2013.05.20
ココロのバリアフリーで誰もが生きやすい世の中に
困ってるズ!はいままで、幾度となく「バリアフルな場所に困ってる」という声と「誰かの心配りによって助かっている」という声をお届けしてきました。
事故によって脊髄を損傷し車椅子生活を送られている池田君江さんは、とあるきっかけから株式会社K-plusを立ち上げられ、「ココロのバリアフリー計画( http://www.heartbarrierfree.com/ )」を推進しています。バリアがあっても、ココロがあればバリアフリーにできるかもしれない。もしかしたらバリアフリーすら超えることもできる ―― ココロのバリアフリー計画とはなにか? お話を伺ってきました。(聞き手・構成/金子昂)
「行こうと思えば行けるんだ」
―― K-plusの活動をはじめられたきっかけをお教えください
わたしは2007年に、渋谷にある温泉施設の爆発事故により脊髄を損傷しました。当時は一生寝たきり、よくても車椅子だろうと診断され、いまは車椅子に乗りながら生活しています。
車椅子に乗るようになって初めて、周りがバリアだらけだということに気がつきました。いままで当たり前のようにできていたことができなくなり、美容院や銀行、日常品の買い物など日常的に通っていた場所にも行けなくなってしまったんです。最初はバリアフリーになっていることの多い大型施設を選んで外出していましたが、人の目も気になって、あまり外出しなくなってしまいました。
やっぱり「歩けるようになりたい」って思いもありました。でも、日本では無理と言われてしまって。ただアメリカで脊椎損傷からの回復を専門としているトレーナーに出会い、その方が「行けないところなんてありません。壁があったらオレが壊しますし、かついでみせますよ」と、わたしを色々な所に連れて行ってくれたんです。このことがきっかけで「行けないところではなく、ただ行っていないだけなんだ。行こうと思えば行けるんだ」と思うようになり、ずっと行かずにいた場所にもでかける一歩を踏み出せるようになりました。
近所に「串カツ田中」というお店があります。以前、このお店の前を通りかかって、主人に入ってみたいねと話したところ、車椅子でも入れるかお店の方に聞きに行ってくれました。お店にいたオーナーが「大丈夫ですよ」と言ってくださったのですが、お店の前には段差があり、店内もすごく狭くて、さらにお客さんがギュウギュウ詰めで。わたしにとってバリアばかりでしたから、「どこが大丈夫なんだろう……?」と不安でした。
そしたらオーナーが、車椅子のどこを持って、どうすればいいのかを尋ねてくださったんです。「こことここを持って運んでください」とお願いをしたら、お店から男の子を数名連れてきて、車椅子を持ち上げてお店の前にある段差の上にあげてくださった。さらに店内の大きなテーブルで食事をしているお客さんに「車椅子の方が通るので、一度立っていただけますか」とお願いをして、テーブルを移動してくれたんです。
このときに、バリアな環境でも、ちょっとしたココロがあればそのバリアをこえられるし、きっとバリアフリーな環境もココロがあればもっとよくなると思ったんです。日本は狭いですし、お店の方も頑張って経営されていますから、いますぐハード面を変えることはできないと思います。でもココロがあれば、多少の段差をこえることはできます。そこでK-plusを立ち上げ、「ココロのバリアフリー計画」を始めて、応援店を募っています。
ココロのあるお店には、ココロのあるお客さんが集まる
―― そういうお店は、また行きたいと思えますよね。
そうですね。いまでも串カツ田中に通っていますし、オーナーとも仲良くなって、よく話をするようになりました。
以前オーナーが「池田さんと出会ったおかげで、スタッフの接客が断然よくなった。きてくれてよかった」と言ってくださいました。食事中のお客さんに席を立っていただくようにお願いするには、丁寧な接客が必要でしょう。そのとき、ちゃんとココロを込めてお願いをすれば、お客さんも嫌な顔せずに席を立ってくださるんです。
それに帰り際に、わたしと少しお話をしてくださったり、コミュニケーションが生まれるきっかけにもなっていて。ココロのあるお店には、ココロのあるお客さんが集まるのかなと思っています。
ココロのバリアフリー計画に参加いただいたお店にお渡ししている「HERT BARRIER FREEステッカー」は、ココロのシンボルマークであって欲しいと思っています。お店にこのステッカーが貼ってあれば、安心して利用することができますし、きっと「なにかしてあげたいけれどどうしてあげればいいかわからないし、声をかけにくい」と思っているお店のスタッフも、このステッカーがあることで「なにかお手伝いすることはありますか」の一言が出しやすくなると思います。
ただココロがあるからといってなんでもできるわけじゃありません。できないことをできないとちゃんと伝えることもココロだと思います。なにができて、なにができないかを判断するためには、お店の人が自分のお店にどんなバリアがあるか知っている必要があります。
お店の情報を書き込むユーザーズガイド
―― 実際、お店の人は自分のお店にどのくらいバリアがあるか把握しているものですか。
正直、あまりしていないと思います。例えば、食事に行く前に、車椅子でも大丈夫かお店に確認の電話をすると「うちのお店はバリアフリーになっていません」と断られてしまうことがよくあります。また「どのくらいの段差がありますか」と尋ねても「わかりません」と返されてしまうことがほとんどです。自分のお店のことを把握していないんですよね。
食事に行くときはやっぱりトイレが気になります。トイレについて尋ねても「車椅子は入りませんね」と答えられてしまう。でも、ひとそれぞれ車椅子の大きさは異なります。少しなら歩ける人が車椅子に乗っている場合だってあります。そのとき電話に対応された方が持っている車椅子のイメージで、お店に入れるかどうかを判断されてしまうのは残念ですし、お店にとっても、もったいないことだと思います。
そこでココロのバリアフリー計画では、HERT BARRIER FREEステッカー1枚とユーザーズガイド1部をセットで販売しています。ユーザーズガイドには、段差の上げ方や声のかけ方などのマニュアルと、入口やトイレがどのくらいの幅か、どのくらいの段差があるか、近くにユニバーサルトイレがあるかといった情報を書き込めるページがあります。お店の方が一度、自分のお店をちゃんと測って、そこに書き込んでおけば、どのスタッフが電話に対応しても、お店のことを正確に伝えることができますよね。
ひとによっては、そのお店には入れない場合もあるでしょうし、スタッフの手助けによって入店が可能になることもあるでしょう。あるいは「お店の段差はこのくらいありますが、今日は男性スタッフが多くいるので、対応可能です」と対応することだってできると思います。お店だけでなく、利用する側も、今日は足の調子がよくないのであのお店に行くのはやめておこうとか、女友達と一緒に行くので男性スタッフがいるか尋ねてみようとか、選択の幅が広がると思うんです。
―― お店側と利用者側のどちらにとっても嬉しいですよね。
そう思います。障害を持っている方でなくても、例えば一時的に松葉づえで歩いている人にとっても便利だと思います。それに誰だって高齢者になったときに、車椅子で生活する可能性があるでしょう。両親が車椅子に乗るようになったときになって、連れて行ってあげるお店を探すのは大変ですし、なんだか寂しいですよね。
―― 現在、どのくらい応援店が集まっているのでしょうか。
まだ100店舗ほどですね。美容室やお寿司屋さん、あとパチンコ屋さんも参加くださっています。パチンコって、椅子が外せるようになっている台があるんですよ。
――そうなんですか! 知りませんでした。
わたしも知りませんでした。そういうココロのあるお店はたくさんあると思うんです。それが知られていないのはとてももったいないことです。
応援店は飲食店に限らず、人と接する場所すべてが対象です。もっと応援店が増えて、情報も集まって、それを発信して、輪が広がっていけば、きっと日本はもっと豊かになれると思います。
ただ店長さんが賛同してくださっても、本社から許可が下りず、ステッカーを貼ることができないケースもありました。でもこの計画がもっと広がっていけば、きっと変わっていくと思います。こつこつ続けるしかありません。
ココロのバリアフリーを世界へ
―― いまココロのバリアフリー ポータルサイトを作成中とうかがいました。
2012年に「カウントダウン」というクラウドファンディングを募るサイトでサポーターを募集し、11月に目標額を達成しました。いまはその資金をもとにポータルサイトを作成中です。すでにデザインはできていて、あとは応援店を募集する段階にあります。
このサイトでは、お店の情報と共に、ユーザーズガイドのようなバリア情報も載せて、検索できるようにするつもりです。最初は数店舗の情報しか載っていないかもしれませんが、少しでも載せることができればちょっとずつ変わっていくと思っています。まずははじめなくちゃいけないですよね。
わたしはこの活動を世界にも広めたいとも思っています。これまで何度かアメリカに行って、日本のバリアフリーの状況やココロのバリアフリーについて伝えてきました。
実はアメリカって、車椅子の人が困るようなところってほとんどないんです。お店にひとつは車椅子でも使えるトイレが設置されていますし、車椅子専用駐車場に車を止めたらレッカーで移動されちゃうんです。バリアがあっても、お店の人が出てきて、当たり前に手伝ってくれます。さらにエレベーターを待っていると、子どもでもちゃんと譲ってくれるんですよ。
―― 残念ですが、いまの日本ではなかなか見られない光景ですよね。
みんなひとりひとりココロはあるのに、シャイだからできないんですよね。
日本では、エレベーターが来たら人がダッと乗り込んでしまって、車椅子が入るスペースがまったくなくなることがあります。ココロのある人が数名ほど譲ってくれても、ぎゅうぎゅう詰めのエレベーターでは車椅子がはいるスペースなんてありません。階段もエスカレーターも利用できませんから、長い間、待つことになります。
あるいは駐車場。わたしの場合、運転席のドアを全部開けて乗り降りするので、車椅子専用駐車場のような広い駐車場でないと車を止められません。そんなときに、普通の人が駐車していると、やはり長い間待たなくちゃいけない。
ココロのバリアフリー計画が、もっと広がって、ココロのバリアフリーが浸透していけば、きっとお互いに声をかけやすくなると思います。みんなが助け合うような世の中になればと信じて活動しています。
困ってるズ!の活動をうかがったとき、「見えない障害」は大変なんだなって思いました。わたしは車椅子に乗っているので、声もかけてもらいやすいですし、幸せなことなのかもしれないと思いました。
車椅子に乗っている人が当たり前にいるような社会へ
―― 見える障害も見えない障害も、共通して助かることってきっとあると思います。
そうですよね、困ってることには変わりないですもんね。
いろんな人がいて、それが当たり前なんだと思います。声を掛けたらそっけなく断られてしまって、それから声をかけられなくなってしまった人も多くいるみたいです。
声をかけて欲しくない人もいれば、困っているので手助けして欲しい人もいる。いろいろな個性を持っている人がいることが当たり前に広がれば、そっけなく断られてしまっても「大丈夫なら良かった」と思えるかもしれません。いまはお互いに壁を作ってしまっている状況もあると思います。お互いに理解できるようになったら素敵ですね。
日本には体の不自由な方が350万人くらいいると聞いたことがあります。でも日本では、あんまりそんな人を見かけないですよね。わたしも外に出にくくて、最初は引きこもりがちでした。きっと引きこもっている方はたくさんいらっしゃると思います。でも頑張って一歩踏み出してみたら、すごく楽しいし、ココロのある優しい人もたくさんいるし、居心地のいいお店もいっぱいあります。いま引きこもっている人たちが、外に出やすくなるような、そして町で車椅子に乗っている人が当たり前にいるような社会へのきっかけになれたらいいなって思います。
(2012年12月28日 三軒茶屋にて)
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