2013.06.20
生活保護の水際作戦事例を検証する
生活保護法の一部を改正する法律案(以下、改正法案)が、来週にも今国会で可決されようとしている。改正法案は非常に多くの問題点を含んでいる。
生活保護法改正法案、その問題点/大西連 https://synodos.jp/welfare/3984
とくにもっとも大きな危険性として考えられるのが「水際作戦」の強化である。
「水際作戦」とは、生活保護申請の唯一の窓口である福祉事務所が、本来保障されているわたしたち一人ひとりが制度にアクセスするための「申請権」を無視して、違法・不当に申請を受け付けなかったり、阻止しようとすることである。
本稿では、実際に生活保護申請の窓口でおこっている「水際作戦事例」を紹介したい。
事例を集めるにあたって、もやいを始め、生活保護問題対策全国会議、全国の生活保護支援法律家ネットワーク、日弁連全国一斉生活保護110番、全正連、民医連、ホームレス総合相談ネットワーク、POSSE、DPI日本会議、その他全国のホームレス支援団体や生活困窮者支援団体のみなさまにご協力いただいた。
また、ここに登場する事例は、判例等をのぞいて、本人の許可を得たうえで個人情報に配慮し、一部を改変したり複数の事例を組みあわせて作成している。ご了承いただきたい。
「まだ働けるからダメです」
生活保護制度は、年齢や世帯構成にかかわらず、収入や資産の状況が生活保護基準を下回っていれば利用することができる。年齢的に、または体調的に「働ける」状態であったとしても、そのとき仕事がなかったり、お金がなくて生活困窮していれば、生活保護の利用は可能だ。しかし、実際には、「まだ働ける」ということを理由に、窓口で申請を断られてしまうような場合が非常に多い。
もっともポピュラーな「水際作戦」の方法といえる。以下にいくつか事例を紹介する。
事例1 Aさん 30代男性 失業しネットカフェ生活
正社員として建築関係の寮付きの仕事に就職。しかし、会社が倒産して住まいも失い、ネットカフェ生活になる。日雇いの派遣などで食いつなぎ不安定な日々を過ごすが、仕事自体が減ってしまい生活困窮してしまう。
しかし、役所に行ったら「若いから探せば仕事はある」「努力が足りない」と追い返され、「このままだとホームレスになってしまう」といったら「いままで怠けてきたあなたが悪い」と言われた。
事例2 Bさん 50代女性 精神疾患あり 80代の母と同居(2人世帯)
Bさんは母の介護のために仕事をやめたが、先の見えない状況と介護のつらさから精神疾患になり、日々の生活もままならなくなる。貯金がつきて役所に相談に行くも、「まだ働ける年齢だからあなたが働いて何とかしなさい」「医者はすぐに精神疾患の診断を出すが世のなかそんなに甘くない」「親の面倒をみるのは当たり前だ」と取りあってもらえない。家に帰って無理心中を考えるが思いきれずに知人に相談。知人から支援団体を紹介され、支援団体の人に同行してもらい生活保護申請し、受理される。
事例3 新宿七夕訴訟 Cさん 50代男性 路上生活
2008年、路上生活をしていたAさんが新宿区に生活保護申請をしたところ、「稼働能力の不活用」ということで、数回にわたって生活保護申請を却下された。
これにたいして、却下決定を出した新宿区を被告として「申請保護却下の取り消し」を求める裁判がおこなわれた(新宿七夕訴訟)。
2011年11月、一審では、「法は不可能を強いることはできない」として「(原告は)『稼働能力の活用』の要件は充たしている」と判断。却下処分は違法であり、却下処分の取り消しと生活保護開始決定の義務付けを命じる判決を言い渡し、4年以上にわたった裁判が終結した(2012年7月18日、東京高等裁判所は新宿区の控訴を棄却)。※この事例はいわゆる「水際作戦」とは違うものの、稼働能力があることを理由に保護しないことが違法であると認定された裁判例としてここに記載した。
参照:ホームレス総合相談ネットワーク
http://lluvia.tea-nifty.com/homelesssogosodan/2012/09/post-ca76-1.html
ここで見てきたように、「働ける」という言葉は非常によく使われる「水際ワード」と言える。生活困窮におちいる人は多くの場合、さまざまな「きっかけ」により安定した雇用からこぼれてしまい、不安定な雇用に就かざるをえなかったり、体調を崩してしまったりと、より困難な状況にいたってしまう。
ほかにも「働ける」を理由とした水際例を列挙する。
・北海道 50代 女性
姉が生活保護申請をしたら「いまはまだ受けられない」と言われた。
・関東 40代 男性
60代の義父が、仕事を失い市営住宅の家賃が払えず立ち退きを迫られ、生活保護申請に行ったら窓口で「まだ働ける」と言われて断られた。
・関東 30代 男性
統合失調症があり働けないが「年齢的に働けるので受理できない」と言われた。
・中部 60代 夫婦
夫婦で生活困窮。役所では「65歳まではダメな決まりなんです」と言われた。
・北陸 30代 夫婦と子ども2人
妊娠中の妻と子どもを抱えて失業。家族に頼れず生活保護申請に行くも「働ける」「本気で仕事を探していない」「そんな状態で子どもを産むな」と説教され受理してもらえず。
・近畿 30代 女性
精神障害者手帳をもっている。仕事を探すが見つからず、役所に相談に行ったら生活保護の申請書を書かせてもらえない。
・近畿 40代 女性
仕事がなく公営住宅の滞納がかさみ、立ち退きを求められる。困って役所に行ったが、生活保護申請の申請書を書かせてもらえない。申請書は誰でももらえるとテレビで言っていたが実際は「あなたはまだ早い」と言われた。
・九州 30代 男性
先月まで仕事をしていたが不安神経症になり仕事に行けなくなった。生活保護の申請にいったら「まだ若い」「がんばりが足りない」と追い返された。
・九州 40代 男性
自営業をしていたが現在自己破産手続中。田舎のため新しい仕事をしようにもみつからない。役所に行ったら「自己破産して恥ずかしくないのか」「死ぬ気でがんばれ」と言われて断られた。
・九州 50代 女性
糖尿病があるが意思の診断書に就労可能と書かれていたため、役所にいったら「まだダメ」と言われた。その後体調が悪化し1カ月入院。生活保護にはなったがいまはヘルパーさんを利用しないと日常生活が難しくなってしまった。
これらは氷山の一角である。「あなたはまだ働ける」「死ぬ気で頑張れ」というのは簡単だ。しかし、実際に仕事を用意するわけでも、彼ら・彼女らの頑張りや経験について真摯に見てきたわけでもない。
福祉事務所の窓口の担当者は、ある意味「生殺与奪」の権限をもっている。
「家族に養ってもらえ」
同じように水際作戦の典型的なものは「家族に養ってもらえ」だ。「まだ働ける」は65歳以下の方にたいしておもに使われるが、「家族に養ってもらえ」は全年齢的にもちいられる。
生活保護において「扶養義務」というものは、実際には制度利用のための「要件」ではない。「保護に優先して行われるもの」と定められてはいるが、必要な保護を妨げるものではないと解釈されている。
その方の状況によって家族との関係性や家族の扶養能力も違う。また、DVや虐待など、特別な事情で家族や親族と離れて暮らす必要がある場合など、生活保護の申請にかんして家族や親族への連絡を止めてもらうことができる。
しかし、実際はその「扶養義務」を違法に運用して、「水際作戦」にもちいることが多い。いくつか事例を紹介する。
事例1 20代 女性 Dさん
Dさんは派遣やアルバイトを転々として生計を立てていたが、ストレスから不眠に悩むようになる。仕事も難しくなり、役所に相談へ行くが、「親が健在なら養ってもらいなさい」の一点張り。そしていったんは遠方の父親が養うという方向性で話がまとまった。しかし、実家の家計も火の車で、約束の仕送りも一向に来ない。父親からは「生活保護は許さん」「仕事をしろ」「家の敷居をまたがせない」「恥知らず」と電話で怒鳴られる。
再度役所に電話するが「ご両親と相談してください」とろくに 取りあってもらえない。そこで、支援団体に相談し、生活保護申請し生活保護が決定した。
事例2 三郷市保護申請権侵害事件(2013年2月20日さいたま地裁判決)
埼玉県三郷市に住んでいたトラック運転手のEさんは、2004年に急性骨髄性白血病を発症し、勤め先の会社を退職。妻と長男、当時中学生の次女の4人暮らしだったが、入退院を繰り返す生活で収入はほとんどなくなった。
妻は生活保護を申請しようと、2005年3月~06年5月に市の福祉事務所を数回訪問。自身は夫の世話などで週の半分を病院通いしなければならず、アルバイトの長男の月収も約十万円しかないなどと、生活が苦しい状況を説明した。だが福祉事務所の職員は、妻に「働けるのであれば働いてほしい」「まず身内に相談してほしい」などと求めた。妻は、生活保護受給ができないと思い、申請にいたらなかった。
Eさんと妻らは市を相手に本来得られるはずだった生活保護費相当分などの損害賠償を求めて訴訟を起こした。なおEさんは提訴後に病死した。
2013年2月20日さいたま地裁判決(確定)によれば、「親族らに援助を求めなければ申請を受け付けない」などの誤解を与えた場合は「職務上の義務違反」にあたると指摘し、福祉事務所の職員の対応を「申請しても生活保護を受けられないとの誤解を妻に与え、生活保護の申請権を侵害した」と判断した。
その他、家族の「扶養」を理由におこなわれた水際事例を列挙する。
・北海道 40代 女性
70代の母と同居。病気で倒れ、役所に申請に行くが、連絡の取れない弟に「連絡を取ってまず扶養してもらえ」の一点張りで申請させてもらえず。
・東北 40代 男性
20年前に家族との不和で家を出たにもかかわらず「家族と和解しろ」と言われ、追い返された。
・関東 30代 女性
親が持家に住んでいるということで「実家に帰れ」と言われ申請拒否。本人は父親の暴力を訴えるも「家族のことは話しあって決めろ」と言われた。
・関東 20代 女性
精神疾患あり一人暮らし。両親もこれ以上面倒はみられない、一緒に住めないと言っているが、役所に行ったら「一緒に住むのが前提」「親が養うのが普通だ」と言われた。
・東海 30代 男性
身体障害、精神障害あり。遠方の家族から仕送りを受け、障害年金で生活するも両親が経済的にもう限界。役所に行くも「家族からの援助があるならダメ」と断られた。
・北陸 80代 女性
一人暮らしで年金生活しているが貯金がつきて生活困窮。子どもが4人いるが、独立していてやりとりもない。役所には「子どもにひきとってもらえ」と言われた。子どもは自分を引きとれるだけの経済的ゆとりはない。
・近畿 50代 男性
80代の母を何とか兄弟で援助して生活を支えてきた。しかし、もう限界。このままでは自分たち兄弟も困窮してしまうと役所に相談したら、「何とかもう少し頑張ってください」と言われ追い返された。
・近畿 40代 女性
離婚と失業が重なり生活困窮。役所に相談に行ったら「両親の年金があるからそれを頼れ」と言われて追い返された。両親とは離婚の経緯でトラブルになっていて援助を断られた。
・近畿 50代 女性
病気になり働けなくなり生活困窮。役所に行ったら「20代の息子に養ってもらいなさい」と言われた。息子は住み込みの低賃金の仕事をしていて援助は無理だし、子どもの自立の足を引っ張ってしまうみたいで悲しい。
・九州 60代 男性
姉が山林をもっているということで「それを処分して援助してもらえ」と言われた。姉の山林を勝手に処分はできないし、そもそも買い手がいないと売れない。
このように、「扶養」も非常によくもちいられる水際作戦の方法と言える。
「扶養」というものは本来当事者間で話しあい、可能な範囲で援助を行うものだ。そこに制度や価値観や人間関係がからむと、必要な話がされずに、生活に困った「その人」が置いてきぼりになってしまう。
福祉事務所としても「扶養義務」という概念にこだわりすぎて、実際の目の前の困っている「その人」に思いが寄せられなくなるのは問題だ。
生活保護の要件ではない「扶養義務」について、あくまで「必要な保護を妨げるもの」であってはならないし、「困っている」状況にそくした、そういった運用が行われなければならない。
しかし、今回の改正案では「扶養義務の強化」がかかげられている。こういった「水際作戦」を強化してしまったり、本人の申請意思をくじいたり、躊躇させてしまうのは間違いない。
その他、実際に起きた「水際事例」
つぎに、その人の状況にあった対応ではなく、福祉行政のあやまった対応や、差別的な対応がおこなわれた事案を列挙する。
・北海道 60代 男性
車上生活している。役所に行ったら「車をまず処分してアパートにはいってからきてください」と言われた。アパートを借りるお金があったら借りている。
・東北 60代 男性
病気で倒れ入院中に生活保護申請にいったら「入院中は申請できない。施設を自分でみつけて決まったら相談を」と言われた。
・関東 30代 女性
生活保護利用中の男性と同居することになり役所に世帯変更の相談に。すると「生活保護中は1年以上一緒に住まないと同居できない」などとあやまった説明をされたり、「実家に帰りなさい」などと言われた。
・関東 60代 男性
役所に相談に行ったら「まずここに行け」と、食糧支援をしてくれるというNPOを紹介され、生活保護申請をさせてもらえなかった。
・関東 20代 女性
生活保護申請に行ったら「まだ若い」「本当に困った人のために生活保護はあるんだ」と言われ、家に帰ってショックでリストカットしてしまった。翌日再度役所に行ったら担当者は心配するそぶりもなく「僕はズバズバ言いますよ」と言われた。
・関東 40代 男性
路上生活をしていて生活保護申請。役所には「まず自分で宿泊施設を見つけて。そうしたら受理するよ」と言われた。自分でどうやってみつけるのか。
・関東 50代 男性
路上生活をしていて生活保護申請に行ったら宿泊施設の人を紹介され、「ここに入所しないと生活保護はダメ」と言われた。自分はアパートにはいりたいが2年もその施設にいる。
・関東 70代 男性
路上生活中に倒れて救急搬送されたが点滴だけで帰された。翌日、役所に相談に行ったら「入院しなかったってことは治療が終わったんだからあとは自分で何とかして」と言われた。
・東海 20代 女性
DV被害にあり他県から逃げて生活保護申請した。しかし、本当にDVがあったかどうか夫(DV加害者)に確認したいと言い張り、弁護士が間にはいってやっとやめてもらえた。
・近畿 30代 母子家庭
生活保護申請に訪れた母子家庭の母親にたいし「異性との生活は禁止」「妊娠出産した場合は生活保護には頼らない」などの誓約書を担当した職員に書かされた。
・近畿 20代 女性 妊娠中
生活困窮になり役所に相談。子どもの父親とはすでに音信不通であるにもかかわらず「胎児の父親の連絡先が必要だ」との理由で申請を拒否された。
・四国 50代 男性
車を所有しておりそれを理由に申請書を渡してもらえず。支援団体が同行したら申請書を出してきた。
・九州 60代 男性
居住しているアパートの賃貸借契約書をもってこないと申請できないと言われた。
・九州 30代 女性
夫は負債があり拘留中。3人の子どもを抱えて生活困窮。役所に行ったら「子どもを施設に預けて働け」「離婚して児童扶養手当をもらえ」と一時間あまり説教された。
これ以外にもよくある水際作戦としては、「住民票がないとダメ」「借金がある人は利用できません」「うちでは対応できないから隣の自治体に行って(住所不定の人にたいして)」「今日は担当者がいないので受け付けません」「過去に生活保護を受けていたことがある人はダメです」「申請してもどうせ却下するので意味がない」などが有名だ。
法的にはわたしたちは誰しもが生活保護申請をする権利をもっていて、福祉事務所はそれを受理しなければならないと決められている。
しかし、実際の窓口の「現場」ではそれがあまりにも軽視されている。
生活保護利用中の方への問題ある対応
生活保護を利用することができても、本来その人が必要とする支援につながれずに困ってしまう方は多い。制度の運用の部分で、あやまった対応や、知識不足、人手不足による問題のある対応がなされてしまうこともある。
ここからは、とくに病気や障害をおもちの方の事例を紹介したい。
事例1 Fさん 50代男性 聴覚障害あり
東北の障害者支援施設で生活しているFさんは、ある日、住宅扶助や冬季加算の過払いが生じたという理由で約8万円の費用返還決定通知書を受け取った。困ったFさんはメールでケースワーカーへ説明を求めたが、1ヶ月以上返信がなく、面会もできなかったため支援団体に相談。その後、支援団体が間にはいり、担当者から説明を受け、分割で返還することになった。しかし、支援団体がはいらなければ十分な説明が受けられず、また本来認められた「審査請求」の権利も失いかねなかった。
事例2 Gさん 30代女性 精神障害
九州のアパートで1人暮らしをしているGさんは、病気が悪化して起きられなくなり、郵便物の確認や通院もできなくなったことから障害者手帳の更新手続きができなかった。その後、手帳が更新されないまま障害者加算を受給したという理由で約6万円の費用返還決定通知書を受け取った。通院の支援や返還についての協議はまったくなく、いきなりの決定だった。不服申し立ての期限に間にあわなかったため現在は法律相談を受けている。
事例3 Hさん 20代女性 知的障害
知的障害のために金銭管理が苦手なHさんは関東のアパートで1人暮らしをしている。しかし、家賃や光熱費の滞納が重なり、お米も買えなくなってしまった。生活福祉課や障害福祉課の担当者へ相談しても「自分でやりなさい」と追い返されることから支援団体に相談。相談当日の所持金は200円で、家賃は3ヶ月分を滞納し、ガスと電話は止まっていた。その後、支援団体が間にはいることで、本人の必要とする支援について協議。ケースワーカーがおもな金銭管理を行い、作業所の職員が日々のお金の使い方を手伝うという支援体制が作られ、ライフラインが復旧した。
このように、病気や障害をおもちの方にたいしては、本来、福祉事務所側がその方の状況に応じてその方が必要とする「合理的配慮」をおこなうべきだ。
返還請求にしても一括でなく実際に支払えるように分割を認めたり、生活保護利用者の権利である不服申し立て(不服審査請求)についてきちんと説明したり、また、病気や障害にあわせた支援計画、体制を整えたりなど、一緒になって生活の再建を考えていくことが求められる。
しかし、実際はこれらの事例のように、福祉事務所側のマンパワー不足もあって、その方にあった支援や、その方の状況にあわせた対応がおろそかになってしまっている。それらは、とくに病気や障害をおもちの、本来より「合理的な配慮」を必要とする方にとっては、死活問題となってくる。
また、改正案が提起する扶養義務の強化は、それらの方により顕著に襲いかかる。たとえば、昨年10月、障害者虐待防止法が施行された。2013年5月9日付読売新聞の報道によると、虐待として認定された1033件のうち、家族からの虐待が81%を占めている。
このように、家族からの「虐待」が病気や障害をおもちの方にとって大きな問題であることが、最近やっと社会化されてきた。もし生活保護の扶養義務が強化されれば、家族への連絡を恐れて申請できない障害者が増えることが予想される。また、生活保護の電算システムの導入が進められていることから、家庭の事情や病気・障害の特性をふまえない、乱暴なケースワークが増えることも懸念される。
病気や障害をおもちの方にとって生活保護制度は地域で生活していくための命綱でもある。
そういった方たちの制度利用を抑制し、「地域」ではなく「家族」のなかに閉じ込めようとする発想は大きな問題がある。
餓死・自殺にいたってしまった事例
ここからは、実際に餓死や自殺にいたってしまった事例を紹介する。正直、書いていて非常に心が痛い。しかし、実際にこのようなことが起こったことを忘れてはならないと思う。
事例1 北九州市餓死事件(2006年5月遺体発見)
2006年5月23日、北九州市門司区の市営住宅で一人暮らし、無職のIさん(56歳)のミイラ化した遺体が発見された。
Iさんは、下半身が不自由で身体障害者4級の手帳を所持しており、仕事をやめた2005年8月以来収入はなく、水道も止められ、市内で別居する二男のパン等のほそぼそとした差し入れによって生活していた。家賃も滞納するにいたり、同年9月末、市の水道局、住宅供給公社の職員が訪問したとき自宅内で衰弱し脱水状態となっていたIさんは、二男とともに福祉事務所を訪れ生活保護の申請意思をしめしたが、福祉事務所は二男らに援助を求め生活保護を受付しなかった。
ライフラインも止まったままのなか、二男の細々とした差し入れも困難となり、再度同年12月上旬に福祉事務所を訪れ生活保護の申請意思をしめしたが、このときも、福祉事務所は長男と話しあうように求め、またも生活保護を受付しなかった。
この事件は、北九州市が自ら設置した北九州市生活保護行政検証委員会の平成19年12月付最終報告書でも「いわゆる『入口』での不適切な対応で、『水際作戦』と呼ばれても仕方がないと言わざるを得ない」と認定されている。
事例2 札幌市白石区姉妹餓死事件(2012年1月遺体発見)
札幌市白石区に住む42歳と40歳の姉妹(妹は知的障害者)の姉が、就職活動をするも就職できなかったため、3回(2010年6月1日、2011年4月1日、2011年6月30日)にわたり福祉事務所に相談に行ったが、いずれも申請書の交付にいたらず死亡にいたった事件。
1回目は、求職活動中であったところ、面接員は「(姉が)仕事も決まっておらず、手持金も僅かとのことで、後日関係書類をもって再度相談したいとして、本日の申請意志はしめさず退室となった(関係書類教示済み)」として申請書交付にいたらず。
2回目は、「手持金が少なく、食料も少ないため、それまでの生活の相談に来た」「預貯金:1千円、ライフライン:滞納あり、国保:未加入」と記録されているにもかかわらず、保護申請にはいたらず、非常用パン14缶(7日×1食×2人)を支給。
3回目は、「求職活動しているが決まらず、手持金も少なくなり、生活していけない」、「……妹が体調を崩し、仕事に行けない状態になり、研修期間でやめる(給料なし)」「その後アルバイトするも続かず、現在求職中」とあるが、「保護の要件である懸命なる求職活動を伝え」「手持金も少なく、次回は関係書類をもって相談したいとのことで本日に申請意思はしめさず退室となった」と記録。
早期に福祉事務所側が積極的に生活保護申請をすすめ、その申請を受け付けて保護していれば二人とも亡くならずにすんだ。
事例3 小倉北区・申請拒否自殺事件(2011年3月29日判決)
北九州市小倉北区の61歳の男性Jさんが、就労を始めたことを理由に収入が保護基準以下であるにもかかわらず「辞退届」により保護が廃止となったが、その後ふたたび生活に困窮し、保護の申請をしたもの申請が受け付けられずに自殺した。
遺族が市を相手に慰謝料の支払いを求める国家賠償訴訟を提起した。
2011年3月29日福岡地裁小倉支部判決(確定)によると「生活保護申請をする者は、申請をする意思を「明確に」しめすことすらままできないことがある……。法は申請が口頭によって行われることを許容しているものと解されるし、場合によっては「申請する」という直接的な表現によらなくとも申請意思が表示され、申請意思があったと認められる場合がある」
「再申請の意思を口答で表明しているのに、さらに求職活動が必要とのあやまった説明をしていた」、「生活保護の実施機関は生活保護制度を利用できるかについて相談する者にたいし、その状況を把握したうえで、利用できる制度の仕組について十分な説明をし、適切な助言を行う助言・教示義務、必要に応じて保護申請の意思の確認の措置を取る申請意思確認義務、申請を援助指導する申請援助義務(助言・確認・援助義務)が存するにもかかわらず、再就職が困難である原告に就職活動を強く求め、申請意思を確認せず、保護の適用に向けた援助をせず、申請を断念させた」として、違法性を認め慰謝料の支払いを命じた。
「水際作戦」を止めるために
ここまで、「水際作戦」の事例を紹介してきた。
「水際作戦」はいずれも法的に違法であるばかりか、その方の生活や「いのち」に深刻な影響を与える非常に大きな社会的排除である。
ここで紹介したものは、あくまで氷山の一角だ。実際はこういった対応をされた場合に、それが違法であったり、不当であるとの認識をもてずに泣き寝入りをしてしまうことも多い。また、支援団体に相談して初めて発覚することも多い。
これらの「水際作戦」は、いまこの瞬間も全国のどこかで起きているかもしれない。
いま可決されようとしている改正案は、こういった「水際作戦」を助長させてしまうような大きな危険を孕んでいる。わたしたちが進むべき社会の方向性は、生活に困った方が制度にアクセスするのは拒んだり、排除したりする社会だろうか。個人や家族にその責を押しつけて、見ない振りをしようとする社会なのだろうか。
このままだと来週には改正案は参院で可決される。
わたしたちにできることはまだあるはずだ。「水際作戦」にNOと言いたい。生活保護法の改悪にNOと言いたい。また、その声が拡がっていくことを願っている。
実際に「水際作戦」にあったり、現在生活にお困りの方はぜひ相談してほしい。
NPO法人 自立生活サポートセンター・もやい http://www.moyai.net/
また、以下のPDFから生活保護申請書もダウンロード可能なので、ぜひ活用してほしい。
http://moyai-files.sunnyday.jp/pdf/seiho-guide_2.0
来週には可決されようとするこの「改正案」について、何としてもストップさせたい。
一度失われた「いのち」は戻ってこないのだから。
サムネイル:Mustafa Khayat
プロフィール
大西連
1987年東京生まれ。NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長。新宿での炊き出し・夜回りなどのホームレス支援活動から始まり、主に生活困窮された方への相談支援に携わる。東京プロジェクト(世界の医療団)など、各地の活動にもに参加。また、生活保護や社会保障削減などの問題について、現場からの声を発信したり、政策提言している。初の単著『すぐそばにある「貧困」』(ポプラ社)発売中。