2017.08.08
いわゆる『二重国籍』問題――法務省の仕掛けた罠
今年の7月21日に「蓮舫代表の『二重国籍』は問題なし。説明責任は法務省にあり」(2017年7月13日放送TBSラジオ荻上チキ・Session-22)を掲載したが、法務省は完全無視を決め込み、今のところ説明責任を果たしていない。しかし、こうして沈黙を守っているのは、実は法務省が仕掛けたひとつの「罠」ではなかったのか、という問題提起をしたい。また、豪州と日本の法律の違いを無視して、二重国籍の国会議員は辞職が当然というような風潮がまだ見られるので、この点についても説明を補足したい。
法律的な問題の整理
最初に『二重国籍』問題の経緯を整理しておく。
・1967年 蓮舫氏、日本人母と台湾出身の中国人父から生まれる。中国国籍を取得したが、日本国籍は取得せず。
・1985年 日本の国籍法改正。蓮舫氏、経過措置の届出により日本国籍取得。
・2016年9月 蓮舫氏の『二重国籍』問題発覚。中華民国政府から国籍喪失許可を得て、日本の戸籍法上の「外国国籍喪失届」をする。
・2016年10月 「外国国籍喪失届」が不受理となり、法務省の行政指導により、「国籍選択宣言の届出」(国籍選択届)をする。
・2017年7月 自らの戸籍を公開し、「国籍選択届」が受理されたことを明らかにする。他に法務省民事局民事第1課が作成した文書なども公開。
蓮舫氏は繰り返し「台湾籍」という言葉を使い、新聞報道なども「台湾籍」と言うが、これは、台湾が日本の領土であった戦前に、内地戸籍と台湾戸籍の区別があったことの名残りではないだろうか。戦後は、1952年のサンフランシスコ講和条約や日華平和条約の発効により、台湾人は日本国籍を失ったが、外国人登録では「中国国籍」とされていた(注1)。それに先立ち1949年には、中華人民共和国政府が成立していたが、日本は、中華民国を中国の正統政府として承認していた。ところが、1972年の日中国交正常化をきっかけとして、その後は中華人民共和国を中国の正統政府として承認している。
(注1)1998年以降は、地域の名称として「台湾」と記載されるようになったことについては、7月21日付シノドス参照。
たまたま中華民国政府が台湾に移り、今日まで実効的に支配しているから、分かりづらいかもしれないが、法律的には、中国という国家の領土は、大陸と台湾の両方を含み、ふたつの政府のうち、どちらを中国全土の正統政府として承認するのかというのが、「政府承認」と呼ばれる国際法上の問題である。そして、その中国国籍の取得や喪失を、どちらの政府の国籍法により決定するのかという問題が、今生じているのである。
法務省の仕掛けた罠
昨年9月に蓮舫氏が台湾当局に確認したところ、「台湾籍」が残っていることが判明し、国籍喪失許可の申請をしたという会見を開き、その直後、新聞各紙が法務省の見解を報道した。しかし、分かりづらいという印象を与えたようだ。今改めて当時の記事を読んでみると、これは、法務省が仕掛けた罠に嵌ったのだと思う。正確を期すために、当時の記事をそのまま引用する。
・2016年9月15日 日本経済新聞朝刊
台湾出身者に適用せず、中国の法律巡り法務省。
法務省は14日、日本の国籍事務では「台湾の出身者に中国の法律を適用していない」とする見解を発表した。民進党の蓮舫代表代行の「二重国籍」問題を受けたもの。外国籍を取得した時点で中国籍を失う中国の法律を適用する立場にないとした。
・2016年9月16日 毎日新聞朝刊
法務省:台湾出身者には中国法適用なし 見解
法務省は15日、「国籍事務において、台湾出身者の人に中国の法律を適用していない。日本の国籍法が適用される」との見解を明らかにした。報道各社の取材に対し、同省は「台湾は中国として扱う」などと説明していた。こうした点について、同省幹部は「言葉足らずの面があったが、中国の国籍法を日本政府が適用する権限も立場にもない」との見解を強調した。
・2016年9月16日 朝日新聞朝刊
国籍めぐる事務、法務省見解示す
民進党の蓮舫代表の台湾籍で注目を集めた国籍事務について、法務省は15日、記者団に対して「台湾出身者に中国の法律を適用していない」などとする見解を示した。朝日新聞など複数のメディアが法務省への取材に基づき、日本政府は台湾と国交がないため、台湾籍を持つ人に中国の法律が適用されるとの立場をとるなどと報じたため、日本在住の台湾出身者に不安が広がっているとして、法務省はこの日、「言葉が足りなかった」として改めて説明した。
ただ、日本の国籍事務では、台湾を「『中国』として扱っている」とした。
朝日新聞は8日付朝刊で、中国の国籍法の規定を紹介。蓮舫氏の台湾籍について、「中国法に基づけば、日本国籍を取得した85年の時点で、中国籍を喪失したという解釈が成り立つ余地がある」としたが、喪失するかどうかについて法務省は判断しないという。
これらの記事は、台湾と区別する意味で、中華人民共和国のことを「中国」と呼んでいるようであるが、毎日と朝日の記事によれば、やはり7月21日付シノドスで紹介したとおり、法務省から蓮舫サイドに対し、「台湾籍を保持している人は、日本の法律上は中華人民共和国の国民として扱われる」という説明があったことは間違いないようだ。しかし、その先について、当初は「中華人民共和国の国籍法が適用される」と説明していたところ、後にこれを否定したが、「中華民国の国籍法が適用される」とも述べていない。
ところが、翌月には蓮舫氏に国籍選択届をするよう行政指導し(注2)、その届出を受理したということは、蓮舫氏が国籍法14条1項にいう「外国の国籍を有する日本国民」であること、つまり二重国籍者であると判断したことを意味する。この判断は、中華民国の国籍法を適用した場合にしか起こり得ない。
(注2)この行政指導が内容だけでなく、手続的にも問題であることについては、「豪州3例目の二重国籍議員のニュース」参照。
中華民国の国籍法では、1929年の旧法と2000年の現行法のどちらによっても、内政部(内務省)の許可がなければ、中国国籍を喪失することはできない。これに対し、中華人民共和国の国籍法では、外国に定住する中国国民は、自分の意思で外国国籍を取得した時点で、自動的に中国国籍を失う。どちらの政府の国籍法を適用するのかによって、結論が異なるのである。
実は日本の法律でも、自分の意思で外国国籍を取得した日本国民は、自動的に日本国籍を失うから(国籍法11条1項)、中華人民共和国の国籍法を適用したほうが、日本の国籍法と同じような結論になる。それなのに、日本とは異質な中華民国の国籍法を適用した場合にしか認められない「二重国籍」という判断をしたのは、よほど蓮舫氏を二重国籍ということにしたかったのだろうと思ってしまう。
法務省は、自らは「中華民国の国籍法が適用される」とは言わずに、蓮舫サイドやメディア、その他の人々に「蓮舫氏は二重国籍である」と思い込ませる罠を仕掛けたのだろう。つまり人々は、中華人民共和国の国籍法が適用されないのであれば、当然に中華民国の国籍法が適用されると思い込んでしまったのである。
日本の国籍法が適用されるのか?
毎日新聞によれば、「日本の国籍法が適用される」とのことであるが、すべてを日本の国籍法だけによって判断することはできない。国籍選択義務自体は、たしかに日本の国籍法の問題である。また、蓮舫氏が日本国民であるかどうかも、日本の国籍法が決定することであり、それは、1985年の国籍法改正の後、届出により日本国籍を取得したことから明らかだ。しかし、国籍法14条1項に規定された「外国の国籍を有する」かどうかは、日本の法律によるわけにはいかない。法務省は、日本の国籍法のどの規定によって、蓮舫氏が中国国籍を有すると判断したのだろうか。
「人がある国の国籍を有するかどうかは、その国の法律により決定される」、これは1930年の国籍法抵触条約以来、国際法上広く認められてきた原則である。日本の法律が中国国籍の取得や喪失を決定することは、あり得ない。まずは外国の国籍を有するかどうかを当該外国の国籍法により判断し、そのうえで日本の国籍法上の国籍選択義務の有無を判断することになるはずだ。
ところが、昨年10月26日に開催された全国連合戸籍住民基本台帳事務協議会総会の記念講演において、法務省民事局民事第1課長の渡邊ゆり氏は、若干ニュアンスの異なることを述べている(注3)。
日本国籍は日本国内のことですから、親の戸籍をたどっていけばわかるということになりますけれども、外国国籍につきましては、一つ申し上げておく必要があるのは、その人について外国国籍があるかどうかを決めるのは、当たり前のことですけれども、その外国政府だということです。どんな法令を適用して、どんな事実認定をして、外国国籍があるかどうかを判断するのは外国政府ということになります。ですので、日本にいる我々、あるいは行政機関から見て、その方が外国国籍を持っているかどうかということは常に確実に把握できるものではないということはまずお話の前提になります。
(注3)「戸籍行政をめぐる現下の諸問題について」戸籍937号14頁参照。
新聞各紙が報じる「中国の法律を適用していない」という見解は、担当課長のこのような考え方に基づいているようだ。しかし、これを文字通り読めば、法務省は、一切の外国法を適用せず、外国国籍があるかどうかは判断しないことになる。渡邊氏は「常に確実に把握できるものではない」というが、むしろ「一切把握できないから、一切判断しない」と述べたほうが、筋が通っているのではないだろうか。それなのに蓮舫氏のケースについては、中華民国の国籍法を適用した場合にしか認められない「二重国籍」という判断をしている。
毎日と朝日の記事は、さらに「台湾は中国として扱う」という法務省の見解も報じており、とくに朝日新聞は、それなら中華人民共和国の国籍法が適用されるのではないかと追及したが、法務省は判断しないという。実は国籍実務や戸籍実務では、外国法の内容については、外交ルートで当該外国政府に照会してきている。これをもって、自分たちは「判断しない」というのだろう。しかし、その照会に対する外国政府の回答を受けて、最終的には外国の国籍法を適用しているのである。そうでなければ、日本の国籍法上の国籍選択義務の有無は、一切判断できないことになってしまう。
中華人民共和国の国籍法によれば、蓮舫氏が日本国籍の取得と同時に中国国籍を喪失したのは、間違いのないところだろう。つまり「もともと二重国籍ではなかった」ことになるはずだ。しかし、従来の国籍実務にならえば、念のため中華人民共和国政府に外交ルートで照会し、その国籍法の内容を再度確認することなると思われる。今法務省がすべきであるのは、沈黙を守ることではなく、そのような照会をし、中華人民共和国の国籍法の内容を確認したうえで、それを忠実に適用することにある。
二重国籍の国会議員は辞職が当然?
仮に蓮舫氏が二重国籍だったとしても、それを理由に国会議員を辞職するのが当然とは言えない。豪州の2名の上院議員が二重国籍を理由に相次いで辞任し、さらに大臣も辞任したが、議員辞職は裁判所の判断を仰ぐというニュースが日本でも流れた(注4)。しかし、日本の国会議員も同じように辞職すべきだというのは、勇み足である。これは、豪州では、連邦議員の二重国籍を禁止する憲法44条1号の規定があるのに対し、日本では、そのような法律がないからというだけではない。実は豪州憲法のような議員の二重国籍禁止規定は、国際的にみても極めて珍しいのである。
(注4)カナバン資源・北部担当相の辞任については、前掲「豪州3例目の二重国籍議員のニュース」参照。
たとえば、欧州評議会は、欧州連合の加盟国だけでなく、ロシアやトルコなどを含む47か国が加盟し、日本など5か国がオブザーバーとして参加する国際機関であるが、その2000年のレポートは、議員の二重国籍禁止規定の例として、豪州憲法を挙げながらも、その他の例は挙げていない(注5)。なぜメンバー国ではなく、オブザーバーにさえなっていない豪州の例だけを挙げたのだろうか。他国の例は、少なくとも主要国では見当たらなかったからだろう。
(注5)See the Committee of Experts on Nationality, Report on Multiple Nationality, CJ-NA (2000) 13, p. 12.
実質的にみても、豪州憲法が日本の参考になるとは思えない。最初に辞職した2名の上院議員は、「緑の党」という少数政党のリーダー的存在であった。スコット・ラドラム議員は、ニュージーランド生まれだが、子どもの頃に家族と一緒に豪州に移住し帰化した。それによりニュージーランド国籍を喪失したと誤って信じていたケースだ。またラリッサ・ウォーターズ議員は、両親が豪州国民であったが、カナダで生まれてカナダ国籍を取得した。まだ1歳にも満たない頃に豪州へ戻ったが、カナダ国籍が残っていた。
カナバン資源・北部担当相は、祖母がイタリア人だったが、母親や本人はイタリアに行ったこともなく、豪州生まれの豪州国民であった。ところが、母親がイタリア国籍の取得を申請し、同時に当時25歳であった息子の分も申請したというのだ。本人は、自分がイタリア国籍を取得したことを知らなかったと主張している。
これらの人たちがその政治的な資質ではなく、二重国籍であることを見落としていたというだけで、議員職を奪われてよいものなのだろうか。しかも続け様にこれが問題になったということは、今や豪州では二重国籍が政争の具とされていることを窺わせる。日本は豪州を反面教師とすべきであるのに、むしろ見習うべきだという主張があることには、豪州の人たちも驚くだろう。
実は日本でも、1985年の国籍法改正の法案が成立した直後の参議院法務委員会において、国会議員の二重国籍を問題視する質問があったが、当時の法務省民事局長は、次のように答弁している(注6)。
○飯田忠雄君 二重国籍ということは、御承知のように現在日本人であると同時に外国人だと、こういうことですね。日本人と外国人とが同居しているわけなんですが、人間の心というものはなかなか外からわからないんです。日本人と外国人が同居している場合に、その人の心は日本人なのか外国の方を向いているのかはっきりしないでしょう。そういうはっきりしない人が我が国の総理大臣になる、国会議員になるということでいいのかどうか、日本の政治を左右することになることが、それで日本の国家主権は守られるかという問題に関連するんですが、その点はいかがですか。
○政府委員(枇杷田泰助君) 確かに国の重要な地位に立つということは、国の将来をも決めるようなそういう意思決定をする立場にあるわけでございますので、したがいまして、日本の国というものを考え、そして日本の国民全体が連帯意識を持つ、そういうような考え方の強い方が望ましいことは当然だろうと思います。それを二重国籍者であるからといって、当然にそういう考え方がないだろうというふうに一つのパターンを決めて法律上制限をするということまでは必要ないだろう、それは日本国籍を持っておられる方であっても、場合によっては今申し上げましたような点においては十分でないという方もおられるかもしれません。ですから、それは個々の方の問題であって、法律的に一つのパターンを決めて、そしてある資格を奪うというふうなことはいかがなものであろうかというのが現行法の考え方でございます。
(注6)昭和59年8月2日参議院法務委員会会議録第10号18頁参照。
現行の公職選挙法が二重国籍を禁止していないことは、明らかだ。法務省民事局長は、さらに法律の趣旨を丁寧に説明し、二重国籍者だからといって、国会議員の資質に欠けるという「決めつけ」はしないというのだ。
蓮舫氏の場合は、自分の国籍に関する説明が二転三転したことも批判されているので、次のような国会答弁も挙げておこう。これは、国籍法14条1項の国籍選択期間を過ぎた者に対し、法務大臣が催告をすることができるのに(国籍法15条)、なぜそれをしないのかという質問に対し、法務省民事局長が答えたものである(注7)。
○政府参考人(倉吉敬君) 実は今の下でだれが重国籍者なのかというのをもう把握できないわけでございます。そのような状況の中で、たまたま把握した人に催告をするのがいいのかと。もちろん、催告を受ける側は追い詰められるわけですから、どっちかを選択しなければならない、それが本当にいいのかという問題はございます。いや、そんな生ぬるいことでいいのかとか、いろんな御意見はあるわけですけれども、今のところはそういったもろもろの事情を考えて催告をしないということにしております。
(注7)平成20年11月27日参議院法務委員会会議録第5号23頁参照。
この答弁では、そもそも誰が「外国の国籍を有する日本国民」であるのか、誰が国籍選択義務を負っているのかを把握できず、「たまたま把握した人」にだけ催告するのは不公平だから催告をしていないのだという本音が見える。蓮舫氏のケースについて言えば、昨年9月の新聞報道を見ても分かるように、法務省の説明自体が変遷している。「本人が知らないはずはない」というように単純な話ではないのだ。
1967年に蓮舫氏が生まれた当時は、中華民国が中国の正統政府として承認されていたから、その国籍法により中国国籍を取得した。しかし、1985年に届出により日本国籍を取得した時点では、中華人民共和国が承認政府となっていたから、その国籍法により自動的に中国国籍を喪失したのである。すなわち、二重国籍の期間はまったく無かったことになる。
このように「政府承認」が変わることにより、中国国籍の取得や喪失を決める国籍法が異なることを、誰でも知っていると言えるだろうか。蓮舫氏は、たしかに国会議員であるが、弁護士などの法曹資格を有するわけではないし、国籍法の研究者でもない。しかも中華民国と中華人民共和国という外国の法律まで理解していなければ、自分が中国国籍を持っているかどうかを正確に知ることはできないのである。このような状況を自分の身に置き換えて考えることが、今求められている。
プロフィール
奥田安弘
中央大学法科大学院教授、北海道大学名誉教授。1953年生まれ。多数の国籍裁判で意見書を提出し、最高裁で三回勝訴。とくに2008年の国籍法違憲判決は有名。番組のテーマに関係する著書として、明石書店から『家族と国籍――国際化の安定のなかで』を7月20日付けで出版し、同じく明石書店から『国際家族法』、『韓国国籍法の逐条解説』(共著)、『外国人の法律相談チェックマニュアル』、『数字でみる子どもの国籍と在留資格』、『市民のための国籍法・戸籍法入門』、有斐閣から『国籍法と国際親子法』、中央大学出版部から『国籍法・国際家族法の裁判意見書集』、『国際私法・国籍法・家族法資料集―外国の立法と条約』(編訳)など多数の著書がある。