2025.01.30

なぜ、「移住婚」は炎上したのか? 地方創生2.0に向けて再考する地方移住政策の現状と課題

伊藤将人 地域社会学、地域政策学、モビリティーズ・スタディーズ

社会

炎上した「移住婚」

「地方の人と結婚して、東京23区から移り住んだら支援金がもらえるらしい」[注1]

こう聞いたら、あなたはどう思うだろうか。優れた地方の人口減少対策だと思うか、最近流行りの行政による婚活支援だと思うか、それとも、女性の結婚を誘導するあまりいい気のしない取り組みだと思うか。

2024年8月、政府は東京23区に在住・通勤している未婚の女性が、結婚のために地方移住する「移住婚」に対して、自治体から60万円の支援金を出す制度を検討していることを公表し、炎上した。3日ほどで撤回された制度案に対してSNSでは、「性別で分けることは不公平だ」「たった60万円の補助で東京から出て結婚すると思うか」「目の前にお金をちらつかせたら、国民が思い通りになると思われているみたい」などと多くの疑問と批判の声があがった[注2]。

内閣官房の参事官補佐は、女性に絞った背景について、「不公平との批判もあるが、何かしら手を打たなければならないと考えている。地方への移住を考える女性の後押しとなるようにしたい」と答えた[注3]。回答からも分かる通り、移住婚の背景には女性や若者が流出する地方の現状を打破するために、地方創生の一環として取り組もうとした側面があった。

一つ補足しておくと、地方移住と結婚促進を掛け合わせた取り組み自体は、いまに始まったことではない。古くは、過疎化に伴う農業後継青年の花嫁不足を背景に、1970年代から長野県などで断続的にみられた[注4]。しかし、国と自治体が連携して、都市部から地方に移住を希望する独身者に対し、結婚相手と移住先を同時に見つけることを支援する取り組みは近年になって登場したものである。特に、新型コロナウイルスの感染拡大に伴いテレワークが普及し、オンラインの移住や結婚相談体制が拡充したことで活発化した。施策の傾向としては、自治体単独ではなく、婚活支援を軸とする専門の事業者と連携して行うケースが多い。

移住婚への興味関心と実態

では、そもそも「地方移住を機に結婚する」「結婚を機に地方移住する」ことにはニーズがあるのだろうか。また、これまでに移住婚を推進してきた取り組みは、一体どの程度の成果を収めてきたのだろうか。各種調査や統計をもとにみてみよう。

婚活やウェディング事業を展開するタメニー株式会社が、25から45歳の未婚男女1,408人を対象に移住婚への関心について調査した結果によれば、「移住婚に興味ある」人は23.0%、「移住婚に興味ない」人が76.6%となっている[注5]。さらに、「興味ある」と回答した23.0%のうち、希望の移住先が既にある回答者は僅か5.7%に留まっている。

では、婚活に関心がある層ではどうだろか。日本最大級の婚活ポータルサイト「オミカレ」が、女性会員946人を対象に実施した調査によれば、地方都市への引っ越しを伴う婚活に「とても興味ある」人は7.5%、「少し興味ある」人は31.3%であった[注6]。なお、この質問では対象を地方都市に限定しているため、農山村など非地方都市も含めた場合には、興味がある回答者の割合は低くなる可能性が高い。

実際に地方への移住経験がある人の実態もみてみよう。総務省が過疎地域への転居経験がある人を対象にした調査結果によれば、都市部からの転居の際、結婚もしくは離婚が転居のタイミングとなった人は12.1%であった。また、移住前の居住地に関係なく移住経験者のうち、結婚もしくは離婚が転居のきっかけとなった人は、男性が8.4%、女性は24.2%であり、移住と結婚・離婚の関連性には男女間で大きな差があることが明らかになっている[注7]。

最後に、移住婚を促進する民間団体や自治体の成果を確認してみよう。移住婚をいち早く提唱し、自治体と連携した移住婚促進に取り組んできた一般社団法人日本婚活支援協会は、2020年8月の募集開始から2024年3月末までに、全国8道府県の受け入れ自治体に合計1,087名の移住・結婚希望者を紹介、これまで20組以上の交際進展カップルが誕生したと発表している[注8]。20組“も”と解釈するか、20組“しか”と解釈するかは人それぞれだが、2024年1月時点の全国の転入者数が483万1,852人であることを鑑みると、マクロなレベルでは全く人口動態に影響を与えていないことがわかる。

これらの調査結果をまとめると、婚活実施者の間で移住婚への興味関心は一定程度あることがうかがえる。一方で、実際に結婚を機に移住するケースや、移住婚支援を活用して交際・結婚に至るケースは、ごく僅かであるという実態もみえてくる。

移住+結婚という二重の介入をめぐる論点

ここまでみてきたうえで、筆者は、国や自治体による移住婚の促進は政策として問題が多く、実態を踏まえ論点を整理したうえで、それでも行う必要があると説得力をもって主張できるのであれば行うべきだが、基本的には行政が強く介入するべきではないという立場を取る。それは、なぜか。以下、移住婚をめぐる2つの論点を提示したい。

1.果たして、人々は移住婚への支援を求めているのか?

一つ目の課題は、移住婚支援へのニーズの有無である。

一例として、宮古島市の事例をみてみよう。宮古島市が、少子化対策と若年層の移住定住促進を目的に実施した「結婚新生活支援事業」では、2023年度の申請件数は想定していた155世帯を大きく下回る51件(交付決定は47件)であった[注9]。期待と成果が一致しないこのような結果は、宮古島市のみならず他の自治体でも散見される。

要因としては、制度の周知不足、手続きの複雑さへの懸念、ニーズの少なさなどがあると考えられる。自治体が「移住」と「結婚」をダブルで促進したいという一石二鳥思考で事業を実施しても、人口減少、少子高齢化の時代にあり、日々の仕事や生活で忙しない中で制度を実際に利用する人は限られる。

課題は、移住婚の促進に取り組む自治体が近年増えている一方で、実態を把握するための調査や政策効果の評価を行っている自治体は管見の限りほとんどないということである。そして、前述の通り、移住婚をめぐる調査結果を概観してみても、説得力をもって移住婚の促進が必要であると言えるほどのエビデンスは現状無い。EBPM(エビデンスに基づく政策立案)が求められる時代だからこそ、移住婚支援を望む人がどれだけいるのかを、正しく把握する必要があるだろう。

2.個人の二重の選択に、国や自治体はどこまで介入すべきなのか?

二つ目の課題は、個人の選択である移住と結婚の促進・支援に、自治体がどこまで介入すべきかという点である。

前提として、国がある種の餌を与えて人の移動に関わることに根本的な議論もなく、平然と手を突っ込むのは非常に前近代的である[注10]。移住婚の良し悪しを語る前に、私たちは「行政が国民の移動に、どこまで介入/誘導してよいのか」という点を、今一度議論すべきだろう[注11]。 

移住婚の促進は政策的な移住促進の一形態であるが、同時にいわゆる「官製婚活」の一形態でもある。官製婚活とは、国や自治体が政策的に行う結婚支援事業であり、行政による婚活イベントやマッチングアプリの開発、婚活に対する金銭的支援などが該当する。

官製婚活は今や地方移住政策と同様に、当然のように多くの自治体によって進められているが、官製婚活に対しては官学それぞれから問題を指摘する声が多数ある。社会学者の斎藤正美は、少子化対策としての官製婚活における個人の私的領域への介入、結婚・妊娠に関わる施策の総ぐるみ一体化による強要は、性的マイノリティ、結婚したくない人、子どもを持ちたくない人、子どもを持てない人などを排除した政策となっている面があると指摘する[注12]。また、一部の自治体からも、結婚するかどうかは人の生き方そのものであり、個人の価値観に関することに公権力が介入すべきではないという意見が挙げられている[注13]。

移住婚促進の特殊性・課題性は、「移住」と「結婚」という2つの個人の選択に対し、同時に政策的に介入しようとする/したことにある。それによって、それぞれの選択を個別に促進するよりも強い個人の自由や権利への介入になり得ることにある。国や自治体は、限られた予算の使途として移住婚の促進が妥当であるのか、その公共性や正当性について改めて議論・再検討する必要があるだろう。

最後に、2025年1月現在、石破政権は地方創生2.0の掛け声の下に、地方創生の交付金を当初予算ベースで倍増することを決めている。「地域の活性化には女性や若者に魅力のある地方をつくっていくことが重要である」という考えに基づき、これまで以上に移住促進政策や二地域居住促進、関係人口促進といった人々の移動を誘導・介入する政策が展開されていくことが予想される。

同時に、地方創生1.0の反省を踏まえ、地方において深刻化する人口減少・少子高齢化対策のための婚活支援・出産支援にもより力を入れていくと思われる。国や自治体は、「移住婚」の炎上を忘れること無く、反省を活かさなければ、また同じ過ちを、もしくはさらに大きな過ちを犯しかねない状況にある。このことを肝に銘じて、地方創生2.0を進めていく必要があるのではないだろうか。

[注1]本稿の内容は、伊藤将人(2024)『数字とファクトから読み解く 地方移住プロモーション』をもとに、大幅に追記修正したものである。

[注2]共同通信社「「移住婚」女性に60万円 東京一極集中に歯止め」2024年8月27日、https://nordot.app/1201087279478374870?c=302675738515047521. 朝日新聞「移住婚支援、担当相が事実上撤回 「女性をお金で動かす」批判続出で」2024、https://digital.asahi.com/articles/ASS8Z2JZFS8ZULFA023M.html

[注3]東京新聞「地方への「移住婚」なぜ女性だけに60万円? 政府が検討する東京一極集中歯止め策に効果はあるか」2024年8月30日, https://www.tokyo-np.co.jp/article/350881

[注4]読売新聞、1974年8月18日

[注5]タメニー株式会社「「地方移住婚」に関するアンケート調査結果」2024、https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000727.000006313.html

[注6]オミカレ「「移住婚活」に関する意識調査 オミカレ婚活実態調査」2023、https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000128.000020019.html

[注7]総務省「過疎地域への移住者に対するアンケート調査結果」2018.

[注8]一般社団法人日本婚活支援協会「自治体向け結婚支援サービス】婚活協会の「移住婚」令和6年5月より『岐阜県飛騨市』受け入れ開始のお知らせ」2024、https://konkatu.or.jp/press_release2024_0508_01/

[注9]宮古毎日新聞「申請わずか51件/結婚新生活支援事業」2024年5月12日.

[注10]東京新聞「地方への「移住婚」なぜ女性だけに60万円? 政府が検討する東京一極集中歯止め策に効果はあるか」2024年8月30日, https://www.tokyo-np.co.jp/article/350881

[注11]伊藤将人(2024)「地方移住・移住促進政策から考えるモビリティと政治性 ―モビリティをめぐる不平等の解消のための試論― 」『DISCUSSION PAPER』25(24-002).

[注12] 斎藤正美「Choose大学 公共政策と公共性~官製婚活から考える~ 第1回「官製婚活」って何?」2021、https://youtu.be/qCUGSpQY34s?si=GS84UllWf4G8boeW

[注13]読売新聞「自治体が婚活サポート、出会いの場提供はやりすぎ?…「若者は奥手だから」「価値観の押し付け」」2023年12月15日、https://www.yomiuri.co.jp/life/20231214-OYT1T50193/

プロフィール

伊藤将人地域社会学、地域政策学、モビリティーズ・スタディーズ

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員・講師。1996年生まれ、長野県出身。一橋大学大学院社会学研究科、日本学術振興会研究員(DC2)を経て、現職。立命館大学衣笠総合研究機構、武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所、NTT東日本地域循環型ミライ研究所で客員研究員を務める。地方移住や関係人口、観光インバウンドなど地域を超える人の移動(モビリティ)に関する研究や、様々な地域で持続可能なまちづくりのための研究・実践に携わる。日本テレビ系列DayDayやAbema Prime Newsなど出演実績多数。主著に『数字とファクトから読み解く 地方移住プロモーション』(2024、学芸出版社)など。

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