2017.01.11
これからの「共生」のために――外国人労働者をいかに受け入れるか
2016年11月18日、参院本会議で外国人労働者をめぐる2つの法案が成立した。ひとつは違法な長時間労働に罰則を設けるなど外国人の技能実習の適正化法案で、もうひとつは外国人の在留資格に介護を加える改正入管法。しかし、開発途上国の人材育成に協力する目的でできた外国人技能実習制度が、実際は安価な労働力として使われるなど、外国人労働者の受け入れをめぐっては様々な問題点が指摘されている。外国人労働者をめぐる課題について、弁護士の市川正司氏、著書『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)があるジャーナリストの出井康博氏、介護問題について詳しい淑徳大学教授の結城康博氏を交え、改めて考える。2016年11月21日(月)放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「外国人労働者、受け入れは進むのか?」より抄録。(構成/若林良)
■ 荻上チキ・Session22とは
TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → https://www.tbsradio.jp/ss954/
それぞれの法律の特色
荻上 今夜のゲストをご紹介します。外国人労働者の受け入れについて詳しい弁護士の市川正志さんです。よろしくお願いします。
市川 よろしくお願いします。
荻上 のちほどジャーナリストの出井康博さん、淑徳大学教授の結城康博さんにも登場していただきます。さて、市川さんにまず伺いたいのですが、今回のふたつの法案、外国人技能実習の適正化法案と、改正入管難民法は、それぞれどのような法律なのでしょうか。
市川 まず前者なのですが、技能実習制度を存続させて、しかもさらに拡大するための法律ですね。外国人技能実習生の受け入れについては、残業代を払わない、長時間労働させるなど、さまざまな問題が出てきました。そういった弊害をできるだけ取り除きながら、受け入れを拡大しようという法案です。
改正入管法の方は、介護の在留資格を追加したことがあります。また、これは「偽装滞在者対策」と国は言っているのですが、最初に配属された職場を逃げて別なところで働こうとしている人がいたら、在留資格を取り消して国に送還する、という規制も盛り込まれています。技能実習生などを念頭に管理を厳しくするという意味での改正と言ってもいいんじゃないかと思います。
荻上 政府は、技能実習は本来労働力を確保するものではないとしています。しかし実質的に労働の側面があるので、そこに対してケアをしよう、違法な労働をさせる企業にはペナルティを課そうというわけですね。ただ、一企業から逃げて他のところ働いている場合は罰せられるという点ですが、もともと働いていた企業がブラックだったとしても、それに当てはまるのでしょうか。
市川 そうですね。技能実習の枠の外に出てしまえば、資格外活動になります。今回の改正は、逃げてきたその時点を捉えて、これから資格外活動をしようとしているという認定だけで資格を取り消すことも可能になっています。慎重に適用しますということが附帯決議に盛り込まれましたが、その点は運用に委ねられてしまっています。
荻上 労働環境に問題がある場合は、誰かが声をあげて企業自体を変革させるか(voice)、みんな辞めていってその結果人手が足りなくなるのか(exit)、二つのパターンがあると労働経済学では指摘されています。新しい法案の場合、逃げることは違法扱いされるので、技能実習生にとっては、人権面では保護すると謳っているように見えながらも、逃げにくくなったとも言えるわけですよね。
市川 そうですね。日本人の労働者であれば、ブラック企業だと思えば辞めて転職することができますが、技能実習の場合は、技能を勉強しにきたんだから、その同じ場所で3年間勉強しなければいけない、移るんだったら帰国しろとなるので、会社に縛られてしまっています。高い費用を使って日本に来ておいて、おいそれと帰るわけにはいかない。我慢するしかない。つまり、悪い会社から逃げることができないというリスクが大きいと思いますね。今回の改正で職場移転の自由を運用で若干広げようという方向はありますが、基本的な仕組みは変わっていません。技能の実習、技術の海外移転という名目にこだわらなければ、労働者は、職場移転は原則として自由だということになるはずです。
「技能実習制度」とは何か
荻上 そもそも、技能実習制度はいつ、何のために導入されたのでしょうか。
市川 平成5年に法務大臣の告示で創設されました。技能を勉強させて、それを母国で生かしてもらおうという、途上国発展のための制度として始まったんですね。それがどんどん拡大して、また職種も増えて問題も大きくなってきたため、きちんと法律で定めて規制する必要が出てきました。そこで、平成21年の法改正で、法律上の在留資格として技能実習が設けられたというのが経過です。技能実習生は現在21万人にまで増え、職種も74職種、133作業に広がってきています。
荻上 国で言えば、どの国が多いのでしょうか。また、その中で主についている仕事というのはどのような業種でしょうか。
市川 中国が5万人くらい、ベトナムが最近増えて3万人ほどで、フィリピンやインドネシアが1万人くらいです。業種としては、農業、建設、漁業、縫製、製造業などが多いです。
荻上 最初期の段階では本当に国際貢献が目的だったのか、それとも、労働力の実際的な確保ということに主眼が置かれていたのか、どちらでしょうか。
市川 はっきりとは言えませんが、平成5年頃はいわゆるバブル経済の後期で、単純労働者の労働力不足を補うという側面が念頭にあったのではないかと見ています。
荻上 技能実習として3年間仕事に従事して、それが母国で役に立つ内容なのかと言えば、あまりそう思えないものも多いですね。たとえば、農業だとレタスの収穫といった単純労働に従事することで、自国で活かせるいかなる技術が学べるのか疑問です。
市川 そうですね。国は「日本でつけた技能を活かせている」と主張していますが、帰国後の追跡調査によると、そもそも調査に答えてくれるのが全体の15%くらいしかいない。残りの85%の大部分は、帰国後は日本での技能実習とは関係のない仕事についているんじゃないかと私は推測しています。
荻上 今回、介護の分野が特に拡大しましたよね。どういった理由なんでしょうか。
市川 やはり、高齢者が増えていることに対して、その介護に携わる労働者が不足していることが大きいと思います。外国からの要請というより、日本の介護現場での要請の方が大きいということですね。
荻上 そうした中で今回の法案、どういった課題が法律そのものにあるとお感じになっていますか?
市川 技能実習適正化法案自体は、技能実習機構という新しい監督機関も作って、外から監督を強化することにはしていますが、先ほど申し上げたように、職場移転の自由は保障されておらず、技能実習生が自ら、権利を守るためにより条件の良い職場に転職することが認められておらず、日本で働き続けるためにはおかしな職場でも我慢しなければならない。実習期間の最初の3年間は実習生から積極的に職場を選べる仕組みがないんですよ。何らかの問題が発生して、監理団体などの斡旋がうまくいった場合に職場移転は限られます。このような基本的な問題が解決されていないから、雇い主の不当な労働行為を根っこからなくすことができない。技能実習という名目にとらわれているが故に生じることです。非熟練労働者受入の制度として正面から議論がされていない点に原因があると思います。
荻上 今までにも、監理団体が事実上機能していないことが問題視されていましたよね。今回は監督機関を別に設けるということですけど、それは機能しそうなのでしょうか。
市川 全体で20万人も技能実習生がいるということもあって、ひとつの現場に立ち入って検査するのは現状では3年に1回程度になるだろうという国会での答弁があります。その頻度で行っても何かを見つけることは、そんなに簡単ではないでしょうね。
不当な労働行為があった際に技能実習生からの訴えを聞く相談ダイヤルの設置も検討されているようですが、それが機能するかどうか。訴えることでその職場が技能実習生の受入れができなくなったり、技能実習生が辞めざるを得なくなり、帰国を強いられるというリスクもあります。そうならないように対策が必要ですが、技能実習生には自ら職場移転ができない中で、訴えた技能実習生が実習を継続することができるように十分な保護の制度があるのかも疑問です。
荻上 よく技能実習の現場で、パスポートを没収されているからそこから出られないという問題があったりしますが、技能実習そのものが、特定の場所で働かなければ帰れないという状況なので、ある意味もともと国にパスポートを預けている感覚に近いとも言えるわけですよね。となると、しっかりと監督機関が機能しないと、技能実習生に対する束縛ばかりが強調されるようになりかねません。
外国人実習生・留学生たちの実態
荻上 では、実際に外国人の技能実習生の実態を取材している方にお話を伺いたいと思います。著書に『ルポ 日本絶望工場』などがあるジャーナリストの出井康博さんです。よろしくお願いします。
出井 よろしくお願いします。
荻上 今回技能実習制度の適正化法などが改正されたということですが、出井さんが取材した場所では、技能実習生の方々はどのような思いで働かれていたのでしょうか。
出井 単純に少しでもお金を稼ぎたいという気持ちなのだと思います。日本で技術を学ぶとか、国際貢献などといった制度の趣旨は全くの建前に過ぎません。日本側は単純労働の人手不足を解消したいだけ、実習生は出稼ぎにやってきているだけです。
荻上 どのような現場を取材されましたか?
出井 たとえば、あるインドネシア出身の実習生は、現地の送り出し団体にトヨタの最新設備が揃った工場のビデオを見せられて、トヨタで働けるんだと思って来日したら、三次請け、四次請けの工場で働かされて、しかも給与は月10万程度だったという事例がありました。実習生の給与は「日本人と同等以上」と定められていますが、実際には最低賃金レベルです。しかも送り出し団体や日本の監理団体がピンハネをしてしまう。結果、日本人と同じ仕事をしても給与は半分にも満たない。そういう実情で職場から失踪する実習生が後を絶たないのです。
荻上 なるほど。技能も実習できて言葉も学べて、給与もしっかりもらえるということであればわざわざ逃げたりはしないと思いますけど、給与がなければ厳しいですよね。
出井 そうですね。職場から逃げ出して不法就労をした方が確実に稼げます。彼らの目的は出稼ぎなので、日本にいる間にできるだけ稼ごうと思うわけです。ところで私は最近、留学生を取材しているんですが、彼らが実習生以上に厳しい状況に置かれていることはもっと注目されていいんじゃないかと思います。
荻上 留学生の実態が厳しい、それはどうしてでしょうか。
出井 外国人留学生の数は25万人以上に急増しています。そのなかには、出稼ぎ目的の“偽装留学生”が相当含まれているのです。恐らく、全体の半分以上はそうだと思います。とりわけ目立つのがベトナム人ですが、彼らは日本語学校への学費や現地のブローカーへの手数料などで150万から200万円もの借金を背負って来日します。日本にやってきた後は実習生すら受け入れられない底辺の職種で働くんですけど、そうやって稼いだお金もまた翌年の学費に消えていく。ブローカーが日本語学校や留学生の受け入れで生き残りを図ろうとしている大学などと結託し、「日本に留学すれば月20-30万円は簡単に稼げる」と騙している。日本語も全くできない留学生が「月20—30万円」を稼ぐなど実際には無理ですから。
荻上 実際に日本語学校や大学に所属するという形態をとるがゆえに、学費の問題も発生するし前借金もある。そのため、なかなか本来の目的が果たせないということですね。送り出し国のブローカーが虚偽の説明や誇張をしていたとき、日本がそれを把握して是正させることはないのでしょうか。
出井 外務省も問題は把握しています。一方で政府は「留学生30万人計画」を進め、留学生の数を増やそうとしている。留学ビザの取得も簡単にできるため、悪いブローカーや日本語学校、大学が蔓延ってしまうのです。
荻上 リスナーからこんなメールが来ています。
「出井さんの著書にも出てくる、新聞奨学生の相談を受けるNPOを主宰しています。私は韓国人と中国人の相談を受けたことがありますが、日本語学校がブローカーと一体となっており、給料から学費分を毎月2万円天引きされ、時給換算すると500円を切るありさまでした。来日前に聞いていた話と違うわけですが、入管法で定められている労働時間をオーバーして働かされているため、ヘタに役所に相談できない。この場合、労働者側も資格外活動として罪に問われるからだ、とのことでした。」
出井 そうですね。今のメールは新聞奨学生の話ですが、彼らを含め留学生のアルバイトは法律で「週28時間以内」と決まっています。しかし新聞配達の仕事は週28時間では終わりません。そのため週30時間、40時間働かされることになる。法律を盾にして残業代も払われず、強制送還を恐れて役所にも相談できない。全くひどい状況です。こうした実態について新聞やテレビでは全く報じられません。新聞配達の現場は、今や留学生の違法就労なしでは成り立たない状況です。そんななか、“偽装留学生”問題について紙面で取り上げれば、「お前たちの配達現場で起こっていることはどうなんだ」と批判されることを恐れているのです。
荻上 そうした中で、出井さんはこれから外国人労働の課題について、どういった議論をしていくべきだと思いますか。
出井 正直な議論だと思います。まずは、人手が足りない現場がたくさんあると認めること。「実習生」だとか「留学生」だとか偽って外国人労働者を受け入れることには限界があります。事実、彼らの質が急速に悪化していることは、現場を取材していて痛感します。外国人労働者が必要ならば、受け入れのための制度を根本からつくり直すことが必要なのではないでしょうか。
荻上 出井さん、ありがとうございました。いろいろと問題ある事例が出てきましたけど、市川さん、他の国ではどのような受け入れ態勢になっているのでしょうか。
市川 韓国の例は対照的なんですけど、外国人研修制度という形で、一時期日本の技能実習制度と同じようなことをやっていました。ただ、非常に問題が多いということで、2004年から、労働者としての受け入れであると正面から認めた雇用許可制度という制度に移行しました。但し、受入の人数と期間は限定するという制度になっています。それと同時に在韓外国人処遇基本法という法律も2007年に定め、外国人が韓国で生活していくにあたってどのような制度整備をするかということを定めた法律を作りました。外国人労働者を受け入れることに正面から向き合い、入国した外国人にどのように生活してもらうかということを議論する姿勢に変わっていきました。
また、ヨーロッパの場合は、移民の受け入れについては制度が整っているのですが、外国人受け入れを正面から認める議論というのは、どこの国も難しいところがありますね。ドイツの例だと、外国人の受け入れ国ではないとずっと主張してきたものの、実際には外国からの移住者も多く、外国人の比率は高かった。そこで、2000年くらいから議論をし直して、自分たちが移民を受け入れている国だと正面から認め、それに基づいて2005年に、外国人法という法律から移民法という法律に変化させました。移民を受け入れるということを正面から認め、そのうえで、移民がドイツで他の市民と統合された環境を作るために何をするべきかを定めたんですね。
たとえば、ドイツ語を600時間、ドイツの文化・法令などを30時間勉強できる「統合プログラム」と呼ばれる制度を作って、勉強した方には、長期の在留資格を与えていこうとか。これは日本にとって参考にすべきモデルであると思います。今の日本の法制度は、そもそも、外国人が日本で生活することを前提に外国人を社会の中に包摂していく、ということは想定していないからです。
介護職に従事することのリスク
荻上 こんなメールが来ています。
「私は介護支援専門員として高齢者福祉に関わっているものです。特別養護老人ホームなどが併設しており、私自身いくつかの介護現場で業務に就いたことがあります。11月18日に可決、成立した介護現場に外国人の技能実習生を受け入れることも可能にする関連2法ですが、正直現場に混乱と疲弊を招くだけだと思います。そもそも自国民でさえ数年しかもたないような介護現場で、文化も環境も違う外国の方が働き続けることができるのでしょうか。数ヶ月でやめてしまったり、精神的に追い詰められてしまい、国に帰らざるを得なくなる状況になるのではないでしょうか。」
外国人労働者が介護の現場に参入する上での課題について考えたいと思います。介護問題に詳しい、淑徳大学教授の結城康浩さんです。よろしくお願いします。
結城 よろしくお願いします。
荻上 介護のニーズが増えて行く一方で、人材不足が指摘されています。今回の外国人労働者受け入れに関する法案については、結城さんはどのようにお感じになっていますか。
結城 今回の法律改正はふたつのポイントがあります。ひとつは、日本の短大や専門学校など、介護の学校に留学した方がいますよね。その人たちが卒業後にきちっと就労ビザをとれて働くことができる。今まで留学生は介護職で働くと就労ビザが認められなかったんですが、これを可能にしたことは評価できると思います。ただしもうひとつの技能実習制度に関しまして、今回初めて対人サービス業である介護を職種として加えるには少し課題が多すぎるのではないかと私は分析しています。
荻上 どのような課題や懸念点がありますか。
結城 短大生や専門学校の留学生と違って、技能実習制度では日本語の教育期間が数ヶ月しかないんですね。ですから、対人関係の問題がクリアできないのではないかと見ています。たとえば高齢者とのコミュニケーションにおいて、痛いとか、これを食べたいなどの微妙なニュアンスをなかなか感じ取れない。そうなると、今いる日本の介護スタッフの負担増加を招いてしまう。介護職には、確かにシートやタオルを畳むなどの単純作業もありますが、基本的な業務は対人コミュニケーションになります。複雑な任務をやらざるをえないので、今回の法改正には色々な課題があると考えていますね。
「不平等」を変える重要性
荻上 一方で、介護の人員不足の解決のために、日本人の介護士に対してもしっかり給料などの働き方を見直そうという議論もあります。その動きと矛盾する結果も懸念されます。
結城 現在介護の現場では、2025年に団塊世代が75歳以上になるまでに30万人も人手が足りない状況なんです。たとえ1割外国人介護士が入っても、残りの27万人は日本人でまかなわなければいけません。そもそも、技能実習制度の人を受け入れるとしても、大量に入ってくるとは考えにくい。施設側も日本の受け入れ管理団体に一定程度のお金を払わなければいけないからです。外国人介護士を増やすことが切り札のように思われていますが、かえってこうした弊害を克服できず、日本人の介護士の増員にブレーキがかかるのではないかという懸念がありますね。
荻上 つまり、このカードを使ったから大丈夫というように政治の側が誤認をし、しっかりと介護現場の改善処遇に取り組まなくなる可能性があるわけですね。ただ、仮に介護の現場で外国人の方に働いてもらうことを前提とするならば、最低限どんな制度が必要となってくるでしょうか。
結城 国が考えているのは、まず賃金体系を完全に日本人と同じにすること。これが大前提ですよね。それから技能実習制度の場合は、5年間と定められたのであれば、きっちりその間働けるような環境を整えることが大事です。また、介護現場にもジョブコーチ的な人を入れて、実習生に対しての指導をしっかりできる体制を整えること。しっかりと介護技術を身につけさせる訓練をさせていかないと、技能実習生も不幸になりますし、お年寄りも不幸になりますし、そして働く日本人介護スタッフも不幸になります。問題点をクリアにできるためにこの3つは不可欠であると思っています。
荻上 結城さん、ありがとうございました。市川さん、今のお話どう思われましたか。
市川 技能実習の対象職種に介護が加わったのは、大きな転換点だと思います。というのも、これまではものづくりの現場だけだったので、対人サービスの職種は初めてなんですね。対人の仕事においては、スキルが非常に必要なんですけど、それは経験の積み重ねの中で初めて生まれるものです。3年、5年という短いスパンのなかで本当にそのようなスキルが身につくかは、相当注意して見ていかなければならないと思います。
荻上 ただ、これは労働の部分だけに着目してはいけないとも思います。というのも、実習生や留学生が、たとえば日本で家族を作るとか、日本に定住するといったことは想定されていませんよね。労働力だけ供与して帰れ、生活はするな、という設計に見えます。生活しようとして入管によって強制送還され、家族が離れ離れになるケースなども多くあります。
市川 技能実習制度は、一定期間たったら必ず帰国させるという、いわゆるローテーション制度の一種だと言われています。日本の場合は未熟練の外国人労働者に対しては、定住化という道は一切開いておらず、家族を呼び寄せることも認められない。しかし、5年というとかなり長いですよね。その中で家族との深いかかわりが認められないことは、当事者にとってはかなり辛いと思います。違う視点ですが、日本の生産年齢人口(15~64歳)は、少子化の影響で2010年から2030年頃までに少なくとも1300万人以上減るという国立社会保障・人口問題研究所のデータもあります。ですから、定住化、永住化を見据えた外国人の受け入れをしていかないと、日本社会の構造自体が成り立たないものになっていってしまいますね。介護のような職種は、技能実習のようなローテーションではなく、知識や技能を積んだ人はそのまま日本に定住化していってください、という定住化を認めるべき職種ともいえるように思いました。人口減を迎える社会の中で、外国人労働者の新たな可能性を開いていくひとつの方向性になるのかもしれません。
荻上 その辺りの議論で言えば、もう遅過ぎたという感覚もあります。人口が減少するということは、日本語話者が少なくなっていくということですから、日本語を勉強して日本で仕事を得ようという動機付けそのものが提言するわけです。政治家の感覚からすると「日本は魅力的な国だから少しずつ外国人にも開いてあげよう」という思いがあるかもしれませんけど、実態としてはどんどん厳しくなっていくように思います。
市川 魅力のある国とは経済的な側面だけでなく、外国人を包摂して一緒に暮らせる環境が整備されているかどうか、という問題もあると思います。たとえば、子どもが小学校から日本語と外国語を使いながら勉強できる環境があるかどうか。いわば多様性を意識した環境づくりを念頭に置かないと、外国人労働者の受け入れは難しいだろうと思いますね。
先ほども申し上げたように、外国人に関する法律というのは、ざっくりいうと管理するためのものと、共生するためのものがあります。しかし、日本では後者が存在しません。ヘイトスピーチ対策法がようやく今年になって出来ましたが、それ以外に「外国人との共生」という観点からの法律が存在しないことは致命的ですし、日本の大きな欠点だと思います。
荻上 今の状況を踏まえると、「外国人にも門戸を開きましょう」とは胸を張って言えないところがある。人材の問題を語るのであれば、同時に権利の問題、生活の話も含めて議論し、受け入れ態勢を整えなければならない。明らかになっている矛盾点としっかり向き合うことが必要になるということですね。市川さん、ありがとうございました。
プロフィール
出井康博
1965年、岡山県に生まれる。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部卒業。英字紙『日経ウィークリー』記者、米国黒人問題専門のシンクタンク「政治経済研究ジョイント・センター」(ワシントンDC)客員研究員を経て独立。著書に、『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)『松下政経塾とは何か』『長寿大国の虚構―外国人介護士の現場を追う―』(共に新潮社)などがある。
市川正司
弁護士、中央大学法科大学院客員教授(国際人権法)、外国人ローヤリングネットワーク共同代表、放送倫理・番組向上機構(BPO)放送人権委員会委員、元難民審査参与員、東京大学経済学部卒、論文『「外国人労働者」受入れ政策の法的問題点~当面の受入れ策の問題点と中長期的方針について』(「自由と正義」2015年11月号)
荻上チキ
「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。
結城康博
淑徳大学総合福祉学部教授。淑徳大学社会福祉学部社会福祉学科卒業。法政大学大学院修士課程修了(経済学修士)。法政大学大学院博士課程修了(政治学博士)。社会福祉士・介護福祉士・ケアマネジャー。地域包括支援センター及び民間居宅介護支援事業所勤務経験をもつ。専門は、社会保障論、社会福祉学。著書に『日本の介護システム-政策決定過程と現場ニーズの分析(岩波書店2011年)』『国民健康保険(岩波ブックレットNo.787)』(岩波書店、2010年)、『介護入門―親の老後にいくらかかるか?』(ちくま新書、2010年)、『介護の値段―老後を生き抜くコスト』(毎日新聞社、2009年)、『介護―現場からの検証』(岩波新書、2008年)など多数。