2017.02.07
福島第一原発を委ねないという選択――廃炉ラボが挑む6年目の原発
今求められる「廃炉リテラシー」
6年前の3月、東日本大震災の津波をかぶった東京電力福島第一原子力発電所は、原子炉建屋の爆発を起こした。放射性物質が飛散し、一時は16万人以上の住民が避難を余儀なくされた。今もなお約8万人が避難生活を続けてはいるものの、除染が進み、福島第一原発そのものも、ほとんど整備された工事現場のようになっている。
事故当時は馴染みのなかった放射線に関する基礎知識もある程度広まり、荒唐無稽なデマゴーグを真に受けて福島県産農水産物を忌避する人もごく一部にまで落ち着いたように見える。しかし、放射線リテラシーが常識になってきた一方で、福島第一原発の廃炉の実態は我々国民に周知されているとは言えない。
その原因は大きく3つあるようだ。まず1つ目は、原子力発電の構造そのものが科学的に高度で複雑であり、理解が簡単ではないこと。2つ目は、原子力発電そのものの是非をめぐる政治的な対立があること。そして3つ目は、原子力発電所を含む原子力関連施設を生活圏外の見えない場所に追いやり、改めてその構造や課題について考えることなく生きてきた我々現代人の根深い無関心さがあることだ。
今回取り上げる「福島第一原発廃炉独立調査研究プロジェクト」(略称:廃炉ラボ)は、これらの課題に切り込むために、行政機関から独立した立場で福島第一原発を調査し、わかりやすいかたちで情報発信していこうとする取組みである。
これまで廃炉ラボは、廃炉の現状や福島第一原発周辺地域の様子を網羅的に図解した「福島第一原発廃炉図鑑」の発刊を皮切りとして、県内外の大学生向けに福島第一原発構内ツアーや周辺地域視察ツアー、県内外での勉強会などを数多く開催し、廃炉の現状について情報発信してきた。原発が国策として進められてきたという背景や、東京電力を中心とした一部の巨大資本に不信や批判の声が集中している現状において、今回行政機関とも大企業とも無関係の第三者団体が情報発信する廃炉ラボの取り組みを歓迎する声は多い。
本稿では、リーダーの一人である社会学者開沼博さんに取材して、原発・廃炉リテラシーとも呼ぶべき知識と関心とを我々が持つことの意義を考えてみたい。
近代社会に「見て見ぬふり」をされ続けた重要な問題
福島県いわき市で生まれ、東京大学で社会学を学んでいた開沼さんは、2006年から当時誰も注目していなかった原発の研究を始めた。その理由を尋ねると、即座に答えが返ってくる。「本来重要な問題であるはずなのに、重要だとみんなが思わずに見て見ぬふりをしているから」。
戦後の日本は、欧米諸国が目を見張るほどのスピードで復興と経済成長を遂げた。その成長を支え、今日の日本の土台を作ったのは、新潟や福島の発電所からの電力供給だった。一方で、首都圏の経済成長スピードに乗り切れなかった一次産業主体の地方経済は、原発施設を受入れることによって、原発施設での雇用に加え、宿泊施設や小売店などの周辺商業施設ができ、生き延びることができた。
このように歪んだまま安定した都市と地方の関係は、言うまでもなく非常に重大な問題であるはずだ。しかし、そこにはもう1つの近代を象徴する現象が起きている。それは、原発や米軍基地、空港などのいわゆる「迷惑施設」をめぐる問題を視界の外に排除し、それについて強いて考えることをしないままで日常生活を送ることができる近代ならではの心理現象だという。「近代とは何か」というテーマを研究する社会学者である開沼さんが原発に着目したのは自然なことだ。
「これ以上こいつらに任せてはおけない」
開沼さんが、福島の原発立地地域をフィールドワークして修士論文を書き上げ、提出したのは2011年1月。そのわずか2か月後の3月、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故が起きた。
当時、開沼さんにとって尊敬すべき社会学のオーソリティは何人もいた。あの人たちならきっとやってくれるに違いない。事故直後はそう期待をかけた。しかし、熱狂的な集会の中心で彼らが語った言葉は、あまりにも福島の現実とはかけ離れたものだった。開沼さんは耳を疑い、また大きな失望を感じた。
「こいつらにこれ以上マイクを持たせておいたら、大変なことになる」
開沼さんが廃炉ラボを発足するきっかけになった思いの一つは、「自分たち自身の社会が抱える問題を、国や大企業、専門家といった何か「大きな力」に委ねざるを得ない」という状況を打開したい、というものだった。その原動力は、このときの「オーソリティに委ねてはいられない、自分がやるしかないのだ」という体験にあるという。
ネガティブなイメージに対抗するためのファクトを
2011年の5月以降、開沼さんは各地原発のある地域に生活する人たちの現場を取材しはじめた。当時多くの週刊誌などに描かれていたのは「福島から皆が逃げ出している」という画一的でセンセーショナルなイメージばかりだったが、実際の現地の様子はそれほど単純なものではなかった。
南相馬の警戒区域になろうとしている山の中の家に、「もう避難生活は嫌だ」と戻り、ひとりで生活を再開している高齢者もいた。大切なふるさとに戻りたくても戻ることができず、無念の中で日々を生きている人たちもいた。開沼さんは、そんな現地の人ひとりひとりと向き合い、彼らの思いを丁寧に掘り起こして、淡淡と発信していった。しかし、地道な作業を続ける一方、「これではかき消される」という危機感も持った。
「そうは言っても全体を見れば、福島からは次々と人口流出しているんでしょう」というようなイメージに対抗できなければ、当事者の現実がなかったことにされてしまう。唯一有効な方法は、客観的な数字やファクトで語ること。震災後の福島の課題を、誰にでも手に入るオープンデータでわかりやすく伝えること。そんな思いから、量的データで震災後福島の課題を解き明かす書籍「はじめての福島学」を書いた。
「はじめての福島学」では、福島第一原発そのものに直接は触れていない。自分自身がもっと勉強し、日々状況が変わっていく福島第一原発の事態も落ち着くのをもう少し待ちたいという思いもあった。しかし、「最後にして最大のピースが埋まっていない」という感覚がいつも頭から離れなかった。
「福島第一原発に取り組むのはもう少し先だろう」と考えていた開沼さんが、早くも「はじめての福島学」を出版した年の夏に廃炉ラボを発足しようと決意した鍵となったのは、元東電社員で一般社団法人AFWの代表吉川彰浩さんとの出会いだった。当初それぞれ高い志を持って集まってきたはずの人々が少しずついなくなっていく中で、彼ら2人の熱意は冷めることがなかった。
サイエンスを民間の手に取り戻す
福島第一原発の廃炉の実態が我々国民に周知されにくい理由の1つとして、科学的な専門性が高く理解されにくいことを挙げた。前提となる知識が専門的で難しい上、それがないと日々の廃炉関連ニュースがほとんど理解できず、結果として我々の廃炉関連知識のアップデートが非常に遅れているという現状がある。
加えて、東京電力自体が、「情報を隠蔽しているのでは」と批判されることを恐れてか、膨大な量の生情報を日々ホームページなどにアップし続けているため、大小様々なデータに埋もれてしまい、本当に必要な情報が探しにくい。
まずはこの事態を解決すべく、開沼さんたちは「福島第一原発廃炉図鑑」を発刊した。気鋭のデザイナーが手掛けるポップな装丁に加え、漫画「いちえふ」の作者竜田一人の手によるオリジナルイラストや図解が豊富に収録されている。また、福島第一原発をめぐる15の数字を手掛かりにした明快な解説を読み進めることで、廃炉関連のニュースの前提となる知識を無理なく身につけることができる。
基礎知識が人々の間に浸透していないがゆえに議論が混乱するという体験は、開沼さんだけではなく、廃炉ラボメンバー全員が数えきれないほど繰返してきたものでもある。
「そもそもサイエンスとは、行政主導ではなく民間主導で発展してきたはずのものなんです」と開沼さんは指摘する。かつては民間の要請に応じるかたちで透明感をもって進められていたサイエンスが、次第に政治に組み込まれていった極致として原発政策の抱える歪みがあったのならば、サイエンスをもう一度民間の手に取り戻すことは重要な試みであるはずだ、と開沼さんは廃炉ラボの「オープンサイエンス」的な側面を語る。
「ソーシャル系」がからみにくいという実態
福島第一原発の廃炉について知ろうとするとぶつかる壁の2つ目が、原発の存在そのものが孕みやすい政治的対立だ。ここでいう政治的対立とは、右派左派という枠を超えた、イデオロギーの対立を指す。こと廃炉について語るときには、「opinionやjusticeではなくfactやfairnessが重要」と開沼さんは強調する。
しかし現実的には「fact」ではなく、「opinion」や「justice」が語られがちなのが廃炉や原発周辺で交わされる議論の特徴であり、そういった過剰に政治的な状況は、さらにもう一つの問題を生み出している。それは、NPOなどの市民主導団体が活動しにくくなっているという問題だ。
「fact」を軽視した「opinion」や「justice」偏重の政治的言説は往々にしてデマゴーグや似非科学と結びつきやすく、現実的な課題を「fact」として解決しようとする人々の間でのイデオロギーの対立を招くという弊害がある。そのため、他の東日本大震災被災3県の中で、福島は特に県外からのNPOなどいわゆる「ソーシャル系」の支援が少ないというデータがある。楽しみながら、協力者同士の共感を軸にまとまって活動を続けることが継続する上で重要な要素となりやすいソーシャル系の人々にとって、政治的対立構造は避けるべき要素であるからだ。
廃炉とは通常、原子炉施設が運転を終えた後、核燃料を取り出して安全な状態にし、建屋を解体する作業のことを指す。福島第一原発の場合は、ここに事故で融け落ちて原子炉内に残った「デブリ」燃料の取り出しと、放射性物質で汚染された水などの処理が加わるが、開沼さんはさらに「周辺地域の産業やコミュニティの再構築」を廃炉の要件として挙げている。
目に見える廃炉作業が進んでも、人々の間に対立構造が残り、県外NPOの支援もなく、また様々な局面での社会的な合意形成が滞ったままでは、目に見えない最大の要である「人」の復興、つまりコミュニティの再建が難しくなってしまう。
「委ねざるを得ない感覚」からの脱却
廃炉の情報が浸透しない3つ目の要因は、原子力関連施設などのいわゆる「迷惑施設」を日常生活から排除して思考停止する近代社会そのものの普遍的な心理的特徴にある。開沼さんは事故直後の自身の体験から、「委ねざるを得ない感覚」がその傾向をさらに深刻にしていると語る。
開沼さんは廃炉ラボ発足直後から10回以上継続的な福島第一原発構内視察を繰り返しているが、その際に印象的だったのは、まず構内入口にずらりと立ち並ぶナショナルブランドの看板だったという。「あれを見ると、そうだよな、これは政治と巨大資本が結びつく中でしか解決されない問題なんだよな、って痛感するんです」と開沼さんは噛みしめるように言った。
個人が関わろうとしても、あまりに政治的で専門的すぎて、行政や大資本や専門家に「委ねざるを得ない」という感覚。それは事故前から変わらないある種の諦めであり、福島に住む人に限らず、このトップダウン志向の国日本に住む我々誰もが一度は感じたことのある無力感なのではないだろうか。その「委ねざるを得なかった」ものを自らの手に取り戻すことこそ、開沼さんたちが廃炉ラボを発足した大きな動機のひとつだ。
「委ねざるを得なかった」ものを取り戻し、自らが課題解決のプレイヤーになることの効能について、開沼さんは「ローカス・オブ・コントロール」という心理学用語を使って解説する。1966年にロッター博士によって提唱された概念で、何か問題が起きたときにそれを自らが解決できると考えるか、要因も解決も他者に依存するかという思考の傾向の違いのことだ。
困ったことが起きても自分で解決できると考える「内的統制」の認知は、ストレスフルな状況に陥ったときにより楽観的に解決法を探り、近年注目されているストレス耐性「レジリエンス」を身に着けるのにも有効であるという。
一人ひとりが社会を運営するプレイヤーになる
今年、インターネット上で不特定多数に向けて支援を募るクラウドファンディングを使って、廃炉ラボは当初の目標金額100万円をはるかに上回る600万円超の寄付を集めることができた。500円から支援できる形にしたのは、寄付という行為を通じて誰もがプレイヤーとして廃炉に関心を持つ機会にしたいという思いがあったからだ。今年公開予定の動画制作に加えて、福島第一原発の構内をバーチャルリアリティ技術で再現し、手軽に誰でも構内視察ができる仕組みを作りたいと考えている。
廃炉ラボの取り組みは、廃炉の問題だけに留まらず、これまで行政に委ねてきた昨今の社会課題に我々市民がプレイヤーとして参加していくためのロールモデルとなりそうだ。
プロフィール
服部美咲
慶應義塾大学卒。ライター。2018年からはsynodos「福島レポート」(http://fukushima-report.jp/)で、東京電力福島第一原子力発電所事故後の福島の状況についての取材・執筆活動を行う。2021年に著書『東京電力福島第一原発事故から10年の知見 復興する福島の科学と倫理』(丸善出版)を刊行。