2023.02.09

オルタナティブな政治としての市民的抵抗――『市民的抵抗 非暴力が社会を変える』エリカ・チェノウェス(白水社)

小林綾子(翻訳)国際政治学、紛争平和研究

政治

はじめに

エリカ・チェノウェス[小林綾子訳]『市民的抵抗——非暴力が社会を変える』(白水社、2023年)刊行直後の2023年1月、NHKの番組「100分de名著」〔注1〕で、偶然にも、市民的抵抗研究の父ジーン・シャープの著作が取り上げられた。なぜ市民的抵抗に関心が集まっているのだろうか。

ひとつは、多くの人びとが、従来とは異なる政治参加を考えているからではないだろうか。本文だけで350頁にわたる、「厚くて熱い」〔注2〕『市民的抵抗』を読者が読み進める一助となることを願い、以下、翻訳をしながら考えた、「オルタナティブな政治」という視点で本書の特徴や課題をまとめる。『市民的抵抗』を引用する場合は括弧で頁数のみ記す。

オルタナティブな政治としての市民的抵抗

(1)市民的抵抗の定義と研究の背景

市民的抵抗とは、「非武装の民衆がさまざまな活動を組み合わせながらおこなう闘争の形態」(61頁)である。「非武装」であり、「市民(民衆)」が主体であり、市民的抵抗は「闘争の形態」である。「さまざまな活動」には、制度内での行動も制度外での行動も含むが、制度外での行動が含まれている点が市民的抵抗の特徴だ。制度内での行動には、選挙やパブリックコメント制度がある。現代ならツイッターを使って政治家に直接意見をいえる。こうした方法で市民の声が政治に反映されるなら、市民的抵抗を用いる必要はない。しかし、歴史を振り返ると、抑圧的な政府に対して、人びとがあえて法律に従わない、協力しない、製品をボイコットするなどして、社会を変えようとしてきた事例がある。2010年からの10年間には、歴史上記録的な数の非暴力蜂起が確認された〔注3〕。こんにちでも、イラン、ミャンマー、その他の国々で、市民が抵抗をおこなっている。

(2)公式的な政治とオルタナティブな政治

日本は民主主義国である。にもかかわらず、わたしたちは、なぜ、いま、市民的抵抗に関心を持つのだろうか。理由は様々だが、ひとつは、民主主義という政治体制には賛成だが、「政治」では、自分たちの声が十分反映されていないと感じるからではないだろうか。

「政治」とは何か。「政治」には、議会という空間で、議員(政治家)だけが国の方向を決定していくイメージがある。これに不満を持っている人たちが、伝統的な「政治」の場以外で話し合ったり、抗議の声を挙げたりする。想起するのは、コリン・ヘイ『政治はなぜ嫌われるのか』〔注4〕が整理する「オルタナティブな政治」である。

 表 政治参加と非参加のアリーナ〔注5〕

ヘイの分類を使えば、通常イメージする「政治」とは、「公式的な政治」である。公式的な政治に参加すること(表の四象限の左上)以外は、政治的行為に含まれないと考えられてきた。しかし、最近では、公式的な政治システムには「見放され、裏切られた」と感じている人びとが、公式的な政治の外で声を上げ、場合によっては「直接的かつ場合によって違法な政治的抗議を繰り広げる。」〔注6〕表の四象限の右上の「非公式的な政治への参加」だ。こうした人びとは、しばしば同時に表の左下の「公式的な政治に参加しないこと自体を高度な政治的行動の一つと見なしている。」〔注7〕「オルタナティブな政治」に含まれる市民的抵抗が関心を集める理由は、ここにある。

「3.5%ルール」を理解する

チェノウェスの市民的抵抗研究といえば3.5%ルールが有名だが、実は十分に理解されているとはいえない。

(1)「3.5%ルール」の広まり

チェノウェスは、2013年のTEDトーク〔注8〕で、はじめて3.5%ルールを発表した。「人口のたった3.5%の参加を達成したキャンペーンは、ひとつも失敗していない」、そして「3.5%の参加率を達成したキャンペーンはすべて非暴力だった」といった。環境保護団体エクスティンクション・レベリオン、350.org、日の出運動などが、ウェブサイトに3.5%という数字を掲載した。日本でもっとも影響が大きいのは、『人新世の「資本論」』の著者、斎藤幸平の発言である。「ここに「3.5%」という数字がある。なんの数字か分かるだろうか。ハーヴァード大学の政治学者エリカ・チェノウェスらの研究によると、「3.5%」の人びとが非暴力な方法で、本気で立ち上がると、社会が大きく変わるというのである。」とメディアなどでも繰り返し発信してきた。〔注9〕

(2)厳密に「3.5%ルール」を説明する

チェノウェスは、3.5%ルールを次のように説明する。3.5%ルールとは、「運動の観察可能な出来事の絶頂期に人口の3.5%が積極的に参加している場合、革命運動は失敗しないという仮説」(174頁)である。ただし、この仮説を注意深く読む必要がある。第一に、「革命運動」とは、政権転覆を目指す運動で、政策改善を求める運動は含まれていない。第二に、「人口」とはある国のすべての人口であり、自治体での3.5%や有権者の3.5%ではない。第一と第二の点にかかわるが、本書の中で、「気候変動運動や、地方政府、企業や学校に対する運動」について3.5%ルールが適用可能かという問いに、チェノウェスは率直に「だれにもわからない」と答える(180頁)。第三に、「絶頂期」とは運動の参加者数が最大の場合を指し、その時点から1年以内に目的が達成されたこと、つまり政権が転覆したことが、成功を測る指標である。1945年から2014年までに発生した389事例中、3.5%を達成した事例は18と、非常に稀である。

(3)修正を重ねる「3.5%ルール」

チェノウェスは、『市民的抵抗』刊行前に、ハーバード・ケネディ・スクールの人権政策研究所カール・センターから、3.5%ルールについて集中して論じるペーパーを出した〔注10〕。2013年以降追加されたデータを踏まえると、3.5%を達成した18事例中、失敗事例が2つあり、成功率は88.89%である〔注11〕。

以上のように、「3.5%ルール」は必ずしも読み手が期待するような万能な仮説ではない。チェノウェスも、最新のデータを追加しながら議論に修正を重ねている。とはいえ、ペーパーで提示される、運動への参加率と成功率を羅列したデータを見ると、絶頂期の参加率が高いほど、運動の成功率も高い、とはいえそうだ。

チェノウェスが「3.5%」を掲げたのは、市民的抵抗が成功した過去の事例には共通する条件がいくつかあり、とりわけ、「多様な立場の大衆が参加する」という条件があるためだ。次に、『市民的抵抗』が掲げる市民的抵抗の成功の条件をみてみよう。

市民的抵抗成功の4つの条件

市民的抵抗が成功する条件として主に4つあげられる。(1)多様な立場の大衆の参加、(2)多様な戦術、(3) 政権支持者の忠誠心を変化させる、(4)規律と強靭さである(134-143頁)。

(1)多様な立場の大衆の参加

第一に、非暴力闘争であればいろいろな立場の人の参加が期待でき、多様な立場の市民が参加することでより成功しやすいという。暴力闘争(≒武力紛争)の場合、家族から離れて軍事訓練を受けられるような青年男性が中心で、裾野を広げることは難しい。対照的に、市民的抵抗には、暴力闘争では無力と見なされてしまうような人も参加できる。スーダンでは、2019年に30年間続いた独裁政権が倒れたが、いかに残虐なバシール政権に大衆の参加が革命に影響を及ぼしたかが、『市民的抵抗』でも解説されている(例えば135頁)。

(2)多様な戦術

市民的抵抗運動は、必ずしも路上でデモや抗議をおこなうことだけを意味しない。アメリカの公民権運動で黒人の若者が白人専用の軽食カウンターに座り込んだり、アフリカで女性たちが伝統的なタブーを利用して暴力行為を止めた例もある。ナチス侵攻後、ノルウェーの教員は、互いに協力して自分たちの教育を続け、権力支配を脅かした(140-141頁)。2021年2月1日のクーデター後、先の見えないミャンマーだが、2022年2月1日と2023年2月1日の節目には、市民は家にこもって抵抗の意を示すサイレントストライキをおこなった。ジーン・シャープが198の方法を提示したが、各国独自の文化や最新のデジタル技術も使いながら、市民的抵抗の方法は多様になっている。

(3)政権支持者の忠誠心を変化させる

第三に、政権支持者の忠誠心を変化させることである。本書では支柱分析と紹介されている(159-160頁)が、人口全体を家屋のようなイメージとすると、土台に市民、屋根は政治指導者たち、屋根を支える柱に、軍や警察、公務員などがいる。土台の市民が柱を揺るがせば、政治指導者も安心していられない。セルビアの警察官が述べたように「ミロシェビッチに抵抗する群衆の中に自分の子がいると思った(157-158頁)」と忠誠心が揺らぐことがある。多様な立場の人が参加すると、ネットワークが広がり、支柱にもより影響を及ぼしうる。

(4)規律と強靭さ

第四に大切なのは、規律と強靭さだ。市民的抵抗は、行動に出るまでに入念な計画、訓練、最悪の事態を想定した準備などを必要とする。政府側の抑圧や暴力的な対応を前にしても、参加者が規律を持って粘り強く活動を続けられることが重要である。セルビアのオトポール運動では、95%の時間を計画に使い、実行した時間はたったの5%であった(142-143頁)。アメリカの公民権運動でも、軽食カウンターでの座り込みを実行する前に、暴言を受けたり髪を引っ張られても落ち着いて対応できるよう、教会の地下でシミュレーション訓練を行った〔注12〕。

以上の4つが、本書が掲げる市民的抵抗成功の条件だ。ただし、チェノウェスは、本書は「ハウツーマニュアル」ではないという(25頁)。外部の者が、ある運動に対してどうすべきかを指摘するべきではなく、何が最適かを知ってるのは運動参加者であることを繰り返し述べる。ちなみに、チェノウェスは、個人ウェブサイトで、アメリカ国内の運動については助言するが、海外の運動には助言しないと表明している〔注13〕。

最新の話題や論争

最新の議論として、(1)環境活動家による美術品損傷行為、(2)「暴力」再考、(3)デジタル技術と市民的抵抗、に触れる。

(1) 環境活動家による美術品損傷行為

2022年、環境保護団体ジャスト・ストップ・オイルのメンバーがゴッホの「ひまわり」にトマトスープをかけたり、エクスティンクション・レベリオン(XR)の活動家が絵画のガラスカバーに手を貼りつけるなどの抗議行動をおこない、日本でも報道された。

『市民的抵抗』には「同盟のスペクトラム」(167頁)がある。同盟のスペクトラムとは、半円が5つにカットされたピザやケーキのようなイメージで、5つのピースそれぞれに、左から、積極的支持者、消極的支持者、中立、消極的敵対者、積極的敵対者と書かれている。支持者を増やしたい団体にとっては、異なる立場の観衆に違うアプローチをし、一段階ずつ、徐々に積極的支持者の方向に引き寄せることが戦略となる。もし、特定の抵抗運動を目にしたら、自分がスペクトラムのどこにいるのか、活動家の行動は自分をより支持する方向に動かしたか、考えてみるのも一案だ。XRは、2022年末にWE QUIT〔注14〕という宣言を出した。美術品への損傷などの行為をやめ、対話などより包摂的な活動を重視するという。『市民的抵抗』が最重要視する、多様な立場の大衆の参加が意識されている。

(2)「暴力」再考

チェノウェスの研究はさまざまに批判を受けている。「何を暴力ととらえるか」は重要な論点だ。ベンジャミン・ケースの『ストリート・レベリオン』(未邦訳)〔注15〕は暴徒に焦点を当てる。チェノウェスが非暴力闘争の中での周縁暴力と処理している暴徒の行動は、もはや暴力闘争ではないかと主張する。『パイプライン爆破法』〔注16〕は、対人暴力は「ノー」だが財物破損は「イエス」だと主張する。優等生のように振舞っていては(「リスペクタビリティの政治」と呼ばれる)、気候変動問題は一向に解決されないという切迫感に基づく主張である。『市民的抵抗』は、第一章で、「暴動は市民的抵抗と考えられるか」(94頁)でケースの論文を引きつつ、直後に「所有物の破壊は市民的抵抗と考えられるか」(99頁)を議論し、第三章、第四章も暴力を取り上げることで多様な論争を説明する。

ガンディーやキング牧師でさえ、暴力に絶対反対というわけではなく、暴力に訴えざるを得ない状況があり得ると考えた〔注17〕。キング牧師は、「暴動とは、意見を聞いてもらえない人びとによる言葉なのです」(96頁)と発言した。非暴力抵抗と暴力抵抗の線引きは明確でない。チェノウェスは、最新のデータで、2010年代の10年間、暴徒がいる非暴力運動のパーセンテージが、暴徒がいない場合のパーセンテージを若干上回ったことを示した(324頁)。市民的抵抗と暴力の扱い方は、引き続き最重要テーマのひとつである。

(3)デジタル技術と市民的抵抗

デジタル技術の功罪も議論されている。ハッシュタグ・アクティビズムはうまくいくか。意見は分かれる。ソーシャル・メディアは、連絡調整の迅速性や、マイノリティーが声を上げ、意見を拡散し、連帯を強化するには良いツールである(169頁)。一方で、「いいね」やハッシュタグをポストしただけで運動に参加した気になる「クリック主義」の懸念がある(171頁)。市民的抵抗の成功には粘り強く息の長い活動が必要だが、SNSだけでは持久力や組織構造が維持できない。

デジタル権威主義やスマートな抑圧も考える必要がある(172-174頁)。従来は情報を強くコントロールすることで社会を統制していた政府が、人びとにオンライン上での自由な活動を許しながら、監視の網目を張り巡らせ、活動家を特定したり、SNS上で偽のグループを作って動員を図り一網打尽に取り締まることがある。市民的抵抗側がデジタル技術を使って方法を洗練させているときに、相手側も同じことをしているという意識が必要だ。

おわりに

以上をまとめると、第一に、市民的抵抗に関心を持つことは、新しい形の政治参加である。第二に、3.5%ルールは魅力的だが、議論するには多くの条件を考慮する必要がある。第三に、市民的抵抗が成功するために重要な4つの条件がある。とはいえ、第四に、世界各地で市民的抵抗運動が展開されるなかで、検討の余地がある課題がある。オルタナティブな政治としての市民的抵抗の研究発展は、まだまだこれからだ。

【追記】本稿は、小林綾子「3.5%で社会を変えられるのか――エリカ・チェノウェス『市民的抵抗』を読む」、シノドス・トークラウンジ、2023年2月1日、https://synodos.jp/talklounge/28563/の要点をまとめたものである。司会の三牧聖子さん、有益なコメントや質問を投げかけてくださった参加者の皆さんに感謝申し上げる。

〔注1〕NHK「100分de名著」「名著126『独裁体制から民主主義へ』ジーン・シャープ」、at https://www.nhk.jp/p/meicho/ts/XZGWLG117Y/blog/bl/pEwB9LAbAN/bp/ppeyN8xGQp/(以下、最終アクセスはすべて2023年2月5日)。

〔注2〕白水社の編集者・竹園さんの言葉。

〔注3〕じんぶん堂ウェブサイト、「非暴力のほうが革命は成功する!エリカ・チェノウェスさん(ハーバード大教授)」2023年1月13日、https://book.asahi.com/jinbun/article/14812757.

〔注4〕コリン・ヘイ[吉田徹訳]『政治はなぜ嫌われるのか』(岩波書店、2012年)。

〔注5〕同上、35頁。

〔注6〕同上、34頁。

〔注7〕同上、34頁。

〔注8〕Erica Chenoweth, “The success of nonviolent civil resistance,” TEDxBoulder, 2013. ​

講演のトランスクリプトはブログ記事で閲覧可能。“My Talk at TEDxBoulder: Civil Resistance and the “3.5% Rule” at https://rationalinsurgent.wordpress.com/2013/11/04/my-talk-at-tedxboulder-civil-resistance-and-the-3-5-rule/.

〔注9〕斎藤幸平『人新世の「資本論」』(集英社、2020年)、296頁。

〔注10〕Erica Chenoweth, “Questions, Answers, and Some Cautionary Updates Regarding the 3.5% Rule,” Carr Center Discussion Paper, Spring 2020, at https://carrcenter.hks.harvard.edu/publications/questions-answers-and-some-cautionary-updates-regarding-35-rule.

〔注11〕例外事例について、『市民的抵抗』の抜粋が読める。じんぶん堂ウェブサイト、「3.5%が動けば社会は変わる!エリカ・チェノウェスさん(ハーバード大教授)」、https://book.asahi.com/jinbun/article/14812811.

〔注12〕動画で確認できる。International Center on Nonviolent Conflict (ICNC), “A Force More Powerful,” at https://youtu.be/O4dDVeAU3u4.

〔注13〕Erica Chenoweth, “Open Letter to Activists,” personal website, https://www.ericachenoweth.com/open-letter.

〔注14〕Extinction Rebellion UK, “We Quit,” December 31, 2022, at https://extinctionrebellion.uk/2022/12/31/we-quit/ 訳者が担当する授業で、学生が事例研究をする中で情報を共有してくれた。

〔注15〕Benjamin S. Case, Street Rebellion: Resistance beyond Violence and Nonviolence, (Chico, CA: AK Press, 2022).

〔注16〕アンドレアス・マルム[箱田徹訳]『パイプライン爆破法――燃える地球でいかに闘うか』(月曜社、2022年)。

〔注17〕2023年2月1日のシノドス・トークラウンジで、アメリカ史を研究する三牧聖子さん(司会)からも指摘があった。

プロフィール

小林綾子紛争平和研究、グローバル・ガバナンス

上智大学総合グローバル学部総合グローバル学科特任助教。一橋大学大学院法学研究科博士後期課程修了、博士(法学)。在スーダン日本国大使館専門調査員、米国ハーバード・ケネディ・スクール科学・国際問題ベルファー・センター研究員等を経て現職。主な業績は「地球社会と人間の安全保障」滝田賢治・大芝亮・都留康子編『国際関係学』[第3版](2021年3月)、「国連平和活動とローカルな平和」『国連研究』(2021年6月)等。

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