2013.04.23
一票の格差と一人別枠方式について考える(3/3) 都道府県配分の限界
前回の記事では、比例的に定数を配分する方法を紹介し、「一人別枠方式」よりも比例的で理にかなった配分方法があることを示した。一票の価値を重視するなら最大剰余法、もしくはヒル式を採用するのが適切で、どうしても一票の格差最大値の最小化を試みたいならアダムズ式(1+ドント)で分配すればよいのである。
ただし、これらの方法を導入したとしても、一票の格差は思ったようには縮めることができない。今回はこの点をまず分析し、一票の格差解消の方向性について論じていきたい。
総定数の増加は格差を解消するか
一人別枠方式は確かに定数不均衡を無意味に増長する不適切な配分方法であった。しかし、他の方式で配分しても定数不均衡は強く残る。このことは、前回示した各方式の配分の要約表からも明らかであり、一票の格差最大値を最小化するアダムズ式であっても、都道府県配分の際の一票の格差最大値は1.58倍と高く、区割り実施後でも2倍以内を達成するのがせいぜいだろうことが予測できる。
こうしてみると、いかに配分の方式を工夫しようとも、一票の格差をこれ以上縮めることはなかなか難しい。最も少ない配分が1議席もしくは2議席であるため、一票の格差最大値は都道府県への配分段階で1.5倍~2倍となり、都道府県内の選挙区割りを工夫しても結局2倍程度にならざるを得ない。人口変動で数年後には2倍超の選挙区がいくつも生まれることになる。
こうした実態に対しては、議員の総定数を増やせばよいという意見もある。しかし、一票の格差・定数不均衡是正効果に関しては、その効果は小さい。
表は、都道府県配分に最大剰余法を採用したとして、小選挙区で選出する議員の数を200から1000まで変えた際に、定数不均衡状態がどのように変化するか各指標で示したものである。
昨年総選挙と同様に300選挙区で配分を行った場合、都道府県間の一票の格差最大値は1.641倍となることは前回示した。これを400選挙区までに増やすと、1.461倍へと格差は低下する。ただし、これを1.2倍以下に減らすためには700選挙区が必要である。しかも総定数によっては一票の格差最大値は上昇することもあり、そう単純でもない。
このように一票の格差が縮小しにくいのは、全人口の0.5%にも満たないような人口が著しく少ない「県」に配分しようとするためである。0.33%刻みでしか動かすことができない300の議席を、0.5%以下の小さな区域にも分配しようとすると、1議席(0.33%)か2議席(0.66)を配分することになる。前者では平均に対し0.67倍の議席しか割り当てられず、後者だと平均の1.33倍もの議席が割り当てられることになる。
表から分かるように、(最大剰余法で)比例的に配分した場合、一票の価値が重い地域と軽い地域の両方に小県が来ることになる。300議席程度だと1、2議席しか配分できない県は多数あり、こうした平均から離れた数値が分母と分子に来てしまうため、一票の格差の最大値は大きくなってしまうのである。これを600議席程度にしても、1、2議席が2、3議席に変わるだけで、劇的な改善とはならない。
県境を跨いだ選挙区で低下する一票の格差
以上のことから、一票の格差を低減するためには、総定数を増やすよりも配分の単位を1議席の全体に対する割合よりも大きくするのが近道ということになる。言い換えると、鳥取県や島根県などの小地域をひとつの単位として定数を配分するのは理に適っていないので、これらを合算したうえで配分し、県境を跨いだ選挙区を作ればよいのである。
300程度の選挙区を設定する場合、1議席で動くパーセンテージが0.33%なので、配分の単位の人口割合が1%以上となるようにすれば、各地域に3議席以上配分されることになる。そうすると、先の表で鳥取が3議席であった600議席、700議席という選挙区数にするのと同程度の格差是正が、300議席のまま達成できるはずである。法律的には、都道府県の人口割合が1%を下回る場合には他の都道府県と合わせて1%以上となるように配分単位を変えるよう区画審設置法に明記すればよい。
以下の表は一例を示している。
この表では、定数配分が3以下となった14の県を近隣と統合して33の地域に再編し、定数が4以上となるようにしている。このようにすれば、最初の表で鳥取が定数4となった800や900という選挙区数と同程度の一票の価値の均衡を実現するはずである。実際、配分段階での一票の格差最大値は1.2倍を切っている。これくらいであれば、選挙区割り後でも1.4倍程度には一票の格差を抑えられるだろう。配分の単位を20程度に再編して、9以下の配分を無くせば、配分段階の一票の格差最大値は1.1倍を下回る。
LH指標はそこまで大きく下がらないが、先の表の300議席の数値0.020よりも低下しており、全体的に見てもより比例的となっていることも明らかである。この0.014という数値は500選挙区近くにした場合の数値と同程度である。小県を合算したうえで配分するだけで、選挙区・議員定数を大幅に増やすのと同じ程度の定数不均衡抑制効果が期待できるのである。
選挙区割りの難しさの原因としての一票の格差
このように論じると、中には「県民感情を考えない東京者の考え」などと叫ぶ「地方の味方」が現れるかもしれない。しかし、県を合算して配分するといっても区割りで異なる県が同じ選挙区となるのは県境付近だけであり、意味のない批判である。
県を合算して定数を配分するというのは、県境を跨いで選挙区を設定できるという意味であり、県を合併したり道州制にするのとは異なる。県と県が対立しているというのはそれこそ「東京者」の中で創られたものであり、県境を跨いだ往来は地勢の許す限り盛んである。そもそも国会議員は県の代表ではない。
小県の合算による配分は定数均衡に資するだけではない。都道府県境界を跨いで選挙区が設定できるようになれば、自治体の組み合わせの選択肢が増えるため、より柔軟に選挙区を設定できるはずである。
区画審から最近提示された区割り案を見ると、かなり細かい区割り境界の変更を実施していることがわかるだろう。一人別枠方式による配分を受け継いだ中で全体での格差を2倍以内にしなければならないため、特に人口の多い地域と少ない地域では細かい数字の調整をする必要が出てくる。
最初から定数が比例的に配分されており、県境という制約が緩ければ、選挙区人口をめぐってここまで細かい調整をする必要性は減じられる。何より、選挙区割りの制限が緩まることで、2倍ではなくもっと低い格差上限を設定する余地も生まれるはずである。
終りに
今回の連載の議論をまとめると次のようになる。
1. 現行の定数配分は、違憲とされた一人別枠方式を用いており、しかも2000年段階の人口が元となったものであり、不都合なものである。一人別枠方式の条文だけ削除され、新たな基準が設定されなかったために、今後は場当たり的にただ2倍以内を目指すだけの選挙区割り改定が繰り返されると予測される。
2. これを回避して一票の価値をより平等とするためには新たな定数配分の基準が必要となる。何を目的とするかによって採用する方式は変わりうるが、定数均衡を目指すなら最大剰余法やヒル式の採用が適切である。
3. ただし、これらの方式でも一票の格差を解消するには限度がある。非常に細かい地域を単位として定数配分を行うこと自体に無理があるためである。これを解消するためには、議員の定数を増やすよりも、小県を合算して定数を配分した上で、県境を跨った選挙区割りを実施すればよい。
以上は、あくまで現在のように小選挙区の区割りを改定することを前提とした議論である。本来、一票の価値をなるべく平等とするなら、比例代表制のような制度のほうが望ましく簡便である。また同じ小選挙区でも、事務手続きの(一時的な)煩雑さや空間的な連続性にこだわらないなら自由度は増す。たとえば、国民番号制度を導入するなら、これを除算した余りに応じて投票すればよい。年代別投票制度などもそうだが、地域的連続性という空間的制約が無くなれば、一票の格差を縮めるのは簡単になる。
ただし、政治制度は選挙だけでなく国会制度や中央・地方関係などが組み合わさって作用が決まるものであり、ひとつの問題を解決するためだけに制度を設計してしまうと他の制度との関係で不具合が生じることもあるという点には注意すべきである。どのような新制度でもその作用を見極めるのは時間がかかり、定着に時間がかかるものである。また、そのような新しい制度の実現自体にも時間を要し、定数不均衡の問題はその間は残り続けることになる。したがって、現在の枠組みを前提とし、現にある定数不均衡に関する論点の整理とアプローチの仕方を提示することには意味があるだろう。
今回確認したように、一票の格差、定数不均衡の問題は、他の政治現象以上に数字に基づいた議論ができる。現状の一票の格差論議では、直感や思い込みによる誤った議論も多いが、そうした議論に対しても「それって一人0.5票の状態を許容できるほどの論拠なの?」と比較的に考えることもできるわけである。俗論を抑え、意味のある思考や議論に今回の連載が資することができれば幸いである。
プロフィール
菅原琢
1976年東京都生まれ。東京大学先端科学技術研究センター准教授(日本政治分析分野)。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程、同博士課程修了。博士(法学)。著書に『世論の曲解―なぜ自民党は大敗したのか』(光文社新書)、共著に『平成史』(河出ブックス)、『「政治主導」の教訓―政権交代は何をもたらしたのか』(勁草書房)など。