2021.03.13
非常事態宣言は再再延長すべきか――自粛の強者、自粛の弱者
1.背景:ゴールポストの移動と世論の延長支持
2021年3月7日、一都3県の非常事態宣言が再度延長された。2月初めの延長に続く2回目の延長である。
この延長は一部で驚きをもって受け取られた。なぜなら当初予定された解除条件は、ステージ3まで下がること、あるいは、新規感染者数が500人を下回るまでとされており【注1】、これはすでに達成されていたからである。現在ではステージ2まで下げることを目指せという声があがり、東京都は解除条件として新規感染者数が140人以下になることを打ち出した【注2】。いわばゴールに達したところでゴールポストを動かしたことになる。
これについてはいろいろな理由づけがされているが、政治的に最大の理由は世論が延長を支持していることであろう。新聞社の世論調査では、延長を支持するとの答えが8割に達しており、解除を求める声を圧倒している【注3】。この点は、少し状況が改善すると解除を求めてデモが起こる欧米とは状況が大きく異なる。8割もの支持があればそれに応えるのは政治家として当然であり、実際、延長後に菅総理の支持率は少し上昇した。
本稿の目的はこの8割の支持の中身を腑分けし、実態を明らかにすることである。新聞社のアンケート調査は全国民の代表性はあるが、その代償として簡単なことしか聞けないため、詳細分析にまで立ち入れない。本稿ではアンケート調査でこれを試みる。結論は次の4点にまとめられる。
1.延長を求める声が強いのは会社員、その配偶者、高齢者である。いずれも自粛のダメージが少ない人、すなわち自粛の強者である。
2.解除を求める声が見られるのは、学生、自由業、エンタメ・スポーツ関係者である。いずれも自粛から受けるダメージの大きい自粛の弱者である。
3.数の上では自粛の強者が多いので、世論調査では延長支持が圧倒的多数となる。しかしそれに従うことが社会として望ましいかどうかには疑問がある。
4.補足:テレビを見る人ほど延長を支持するので、テレビがコロナの危険性を強調して宣言延長を促した可能性がある。
2.調査概要:8割は延長支持
調査は2021年3月8日夜から9日にかけて実施した。時期的には延長の直後である。サンプルはウェブモニター会社の登録者の中で関東地方に住む20歳から59歳までの男女1202人である(調査会社はSurveroid社)。男女と年齢別に分けて均等割り付けを行った。集計に当たっては地域別ならびに年齢別の人口構成比にあうように補正を行っている。サンプル募集にあたっては、バイアスをさけるために「最近の社会風潮について」として募集した。
まず、緊急事態宣言についての見解を尋ねた。用意したのは次の問いである。
問:今回の一都3府県の2週間の非常事態宣言の延長についてあなた自身はどう思いますか? 以下からあなたの考えに最も近いものを選んでください
1.これでは不十分で、もっと長く延長すべきだ
2.この延長で妥当だ
3.延長せずここで解除したほうがよかった
4.そもそも2月初めに解除しても良かった
1と2が延長支持で、3と4が解除支持である。図1の青のバーが集計結果で、延長支持があわせて79.7%となり、8割が延長に賛同という新聞報道の調査結果と同じ結果が得られる。赤のバーは、新聞調査が全国でかつ全年齢なので、これとの整合性を見るために、今回のサンプルデータから全国・全年齢の結果を推測したものである。やはり同じような結果が得られている。8割が延長支持という結果は間違いないだろう。
図1
以下では、便宜的に1,2を選んだ人を延長派、3,4を選んだ人を解除派と呼び、それぞれの特性を見ていくことにする。延長派は79.7%、解除派は20.3%存在する。延長派と解除派とはどういう人たちなのであろうか。
2.延長派は高齢者と会社員、解除派は学生と自由業
まず、地域別に見てみる。地域は東京都、1都3県(神奈川、千葉、埼玉)、それ以外(茨城、栃木、群馬)の3通りに分けて見た。図2がその結果で、赤が延長派、青が解除派の比率である。これを見ると解除派が多いのは1都3県である。解除派は東京では24.4%と4人に一人いるが、茨城・栃木・群馬では15.5%で6~7人に一人に減っている。
考えて見ると緊急事態宣言で経済あるいは社会生活にダメージを受けているのは1都3県の住人なので、その住人に解除を望む人が多くなるのは自然である。それ以外の地域の人は宣言でダメージを受けているわけではないので、延長を望むだろう。1都3県の問題で世論を問う時、全国規模の世論調査を行うことには疑問がある。
図2
次に年齢別に見てみよう。図3がそれで横軸に20代から50代まで4段階で区分した。これを見ると、明らかに解除派は若年層に、延長派は中高年に多い。50代では延長派が83.4%で、解除派は16.6%しかいないが、20代の若年層になると、延長派は67.1%、解除派32.9%とかなり接近してくる。
図3
高齢者が延長派なのは、コロナの死者に圧倒的に高齢者が多いことを考えると自然である。この調査は59歳までしかカバーしていないが、60代、70代になるとこの傾向はさらに強まるだろう。特に引退して年金暮らしになると、自粛に伴う経済的ダメージが無いため延長をためらう理由が無い。少しでも不安があれば延長を支持するのは自然な心理である。
一方、若年層に解除派が見られるのは、自分たちのリスクが少ないことに加えて、若年層はもともと活発に活動するものなので、緊急事態宣言での行動制限により心理的あるいは社会生活上の不満が大きいという面があるだろう。現在、若年層が主役であるエンタメ、スポーツ等の活動は大幅に抑制されている。
図4は職業別である。職業別では差が大きい。最大で25%ポイントの差が生じており、人々の意見が職業ごとに割れていることが分かる。一番解除派が多いのは学生である。学生の場合、40.5%が解除派であり。延長派の59.5%に迫っている。すでに述べたように学生は自身のリスクが少ないことに加え、青春につきもののさまざまの活動をしたい年代にあたり、それゆえ解除を望んでいると考えられる。ついで自由業に解除派が多い。自由業は政府の休業補償措置が届きにくく、経済的ダメージが大きいためと考えられる。公務員に意外に解除派が多いが、理由はわからない。
図4
延長派が多いのは会社員と専業主婦である。これは、現状、企業倒産がまだひろがっていないため、会社員の生活には大きな経済的ダメージが無いためであろう。専業主婦も配偶者が会社員であることが多いとすれば同様である。自営業者にも意外に延長派がいるが、これは休業補償措置がある程度効果をあげているからかもしれない。最近、一部のごく小規模の飲食店では休業補償でむしろ黒字が出たという報道もなされている【注4】。
しばしばメディアなどで話題になる特殊な属性のケースも見ておこう。例えば医療関係者やエンタメ産業関係者、そして高齢者と同居している人等である。図5はこのような特別な属性のある人とそうでない人を分けた時の結果を示したものである。
図5
図で示したのは延長派の比率で、たとえば左端の保健所関係者では延長支持派が88.9%で、そうでない人の79.6%より10%ポイント程度延長支持が多いことを示している。保健所のひっ迫を知る人は延長をより強く支持するからと考えられる。医療関係者、また高齢者と同居している人でも延長支持が大きく増えている。
逆に延長支持が減るのは、スポーツ関連、あるいはエンタメ関連の仕事をしている人である。特にスポーツでは10%ポイント近く延長派が減っている。スポーツとエンタメ産業は経済的ダメージが大きく、また飲食店や小売店と違って政府の休業補償措置が届きにくいからと考えられる。
3.マスメディア視聴者は延長支持、ネットメディア利用者は解除・延長が拮抗
次にメディアの影響を見てみよう。延長すべきか解除すべきかを考える時、人々はメディアから情報を得て判断を下していると考えられる。その影響を見て見よう。
図6はテレビのニュース、テレビのワイドショー、そして新聞をどれくらい見るかによって回答者を分けて見た場合である。横軸はそのメディアの利用頻度で、一番左の「ほとんど見ない」から右端の「ほぼ毎日」まで、右に行くほどそのメディアを良く見ている。縦軸は延長支持者の割合である。
図6
これを見るとテレビのニュース、ワイドショー、新聞、いずれでも傾向として右上がりであり、視聴頻度が増えるほど延長支持派が増えている。特にテレビのニュースでは、ほとんど見ない人では延長支持は67・9%であるのに、ほぼ毎日見る人では83.2%にまで増加する。マスメディアでは常にコロナの危険と警戒の必要性を伝えており、それが人々の意見に反映されたと見ることができる。
一方、図7はネットメディアのケースである。ネットメディアとしてはツイッター、フェイスブック、そしてブログやネット上の雑誌などの3種類を取り上げた。この図を見るとマスメディアと異なり、右上がりの傾向は見られない。せいぜい横ばいであり、フェイスブックではむしろ右下がりの傾向すら見てとれる。マスメディアとの違いは著しい。
図7
これはネット上には、コロナについて危険を訴える情報ばかりではなく、逆に現状は過剰反応だという情報も流れていたからと考えられる。たとえば、日本の感染者数は欧米諸国よりひとケタ以上低く、実効再生産数Rも1近辺に留まっている。非常事態宣言の効果が出る以前から感染者数は減少しているので、宣言が無くても感染者数はさがっていた。超過死亡数はすでにマイナスで感染対策は“やりすぎ”ですらある、等々である。
これらの見解はいずれも現状を過剰反応と見る意見で、ネット上では見かけるが、マスメディアに取り上げられることは無い。ネット上では危険を訴える論調と過剰反応だという論調が両方あり、その両者に接しているために図7は右上がりにならなかったと考えられる。
逆に言えば、現在の8割の延長支持の世論を作り出すうえで、テレビなどのマスメディアが一定の影響を与えた可能性は高い。特に高齢者はマスメディアの主たる利用層であり、元々コロナに不安を感じやすい人々である。彼らがマスメディアを見ることでさらに不安を募らせることになったと考えられる。
なお、図には示さないが、LINEのユーザも延長支持者が多い傾向がある。LINEはマスメディアでもネットメディアでもなく、いわば友人間の口コミメディアである。マスメディアで危険情報を得て警戒心を強めた個人が、LINEの口コミでそれを広げているという姿が想定される
最後に参考のためにロジット重回帰をして他の変数の影響を取り除いた時の効果も見ておく。表1がその結果で、被説明変数は延長支持で、係数はその比率への限界効果である。たとえば年齢の係数は0.0038なので、10歳年をとると0.038だけ延長支持が増える、すなわち3.8%ポイントだけ延長を支持する人が増えることを意味する。1都3県居住者では6.25%ポイント解除派が増え、高齢者と同居する人では9.16%ポイント延長支持者が増える。テレビ視聴は5段階評価なので、ほぼ毎日見る人はほとんど見ない人より0.03×5=15%ポイント延長支持者が多い。フェイスブックを毎日使う人は使わない人より0.0189×5=9.45%ポイントだけ解除派が増える。
表1
4.将来:解除か再再延長か
再延長はすでに決まったことである。では2週間後はどうなるだろうか。東京都は解除の条件として新規感染者が140人まで下がることをあげているが、執筆時点では300人程度横ばいが続いており、140人が達成可能かどうかは疑問である。もし140人以下にならなかったら再再延長するべきだろうか。これについても尋ねてみた。問いは以下のとおりである。
問 東京都は新規感染者が140人以下になったら解除するという基準を考えています。図でわかるように現在は300人程度で横ばいです(感染者数の推移の図を掲示)。あなたは今から2週間後に140人以下にならずあいかわらず300人程度だった場合、どのようにすべきだと思いますか。あなた自身のお考えで選んでください。
1.再度延長する
2.もう解除する
結果は再度延長するが68.3%、もう解除するが31.7%であった。比率にして7対3であり、図1での延長派と解除派の比率8対2と比べると解除派が増える。しかし、それでも延長派が多数派ではある。政治家は再再延長する誘惑にかられるだろう。
ただし、すでに見てきたとおり、属性による差は大きい。一例として、この再再延長についての問いの答えを職業別に見てみよう。その結果が図8である。学生と自由業では「もう解除する」が半分に達し、「再度延長する」と同じ程度になることがわかる。ここにきて、ついに意見は拮抗する。
図8
以上の結果を踏まえ、2週間後の解除・延長についてどう考えるかは人によりさまざまであろう。延長が多数意見であるのなら延長すべきという考え方もあろう。特に支持率を気にする政治家にはその誘惑は強いだろう。
しかし、別の考え方もありうる。ここまでの分析が示しているのは、延長に賛成するのは自粛の強者だということである。すなわち緊急事態宣言などで経済活動・社会活動に自粛を強いられてもあまり痛みを感じない人々である。会社員とその配偶者は、勤務先が倒産しない限りはしのげる。高齢者もコロナという病気自体に対しては弱者であるが、自粛に関しては強者である。特に年金暮らしであれば経済的ダメージは無く、自粛が継続しても直接のマイナスは無い。。
これに対し、学生、自由業、スポーツエンタメ関係者は、自粛の弱者である。自由業、スポーツエンタメ関係者は経済ダメージが大きく、補償金もなかなか届かない。さらに最大の弱者は若年層、特に学生である。いまの中学生、高校生、大学生はまっとうな学生生活をおくれていない。部活は中止、食事中の会話禁止で、友達同士の交流も制限される。人間形成の重要な時期に家に閉じこもるマイナスは測りしれない。友と語らい、腕を組み、恋をささやく学生生活が奪われてしまう。学生と若年層で解除派が増えるのは、この苦しみ・寂しさゆえの叫びと考えられる。
しかし、数の上では自粛の強者の方が圧倒的に多い。会社員とその配偶者、高齢者の方が学生、自由業、スポーツエンタメ関係者を合わせたよりもずっと多いからである。特に高齢者の数は圧倒的である。自粛の強者が圧倒的に多い以上、世論調査をすれば延長して自粛継続を支持する人が8割を占めるのは当たり前である。
けれども、政治がその世論にそのまま乗って良いのだろうか。政治は弱者に配慮するものだったはずである。高齢者の一角に手が届く筆者の私見を述べれば、現在の政治は自粛の弱者たる若年層への配慮が足りないように見える。なるほど我々高齢者はコロナという病気に関しては弱者ではあるが、ある程度は自分の身を自分で守ることはできる。外に出なければよいのである。それよりはかけがえのない今という時間を奪われる若年層に配慮すべきではないか。
高齢者にとっては1ヶ月や2カ月、あるいは半年というのは大した時間ではない。基本的に毎年同じように時間が流れているからである。しかし、若年層は異なる。今という時は二度とは戻らない。高校2年なら高校2年という時期は二度とは戻らない。その学年で、あるいは年齢でやっておかなければ二度とできないことはたくさんある。それが宣言延長により、また自粛継続により失われていく。年寄りのために若者が犠牲になる必要はないという言葉が浮かんでくるのは私だけであろうか。
【注1】日経新聞 2021年1月6日「緊急事態宣言発令へ、解除の条件は?」には寄れば一人あたり新規感染者数が500人以下とある。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODG059LF0V00C21A1000000/
また、NHKニュース2021年1月22日「政府分科会 尾身会長「緊急事態宣言解除に3つの条件」では感染状況が『ステージ3』まで下がることとされている。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210122/k10012829121000.html
【注2】日経新聞 2021年3月5日「東京都、宣言解除へ数値目標「新規感染140人」」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODG052O20V00C21A3000000/
【注3】読売新聞 2021/03/07 「緊急事態再延長「評価」78%…読売世論調査」
https://www.yomiuri.co.jp/election/yoron-chosa/20210307-OYT1T50191/
【注4】なお、パート・アルバイトに延長派が多いのは意外に思えるかもしれない。一つの可能な解釈は、ここでのパートアルバイトは、主たる生計の糧としてのパートアルバイトではなく(その場合は自粛の経済的ダメージは大きい)、生計は別途確保されていたうえでのパートアルバイトだという可能性である。たとえば家庭の主婦のパートである。
プロフィール
田中辰雄
東京大学経済学部大学院卒、コロンビア大学客員研究員を経て、現在横浜商科大学教授兼国際大学GLOCOM主幹研究員。著書に『ネット炎上の研究』(共著)勁草書房、『ネットは社会を