2013.11.06

福島での農業復興、6次産業化など今後の課題についての報告・提案

石井秀樹 造園学

社会 #東日本大震災#震災復興#福島原発

2013年3月31日に開かれた、復興アリーナ(WEBRONZA×SYNODOS)主催シンポジウム「『安全・安心』を超える〈価値〉とはなにか――危機を転機に変えるために――」。福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任助教石井秀樹氏による講演をお送りする。福島第一の原発事故と比較されるチェルノブイリの原発事故から何を学ぶことができるのか。過去の経験と最新の研究を基にした安全安心を確保しつつ、産業再生を目指すための提言。(構成/小嶋直人)

はじめに

福島大学うつくしまふくしま未来支援センターの石井秀樹です。時間も限られていますので、早速ですがお話に入ります。

福島原発事故は、チェルノブイリ原発事故と同様に最高レベルの事故である「レベル7」の評価が下されました。しかしながら福島での農業対策をするには、チェルノブイリとの差異を踏まえた上で、福島の自然、社会、文化に即した適切な対策をする必要があります。結論から述べれば、チェルノブイリで得られた知見が福島でも有効な場合もあれば、当てはまらない場合もあり、福島で機能する対策というものは、福島で試行錯誤を重ねる中で、私たちが構築してゆかなければならないのです。

チェルノブイリと福島との違い

福島での対策を考える上で、まずチェルノブイリとの比較をしてみましょう。チェルノブイリ原発の4号炉には、放射性物質の漏洩を食い止める格納容器がありませんでした。

炉心自体が燃え、それが剥き出しになって大量の放射性物質が漏洩しました。放射性物質は世界中に拡散し、日本でも飛来が確認されましたが、1Ci/㎢(37000Bq/㎡)以上のセシウム汚染はウクライナやベラルーシといった旧ソビエト連邦国内にとどまらず、オーストリア、ギリシャ、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、イギリスなどチェルノブイリから2000㎞以上離れた地域にまで及んでいます。チェルノブイリはユーラシア大陸の内陸部にあることから、主に陸地を汚染した事故だったと言えます。

一方、福島では水素爆発により放射性物質が漏洩しました。格納容器が破損したとはいえ、核燃料の多くは原発敷地内に残っていますが、地下水を介した汚染の広がりが懸念されるところです。チェルノブイリに比べれば陸地の汚染面積が小さいと言われますが、福島第一原発は臨海部にあり、放射性物質の多くが東に拡散したため、陸地のみならず広大な海洋も汚染したと考えるべきかもしれません。

なお大気を通じたストロンチウム90の拡散量はチェルノブイリ原発事故に比べればかなり少ないです。チェルノブイリ原発周辺にはストロンチウム90が70万Bq/㎡を超える汚染地帯も確認されていますが、福島では文部科学省が公開したデータによれば、福島第一原発の外部で、ストロンチウム90が最高で5700Bq/㎡という値が確認されています。

サンプリング数を増やせば今後さらに高い値も確認されるかもしれませんが、福島市内では100Bq/㎡前後でした。一方、1960年代には原爆・水爆実験が盛んで1963年6月には東京中野にあった気象研究所で200Bq/㎡程度のストロンチウム90の降下が確認されました。

そもそも、原水爆実験や原発事故に由来するストロンチウム90を受け入れることができるのか? というご意見も当然あろうかと思いますが、ストロンチウム90による今回の汚染は、福島市に限って言えば、かつて経験したことのないレベルではないこともまた事実なのです。つまりチェルノブイリではストロンチウム汚染が顕著な場所があるのに対して、日本で農業対策をする上では、まずはセシウムの対策をすることが何より最優先課題となるのです。

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土壌から作物への移行について

放射性セシウムの作物への移行・吸収は、土壌の性質によって大きく変わります。ベラルーシやウクライナの土壌に比べて、日本の土壌は粘土鉱物や腐植質に富んでおり、セシウムの吸収能力が高く、作物へのセシウムの吸収が抑止されます。つまりベラルーシやウクライナの土壌と日本の土壌とが同じ濃度の放射性セシウムを保持していた場合、日本ではよりクリーンな農作物ができる可能性が高いのです。

土壌汚染は深刻な事態ですが、土壌の性質によってセシウムの移行が抑制される点は農業再開にとっては都合が良いです。このように福島とチェルノブイリでは、原発事故の性質も違えば、自然環境も異なっており、被害の様相は大きく異なること、また農業対策の方向性も大きく変わるということです。

日本では、土壌の性質に助けられ、園芸作物や果樹への放射性セシウムの移行・吸収はかなり低下してきており、福島県内でも多くの農産物が不検出(Not Detected:不検出)となっています。2011年に暫定基準値500Bq/kgを超える作物が確認されたのは、放射性セシウムが降下した際に作物に直接付着したケースや、樹皮や葉に付着していたセシウムが可食部に移動するという「表面吸収」が卓越したからです。2011年に静岡県産の一部の茶が500Bq/kgを超えたのも「表面吸収」があったからです。現在、作物が汚染される経路は主に根から放射性セシウムを取り込むもので「経根吸収」という現象によります。

イネの特殊性

一方、イネの場合は事情が特殊です。イネは圃場に水を引くことから、水がセシウムの供給源となる可能性があります。イネのセシウム吸収は土壌中の交換性カリウムの欠乏が主因です。カリウム肥料により交換性カリウムを25mg/100gとなるように維持すれば、放射性セシウムの吸収はかなり抑えられます。ただ例外もあり、交換性カリウムが15mg/100g前後と比較的保持されているにも関わらずセシウム吸収が高くなる「外れ値」タイプの水田も確認されており、そうしたケースは、圃場に引き込む水のセシウム濃度の高さや、カリウムイオン濃度の低さなどが影響していると考えられています。

2012年からは伊達市小国地区など水稲試験栽培が実施され、なぜイネがセシウムを吸収するのか、それを地域の水を介したセシウム循環や環境要因を視野に入れながらそのメカニズムの解明がなされました。その研究成果は「小国地区における稲の試験栽培」(http://www.a.u-tokyo.ac.jp/rpjt/event/2012120805-2.pdf)に譲りますが、稲のセシウム吸収は土壌中のセシウム濃度とは相関関係はなく、土壌中の交換性カリウムの含有量や、水源の種類や状態でかなりの説明が付くことが判明してきています。

また福島県で生産されるお米については、2012年度から全量全袋検査がなされ、コメの安全性が検証されています。30kgずつ袋詰めされた玄米の放射能を測定するわけですが、100Bq/kgを超えたのは約一千万袋のうち71袋、25Bq/kg超えは約22,000袋で、99.8%は検出限界値(25Bq/kg)未満でした。

福島のイネのセシウム対策は概ねコントロールできていますが、今後さらに追及するならば「外れ値」タイプの水田対策が今後の課題です。ただ福島の場合、全量全袋検査をやっているので、セシウム吸収が顕著な水田を特定することができます。25Bq/kgを超えたのも0.2%だけなので圃場数も限られます。その圃場で土壌診断を行えば、「外れ値」タイプの水田を特定することができるでしょう。こうした食品検査と生産段階からの対策とを結びつけることで、圃場毎にきめ細かな対策がさらにできると思います。

今後の課題

東日本大震災や福島の原子力災害から2年が経過しました。被災地では福島の復興は、未だ遠いと考える方が少なくないですが、それでも放射能汚染からの食と農の再生に向けて様々な取組みが実施されてきました。

この二年間は本当に試行錯誤の連続でしたが、原子力災害との付き合いは長期戦です。今後は中長期的視野を入れながら、現状の対策の中で本当に不可欠な対策を洗い出し、生産段階から検査段階までの体系だった対策を構築することが、福島の農業再生とその持続可能性にとって重要だと思います。

たとえばイネを栽培する時には、福島市や伊達市ではカリウム肥料やゼオライトなどの低減資材の投入が義務付けられています。その投入量は、圃場の汚染度や化学性、水源によらず行政毎に定められた分量だけ一律に散布することになっています。伊達市や福島市だけでもその費用はそれぞれ毎年数億円から10億円規模となり膨大です。現状は国の補助金があるので賄えていますが、生産者が負担するには非現実的な値です。

けれども先ほどお話ししたように、全量全袋検査の結果を活用して、リスクの高い圃場を絞り込むことで、カリウム肥料による低減対策を継続する必要がある圃場を特定することができます。また土壌診断と組み合わせることで、圃場毎に必要な施肥量を求めることも重要でしょう。生産段階からの対策と、検査段階での対策をばらばらに実施するのではなく、その相乗効果を引き出す形で体系だった仕組みをつくることが重要です。

逆に、現行のカリウム肥料による低減対策は、いつまで継続すればよいのか誰もわかりません。カリウム肥料という低減資材を薬として飲んでいるが、その薬の服用をいつ止めたらよいのか判断ができない。止めた途端に基準値を超えるお米が増えるおそれがあるのは事実です。また全量全袋検査を実施する費用も膨大です。こうした対策は<いつまで>、<どの規模で>実施すればよいのか、そうした検討も必要でしょう。これは圃場毎に、放射能の汚染濃度、土壌の化学性、水源に関する情報、耕作履歴、そして全袋検査の結果などを管理するデータベースを構築し、経過観察をしてゆくことが有効だと思います。

こうした対策は一種のトレーサビリティだと思いますが、土壌診断により、適正な施肥量を洗い出すことは、単に放射能対策となるだけでなく、圃場外への肥料分の溶脱を抑え環境負荷を低減することにもつながりますし、何より食味の向上などにもつながるという多面的な効果があります。放射能汚染からの食と農の再生を機会に、よりポジティブな観点から新しい福島の農業をデザインしてゆくことが、何よりの再生・復興につながると確信しています。

(2013年3月31日 「安全・安心」を超える〈価値〉とはなにか――危機を転機に変えるために――より)

プロフィール

石井秀樹造園学

1978年、埼玉県生まれ。京都大学理学部卒。東京大学新領域創成科学研究科博士課程単位取得退学。2012年3月より福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任助教、現在に至る。専門は造園学。著書に、『放射能汚染から食と農の再生を』、『環境と福祉の統合』など。

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