2016.02.02
性的マイノリティの人々が安心して医療を受けられるように
どんな人でも病院、診療所を訪れる可能性がある
日常生活を送っていると、健康である場合は何不自由なく活動できる。しかし、その健康な状態が破綻し病気に罹患したり、スポーツやレジャーなどで急なケガを負うと不自由な生活を強いられる。セルフケアできる場合は、自宅で療養したり手当を行って過ごすことができるかもしれない。できない場合は医療機関を訪れるだろう。
日本の有訴者率は人口千に対し322.2だと言われている(『国民生活の動向22年より』)。日本国民の中でこれだけ医療機関にかかる可能性がある。最近の統計では性的マイノリティの人口は約7%(『電通社2014年データより』)。当然、性的マイノリティの方が医療機関にかかる機会は多い。
どんな人でも病院や診療所など医療機関に訪れる可能性がある。だが……
性的マイノリティの場合、行きにくいという。なぜか?
a:レズビアン、ゲイのケース
腫れ物にさわるように扱われたり、もの珍しそうな視線で見てくる。
看護・介護参加が難しい上、生命の危機に直面した場合に血縁関係がないからといって代理決定などに参加することができない。
b:トランスジェンダーのケース
望む性別で扱われないことによる苦痛が生じる。
カミングアウトやアウティングの恐怖感がつきまとう。
GID/性同一性障害、性別違和を感じている方の相談や受診する窓口の地方格差
a:ジェンダークリニックがない都道府県
最近、メディアやソーシャルネットワークサービスなどで、性同一性障害など性別に違和を感じて治療など進めている方が体験談など情報公開している。その方々が住んでいる地域は非公開の場合が多いが、性的マイノリティの当事者支援をしている者としてはどの医療機関で治療をしているかなど大まかな検討はつく。
では、性同一性障害や性別違和をカウンセリング、性別適合手術など行っている医療機関はどのくらいあるのか。
精神科領域は約50カ所、外科領域は約10カ所。その多くは大都市圏中心であり、カウンセリングを行う精神領域の医療機関がない県もある。具体的には青森県などである。それらの県民に性別に関するカウンセリングを受けたい当事者がいないわけではない。こういった状況で、地方の格差が生じている。
現在、GID/性同一性障害学会では認定医制度を進めている。当事者に寄り添える医師が増え、医療という技術が社会に有益に還元されることを願う。
b:ホルモン療法の違法行為
性同一性障害の医療のなかでホルモン療法がある。特殊な薬剤を使用するため、扱う医療機関が限られてしまう。また、ホルモン療法を行い患者の健康管理をできる医療機関(医師)も多くはないのが現状である。
中には、自己輸入をしている方もいる。数が限られていたり、不便な状況があるからこそ、そこにつけ込んで「安易に」「利便性のみ」「リスク管理不足」の情報が流れ違法な怪しいものに飛びついてしまう。これは『自己責任である』と言ってしまえば解決するという問題ではない。
そうしてまでやらざるを得ない状況もあるかと思うからだ。個人的に、傷つきボロボロになった仲間が増えたり、違法な営業を行っている者が富を増やしている状況は納得がいかない。ボーダーラインギリギリのところでイベントなどで広報したり当事者が斡旋していることもあるのは危機感を感じる。やはり、医療従事者が現状を知ることが大切だ。そして、改善するための声をあげ働きかけていかなければ、患者である当事者の健康は守れないと考える。
こうした状況を改善するために、わたしたちは「にじいろナースネット」を立ち上げた。
にじいろナースネットが目指すもの
医療や看護を絡めながら、性的マイノリティに関する正しい知識と対応できる技術を広め、ケガや疾患で苦しい中でも「ありのままの姿」や「自分らしいカタチ」で治療を共に進めることができるようにハード面やソフト面を整えていく。
日本の都道府県全部にメンバーを配置し、何か困ったことがあれば医療機関から相談を受けて対応できる状態を作っていきたい。また、都道府県の特色やおかれている医療状況も様々であることから、その地域に住むネットワークメンバーだからこそ地域性を活かしつつ対応できるというメリットを利用し活動していきたい。メンバー同士、つながりをもちチームワークで助け合える環境を目指している。
看護師という役割のなかでできること
看護師は患者や家族を医師など医療へつなぐ中心であり、病院などの施設内においても様々な職種の方と接する機会が多い職業である。概ね、病院内の職員数で言うと全体の60%くらいをしめているのではないか。
だからこそ、実際に当事者である患者の声を聞く事ができ、看護師が中心となって当事者のケアを支え他職種に指導できると考える。看護師が性的マイノリティに関する知識や対応できるスキルを持つことによって、患者や家族(パートナー)も安心して治療や療養生活を送ることができる。そのスキルを共通認識として他職種にも広げることで、一貫した対応をスムーズに行うことが必要とされる。
当事者である看護師だからわかること
自分自身も性別に違和を感じ、望む性別で看護師として勤務している。性的マイノリティである患者とも接し看護をしてきた。もちろん、患者側として医療機関にかかったこともある。不安に思うことは千差万別で十人十色であるが、ある程度は想像できる。
「かゆいところに手が届く」ように「こういう時はこうした方がいいのではないか」や「こういったことに不安を感じているのではないか」など具体的に考え、確認する頃合いと環境を整えて接することができている。
対応スキルはすぐにできるものとそうでないものがある。やはり、経験していくしかない。経験し対応した事柄を振り返りを重ねていくことが次へつながるのではないか。その経験がこのネットワークに活かされ、メンバーや研修を受けていただいた医療従事者へ伝承できればと考える。
安心して医療機関にかかってほしい
カミングアウトなどの問題もあるが、不明なことや不満に思っていることはリアルな問題点として真実の声を聞かせて欲しい。もちろん、当ネットワークに届けて頂くことも可能である。問題点の把握として今後に活かすことができる。しかし、個人的には不明や不満を抱く医療機関へ届けることが重要ではないかと考える。
現在のところ、性的マイノリティの当事者が患者などに存在しないと思っている医療機関が多くある。医療機関に目を覚ましてもらい現実を知って頂く上でも、よく病院などにある「患者の声」やお願いすることとして問題提起して頂くといいのではないか。
医療従事者には個人情報を保護することや守秘義務がある。安心して率直に声に出して
ほしい。カミングアウトという苦渋の選択や苦痛を感じながら発信した「患者の声」を受けた医療機関や、お願いされた医療従事者は、その声や叫びを無駄にしないでほしい。しっかり、関係部門や統括するトップコーディネーターを中心に、当事者の思いを知って頂きたい。
また、対応策など考えて頂きたい。『性的マイノリティのことなんてわからないからいいや。何のことやらさっぱりわからない。少数意見に対応するなんて予算が』などとスルーしないでほしい。
加えて、当事者のプライバシーの配慮には十分注意することが大切である。これからの世の中、多様性に柔軟に対応できない状況では病院(医療機関)としての質が問われるのではないか。そのために当ネットワークが共に考え、対応スキルを高める支援していきたい。
ネットワークの活動の展望
現在、研修のためのサポートブックを作成中で、研修ができるような仕組みや準備をしている段階である。それを元に、地方自治体や関係各所に必要性を説明し、病院や診療所(クリニック)へ研修を行う予定である。ネットワークメンバーを増やし、県内に数名のメンバーを配置して研修を行える環境も整えている段階だ。性的マイノリティに関する相談や知識、対応スキルを県内のメンバーが対応できるようになれればと考える。
研修自体も1回で終了ではなく、数回に渡って行い、病院や診療所の医療従事者がどこまで理解したのかなど確認したり、実際に対応した症例など振り返れるようにできれば、次につながっていくのではないかと思う。
同時に、これからの医療・看護を担う看護学生についても同様な研修や講演を行っていきたい。看護学校では倫理や人権などの授業があり、そのなかで性的マイノリティについて知っていただくことで、資格試験合格後、現場に入った際、知識を役立てていただければと考える。
このネットワークの活動が軌道に乗り、定着していく状況であれば性的マイノリティに関するケアを有資格として展開していきたい。その方法の1つとして日本看護協会が認定する認定看護師の設立を目指していく。有資格として認め、看護全体がより性的マイノリティである患者に寄り添ったものになるとともに、身近な存在としてよりスピーディに対応できる環境を整えることができればと考える。
日本は少子高齢化が進んでいる。当事者も歳を重ね、将来的には介護や福祉を利用する場面も増えるだろう。療養生活を送るにあたり、病院や診療所だけではなく介護や福祉を提供する場についても連携し当ネットワークの知識や対応スキルの充実に向けて協力していければと考える。
共同代表ディスカッション
東日本エリア代表の石塚美沙希と西日本エリア代表の田村凌で性的マイノリティと医療・看護やにじいろナースネットについて語りました。
活動しようとしたきっかけは?
石塚 自身もFtXの性的マイノリティであり、また看護師でもあります。当事者であり、看護師である立場から、実際の医療現場を見て、同じく性的マイノリティの人々が安心して医療が受けられるようになってほしいと強く思ったのがきっかけです。
田村 当事者であり、患者として医療を受けた際に「いやな体験」をしたり、看護師とし
て数名、性的マイノリティの当事者である患者さんと関わり、先輩や同僚が「どのように
対応したらいいのかわからない」と言ったのが印象的で『自分がやらなければいけない』
と感じたからです。
看護師として性的マイノリティである患者との関わり
田村 病棟勤務という特性上、出会う確立は高いですね。トランス男性、トランス女性の患者さんと関わることができました。その当時の先輩や後輩、同僚もふくめて受け止めていましたが、経験不足からくる「あたふた」はありました。自分自身のことを患者さんに話してじっくり夜勤などで話をすることができて、ケア方法などの確認もできました。患者さんも私を見て「もしかしてそうかも?」と思っていたようで・・・。
石塚 手術室の現場で、HIV陽性のゲイの患者さんと関わったことがあります。その患者さんは黙秘を貫いており、強く印象に残っています。
聞いた事がある「性的マイノリティ」である患者が困ったケース
田村 トランスジェンダーの患者さんが病院で「どこまで対応してくれるのか?」という不安やカミングアウトしてもいいけど、どのように伝えたらいいのか? ということで困ったっておっしゃってました。
レズビアン・ゲイの患者さんはパートナーの看護参加や治療の方針を医師から一緒に聞く場合、意識の有無にかかわらずどのように証明したらよいかということでした。パートナーさんは代理決定(延命治療のこと)や患者の血縁者との関係をどのようにしていったらいいのかというものでしたね。
石塚 問診にて性に特化した質問、本名で呼ばれ苦痛な思いをしたこと、トイレや検査での性の壁……当事者の方からも、自身の体験としてもあります。
ネットワークでの活動
田村 とりあえず、研修資料(サポートブック)を早急に作成して研修できる準備を整えることが先決かな。そして、心優しい勤務先で研修してみるのもよいかも。カタチにしていきながら軌道にのらせるのが代表としての責務なのかな。
石塚 現在東日本では今年初開催となりました横浜レインボーフェスタのブース出展、そして横浜レインボーフェスタでのセミナーを定期的に開催させていただいております。今後西日本エリア代表とともに、看護師・助産師・保健師の方へ性的マイノリティについて考えていく機会を設けていければと思っています。
これからの「夢」「希望」「あるべき姿」は?
石塚 性的マイノリティの患者さんが医療を安心してうけられるよう、「点」のつながり、そして「線」のつながりになれるよう、今後も努めていきたいと思います。
田村 とりあえず、47都道府県にネットワークメンバーがそろって、医療機関からの相談などが受けられる体制を作りたいですね。そして、当事者である患者さんやパートナーさんが安心して医療を受けられる環境を整えつつ、現場で解決できるよう医療従事者同志が対応策を考え実行できることが自然なカタチになっていただけることが希望でもあります。その延長線上で、認定看護師など有資格という制度ができてネットワークメンバーが仕事のなかで活躍できればと思います。
プロフィール
田村凌
(1978年生まれ)群馬県育ち。一般の企業に就職後、医療従事者を志し看護助手→准看護師→看護師として病院に勤務している。自らもFTMでありGID当事者である。看護師の知識・技術を活かしてGID当事者の看護の視点から支援団体「Natural Life Medical Treatment care」(2013)を設立。代表・発起人。団体のコンセプトは『GID医療が当事者にとってより自然な生活を送れることを目指す』である。