2019.04.15
あらゆる分断を越えて、誰も路頭に迷わせない東京をつくる!
――稲葉さんは現在、クラウドファンディング(https://camp-fire.jp/projects/view/127236)に挑戦中です。最初に現状について教えてください。いま貧困の「かたち」が変化し、多様化しているとのことですが、どのような状況なのでしょうか?
私は1994年から東京都内で路上生活者の支援活動に関わり、今は一般社団法人つくろい東京ファンドという団体で、空き家を活用した生活困窮者への住宅支援に力を入れています。
日本のホームレス問題は、1990年代半ばから2000年代初頭にかけて深刻化しましたが、近年は生活保護を申請して、路上から抜け出す人が増えたため、狭い意味でのホームレス状態にある人の数は減り続けています。
以前はホームレスの人が役所の窓口で相談に行っても、生活保護の申請をさせてもらえずに追い返される、という違法な「水際作戦」が横行していたのですが、2000年代に入り、支援者が法的な知識を身につけて申請に同行するという活動が広がりました。その結果、生活保護の運用が改善され、法律通り、住まいがなくても生活保護を受けられるようになったわけです。私自身もこれまで3000人以上の路上生活者の生活保護申請をサポートしてきました。
――「狭い意味」でのホームレス問題には改善がみられるわけですね。
はい。東京都が毎年2回実施している概数調査では、昨年8月の都内の路上生活者数は1184人となっており、ピーク時の1999年の5798人と比べると、5分の1近くまで減っています。
ただ、この数は日中の目視調査によるものなので、数字が少なめに出る傾向があります。また、路上生活をしている人の中には、仕事をしてお金がある時はネットカフェや24時間営業の飲食店などに泊まっている人も多いため、「ある一日」だけの調査では正確に実態を把握できません。
東京工業大学の学生を中心とする「ARCH」という市民団体では、深夜の独自調査により、都内の路上生活者数を約2250人と推計しています。また、海外での調査結果も踏まえた上で、都内で1年間に1日でも路上生活を経験する人が約24000人、そのうち初めて路上生活を経験する人が年間16000人もいると見積もっています。
――かなりの数ですね。
そうです。東京の街を歩いていて、ダンボールやブルーシートでできた家を見かける機会は少なくなってきましたが、実は人生の中で「今夜、雨露をしのぐ場所を確保できない」という「緊急事態」を経験している人は見かけよりずっと多い、というわけです。
路上生活に陥ったことのある人に話を聞くと、多くの人が「一度は死ぬことを考えた」と言います。そうした緊急時の支援のために、私たちホームレス支援団体が存在しているのですが、各地の支援団体が実施している炊き出しや相談会に集まる人は、ほとんどが中高年の男性なので、女性や若者は行きづらいという声をよく聞きます。また、外国人がホームレスになってしまった場合、言葉の問題もあるので、支援に関する情報にアクセスできないという問題もあります。
――なるほど、ホームレスの人たちのあいだにも、格差があるんですね。女性や若者、外国人はどこに相談に行っているのでしょうか。
それぞれの人たちの専門相談を実施している民間団体に話を聞いてみると、相談現場において「今夜、行き場がない」という状態の人が出会う機会がたびたびあり、団体によっては独自に物件を確保してシェルターを提供したり、ネットカフェやホテル等に泊まるための宿泊費を自腹で出している例が少なくないことがわかってきました。
「ホームレス支援」と銘打っていなくても、実質的にホームレス状態にある人たちを支援している団体がたくさんあるということが見えてきたのです。
その中でも、私にとってショックだったのは、認定NPO法人の難民支援協会(JAR)が数年前から「越冬支援」のための寄付キャンペーンを始めたことでした。
JARは戦乱や迫害などから日本国内に逃れてきた難民を支援している団体ですが、日本では難民申請中の外国人が充分な公的支援を受けられず、頼れる家族や友人もいないため、路上生活となってしまうケースが少なくないと言います。
そこで、JARでは他団体と連携して緊急の宿泊場所を提供したり、ホステル等での宿泊費用を支給するといった緊急支援を実施しているのですが、そのための資金を集めるため、冬の時期に毎年、「越冬支援」のためのキャンペーンを実施するようになりました。
難民の中には、年間通して暖かい国から来た人も多いため、厳しい日本の冬を乗り切るための衣類や宿泊などの緊急支援へのカンパを呼びかける、という内容です。
実は「越冬支援」という言葉は、ホームレス支援業界の専門用語です。その言葉を国内の難民を支援しているNPOが使わざるをえないという現状に、私は大きなショックを受けました。
――日本では難民認定がとても厳しく、数が少ないのに、そんな体たらくなんですね。
もう一つ、ショックだったのは、昨年6月に新宿・歌舞伎町のコインロッカーで乳幼児の遺体が発見された事件でした。
この事件では、ネットカフェで生活をしていた25歳の女性が殺人・死体遺棄容疑で逮捕されましたが、逮捕後、彼女は「ネットカフェの中で出産し、赤ちゃんが声をあげたので殺してしまった」と供述したと報じられています。
この事件が起こった時、私は、居場所のない若者たちの相談支援に取り組む一般社団法人Colabo代表の仁藤夢乃さんに事件をどう考えるか、聞いてみました。
仁藤さんは逮捕された女性について、「彼女には頼れる人や安心して生活できる場所がなかったのではないか、たった一人でどれだけ不安だっただろうかと思いました。妊娠までも孤立困窮していたのかもしれませんし、妊娠後も誰にも相談できずに追い詰められていたのではないか」と語った上で、「彼女に気づいて、声をかけた人はいなかったのだろうか。私も含めた支援者や、誰かが早い段階で彼女に出会い、支援につながれていたら」と、やるせない思いを語ってくれました。
Colaboは、昨年秋から新宿や渋谷の繁華街にマイクロバスを停車させ、そこで食事提供や相談をおこなう「バスカフェ」の活動を開始しました。ネットカフェなどで孤立している彼女のような若者に早い段階で出会い、支援につなげるための活動です。
今年になって「バスカフェ」での相談の様子について仁藤さんに聞くと、「バスカフェ」での相談を通して、行き場のない若者を緊急の宿泊支援につなぐケースが徐々に出てきている、という話でした。
Colaboは独自のシェルターも持っていますが、深夜の相談でシェルターへの移動が困難な場合は、近隣のホテルの部屋を確保して泊まってもらっているそうです。
ただ近年、東京に来る外国人観光客が増えたため、都内のホテルの宿泊費が高騰しています。その結果、宿泊費が団体財政を圧迫する現状になっているとのことでした。
――ホームレス問題のすそ野は思っていた以上に広がってるんですね。
はい。JARやColaboのように、「ホームレス支援」とは縁遠い分野で活動をしていると思われていた団体が、実質的にホームレス状態にある人を支えているという現状を知り、貧困の「かたち」の多様化を痛感しました。
そして、それらの団体が共通して抱えている「緊急宿泊支援のための費用確保」という困りごとを解決する仕組みを作りたいと思ったのが、「東京アンブレラ基金」を設立するきっかけです。
――ほかにも、LGBT、人身取引被害者、原発事故避難者などのあいだにも、ホームレス化がみられるとのことです。
つくろい東京ファンドは、東京の中野区で空き家を活用した個室シェルターを運営しているのですが、そこでLGBTの生活困窮者を受け入れることがあります。
その活動を通して、LGBTの当事者団体の方々とも連携をする機会が増えてきたのですが、お話をうかがってみると、LGBTの若者が家族の偏見や無理解のため、実家から追い出されたり、家出をして、最終的にホームレスになってしまうケースが少なくないことがわかってきました。
生活に困窮した場合には生活保護を申請することができますが、都内の福祉事務所の中は「他に選択肢がないから」という理由で、「相部屋の民間施設に入らないと、生活保護を受けさせない」という対応を取っている自治体もあります。
しかし、集団生活の施設では、LGBTの人に対する他の入所者からのいじめやハラスメントが頻発しています。また、トランスジェンダーの人については、受け入れそのものを断られるケースもあり、結果的に制度から排除されてしまう、という問題があることがわかってきました。
そこで、昨年、当事者団体の関係者が集まって、「LGBTハウジングファーストを考える会・東京」という団体を新たに作り、中野区内でアパートを1室借り上げて専用のシェルターとして運用することにしました。私も相談役として、この事業に協力しています。
今年の1月からシェルターでの受け入れを始め、これまで延べ3名を受け入れてきました。ただ、現段階で部屋は1室のみなので、部屋が埋まっていると受け入れできないケースもあり、対応に苦慮しています。
「東京アンブレラ基金」では、事前に登録をしていただいた協働団体が相談者に宿泊用のネットカフェ代やホテル代などを支給する際、1人1泊あたり3000円を補助する仕組みを作ります。このプログラムが始まれば、シェルターが空いていない時でも、当面の宿泊費を支援することができるようになります。
――人身取引と聞くと、海外の話かなと思いがちですが、日本の状況はどのようなものなのでしょうか?
「人身取引」は、日本ではあまりなじみのない言葉だと思いますが、搾取を目的として、暴力や脅し、騙しなどの手段を使って、売春や風俗店勤務、労働などを強要する犯罪行為を指しています。日本でも、国籍、年齢、性別問わず、さまざまな人が被害に巻き込まれており、年間数十人が保護されています。
NPO法人の人身取引被害者センター・ライトハウスは、この問題に早くから取り組んできた団体で、日本でも蔓延する人身取引や商業的性的搾取を目的とした女性や子どもへの暴力をなくすことをめざして、被害者の支援や広報啓発活動などを行なっています。
風俗店などから逃れてきた被害者を緊急に保護することも少なくないそうですが、着の身着のままで逃げてきた人の安全を確保するため、緊急の宿泊支援を必要とするケースもあり、今回、「東京アンブレラ基金」に参加することになりました。
東京を中心に原発事故避難者の相談支援に取り組んでいる「避難の協同センター」も、「東京アンブレラ基金」に参加しています。
2012年に制定された「原発事故子ども・被災者支援法」では、「居住」、「避難」、「帰還」の選択を被災者が自らの意思でおこなうことができるよう、国が住宅などの支援を実施すると定めています。
しかし、この法律は骨抜きにされ、実際には国と福島県による「帰還」一辺倒の政策が進められています。区域外からの避難者への住宅無償提供は、2017年3月末に打ち切られ、その後も家賃補助などの住宅支援は徐々に縮小。今年3月末には国家公務員住宅の提供が打ち切られました。
「避難の協同センター」は、生活に困窮して家賃の支払いが難しい、所持金がつきた、生活保護を申請せざるをえないといった避難者からの生活相談に対応しており、ホームレス状態になってしまった避難者もこれまで3人いたと言います。
「東京アンブレラ基金」は、避難者が路上生活になってしまうという最悪の事態を避けるために活用されることになります。
――しかし、社会では「自己責任」言説が強く、なかなかこうした活動に共感が得にくい環境かと思います。
昨年8月、自民党の杉田水脈議員が「新潮45」で「LGBTは生産性がない」という趣旨の文章を寄稿し、大きな批判を浴びました。
一昨年9月には麻生太郎副総理が北朝鮮情勢に関連して「武装難民が来たら射殺か」と、難民とテロリストを同一視する暴言を吐きました。
麻生副総理は昨年10月にも記者会見の場で、「自分で飲み倒して、運動も全然しない人の医療費を、健康に努力している俺が払うのはあほらしい」という知人の言葉を引用した上で「いいことを言う」と発言しました。彼は繰り返し、医療に自己責任論を持ち込む発言をしていますが、こうした発想は「自業自得の人工透析患者は殺せ」という長谷川豊(今年夏の参議院選に日本維新の会から出馬予定)の暴言にも通じるものだと思います。
――そうした状況に対して、稲葉さんはアクションを起こされていましたね。
はい。政治家が特定の人たちに対して、マイナスのレッテル貼りをおこない、差別やヘイトを扇動するという事態に危機感を感じ、昨年、私はLGBTの当事者や、難病・障害を抱える人たちの当事者や支援者、外国人の支援団体関係者らとともに、「政治から差別発言をなくすために私たちがすべきことは?」という院内集会を開催しました。集会には与野党の国会議員も参加してくれました。
政治家やヘイトスピーチ団体がまき散らす差別やヘイトは、日本社会にさまざまなレベルでの分断を招いていますが、それは貧困問題にも影響を与えています。
それが最も顕著なのは、外国人の生活保護問題です。
厚生労働省は、生活保護を利用できる外国人を永住者、日本人の配偶者、定住者など、活動に制限を受けない在留資格を持っている人に限定しています。
しかも、外国人への生活保護は生活保護法を「準用」するという形で実施しているため、日本人には権利として認められている不服審査請求をすることができません。
このように「最後のセーフティネット」である生活保護の利用において、外国人は明らかに差別されています。しかし、ヘイトスピーチ団体は在日外国人へのヘイトを煽るため、事実を真逆にして、外国人の生活保護が「特権」として優遇されているというデマを流し続けています。
その中には、私たちが取り組んできた「水際作戦」の問題を引き合いに出し、「外国人が生活保護を悪用するから、日本人が生活保護を使えなくなる」といった悪質なデマを流している団体もあります。
これは最も悪質な分断の例ですが、そこまで明確な悪意はないものの、貧困対策に分断をもちこむ言説は他の問題についても散見されます。
――おっしゃる分断の問題は深刻です。
例えば、子どもの貧困対策について、「高齢者の社会保障を削って子どもに回せ」と主張する人が出てくるようになりました。
子どもの貧困対策を1ミリでも前に進めたいという善意から、「大人の貧困については自己責任と考えている人が多いので、なかなか共感を得られない。そのため、子どもの貧困問題は大人と切り離して議論した方が良い」と言う人もいます。これも結果的に分断を生みかねない言説だと思います。
貧困対策を進める上で、世代や国籍、SOGI(性的指向・性自認)などの違いを踏まえることはとても重要ですが、お互いの違いを踏まえつつ、人々を分断させる言説に警戒していく必要があると私は考えています。
私は、生存権を含む基本的人権の保障は「ゼロサムゲーム」ではないと考えています。あるカテゴリーの人々への支援が充実し、生活を保障する水準が高まることは、社会全体の生存権保障のレベルを底上げすることになります。
「東京アンブレラ基金」では、さまざまな分野で活動をしている団体が連携をすることで、「分断を越えて、誰も路頭に迷わせない東京をつくる」というメッセージを発信していきたいと考えています。
――8団体共同で東京アンブレラ基金を立ち上げられるとのことですが、どのような活動をしていく予定なのでしょうか?
「東京アンブレラ基金」設立に向けたクラウドファンディングは、6月15日まで行いますが、各団体が実施する緊急宿泊支援に1人あたり1泊3000円を補助するプログラムは4月27日から前倒しで開始します。
4月27日はゴールデンウィークの連休の初日です。今年のゴールデンウィークは新天皇の即位の影響で、10連休になっており、仕事が長期の休みになる職場も少なくありません。
これにより、ふだん日払いや週払い仕事に就きながら、ネットカフェ等で生活をしている非正規労働者の中から、仕事が減って宿泊費が払えなくなり、路上生活になってしまう人が続出するのではないかと懸念しています。
その10連休問題への対策として、「基金」の前倒し運用を始めます。
「基金」は、つくろい東京ファンドが運営し、各協働団体が支払うネットカフェ代やホテル代の一部を補助しますが、その際、各団体から支援対象者に関するデータを個人情報保護に差し障りのない範囲で提供していただきます。
それを「ARCH」の研究者の皆さんとともに分析をし、東京における住居喪失者の全体像を明らかにしていきます。将来的には政策提言にもつなげられればと考えています。
また、個人的には「東京アンブレラ基金」の活動を通して、東京という街のありようを考え、発信していきたいという思いがあります。
日本社会で起こっている分断や異なる他者への排除は、欧米でも深刻化しています。
アメリカはもともと移民国家としての歴史を持ちますが、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ大統領が就任して以降、移民に対して厳しい政策が採られるようになりました。
トランプは、一部の不法移民は「人ではなく動物である」と差別を煽り、「これまでにない早さでアメリカから追い出している」と成果を誇っています。
こうした移民排除の動きに対して抵抗しているのが、不法移民に寛容な政策をとってきたニューヨーク、ロサンゼルスなど「サンクチュアリー・シティ(聖域都市)」と呼ばれる大都市です。これらの都市や一部の州は、不法移民を拘束し、国外退去させるよう求める大統領令に対して裁判闘争まで行ない、抵抗し続けています。
その抵抗を支えているのは、都市とは本来、多様な人々によって作られる場であるとする市民意識ではないか、と私は考えています。
ニューヨークであれば、多様な人々と共生をしてきた「ニューヨーカー」としてのアイデンティティが、偏狭なナショナリズムを越える形で存在しているのではないか、と思うのです。
日本では、今年4月1日から外国人労働者の受け入れが拡大されましたが、政府はあくまで「移民政策ではない」という建前を言い続けています。
外国から働きに来る人々は「外国人材」と呼ばれ、彼ら彼女らの「ひと」としての生活をどう支え、人権を保障するのか、という議論は煮詰まらないままです。
このままでは、日本社会の分断はさらに進みかねないという危機感を私は抱いています。
「誰も路頭に迷わせない東京をつくる」という「東京アンブレラ基金」の試みをとおして、東京という街の多様性を確認し、分断を越えて多様な人々との共生をめざす「東京人」としての市民意識を醸成するきっかけにできないか。
差別と排除を煽る自国民第一主義を越える道を東京から発信できないか。
そんなことも視野に入れながら、プロジェクトを進めていきたいと思います。
◆ぜひ東京アンブレラ基金を応援してください!
プロフィール
稲葉剛
1969年広島県生まれ。一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。立教大学特任准教授。著書に『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために―野宿の人びととともに歩んだ20年』(エディマン、2014年)、『生活保護から考える』(岩波新書、2013年)、『ハウジングプア』(山吹書店、2009年)など。