2013.09.25
柏市の事例報告および地域協働・地域ブランディングの可能性について
被災地の復興が思うように進展しないなか、どうすれば、3年目を「復興元年」にできるのか。2013年3月31日に開かれた、復興アリーナ(WEBRONZA×SYNODOS)主催シンポジウム「『安全・安心』を超える〈価値〉とはなにか――危機を転機に変えるために――」本記事は本シンポジウムから、筑波大学大学院人文社会系准教授であり、柏市で展開された「安全・安心の柏産柏消」円卓会議に携わってきた五十嵐泰正氏による基調講演「柏市の事例報告および地域協働・地域ブランディングの可能性について」をお送りする。必ずしも岩手、宮城、福島のいわゆる被災三県とは同じ状況と言えないが、ホットスポットとして話題となり苦しんできた柏市が、震災以降どのような取り組みを行ってきたのか。そこからわれわれはなにを学ぶことができるのか。分断を超えた真の復興を目指す、その道筋を探るために。(構成/小嶋直人)
地域の問題にどのように向き合っていくべきか
本日は、わたしが行ってきた柏市――放射能のホットスポットとして大きく話題になった街です――での取り組みと、その経験が福島に示唆できることを中心にお話したいと思います。
わたしの専門は社会学です。放射能や農業、リスクコミュニケーションの専門家ではありませんから、専門的なお話はできません。しかし町づくり活動の延長線として柏市のホットスポット問題に取り組んできたという実践的な立場から、地域の問題にどのように向き合っていくべきか、そしてなにができて、なにができなかったのかをお伝えできれば幸いです。
食品における相互不信と社会的合意形成
最初に基本的なことを確認しますと、低線量被ばくの影響については、標準的には「線形モデル」が採用されており、どこからが明確に危険になるのかという閾(しきい)をはっきりとはいえません。
ということは、いったいどこに基準値を設定すべきか、という問題が生じることになります。そしてどのように数値を設定しても、一定程度の放射線を防護することによるメリットとデメリットがある。そのなかで、メリットとデメリットを比較し、合理的に社会的な合意形成をしていかなくてはいけない。その上で、個人がその社会的に合意された基準値をどのように考え、どのように行動するかは、基本的に自由でないといけないでしょう。
さて、本日のテーマである食品については、基準値や測定メソッドの設定如何によって、防護のメリットを受ける消費者と、防護することによってコストがかかったり作付け中止を余儀なくされたりする生産者の利害が対立してしまう構造にある。そういう難しい状況でいかに合意形成をしていくかが重要になります。
柏市にも、ホットスポットで農業生産を続けていこうとする生産者を非難する消費者や、生産者に対して同情している人でも、「農家は補償があればいいんじゃないの」と安易に言ってくる人もいました。しかし簡単に補償と言っても、柏市では少量多品種の生産を、農協を通さず直売している農家が多く、補償を得るために、一種目ずつコストをかけて書類を作成しなくてはならず、決して容易であるとはいえません。
一方で、震災直後の時期から展開されていた「食べて応援」キャンペーンは、非科学的で押しつけがましいものと受け止められ、かえってリスク管理を余分にやっておけば問題ないという発想から生まれてくる「風評被害」を生み出す一因になっていました。当時、生産者と消費者の不信感は非常に強く、この壁を乗り越えるためには「安全」を確認するだけでは事足りない状況にありました。
そこでわたしたちは、柏市の生産者、消費者、飲食業者、流通業者の四者が集まり話し合いをする円卓会議をはじめました。先ほどお話したように、基準値や測定メソッドをどのように設定してもメリットとデメリットがあり、簡単に決められるものではありません。そのなかで違う立場の人間が集まり、なんとか折り合いを付けようと、能動的にこの問題に立ち向かっていこうと考えたわけです。
地産地消を軸にした信頼回復
わたしたちは消費者と生産者の相互不信の解消に取り組むために、まず柏市の農業が目指すべき「地産地消」という原点に立ち戻ることにしました。
安全を考える消費者は、グローバルな商品棚から産地を選べる存在です。しかし、複雑な流通工程を経る加工食品や、偽装表示のリスクを考えると、ただ産地を選ぶだけでは完璧な安心を担保できません。
そこでわたしたちは「あの農家さんなら安心」という選択肢もあるのではないか、目の前で安全を確認し、農作物を買うという消費のありかたも考えられるのではないか、と一般的にホットスポットではマイナスの意味を帯びがちな地産地消という理念の意義を再び提案したのです。これは、福島の方には申し訳ありませんが、消費者と距離の近い近郊農業がメインである柏市だからこそ効果的なやり方ではあったかもしれません。
そもそもわたしたち円卓会議は、当初より最終目標を、柏市の品質の良い野菜をブランディングし、さらに柏市に住む人々が地域に愛情を持ってくれるようにしたい、ということにおいていました。
そのためにも大きな壁となっている放射能問題をどうにかしなくてはいけない。そのとき、例えば安全か危険か調べずに、ただ「がんばっぺー」と応援して実質的には安価で販売するという方法ではなく、しっかり消費者と生産者が協働しながら科学的に取り組むこと、「柏の農家はこれだけしっかり検査をしていて、対策もしている」という姿勢を見せることが大事なんだと考えました。そしてそれは、地産地消に何よりも必要な「顔の見える関係」を構築する第一歩になるのではないか。ならば今回のピンチを、地産池消にとってのチャンスにしていけるんじゃでないかと呼びかけたんです。だから私たちは、地産地消というスタイルを最大限生かし、柏野菜のブランディングという最終目標に資する形で、測定メソッドや情報発信のやり方を組み立てていきました。
「みんなで決めた」という安心とその波及効果
この取り組みを進めるにあたって、武器になったアンケート調査があります。
柏市内の幼稚園児の保護者が、地元野菜に対して、どこに不安を感じるのかを聞いたアンケートなのですが、そこでわかったもっとも重要なことは、今まで柏の野菜を積極的に買っていた層ほど、原発事故後の買い控え傾向が強いということ。
食の安全に対する意識の高さから考えれば当然の結果なのですが、当初は自主的な検査に及び腰だった農家に、いま柏野菜から離れている人たちは本来「いいお客様」だった人たちなんだと示せたことは、大きな意味を持ちました。またこのアンケートでは、買い控え傾向の強いネットユーザー層ほど行政による検査や情報発信への信頼度が低く、代わりに、同じ立場の市民や自分自身によって行われた検査に対する信頼度が高い傾向が見られました。
柏の農作物の売れ行きは、2011年11月に一番落ち込んでいます。福島でコメの安全宣言が出た後に500ベクレル以上のお米が発見されたというニュースと、柏市の根戸という住宅地で57.5マイクロシーベルトという放射線量が検出されてしまい、柏市にも超濃縮ホットスポットがあるということが判明したニュースが、ちょうど重なって大きく報道されたタイミングです。いやおうなく市民は「柏の農地にもホットスポットがあるのではないか」「検査をすり抜けている危険な地元の野菜があるのではないか」と考えるようになった。
こうした状況では、外れ値を絶対に出さない検査体制を構築しなくてはいけませんが、これは非常に難しい。ほとんどの品目では全量検査が不可能な中で、できるだけ納得感の高い測定メソッドを構築しなければいけない。
そこで私たちは、消費者自らが各農家それぞれの生産の現場で野菜が作付されている状況を確認しながら、検査することにしました。
具体的な測定方法ですが、まず農地に持ち込んだポータブル式のNaIシンチレーターで土壌の放射能濃度を、それぞれの品目が作付されている圃場の四隅と中央の5点測定する。そのなかでもっとも数値が高かったポイントで育っていた野菜を検体として核種判断のできる検査機で測定し、その野菜が設定した基準値以下ならばこの農家のこの品目は大丈夫だ、というやり方を基本にしました。
こうした方式をとったのは、圃場の端は土質が変化しやすい上に、放射性物質が吹きだまったり周囲から汚染された水が流れ込んだりしやすく、またセシウムの吸収を抑える効果のあるカリウムは肥料の主成分のひとつですが、どうしても端の方までしっかり施肥できていないことがあるなど、いずれにせよ「外れ値」的に汚染度の高い野菜が出る危険要因は、圃場の端に集中しているからです。事実、測定していくなかで数10ベクレル/kg程度の高い数値の野菜を発見したこともありましたが、それらはすべて圃場の隅の半径5mとか、端の一畝とかに集中していました。
安易に安全宣言をするのではなく、信頼できる農家を自ら探すことをコンセプトにしたこの一連の測定プロジェクトを、私たちは「MY農家を作ろう」と名付けました。
この方法は、「検査をすり抜ける汚染農産物」に対する懸念に対応するために始めたものであり、非常に手間のかかるものです。しかし結果的には、生産者にとってもメリットの大きいものでした。数値の高い圃場の位置を特定でき、対策を打つことができるようになっただけでなく、測定方法など放射能に関する知識が身につき、消費者に対面販売する機会も多い直販農家が、消費者よりも放射能対策に詳しいという自信をもてるようになったからです。シンプルに言えば、農家の皆さんが「農業に対する誇り」を、測定する過程で回復していった、ということですね。
このようなきめ細かい測定メソッドを確立した次に、わたしたちが避けることができなかったのは基準値をどうするか、でした。
私たちは3か月間の熟議を経て、20ベクレル/kgという数字を一応の自主基準値とし、先ほどのメソッドで個別農家・品目ごとに確認した20ベクレル/kg未満の野菜を、情報発信するというやり方をとりました。この数値未満なら安心、それ以上なら危険、という判断をしたわけではありません。立場の違うステークホルダーたちが数カ月かけて話し合い、そして合意した、柏市というホットスポットで立ち上げた小さな社会できめた数値であり、その文脈においてのみ価値のある数値だと考えています。この数値の是非をどうこう言うよりは、さまざまな地域で、地域特性に照らした社会的な合意がもっともっとされていったほうが、ずっと生産的ではないでしょうか。
「姿勢」を重視した情報公開
一方、いわゆるベクレル表示を求める声も一定程度ありましたが、わたしたちはそれをしませんでした。
ベクレル表示をしなかった理由は、まずは検査機器のスペックとコストの問題です。かなりの数の検体数をこなすことになる私たちのやり方で、数ベクレル程度を定量するまで測定するコストを担保するのは、非常に困難でした。さらに岩手県の食肉加工会社で、ハンバーグの自主測定を行い、4ベクレルと低い値を表示したところ、売り上げの4割が落ちたという出来事があったことも理由のひとつです。
すなわち、「ベクレル」という言葉がそこに表示されているだけで、拒絶感を持ってしまう消費者が一定数存在することは否定できない、ということです。放射能に対する消費者のリテラシーはさまざまです。そうしたなかで、実際に消費者が野菜を手に取る小売りの現場では、消費者が放射能について勉強してくれることを期待するよりは、われわれの真摯な姿勢を示す方が信頼してもらえるのではないかと、考えたわけです。
実際に私自身、野菜市などのイベントでたくさんの消費者と触れ合う中で、消費者が地元の野菜に手を伸ばすのは、細かな数値の説明をするよりも、柏の農家がいかに真摯にこの問題に取り組んでいるかに納得した時だと気がつきました。
あとでぜひ見ていただきたいのですが、ウェブサイトには細かな数値や検査方法の情報ももちろん載せていますが、それだけでなく、個別の農家さんの人柄や姿勢、まったく関係のない趣味のことまで記載しているんです。確固とした科学的な根拠に、人格的な信頼をはさみこむことで、より消費者が生産者と彼らが作った野菜を信頼してくれるのだと考えているからです。
ただ、わたしたちの取り組みですが、円卓会議で直販をされている農家の方々が、原発事故前まで売り上げを戻すことができたかというと、やはり「戻った」という方ばかりではないのが正直なところです。
イベントを開くと震災前と同じくらい売れるのですが、日々の購買行動を変えるまでには至っていません。震災以降、消費者の中には、西日本の野菜を通販で買うようになっている人もいますし、もっと単純に直売所を日々の買物コースから外した人もいます。柏の野菜に安心感を取り戻し始めたと言っても、一度定着した購買行動をまた震災以前の行動に戻すのはかなり難しい。直売でないスーパーなどの場合では、あいだに入っている卸業者が、一旦切り替えた産地を再度戻すことはさらに難しいでしょう。
これは、いわゆる「風評被害」対策には、スピード感が必要だということでもありますが、同時に、もはや一度奪われたシェアを取り返さなければならない段階のいま、「安心安全」だけではスタートラインに立っただけでしかなく、それを越えてアピールする柏野菜の魅力を打ち出していかなければいけないと思っています。
柏から福島へ
わたしたちは、「柏産柏消」という、高コストではありますが、生産者と消費者の近い、地域ブランディングの価値を提示していこうと考えています。
福島と柏では条件が違いますから、目標の設定も協働の枠組みも違って当たり前でしょう。その上で、基本的には首都圏への大産地である福島はなにができるのかを考えると、例えば東京の生協や観光産業と連携したり、交流人口を増やしたりすることには可能性が見出せるかもしれません。
最も重要なことのひとつは、震災後に福島から産地を切り替えた仲卸の行動を変えなくては、東京に適正な価格で福島産の農作物が並ばないということです。消費者にとっては生産者以上に目に見えない存在である仲卸ですが、安全性が確認されれば福島産の野菜も販売したいと考えている人は必ずいます。そうした人たちと繋がること、あるいは仲卸の顔も見えるようにしていくことが今後の課題なのかもしれません。
とはいえ、一方で福島での地産地消を考える必要もあるでしょう。以前柏でシンポジウムをやった時(https://synodos.jp/fukkou/764)に、水産の専門家である勝川先生は、「ホームで勝てなければ、アウェーで勝てるはずがない」と言っていました。私も同感です。ホームで支持されない、不信感を持たれているものが、東京で買われるはずがない。福島のような大産地では、地産地消ですべてを解決できるわけではありませんが、そこを出発点に考えることも忘れてはいけません。
安心安全を超えるもの
最後にこの点を強調させてください。
消費者にとって「安心」「安全」は複数ある購買理由のひとつでしかありません。「安全」を追求して0ベクレルを目指し、例えそれが実現したとしても、その農作物を買ってくれるとはかぎらないでしょう。
放射能問題から発生した売り上げの減少という壁を乗り越えるための普遍的な方法はないと思います。それぞれの土地にそれぞれの暮らしや産業構造があり、それに絞った方法を考えなくてはいけない。柏市の場合は、それが「地産地消」でした。
ゴールは、消費者に放射能の知識を定着させることでも、0ベクレルの野菜を追求していくことでもありません。農産物を適正な価格で販売し、売り上げを回復させることです。その目的のためには、地域特性の理解がまず重要ですがそれだけでもなく、最終的にはそれぞれの生産者が、どのような消費者に、どういったチャンネルで、どのような価格帯のどのような生産物を届けたいのかをしっかりと考え、それに見合った測定方法と情報発信で、信頼回復と自分の生産物の魅力のアピールをしていくことが重要です。
消費者の選択肢と嗜好が多様化する成熟社会の中で、日本の生産者の課題の一つは、経営やマーケティングの感覚の弱さだと言われてきました。否応なくそこに直面させられることになった福島の農家がこの危機を乗り越えられたとき、ひとつのあるべき「強い農業」が具現化しているのではないでしょうか。
(2013年3月31日 「安全・安心」を超える〈価値〉とはなにか――危機を転機に変えるために――より)
プロフィール
五十嵐泰正
筑波大学大学院人文社会科学研究科准教授。都市社会学/地域社会学。地元の柏や、学生時代からフィールドワークを進めてきた上野で、まちづくりに実践的に取り組むほか、原発事故後の福島県の農水産業をめぐるコミュニケーションにも関わる。他の編著に、『常磐線中心主義』(共編著、河出書房新社、2015)、『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』(共著、亜紀書房、2012)ほか、近刊に『上野新論』(せりか書房)。