2020.05.26

緊急事態宣言解除後も介護現場は課題つづき――感染症にもろい介護現場

結城康博 社会保障論 / 社会福祉学

福祉

1.感染症にもろい介護現場

緊急事態態宣言の解除によって、一般市民にとっては、全国的に収束の道筋を描き始めている。「小中学校の限定的な登校日の設定」「飲食業の営業自粛緩和」「医療現場におけるオーバーシュート回避への実態」など、わずかながらでも収束の気配はうかがえる。

しかし、介護現場においては、まだまだ予断を許さない状況だ。たとえ、一般社会では収束したとしても、「ポストコロナ」として大きな課題が残され、その対応に追われることが予想される。

筆者は5月半ばにかけて、在宅介護現場を中心に、介護従事者を対象とした緊急アンケート調査を行った(「在宅介護現場における介護従事者の意識調査報告(2020年5月21日)」)。このアンケートから、介護現場は感染症に「もろい」ことが再認識された。その深刻な実態を、本稿では述べていくこととする。

2.介護人材不足の深刻化

今年2月中旬から、新型コロナ問題が介護現場を襲い、介護施設では「面会禁止」、在宅介護現場では「感染者が1人でも生じれば、デイサービスなどを中心にサービス事業休止」など、この3ヶ月あまりで厳しい状況となってきた。

中でも介護職員の疲労はピークに達している。筆者の調査結果の自由意見でも、多くの回答者が、介護人材不足の深刻化を指摘する声が多かった。

たとえば、「ノイローゼになりそうな職員もおり、その方の仕事は他の職員に振り分け対応しているため、心身ともにぎりぎりの状態になってきています」「介護現場については、元々の報酬の兼ね合いで人材不足に悩まされている状況です」「介護に関わる人が決定的に減る」「コロナ収束までは、使命感から仕事を続ける介護職もいるが、収束後も介護の仕事をしようと思う人は減り、コロナで営業を継続できない事業所の閉鎖は増える」「倒産、閉鎖事業所が多く出ると思う」などといった意見である。

3.介護事業所減少の懸念

また、感染を意識しすぎて要介護者などが介護サービスを利用控えすることで、自身の健康状態の悪化が懸念される。そして、サービスが利用されないことで、介護事業所の経営持続にも大きな影響を及ぼしている。

既述の調査結果において、「新型コロナ問題が収束したら、介護サービス量は減少すると思いますか(廃業する事業所が増えるなど)?」といいう問いに対して、約3割の回答者が介護事業所の減少を危惧していることが分かった(表1)。

自由意見を分析するかぎり、この間、デイサービスを中心に利用者がサービスを手控えることで、事業所の収入が減り、経営問題が深刻化しているのである。介護事業者は、出来高払いによる介護保険(社会保険)からの収入に依存しているため、利用者が減少すれば収入が得られなくなり、事業展開が危うくなる。いわば福祉分野であっても、介護事業者は「飲食業」「旅館業」などと同様に、利用者(顧客)が来なければ、一挙に経営危機に直面する。

表1:新型コロナ問題が収束後の介護サービスの動向について(人)n=503      

「在宅介護現場における介護従事者の意識調査報告(2020年5月21日)」4頁より

今回、新型コロナ問題によって、飲食店の一部は、緊急事態宣言中はすべて休業し、大幅な赤字を回避したケースも見られた。しかし、介護事業所は、一人でも利用者がいれば、その福祉・生活を守らなければならないため、たとえかなりの赤字であっても、介護事業を継続しなければならない。

また、介護業界では、非正規職員の割合が介護系施設では約4割、訪問介護系(ヘルパー)では約7割と、必ずしも正規職員の割合が多いとはいえない。そのため、今回の新型コロナ問題によって、子育て中の介護スタッフなどでは、感染を危惧して休職した非正規介護職員もおり、収束後元の介護事業所で再度、働くかは未確定である。

介護サービスは、一定の介護職員を雇用しなければ事業展開が難しく、新型コロナ問題以前よりも、より介護人材不足に陥り、事業継続が難しくなるかもしれないと危惧されている。

4.地方と都市部との分断(遠距離介護の危機)

 ・「差別意識」に近い感覚 

また今回の感染症問題は、地方と都市部との「分断」を生じさせている。周知のように、緊急事態宣言においても、その受け止め方は地方と都市部とに大きな差が生じていた。感染者が0人もしくはわずかな地域と、東京や大阪などの都市部では、住民意識や経済活動(営業自粛の度合い)もかなり温度差があった。

とくに、地方のスタンスとして、都市部からの人の往来には慎重で、越境して来る人の流れには「毛嫌い」といった感情が芽生えている。もちろん、東京から帰ってきた人が感染源となってなった事例も少なくなく、このような人の「往来」を好ましくないと感じるのは当然であろう。

筆者が勤める千葉県の淑徳大学でも、地方から来ている学生らは長い遠隔授業期間(原則、大学内の立ち入り禁止)であっても、実家に帰ることはしない傾向だ。なぜなら、地方の両親から、首都圏からの帰省は近所の人らが「毛嫌い」するので控えてほしいといわれるからである。地方では首都圏から帰省した者がいると、すぐに地域の噂となり、人間関係のうえで問題になるというのである。

・遠距離介護は厳しい

この風潮は「遠距離介護」といった介護現場にも、大きな問題を投げかけている。地方に暮らす要介護者の中には、独居高齢者や老夫婦(老老介護)といったケースが多く、娘や息子、その配偶者は都市部で暮らしている。そして、週1もしくは月2回程度、都市部から地方の実家に「遠距離介護」してケースは少なくない。

このような地方で暮らす要介護者らの生活スタイルにおいて、地方と都市部の分断ともいえる意識(現象)が大きな影響を与えている。いわば「遠距離介護」の危機ともいえる。 

実際、調査結果においても、地方の介護従事者でも、都市部からの家族介護者の往来は「控えてほしい」が、「協力してほしい」を上回った(表2)。平時では家族介護者の協力を積極的に受け入れる介護従事者ではあるが、感染症の問題が生じると厳しい局面となる。

表2:地方にとって都市部の家族介護者の介護支援往来について(人) n=270

「在宅介護現場における介護従事者の意識調査報告(2020年5月21日)」5頁より

自由意見を見てみると、「遠距離介護は、感染拡大予防の点からも控えたほうが良い」「デイサービス利用者から一人でも感染者が出ると、事業を休止しなければならず、多くの利用者の生活にかかわる。リスクを排除するため控えてもらいたいと思う」「定期的に県外より帰郷して援助を行っている場合は、感染のリスクを考えると帰郷しての援助は控えてもらいたいと思う。それ以外の方法(電話での安否確認や必要物品の郵送等)であれば、協力があっても良いと思う」「協力してほしいが、通所系は感染拡大地域からの来訪者との接触も心配して問い合わせがあった 。ケアマネとして、どうすることがいいのかわからない」などといった声が散見される。

いっぽう、「充分な感染対策の範囲が定かではありませんが、家族が感染していないのであれば、介護協力は可能だと思います」といった声は少なかった。

地方に住む独居高齢者や老夫婦といった要介護者らは、ヘルパーやデイサービスなどの介護保険サービスだけでは日常生活を支えることは難しい。定期的に家族が遠方から出向き、「安否確認などの精神的な支え」「ヘルパーには頼めない買い物」などの遠距離介護があって成り立っている。

今後、新型コロナ問題が収束する流れになったとしても、しばらく地方と都市部との意識の差は解消されず、「遠距離介護」は厳しい現状が続くであろう。

5.今、求められる介護施策

・介護スタッフへの「特別支給」

現場で働く介護従事者に、「今後、最優先で求める介護施策を1つ選ぶとしたら?」と問うてみた。結果は、やはり「介護スタッフなどの特別支給助成金」「介護報酬アップ」といった声が一定の割合を占めている(図1)。

医療現場で医師や看護師などは献身的に従事しているが、介護スタッフも同様に重要な役割を果たしている。しかし、医療現場に比べれば、介護スタッフの世間での関心度は低いといった現状が窺える。「2020年度第1次補正予算」においても、介護分野への財源措置は医療分野と比べてかなり少ない。

具体的には、「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金(仮称)の創設1,490億円」に対して、「福祉施設における感染症拡大防止策 272億円」「福祉サービス提供体制の確保157億円」である。しかも、診療報酬については大幅にアップすることが、政府見解として打ち出されているが、今のところ介護報酬アップの動きはない。

「在宅介護現場における介護従事者の意識調査報告(2020年5月21日)」4頁より

やはり、医療や介護分野においては予算措置も重要な財源確保手段ではあるが、診療報酬や介護報酬の大幅なアップがなければ、医療・介護スタッフへの確固たる「賃金アップ・特別支給」は限定的になる。

・介護スタッフ離れの懸念

この間、筆者は電話インタビューを通して、介護スタッフなどの現状を聞いたのだが、「外食禁止」「私的時間であっても友人らとの接触を控えるよう」「毎日の検温」など、勤務以外の時間でも制約されている生活を送っている。当然、感染予防という視点で致し方ないが、数ヶ月、このような現状がつづけば、介護スタッフらの心身の疲労はピークに来ており、何らかの措置が求められる。早急に新たな介護スタッフの確保や賃金の上乗せなどをしないと、介護スタッフ離れに拍車がかかるのではないかと懸念される。

調査結果の自由意見においても、「安い報酬で感染のリスク不安を感じながら働かせるのはおかしい。医療と同様とまではいわないが、もっと報酬を上げてくれないと介護業界で働く人はいなくなってしまいます」「現在、登録ヘルパーさんたちも高齢化になり、自身の感染への心配で、業務をお休みする方も数名います。人手不足の中、緊急事態宣言が発出しても、感染の恐怖を感じなから通常通り在宅サービスを実施しています。介護報酬の引き上げをお願いしたい。医療と同じように在宅サービスも命を守る職種です」「今回の影響により、更に介護職離れが進んでいく可能性も考えられます」「元々施設等は人手不足なのにコロナ感染者が出ると職員への負担がかなり厳しいと思います。海外のように、有資格者や引退した人へ 、 施設への臨時派遣等を検討して欲しい」といった声が多数寄せられている。

介護サービスは「介護職」あって成り立つものであり、「人」が辞めてしまうと充分にサービスを提供できなくなる。しかも、サービスの質も介護スタッフが減少していけば、それだけ悪くなっていく。

調査報告で、デイサービス、ヘルパー(訪問介護)、介護施設も含め、介護職はギリギリのところで踏ん張っていることが浮き彫りになった。早急な対策が求められると考える。

6.収束後も課題がつづく介護現場

「2020年第二次補正予算」も検討されているが、依然として介護分野への大幅な財源確保は難しいのではないだろうか。たしかに、医療分野を優先することはもちろんだが、介護分野にも注目していかないと社会問題となってくるはずだ。新型コロナ問題は高齢者にとって、より危険性が高く、介護現場では深刻な事態を招いている。

今後、収束が見えてくると、医療分野は退院患者も増え新たな患者が少なければ、一定の落ち着きを見せるかもしれない。しかし、収束しても介護分野は、ワクチンの実用化や特効薬の存在によってインフルエンザと同等の「病」とならなければ、新型コロナ問題は真の意味で収束しない。なぜなら、日々、感染との戦いはつづくからである。

今後、社会全体では秋にかけての第二波、第三波に備える議論も出始めている。しかし、介護分野は一人でも関係者に感染者が生じれば、もしくはその疑いがあれば、介護事業の休止もしくは介護スタッフの出勤停止などが継続する。

今後も、一時、世間では収束したとしても、要介護者やその家族、介護スタッフらの新型コロナ対策への戦いは息がつけなく、継続していくといえる。そのためにも、繰り返すが、早期に大幅な介護分野への財源措置が急がれる。 

プロフィール

結城康博社会保障論 / 社会福祉学

淑徳大学総合福祉学部教授。淑徳大学社会福祉学部社会福祉学科卒業。法政大学大学院修士課程修了(経済学修士)。法政大学大学院博士課程修了(政治学博士)。社会福祉士・介護福祉士・ケアマネジャー。地域包括支援センター及び民間居宅介護支援事業所勤務経験をもつ。専門は、社会保障論、社会福祉学。著書に『日本の介護システム-政策決定過程と現場ニーズの分析(岩波書店2011年)』『国民健康保険(岩波ブックレットNo.787)』(岩波書店、2010年)、『介護入門―親の老後にいくらかかるか?』(ちくま新書、2010年)、『介護の値段―老後を生き抜くコスト』(毎日新聞社、2009年)、『介護―現場からの検証』(岩波新書、2008年)など多数。

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