2021.07.09
「学習支援によるケア」が、子ども・親・学生にもたらすもの――子どもの貧困対策の現場の調査から
「自分を迎え入れてくる人がいる」、「また来ていいんだっていう安心感」があったから――。
貧困世帯の子ども向けの学習支援教室に参加したある女性は、学校でいじめを受けた経験から不登校状態になり、勉強についていけなくなっただけでなく、同年代や周りが自分のことを嫌いだという意識を持っていたという。
だが、学習支援教室の学生やスタッフが、自分のことを気にしてくれている、心配してくれている感覚に、徐々に背中を押され、安心して参加するようになったという。
彼女は、学習支援教室を、「自分を迎えてくれる場所」と振り返った。
様々な不利・困難・孤立に直面し、社会のなかで居場所を見つけづらい貧困世帯の子どもたちにとって、そうした場所や、他者とのつながりが、どれほど切実に求められているか。
本稿では、ささやかではあるが、著者がこれまで行ってきた、子どもの貧困対策としての学習支援に関する研究から見えてきたことを述べつつ、読者の皆さんと、学習支援が持つ可能性について考えていきたい。
「子どもの貧困」という言葉は、ここ15年ほどでだいぶ知られるようになり、社会の理解が一定程度、進んだ。
貧困世帯の子どもは、自分では選択できない生まれ育つ世帯の貧困に起因する様々な不利・困難から、制約を受けている。例えば、望む教育を受けられなかったり、学校、部活動、友人関係に十分に参加できなかったり、進学を諦めたり、自己肯定感や将来の希望を持つことができなかったりと、制約は実に多岐に渡る。
それらは、社会において許容されてはならない「不公正」であり、個人の尊厳や自由の確保、次代を担う子どもの健全育成の点などからも、社会的課題として、是正されなければならない。
こうした問題意識のもとに、主に2000年代中盤以降、いわゆる、「子どもの貧困」が注目されるようになり、子どもの貧困への「理解」は一定程度、進んだと言えるだろう。
では、その「対策」は、どれほど進んでいるだろうか。この点、2010年代には、「子どもの貧困対策の推進に関する法律」(通称:子どもの貧困対策法)が成立するなど、「対策」の機運は高まっている。
しかし、事態は、あまり改善しているとは言い難い。例えば、2020年7月に厚生労働省が発表した「2019年国民生活基礎調査」(厚生労働省 2020)によれば、貧困線(等価可処分所得の中央値の半分)に満たない家庭で暮らす18歳未満の割合を示す「子どもの貧困率」は、2018年の時点で13.5%に及び、子どもの約7人に1人が貧困状態にある。
子どもの貧困の「理解」に比べて、「対策」は、必ずしも十分に進んでいないと言わざるを得ない状況である。
この点に関連して、我が国で、子どもの貧困問題を牽引してきた、東京都立大学の阿部彩教授は以下のように述べ、その「対策」の必要を強調する。
「『貧困』が存在することを提示し、そして、それを描写するだけの貧困研究の時代は終焉を迎えている。問題はこの先である。どのような政策をとれば、貧困による不利が緩和されるのか、その答えが求められているのである。しかし、多くの学問において、解決策を模索することが研究の目的ではなく、その手前で止まってしまうのである」(阿部 2017:105-106頁)。
子どもの貧困は、「理解」だけではなく、その「対策」も、より重要な段階を迎えているといえるだろう。
続いて、こうした文脈を踏まえつつ、子どもの貧困「対策」として取組が進んでいる、生活困窮世帯の子どもの学習支援に関する調査と、そこから示唆される知見について簡単に述べたい。
まず、ここでの、「学習支援」の意味するところを確認すると、主に2000年代中盤以降に全国各地で広がっている、生活保護世帯を含む生活困窮世帯の子どもに無償で勉強を教える取組を指す。
取組の多くは、民間の草の根レベルから徐々に広まった活動に起源を持つが、2015年にスタートした生活困窮者自立支援制度において任意事業として位置づけられ、それ以降、この制度に基づく取組と、それ以外の取組に大別される。なお、2019年度からは、生活困窮者自立支援制度に基づく取組は、「子どもの学習・生活支援事業」となり、世帯の生活支援や親の養育支援と連動した取組も広がっている(松村 2019)。
では、こうした学習支援は、参加した生活困窮世帯の子どもに、どのような効果をもたらしているのだろうか。
この点、まず、NPO法人さいたまユースサポートネット(2017)によると、学習支援を利用した中学生に、利用前後の変化尋ねた調査結果として、参加後に、「学校の成績」、「家で学習する習慣」、「友だちとの仲の良さ」、「大人に対する印象」、「将来の進学に対する見通し」が、「とてもよくなった」あるいは「よくなった」と答えた割合が約5割に及んだ。また、「自分に対する自信」についても、約3割の利用者が、「とてもよくなった」あるいは「よくなった」と回答している。
次に、著者も参加した、首都圏の幾つかの学習支援を対象とした研究グループの調査では、学習支援教室において、ケースワーカーやボランティアの先生が、子どもの困りごとや悩みごとの相談に乗ったり、会話したり、ほめたり、気にかけたりするなどの、「学習支援によるケア」が、自己肯定感など、子どもに多様な効果をもたらしうることが示唆された(松村 2020)。
ここで、「学習支援によるケア」とは、学習支援教室で、学生ボランティアやスタッフなど他者との会話、相談、経験などを通して、誰かが自分を気にかけてくる感覚、気遣い、配慮を受けるといった、対人的なケアをさす。
また、「学習支援によるケア」の作用として、インタビューデータ(語り)のカテゴリー化の結果、【誰かに気にかけてもらう感覚】、【頼れる大人に会える】、【自分が成長していく実感】、【人間的なつながり】、【もうひとつの学びの場】、【居場所感】という大きく6つの作用が確認された。
こうした作用によって、たとえば、学力・成績にとどまらず、自己肯定感など、より多元的に、子どものウェル・ビーイング(より良い心身ともに健康的な状態)を高めうることが示唆された。
換言すれば、学習支援を通じて、誰かに気にかけてもらう感覚や、他者とのつながりや居場所などを得ることが、勉強を教えてくれる他者やロールモデルの不在といった貧困世帯の子どもの不利な状況を緩和し、自己肯定感などを回復する可能性を秘めている。
さらに、学習支援の効果は、子どもたちに限らない。実は、子どもが学習支援に参加することは、その親(保護者)にも、一定の効果を及ぼす可能性が示唆されている。
一般に、生活困窮世帯の親は、子どもをケアしたり、教育・学習の機会を提供することが難しい。加えて、親自身も、そうした厳しい状況に陥っていることに、自分の力不足や罪悪感を覚えたり、子どもに後ろめたさを感じつつ、やれるだけのことをして、なんとか親としてのアイデンティティを維持しようとしているケースもある。また、子育てについて、強いストレス、心配、負担、葛藤を感じているケースもみられる。
そのようななか、先述の著者も参加した研究グループが行った親へのインタビューの分析の結果、学習支援は、子どもへの学習面のサポート、居場所やロールモデルの提供、さらに進路や受験に関する情報提供・相談など、親の子育て上のケアを支援・補完する機能が確認された(松村 2020)。
さらに、子どもに学習機会やケアを提供したいという親の思いと符合することで、親としての役割を十分に果たせていない自責の思いの軽減、子どもに学習機会や居場所、気にかけてくれる仲間等ができたという安堵感や安心感の獲得といった、損なわれかけた親のアイデンティティをも支援・補完する作用が確認できた(同上)。
ここまで述べてきたように、学習支援は、子どものみならず、親に対しても、多元的に有効に作用しうることを示唆する。
さらに、学習支援をする側、ケアを提供する側の学生にも一定の効果をもたらしうることが指摘されている。多くの学習支援では、学生が、ボランティアとして参加している。一方、学習支援への参加が、学生にどのような変化をもたらしているのかという点は、いまだ十分には明らかになっていない。
著者が、学習支援ボランティアに参加した大学生に行ったインタビュー調査によると、ボランティアの変化・学びとして、〈貧困家庭の子どもの見方が変わった〉、〈視野が広がった〉、〈貧困問題の関心が強くなった〉、〈相手を考えて話すようになった〉、〈自分自身の振り返り・相対化〉、〈市民意識の向上〉、〈教員志望の高まり〉、〈社会的企業への関心〉、〈子ども・次世代育成への関心〉という少なくとも9つのカテゴリーが抽出された(松村 2017)。「学習支援によるケア」を担うなか、子どもとの相互作用において、こうした変化が、学生に芽生えていることが考えられる。
ここまで述べてきたように、学習支援が持つ可能性は、決して少なくない。その上で、留意しなければならないのは、これらの可能性は、「ケア」から導かれうるものであり、いわゆる受験予備校的な教科指導のみでは、こうした作用は期待できないことである。
換言すれば、学習支援の内容や、その質について、「ケア」が重要な要素であることを踏まえながら、慎重に検討すべきである。
近年注目されているヤングケアラーの子どもが一定数いることなどを踏まえると、子どもの学校生活・日常生活についての声に耳を傾けたり、困っていることや悩んでいることの相談に乗ったり、良いところをほめたり、気にかけるといった、「学習支援によるケア」の作用を実践する取組が、強く期待される。
一方で、学習支援のあり方については、課題も多く残されている。多くの学習支援教室では、人手や財政の不足が生じている。ケアを提供する側が安心して活動できてこそ、相互作用の「学習支援によるケア」の効果が十分に期待できるであろう。人手や財政面をバックアップする支援の輪の広がりが欠かせない。
事態の改善のためには、一定程度前進しているとはいえ、貧困世帯や、そこで暮らす子どもの置かれている状況についての「理解」と、「対策」を支える機運をさらに高めていくことが求められる。すなわち、「理解」と「対策」は、車の両輪のように一体的に進めていくことが重要といえるだろう。
冒頭に紹介した、学習支援に参加した女性は、学習支援を振り返り、「みんなして1人を大きく迎えてくれるあったかい場所」と語った。
自分を迎えてくれる場所の存在や、そこで、誰かが自分を気にかけてもらう感覚をもつことが、様々な不利・困難・孤立に直面している子どもの心に、どれほど深く響くのか――。
学習支援の場は、もはや「学習」にとどまらず、また、一方的に「支援」する場でもない。そこには、様々な出会いがあり、安心感や安堵感を伴う居場所があり、「ケア」の相互作用を通じて、他者とのつながりや信頼感、将来への希望などが生まれる可能性がある。
現在、コロナ禍において、貧困世帯の子どもや親の置かれている状況は厳しさを増している。読者のあなたも、学習支援が持つ可能性や、自分たちに何ができるのかを、考えてみませんか。
【文献】
・阿部 彩(2017)「子どもの貧困に対して教育社会学に期待すること」『教育社会学研究』100巻, 103-107頁。
・松村智史(2020)「子どもの貧困対策としての学習支援によるケアとレジリエンス : 理論・政策・実証分析から」明石書店.
・松村智史(2019)「生活困窮世帯の子どもの学習・生活支援事業の成立に関する一考察:国の審議会等の議論に着目して」『社会福祉学』第60巻2号, 1-13頁.
・松村智史(2017)「生活困窮世帯の子どもの学習支援に参加する大学生ボランティアの学びに関する研究」『日本教育学会大会研究発表要項』76 巻, 214-215頁.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/taikaip/76/0/76_214/_article/-char/ja/
・NPO法人さいたまユースサポートネット(2017)『「子どもの学習支援事業の効果的な異分野連携と事業の効果検証に関する調査研究事業」報告書』
https://www.saitamayouthnet.org/pdf/報告書-web.pdf
・厚生労働省(2020)「2019 年 国民生活基礎調査の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa19/dl/14.pdf
プロフィール
松村智史
1983年、秋田県生まれ。東京大学大学院教育学研究科修了後、社会福祉、東日本大震災からの復興、子育て支援に関する業務等に従事。また、横浜市で生活困窮世帯の子どもの学習支援ボランティアを行う。2019年、首都大学東京(現:東京都立大学)人文科学研究科博士課程修了。博士(社会福祉学)。専門、社会福祉学、社会政策、高等教育、社会保障法、行政学。著書に『子どもの貧困対策としての学習支援によるケアとレジリエンス』(明石書店)