫)、『新教養としてのパソコン入門』(アスキー新書)、訳書に『クルーグマン教授の経済入門』(日経ビジネス人文庫)、『アニマルスピリット』(東洋経済新報社)、『服従の心理』(河出書房新社)、『その数学が戦略を決める』『環境危機をあおってはいけない』(ともに文藝春秋)、『戦争の経済学』(バジリコ)、『雇用と利子とお金の一般理論』(ポット出版)ほか多数。

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