2015.10.27

代替医療は存在しない、効く治療と効かない治療があるだけだ

ナカイサヤカ 翻訳家

科学 #ワクチン#代替医療の光と闇

代替医療大国アメリカ。いかに代替医療が社会に受け入れられるようになり、それによって人々の健康が脅かされてきたのか? 小児科医であり、ロタウィルスワクチンの開発者でもあるポール・オフィットが、政治、メディア、産業が一体となった社会問題として代替医療・健康食品業界の闇を描き出した『代替医療の光と闇 ― 魔法を信じるかい?』。訳者のナカイサヤカ氏に解説いただいた。

本書は2013年に米国で出版されたポール・オフィット著『Do You Believe in Magic The Sense and Nonsense of Alternative Medicine』の全訳である。原題を直訳すれば「魔法を信じるかい? 代替医療の常識と非常識」となるだろう。

代替療法の多くはかつては「民間療法」と呼ばれていて、今でも日本ではこちらの方がなじみのある言葉かもしれない。だが代替療法業界は近代的な医療(通常医療)だけが医療ではないと主張し、通常医療の代わりに用いられる医療という意味で代替(Alternative)という言葉を使うようになった。

その後、通常医療に足りないものを補うという意味の補完(Complementary)医療という言葉も使われるようになり、二つを合わせてCAMという略語で呼ばれることも多い。こうした補完医療を近代医療に加えた医療の体系が統合医療である。ただ、実際の使い方はこれほど厳密ではない(より耳障りの良いものを使う傾向もある)。おおざっぱには民間療法=代替医療=補完医療と考えても大きな間違いはない。

近代医療には欠けているものがあると感じる人は多いだろう。アメリカもこの点は同じで、通常医療は貪欲とも言って良い熱心さでCAMを取り入れてきている。20世紀末には、やがてより欠点の少ない真の統合医療が生まれるだろうとの期待があったのだ(理由は本書を読めばわかるが、過去形である)。そうした期待を持ち、民間療法だからといって頭から否定しない態度こそが、偏見のない自由な心持ちなのだと考える人は今も多い。本書はそうした「常識」に対して、「代替医療は非常識な代物でもある」と再考を促している。

著者ポール・オフィットは1951年生まれ、バルティモア出身で、タフト大学からメリーランド大学バルティモア校に進み、小児科医となった。専門は感染症とワクチン。米国屈指の小児科専門病院フィラデルフィア小児病院で感染病部長を務める傍ら、ペンシルバニア大学医学大学院で教鞭もとっている。

だが本書は偉いお医者さんが異端の療法を、権威をもって粉砕するといった本ではない。100年以上の歴史を持ち、出版業界のバイブルとまで呼ばれる米出版業界誌パブリッシャーウィークリーが、「勇敢なまでに感傷を排し、忠実なリサーチに基づいたガイドブック」と評するように、オフィットは丁寧な調査に基づいて、代替療法の実態を描き出そうとしている。

代替医療についての批判的検証といえば、サイモン・シンとエツァート・エルンストの『代替医療のトリック』が広く知られているが、本書は私たちが日常生活の中で出会う療法やより身近で誰もが使うだろう健康食品、ビタミン、サプリを取り上げ、それを売り込む業界についても読みやすい語り口で詳しく述べていて、博識で熱心なお医者さんに詳しく話を聞いたような気分にさせてくれる。

さらに本書には代替療法に魅入られた医師、治療家、患者とその家族、ビジネスマンと政治家、そして代替療法の周辺で苦闘する医師、官僚と専門家も多数登場する。自分は人々を救う大発見をしたと信じる医師、インチキ療法士に騙される天才科学者、急成長する業界で辣腕を振るう事業家、美と健康を売るセレブ女優、我が子のためと思い詰める親。アメリカの話ではあるが、多彩な登場人物のエピソードには思わず引き込まれずにはいられない。

アメリカの奇跡と魔法のお薬ショー

アメリカで代替医療が流行る理由として、よく指摘されるのは医療費の高さだが、オフィットは、魅力的な口上で薬を売って回っていた薬売りの伝統に注目する。医師も病院も少なかった時代に地方のお祭りなどで、薬売りが売って回った民間薬の効能書きは、まさしく魔法の万能薬だ。患者の側は藁にもすがりたいと思っていて、薬を売る側にとっては口上次第で面白いように売れて大金が転がり込んでくる。オフィットが「アメリカの奇跡と魔法のお薬ショー」と呼ぶこの民間薬の伝統の上に展開しているのが、現代のサプリ健康グッズ業界なのだ。

オフィットは20世紀初頭からいくつかの薬害事件を経て、薬品をより安全にすべくFDAが設立された経緯を手際よくまとめている。様々な代替療法が医学の発展の歴史のどこで生まれたかを振り返った部分とあわせてみれば、医薬の安全とは何かが理解できるだろう。同時にFDAが規制に乗り出すたびに、規制のがれに知恵を絞り、あるいは国外へ逃亡し、あるいは制度の隙を突いて生きのびてきた代替医療業界の姿も見えてくる。

ノーベル賞受賞の天才化学者ライナス・ポーリングが生み出したビタミンブームについての下りは、いつのまにか自分もポーリングの主張とブームに乗って急成長したビタミン業界の宣伝を「常識」として取り込んでいたことに気付かされて、愕然とするかもしれない。

ビタミンブームで「カネの力」を手に入れた業界が、既得権を守ろうとFDAの規制つぶしに乗り出す過程は、カネと政治の力を駆使すれば、科学的事実も国民の健康もふっとんでしまうアメリカの闇の部分を見せてくれる。さらにその後、サプリ業界が勝ち取った、フリーパスともいえる「サプリを規制しない法律」栄養補助食品健康教育法(DSHEA)には暗澹たる思いがわく。この法律が成立したことで、アメリカのサプリ業界は飛躍的に成長し、ビタミンとサプリと代替(補完)医療大国となっていくのだ。

伝統的な背景は若干異なっているものの、日本もアメリカの奇跡と魔法のお薬ショーとは無縁ではない。1990年代に貿易摩擦解消のための市場開放がスタートして以来、アメリカで自由に売られているものは日本でも自由に売られてしかるべきと、アメリカ側に求め続けられている。

1996年には、それまで薬に見えるものは薬として薬事法の規制を受けるとしていたのが緩和された。サプリメントは栄養補助食品となり、錠剤やカプセルであっても食品として扱うこととなったのである。また、この結果、日本ではサプリを含む「健康食品」は定義も曖昧なまま、ほぼ規制もされない状態となってしまっている。

現在の米国は、栄養補助食品健康教育法(DSHEA)のもたらしたフリーパス状態になんとか規制をかけようとしたFDAの苦闘の結果、わずかながらだがチェック体制も出来てきている。本書が描くような経過を知らなければ、米国には日本にはないサプリの定義があり、国民の選択の自由を優先しつつ、政府の責任としての最低限のチェックは行われている状態と見えないこともない。これをお手本にすれば、サプリ業界は米国のように急速に成長して経済を潤し、一方、あいまいな健康食品の定義や扱いがもたらしている問題点を克服できるのではないか? という考えが生まれるのも理解できる。

そして、日本でも、国民がサプリをもっと利用すれば医療費の削減に繋がるだろう(それは幻の期待であることも本書が明らかにしているが)という考えの元に、DSHEAをお手本にして、国民が自己責任で健康食品やサプリを自由に選択して自己責任で健康管理をする方向を目指すべく、実際の動きも始まっている。2015年に開始された「機能性表示食品」のもその一つである。

TPP合意のニュースも流れる現在、日本の市場に魅力を感じているアメリカのサプリ業界と、アメリカのように厳しい規制なしでもっとサプリを売りたい国内の業界、経済成長への期待がある政府と役者が揃えば、この動きが止まることはなさそうだ。日本の私たちも先行するアメリカのサプリの規制緩和でだれがどのように得をして、何が起こったのかは知っておいて損はないだろう。

日本人もアメリカ人に負けず劣らず健康志向で、健康のために代替療法に傾倒してしまう人も多く見かけるからである(代替療法自体に副作用がなくても、実際に効果が確認されている通常医療から患者を遠ざけるという問題があることも、本書のエピソードを読めば納得できるはずだ)。

予防できる病気で子供たちが苦しむのは許せない

小児科医のオフィットが本書のような本を書くことになった理由は、彼がワクチンの専門家だからだろう。近年米国ではワクチン拒否をする反ワクチン運動が大きな問題となりつつあるが、オフィットは長年この問題に取り組んできたことで知られている。

オフィットの最初の一般向けの本は、1999年のルイス・ベルとの共著で親向けのワクチン解説書(『予防接種は安全か 両親が知っておきたいワクチンの話』)だった。そしてその後、本書を含めて10冊の一般向け書籍を書いているが、もっとも有名なのは自閉症とMMR三種混合ワクチンをめぐる英国の医師ウェイクフィールドの論文ねつ造事件を扱った『自閉症のニセ予言者たち(Autism’s False Prophets)』(2008年、未訳) だろう。

日本ではたまたまこの時期、国産MMR三種混合ワクチンのおたふく風邪ワクチンに不具合があって接種中止となったため、このねつ造事件の直接の影響を受けることはなかったが、本書でも触れられているように、ウェイクフィールド事件は名門医療論文誌ランセットを巻き込むなど、科学に信頼を寄せる人々にとっては言語道断のスキャンダルだった。ワクチンが自閉症を引き起こすというウェイクフィールドの主張については、その後の検証によってほぼあり得ないとの結論が出ている。

ウェイクフィールドは医師免許を取り消されて、研究者としても医師としても社会的な生命が絶たれた。とはいえ、我が子の障害に悩む親と、その親たちの支持が欲しいグループにとっては、自閉症ワクチン原因説は非常に魅力的な仮説だった。このためか現在でも製薬会社や製薬会社と結託した医学研究者が、ワクチンの危険性を指摘する人々に圧力をかけていて、ウェイクフィールドはその犠牲になった我々の英雄なのだという話が繰り返しPRされている。ワクチンは子供にとって危険で不要なものであるという反ワクチン運動の主張は、世界中で広く共感を集めていて、日本でも静かに広がりつつある。

この事件以降、オフィットは反ワクチン運動の主張の過ちを指摘し、ワクチンの有用性を訴え続けている。実際問題、アメリカでもヨーロッパでも予防接種をためらう親が増えたため、過去のものとなりかけていた感染症が子どもたちを脅かしている。

アメリカでは以前から宗教的な理由で予防接種を含む現代医療を拒否する小さなコミュニティーがあちこちにあり、感染症の局地的な流行を引き起こして問題となってきたが、反ワクチン運動のキャンペーンで予防接種率が大幅に低下したため、こうしたコミュニティーで始まった感染症の流行が、ごく普通の人々も巻き込むようになってきている。最近では2015年ディズニーランドで始まった麻疹の流行が記憶に新しい。ワクチンで防げる感染症の多くは、ワクチンで予防する以外に有用な治療法がないものが多い。

小児科医であるオフィットは予防できる病気で子供たちが苦しむのは許せないし、親であっても子どもを苦しめる結果になる行動はとるべきではないと考えている。こうした熱心さが目立つためだろう。マスコミは「ワクチン・導師(グル)」という少しからかうような異名を進呈している。

ワクチン反対派は、当然ながらオフィットに猛烈に反発している。雑誌ニューヨーカーの記者マイケル・スケプターがTEDのスピーチで、「テロリスト」と銘打たれたポスターを示し、「この男(オフィット)はロタウイルスのワクチンを開発して大勢の途上国の子どもたちを救ったのに、ワクチンの話をするというだけで講演会にはボディーガードが必要になっています」と述べているような状況である。

だが本書もそうであるように、オフィットは反対派を頭から否定してはいない。彼はなんであれ、まず納得するまで相手と背景を調べるのだ。2011年に出版された反ワクチン運動の歴史を追った『死にいたる選択(Deadly Choices How the Anti-Vaccine Movement Threatens Us All)』(未訳)も、その調査と探求の成果だと言ってよい。その次に書かれたのが本書で、最新刊は信仰に基づく医療ネグレクトを扱った『良くない信仰(Bad Faith When Religious Belief Undermines Modern Medicine)』(未訳)である。

最近は日本でも医療不信を表明して、標準的な医療と製薬会社の金儲け主義を糾弾する意見を見かける。だが本書でオフィットが何度も指摘するのは、代替医療ビジネスの儲けの大きさと、代替医療とセットになって売られているナチュラルでオーガニックな健康食品・ビタミン・サプリ・ビジネスの巨大化である。

詐欺まがいの主張も内包したまま大きなビジネスへと成長してきたこの業界の怪しさは、残念ながら大製薬会社の欺瞞や不正といった話題ほど興味を惹かないようだ。本書を精読したあとに、いつの間にか私たちもナチュラルでオーガニックなものが身体に悪いはずがない、健康を考えて私が自分で選んだものが悪いはずがない、という前提でものを考えるようになってしまっていることに気がつき、現実的な恐怖を感じてしまった。

訳者の私はニセ科学やデマに興味を持つうちに代替医療の問題に遭遇した。数年前に欧米で代替医療が大きな問題になっていると聞いたときには、健康保険システムによって主流医療が安く手軽に受けられて、加えて医師が漢方を処方し、国家試験を受けた鍼灸師の治療も医療の一部として使える日本では大きな問題とならないだろうと考えた。だが、その後、代替医療の問題に注目してニュースを追うようになって、この見込みがまったく甘かったことを思い知った。

高齢化で膨らむ医療費に悩む政府は、代替療法の活用で国民の健康が維持できるとの主張に惹かれている。治らない病気を抱えた人々は現代医療に不満を持ち、医療を否定する本がベストセラーになっている。医療否定と代替療法への傾倒の結果もたらされた悲劇が、感動する話としてメディアに登場し、多数の人が涙する。今、日本もそのような状況にある。ぜひ本書を読んで、少し違った角度から、私たちの暮らしと健康について考えて下さる方が増えることを熱望している。

プロフィール

ナカイサヤカ翻訳家

1959年生まれ。中学高校時代をニューヨーク市で送る。慶応大学大学院文学研究科修了。文学修士(考古学)。翻訳家。ASIOS(超常現象の懐疑的調査のための会)運営委員。サイエンスカフェスタイルの勉強集会「えるかふぇ」および講演会、「ふくしまの話を聞こう」のふくしま応援勉強会主催。訳書は、絵本「探し絵ツァー」シリーズ全9冊(文溪堂)、「世界恐怖図鑑」全4冊(文溪堂)、「超常現象を科学にした男」(紀伊國屋書店)など。

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