2017.05.17

「混合介護」の弾力化で何が変わるのか?――社会保障の理念から考える

社会保障論、結城康博氏インタビュー

福祉 #社会保障#介護保険#混合介護

介護保険サービスと保険外サービスを柔軟に組み合わせる「混合介護」の早期実現をもとめ、内閣府の規制改革推進会議が意見書を提出した。混合介護が柔軟に提供されるようになれば、自費サービスの多様化や、介護士の賃金アップが期待できるなどの意見がある。一方で、「低所得者に良質なサービスが行き届かなくなる」「悪質な業者によって、判断能力が乏しい高齢者が過度な負担を強いられる」など、懸念する声も少なくない。考えられるメリットと問題点とは何なのか、淑徳大学教授・結城康博氏に解説していただいた。(構成/大谷佳名)

混合介護とは?

――そもそも、「混合介護」とはどのようなものなのでしょうか。

まず、現在の介護保険制度では、医療保険と違って、保険内と保険外の組み合わせは認められています。しかし、条件がありますので、その組み合わせは、しっかりと両者の利用が区分けしている場合に限られます。

例えば、同じヘルパーが、保険内サービスと保険外サービスをした場合、前半1時間(保険内)と後半1時間(保険外)を、しっかり分けて提供するという混合介護です。ですから、今、議論されている議論は、「混合介護の弾力化」というのが正式名称で、その条件を緩やかにする規制改革が議論されています。

――なぜ今、混合介護の弾力化に踏み切ることになったのでしょうか。

目的は、大きく3つあります。

1つ目は、保険内サービスはかなり制約があるので、その制約を補う意味で、保険外サービスとの組み合わせの条件を緩和(規制改革)させ、利用者(家族や高齢者)が、少し負担を強いられても融通が利く介護サービスを利用できるようにすることにあります。

例えば、保険内のヘルパーサービスでは、高齢者のご飯は作れますが、ついでに同居家族の食事は作れません。洗濯等も同じです。また、リビングなどの共有スペースの掃除もだめです。混合介護の弾力化によって、余分に、少し自費を払えば、保険内サービスのついでにこれら認められていないサービスを保険外サービスとの組み合わせでOKにするということです。

2つ目は、ヘルパー等の収入源の確保です。現在の大部分のヘルパーの収入は、保険料や税金が主になっている介護報酬です。しかし、財政が厳しく、介護報酬を引き上げ収入を高くすることは難しい状況です。そのため、保険外サービスの部分を拡充して、多くの人に自費によるサービス利用を促すことで、新たな介護報酬以外の収入がヘルパーらに入り、賃金の改善が見込めるということです。

従来のように、保険内・外の組み合わせに厳しい条件があれば、あまり保険外サービスを利用する人はいません。しかし、その組み合わせが緩和されれば、全額自費の利用と比べで、多少、保険内サービスの組み合わせで、安く保険外サービスが利用できます。

例えば、デイサービス(通所介護)の場合、送迎は、保険内サービスです。しかし、送迎途中に、スーパーで野菜等の簡単な買い物に、15分程度立ち寄ってほしいという高齢者いるかもしれません(独り暮らしは、自分ではたいへん)。この送迎において立ち寄ることは、保険内では認められていません。しかし、15分立ち寄る部分を保険外(例えば、送迎者の介助付きで1000円)との組み合わせがOKになれば(今は保険外でもだめ)、わざわざタクシーで買いものに行かなくても、高齢者はメリットがあるかもしれません。また、デイサービス事業者も、新たな収入が、自費により1000円入ることになり、その分をヘルパーに還元できます。

また、高齢者が、お気に入りのヘルパーに毎回来てもらいたい場合もあります(慣れているし、気が合う)。そのときに、例えば指名料を一回ごとに1000円支払い、かつ、そのヘルパーがすべて来てもらえる保険内・外サービスの組み合わせが許されれば、指名されたヘルパーは、日頃の熱心な仕事が高齢者から評価され、指名料という形で賃金がアップ(自費部分)します。現在、指名料は保険内サービスでは、禁止されています。

3つ目は、既述のように保険財政も厳しく、多様化する高齢者のニーズを保険内サービスで応えることは難しいので、保険内・外の組み合わせを緩和させて、利用の幅を拡充することです。それによって、利用者は便利になると考えられています。

――混合介護が始まると、介護保険の対象ではない自費のサービスには、どんなバリエーションが生まれてくるでしょうか。

既述の外に、デイサービスのマッサージ、在宅ヘルパーの時間指定(夕食時間帯は、要望者が多いので追加料金がかかるなど)、同じく在宅ヘルパーにおける犬の散歩、植木の水やり・簡単な草むしりや雪かき、その他の保険内で認められていない日常的な事柄などが考えられます。

結城氏
結城氏

混合介護のメリット・デメリット

――そもそも、なぜこれまでの混合介護には規制がかけられていたのでしょうか。

お金がある人とない人とで不平等が生じ、社会保障(税や保険料)の所得再分配に反するからです。全額自費のサービスか、保険内・外の区分けがしっかりできる利用形態であれば、社会保障部分を利用していない部分が明確になるので、貧富の差に関係なくとも市場経済の論理から、それは許されます。しかし、部分的に社会保障を利用している「混合介護の弾力化」を許せば、所得再分配に反することになります。

――改めて、混合介護の弾力化のメリットとデメリットを教えてください。

メリットは、多少、お金が払える人は、利用形態が拡充するので、便利な介護保険サービスになる可能性があります。また、家族もその恩恵にあずかります。介護市場においても、保険内市場の他に、規制が緩和されて完全市場の部分が拡がり、経済学的にも介護業界の経済成長が見込める可能性があります。それによって事業所の利潤も増えて、介護士の賃金も上がる可能性がある。

デメリットは、余計な保険給付が増える可能性があります。判断能力が乏しい高齢者(単身や軽い認知症)は、供給側の勧めでサービスを購入し、同時に保険給付も付随する。現在、全額自費であるため負担が高いので、判断能力が乏しい高齢者でも拒否しますが、部分的に保険内サービスが使えれば、少し負担が安くなるので、利用回数や無駄なサービス利用が増えると考えられます。

保険外サービスを売り込むために、保険内サービスを作為的に調整して誘導する、ということはすでに行われていますが、それをさらに悪化させる事態になりかねません。すると、保険給付費の膨張に拍車がかかるばかりでなく、軽度者を中心に給付を縮小していく今の流れを加速させることにつながります。保険内サービスの範囲がどんどん限られていく、ということも考えられます。

そして、質の高いサービスは小金持ちの高齢者に優先され、低所得者は質の低い介護保険サービスしか利用できなくなる、という恐れもあります。例えば、指名料が在宅ヘルパーの保険内サービスで認められれば、限りのある優秀な在宅ヘルパーは小金持ちの利用者に優先され、質の低いヘルパーは指名料が支払えない低所得者に集中してしまう。社会保障サービスの不平等性が明らかになるのです。

「混合介護の弾力化」は、社会保障の理念に反する

――結城さんは、混合介護の規制を取り外して拡大化させようという今回の案に対しては、どうお考えですか。

私は、今申し上げた論理から反対です。規制を続け、あくまで保険内サービスと保険外サービスは明確に分けていくべきです。

介護保険制度は、あくまで社会保険制度の1つであり、「公平」「平等」という理念が重要視されます。そのため、「混合介護の弾力化」が促進されれば、所得再分配といった社会保険の理念が崩れてしまいます。

利用者の利便性の向上、介護士の賃金アップなど場当たり的なメリットを掲げ、社会保障制度の理念を軽視するような「混合介護の弾力化」は、中長期的に考えれば、高齢者間の格差を助長し、無駄な給付費を生む危険性をはらんでいます。介護保険制度の根幹を揺るがす安易な「混合介護の弾力化」は、きわめて問題と考えます。

――「ケアマネージャーがきちんとチェックを行えば問題を軽減できる」という意見もありますが、いかがでしょうか。

確かに、ケアマネジャーがしっかりチェックすれば問題はないとした考えもあります。しかし、現在のケアマネジャーは事業所に雇われているケースが大半で、サービス提供者側に近い関係があります。そのため、すでに現在の保険内サービスであっても、法律に反しない限り、ケアマネジャーが用意したプランによって「供給が需要を生む」といった現象が部分的に生じています。しかも、ケアマネジャーの技術力も個人によって差があり、必ずしも質が高いとは限りません。そのため、競争原理の問題点を克服できる専門職としてケマネジャーに託すことは、一部を除いて非常に危険だと思います。

介護士の賃金アップにつながるのか?

――介護士の賃金向上につながるという賛成側の意見もありますが。

一部の介護士だけで、普遍的ではありません。特に都市部に限られるでしょう。地方の小規模な事業所では低所得の利用者も多く、保険外のサービスを多く利用するとは考えられない。よって、人手不足を軽減する効果もあまり期待できないと思います。

むしろ、利用者や家族のいいなりの介護士が増えてしまう懸念もあります。介護保険がかなり金儲け主義になり、利用者のご都合主義的になることは、高齢者の自立支援の妨げにもなります。高齢者や家族からの要望が、必ずしも本人のためになるとは限らないのです。保険内サービスは、ケアマネジャーが、自立支援の視点からサービスを組み合わせ、利用者の感覚ニーズ(フェルトニーズ)を、リアルニーズ(自立支援に向けたニーズ)にしてサービスを展開しています。しかし、自費サービス(保険外サービス)を部分的に規制緩和させることで、感覚ニーズが拡充してしまう懸念があるわけです。

――介護士の処遇や人手不足の改善策として、どのような方法が考えられますか。

公費を投入して、準公務員的な発想で、介護士に対して賃金補助していくべきです。その財源は、「介護離職ゼロのために働く労働者を助ける」という視点から、労働政策で考えてもいいのではないでしょうか。例えば一部、雇用保険料の再引き上げをする、などの方法が考えられると思います。

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在宅介護――「自分で選ぶ」視点から (岩波新書)
結城 康博 (著) 

プロフィール

結城康博社会保障論 / 社会福祉学

淑徳大学総合福祉学部教授。淑徳大学社会福祉学部社会福祉学科卒業。法政大学大学院修士課程修了(経済学修士)。法政大学大学院博士課程修了(政治学博士)。社会福祉士・介護福祉士・ケアマネジャー。地域包括支援センター及び民間居宅介護支援事業所勤務経験をもつ。専門は、社会保障論、社会福祉学。著書に『日本の介護システム-政策決定過程と現場ニーズの分析(岩波書店2011年)』『国民健康保険(岩波ブックレットNo.787)』(岩波書店、2010年)、『介護入門―親の老後にいくらかかるか?』(ちくま新書、2010年)、『介護の値段―老後を生き抜くコスト』(毎日新聞社、2009年)、『介護―現場からの検証』(岩波新書、2008年)など多数。

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