2016.07.19

成長戦略としての「女性」――安倍政権の女性政策を読み解く

堀江孝司 政治学・福祉国家論

政治 #成長戦略#女性政策

1.はじめに

安倍晋三政権は「女性の活躍」を成長戦略の柱に据え、安倍首相は「すべての女性が輝く社会」を連呼している。そのため、安倍が男女共同参画やジェンダー平等に熱心だと思っている読者もいるだろう。他方、安倍のいっていることはポーズに過ぎないという見方もある。特に、政権初期に「3歳まで抱っこし放題」を打ち出したためか、本音は「女性は家庭へ帰れ」だという見方もある。第一次政権発足前には、「ジェンダーフリー」を攻撃するバックラッシュ運動に関与し、男女共同参画社会基本法を根本的に考え直す必要を語っていた安倍が、まさか女性の活躍とは、というわけである。本稿では、安倍政権の女性関連政策の検討を通じ、こうした対極的な見方が生まれる背景を解き明かしていきたい。筆者は既に、安倍政権の女性政策について検討を行っているが(注1)、本稿ではその後に出た「1億総活躍」関連の文書についても検討を加える。

(注1)紙幅の関係で、本稿では先行研究や資料などからの引用を丁寧に行いきれないところがある。詳しくは堀江(2016)を参照されたい。

筆者の理解では、安倍政権が掲げる女性の活躍促進はポーズなどではなく、政権は少子高齢化の波を乗り切る上で必要な労働供給を賄い、GDPを増大させるために、女性の就労を拡大することを実際に目指している。ただ、安倍自身はバックラッシュの過去を反省し、ジェンダー平等派に変わったわけではない。成長戦略としての「女性の活躍」政策は、ジェンダー平等政策とは異なる、ということには注意が必要である。

以下では、まず2節で安倍政権の女性政策が成長戦略であることを資料から確認し、3節では安倍がそれを、自身が依拠する保守派の論理とどう折り合いをつけているのかを考察する。そして、4節では野党への「抱きつき」などとも評される昨今の社会政策化が、やはり成長戦略として理解できることを確認する。

2.なぜ安倍政権は「女性活躍」をうたっているのか

安倍政権はなぜ女性の活躍に積極的なのか。政党間競争、すなわち選挙対策だという面は確かにあるだろう(辻 2015)。第一次政権時は女性の支持率の方が高かったが、第二次・第三次安倍政権は男性に比べ女性の支持率がかなり低い。そのため、女性有権者にアピールしたい動機が、政権には確かにある。しかし、女性票を獲得するために、本当はやりたくもない女性活躍政策を安倍が無理に掲げているというわけでもない。選挙対策を抜きにしても、安倍には「女性の活躍」を推進する理由がある。

まず、少子高齢化と人口減少社会の下で、女性の労働供給が必要とされている。高齢者が増え現役世代が縮小する中で社会保障制度を維持するのは困難な課題である。支える側と支えられる側のアンバランスを緩和するには、労働力人口を増やす必要がある。「産めよ殖やせよ」の人口政策には批判もある上、歴代政権の「少子化対策」は効果を挙げておらず、出生率の劇的な向上は至難の業である。また仮に生まれる子どもが増えたとしても、彼らが労働市場に参入して支える側に回るのは20年ほど先のことになる。

2000年代には、政府の少子化文書に「出生率の反転」を目指すといった表現がしばしば用いられ、与党幹部らが合計特殊出生率の数値目標に言及することもあった。背景には、数が多い団塊ジュニア世代が30代であるのはあと数年との焦りがあった(堀江 2009)。実は合計特殊出生率は2005年の1.26を底に、その後、上昇傾向にあるが(2015年は1.46)、団塊ジュニア世代が40代に入り、出生児数は減っている(2005年:106万3千→2015年:100万6千)。

そこで現在、出生率以上に追及されているのは、潜在的労働力の掘り起こしである。移民政策はハードルが高いため、女性、高齢者、若者にいま以上に働いてもらうことが考えられてきた。こうした事情を、民主党政権の文書は明快に語っていた。「少子高齢化による『労働力人口の減少』は、我が国の潜在的な成長エンジンの出力を弱めるおそれがある。そのため、出生率回復を目指す『少子化対策』の推進が不可欠であるが、それが労働力人口増加に結びつくまでには20年以上かかる。したがって、今すぐ我が国が注力しなければならないのは、若者・女性・高齢者など潜在的能力を有する人々の労働市場への参加を促」すことだと(「新成長戦略について」2010年、31~32ページ)。

塩崎恭久自民党政調会長代理(肩書は当時。以下同)は人手不足について、「日本人の生産性を上げるのが最優先だ。…これまで活躍できていなかった女性、高齢者、若者の機会を増やす政策を総動員すべきだ」と述べた(『日本経済新聞』2014年5月10日付)。2015年9月、難民受け入れについて問われた安倍は、「人口問題として申し上げればですね、いわば我々は移民を受け入れるよりも前にやるべきことがある。それは女性の活躍であり、あるいは高齢者の活躍であり、そして出生率を上げていくには、まだまだ打つべき手があるということでもあります」と答えた。聞かれているのは難民問題であって人口問題ではない。全く的外れだが、これは安倍がよく国会で、野党から聞かれたことに答えず別の話をしてはぐらかすのと同じ類というよりは、人口減少社会、少子高齢社会の乗り切り方について、日ごろ考えている優先順位がつい出たのかもしれない。

女性や高齢者の就労を増やし、労働人口減に歯止めをかけるというシナリオは、政府の諮問機関等から度々提示されている(雇用政策研究会「雇用政策研究会報告書」2014年、35~36ページ、『経済財政白書 2015』74ページなど)。例えば2014年の『経済財政白書』の試算は、子育て支援の充実で働く女性を100万人増加させることが可能だとしている(『経済財政白書 2014』170ページ)。子育て支援の狙いが女性の労働供給である点を確認しておきたい。

労働人口減は、社会保障制度の維持のみならず、経済成長の足かせともなる。先日、閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」は、少子高齢化が「成長の隘路」だとの認識から、「少子高齢化に死にもの狂いで取り組んでいかない限り、日本への持続的な投資は期待できない」とし、「多くのポテンシャルを秘めている女性や、元気で意欲にあふれ、豊かな経験と知恵を持っている高齢者など」の「潜在力とアベノミクスの果実を活かし…少子高齢化という日本の構造的問題」に立ち向かう必要があるという(2ページ)。

女性の労働供給を増やすのは経済成長のために必要であり、「女性の活躍」政策は、社会政策ではなく成長戦略だということや、これまで最も活かされてこなかった人材は女性だといったことが、繰り返し述べられている(安倍総理「成長戦略スピーチ」2013年4月19日; 「日本再興戦略2013」4~5ページ; 安倍 2014: 104; 幸田・安倍 2014: 63)。つまり、人口減少社会で経済成長を実現し社会の活力を維持していくためには、最大の潜在力である女性の力が不可欠だというのである(すべての女性が輝く社会づくり本部「女性活躍加速のための重点方針2015」1ページ)。

安倍の経済ブレーンである本田悦郎が述べるように(『日本経済新聞』2014年12月3日付)、専業主婦がパートで働きに出るなど、非正規雇用でもそれまで働いていなかった人が働き出せば、経済にプラスとなる。加えて、女性の労働参加が進むことで、新しい価値観が持ち込まれてイノベーションが生まれることや、主婦が働きに出ることによる収入増を通じた購買力の増加も、成長要因に数えられている(「日本再興戦略2013」5ページ; 安倍 2014: 104; 「日本再興戦略2016」25ページ;「ニッポン一億総活躍プラン」4~5ページ)。内閣府男女共同参画局の資料でも、「なぜ女性の活躍が重要か?」の答えは、「労働力人口の増加」「優秀な人材の確保」「新たな財・サービスの創造」である(「成長戦略としての女性の活躍促進」2014年)。

ただ、女性の労働力化が成長に寄与するという認識は安倍政権独自のものではなく、これまでも語られていた。例えば、「我が国経済社会の再生に向け、日本に秘められている潜在力の最たるものこそ『女性』であり、経済社会で女性の活躍を促進することは、減少する生産年齢人口を補うという効果にとどまらず、新しい発想によるイノベーションを促し、様々な分野で経済を活性化させる力となる」というのは、安倍政権の主張とそっくりだが、野田佳彦民主党政権の文書である(女性の活躍による経済活性化を推進する関係閣僚会議「『女性の活躍促進による経済活性化』行動計画」2012年、1ページ)。

民主党政権「日本再生戦略」の工程表と、安倍政権「日本再興戦略」の工程表では、2020年までに25~44歳の女性就業率73%、第1子出産前後の女性の継続就業率55%、男性の育児休業取得率13%といった数値目標が全く同じである。政策を作る霞ヶ関が政権交代したわけではないからだが、過去の政権も同じ政策を掲げていたことがあまりに指摘されないことには驚かされる。果たして安倍自身は、民主党政権と同じ政策を掲げたことを知っているだろうか。

3.家族重視の保守派との折り合い

 

少子高齢化と人口減少が成長の制約条件になっている日本において、女性に従来以上の労働供給をしてもらうというのは、経済的には合理的な考え方であり、だからこそ以前の政権も同様の政策を掲げていた。それが意外に映るとすれば、保守政権は女性を家庭に留めておきたいという想定があるからだろう。「保守層からみると、働く女性なんて敵みたいなものだ。女性の活用を成長戦略の一丁目一番地に据えた時点で、安倍総裁はもはや封建的な保守ではない。少なくとも政策的には極めてリベラルだ」(野田聖子自民党総務会長)、といった理解がそれである(『日本経済新聞』2014年7月20日付)。

確かに保守派の中には、戦後に普及した専業主婦のいる男性稼ぎ主型家族を日本の「伝統」と称し、それを守ろうとする主張が見られるから、女性の就労を促進すれば、そこからの逸脱として驚きを呼ぶのかもしれない。実際、安倍政権が打ち出した政策の中には、女性の就労促進とは方向性が異なる、場合によっては就労を抑制しかねないものもある。

一つは、安倍政権の女性政策で最も話題になった「3年間抱っこし放題」である。これは、2013年4月の「成長戦略スピーチ」で安倍が使った表現で、同年6月の「日本再興戦略」では、「子どもが3歳にまるまでは、希望する男女が育児休業や短時間勤務を選択しやすいよう、職場環境の整備を働きかける」とされた。だが、3年も休んだら復帰できないと不評で、政権はすぐにいわなくなった。「日本再興戦略」にあった先のくだりは、2014年、2015年、2016年の改訂版からは消えている。

もう一つは、三世代同居支援税制である。安倍は「大家族で支え合う価値を、社会全体で改めて確認することも必要」だとして、「社会保障をはじめ、あらゆる社会システムにおいて…大家族を評価するような制度改革を議論していきたい。…三世代の近居や同居を促しながら、現代版の家族の絆の再生を進めていきたい」(安倍 2014: 103)と述べている。

日本会議に由来するとされるこの政策は、確かに保守的な政策には違いないが(堀内 2016)、女性の就労を促す上記の方向性と、必ずしも矛盾するわけでもない。三世代同居・近居で、出生率が上がるかどうかをめぐっては議論もあるが、出生率が向上しなくても、祖父母による育児や家事の手助けにより、母親の就労が増えるという効果が見込めるからである。「一億総活躍プラン」が「子供が小学校に入学するまでの間、祖父母が育児や家事の手助けをすることが望ましいとの回答は78.7% (2013年)」という調査結果を引いているのは(32ページ)、そういう効果を念頭に置いているからだろう。

 

女性の労働供給と保守的家族観の関係を考える上で興味深いのは、税制・社会保障制度における世帯単位-個人単位の問題、具体的には配偶者控除と国民年金第3号被保険者制度の存廃である。瀬地山角は、安倍の女性政策に対する本気度を図る指標として、選択的夫婦別姓の導入、配偶者控除の廃止、第3号被保険者制度の廃止を挙げ、政権はどれもやらないだろうとの見通しを示していた(瀬地山 2014)。これらは、ジェンダー平等政策を評価する上で重要な政策であるが、安倍政権の女性政策はジェンダー平等政策ではなく経済政策である。とすると、どうなるであろうか(以下では、配偶者控除を中心に述べるが、第3号被保険者制度についても方向性は同様である)。

従来、自民党は個人単位化には反対であり、2012年衆院選、2013年参院選の公約集で、「配偶者控除の維持」を掲げていた。だが安倍政権下で、政府の各種審議会・委員会の有識者等から、相次いで配偶者控除や第3号被保険者制度の見直しの提言が現れ、そこではいずれも、個人単位化というよりは、就労拡大が狙いとされた(詳しくは堀江(2016)を参照)。「経済」の論理からは、女性の就労を抑制する制度の見直しは当然である。経団連も「女性の働き方に中立的な税制・社会保障制度のあり方の検討に着手すべき」としている(日本経済団体連合会「女性活躍アクション・プラン」2014年、21ページ)。

こうした動きを背景に安倍は2014年3月、経済財政諮問会議・産業競争力会議合同会議で、「女性の就労拡大を抑制する効果をもたらしている現在の税・社会保障制度の見直し及び働き方に中立的な制度について検討」を指示した。安倍の関心が「女性の就労拡大」にあることを改めて確認しておこう。

こうして安倍政権は、配偶者控除の見直しに踏み出したように見える。現に、2014年衆院選の公約集からは、「配偶者控除の維持」が消えている。ただ、以後の文書でも「検討」はうたわれるものの、配偶者控除が本格的に議論されることはなかった。自民党が今回の参院選前に出した「政策パンフレット2016」では、「配偶者控除や第三号被保険者制度など、女性の活躍促進に大きく関連する税・社会保障制度は、女性の生き方・働き方に中立的なものになるよう本格的に見直します」と記され、一歩踏み出したように見えるが、自民党が個人単位化に転換したのかというと、そうではない。

2014年の文書は、「女性の働き方の『壁』を取り除き、女性の就労率を向上させるためには、新しい配偶者控除の在り方の検討が必要」としつつも、「家族という考え方を基本としたうえで、配偶者である女性が、働く・働かないという選択を、ライフステージにあわせて選択できるような税制の在り方を検討する」として、「例えば配偶者控除をなくすのではなく、夫婦はそれぞれが持つ基礎的な控除を共有していると捉え、専業主婦世帯、共働き世帯といった配偶者の働き方に関わらず、夫婦2人で受けられる控除の合計額を等しくし、妻が使用しない基礎控除を夫が使うことを可能にするなどといった仕組みを研究する」という(自由民主党日本経済再生本部「日本再生ビジョン」2014年、52ページ)。「家族という考え方を基本」として世帯単位を守りつつ、「働く・働かないという選択」が制度の影響を受けない方向を探る、すなわち個人単位化を回避しつつ、労働供給を増やそうという方策である。

配偶者控除や3号制度の廃止は経済の論理とは整合するが、性別役割分業に基づく男性稼ぎ主型家族の論理に抵触する上、大々的に打ち出すことは政治的にも得策ではない。廃止には身内の反対もある。安倍も、議長を務める経済財政諮問会議で見直し議論をリードすることはなかった。労働供給を増やしたいとしても、そのことを言い立てても票にならず、自ら矢面に立ってリーダーシップを発揮するような事案ではないからだろう。

経済の論理と家族の論理は、このような形で折り合いがつけられてきた。他方、政府の「一億総活躍プラン」や自民党「政策パンフレット2016」に、マイナンバーカードに旧姓併記ができるようにするということがわざわざ書かれているのを見ても、政権に夫婦別姓に取り組む気はない。配偶者控除や第三号被保険者制度の廃止のように労働供給に寄与するわけではないので、保守派の反対に抗してまで推進する理由はないのである。

4.社会政策化と経済界との折り合い

ところで昨今、安倍政権の女性政策に、単なる経済政策とは異なる社会政策的な方向性が出てきているという指摘がある。この点についても若干コメントしたい。

まず指摘できるのは、一見、経済政策に見えないものが、実は経済政策として打ち出されている点である。「新3本の矢」の目標とされた「GDP600兆円」「希望出生率1.8」「介護離職ゼロ」の2本目と3本目は本来、社会政策とされるものであるが、政権は「広い意味での経済政策として、子育て支援や社会保障の基盤を強化」するとしている(「ニッポン一億総活躍プラン」3ページ)。介護や育児で離職していたであろう人びとを労働市場に留めておくことができれば、労働供給は増える。実際、子育て支援の充実、介護支援の充実、高齢者雇用の促進によって、労働者数は2020 年度に約 117 万人、2025 年度に約 204 万人増え、その結果、賃金総額も2020 年度に約 3.3 兆円、2025 年度に約 5.8 兆円増えると試算されている(同前、5ページ)。また、「男性の働き方改革」が重要なのは、「出生率の向上」に加え「生産性の向上にも貢献する」からである(「日本再興戦略2016」24~25ページ)。

従来、野党が掲げてきたような、「最低賃金1000円」「同一労働同一賃金」「無利子奨学金」「保育・介護労働者の待遇改善」などを安倍政権が打ち出しているのは、巷間いわれる選挙前の「争点つぶし」だろうが、アベノミクスの成果が出ない焦りもあると思われる。そのため、手取り所得に直接働きかける経済政策を取ろうとしているのではないか。安倍は昨年から今年にかけて、国会で実に13回も、安倍政権が目指しているのはトリクルダウンではないと述べている。

アベノミクスで儲かったのは大企業だけ、という批判を意識しているのは明らかだが、企業が儲かっても消費が増えなければ景気は回復しないという野党の主張を政権も事実上、受け入れたからこそ、企業に賃上げ要請をしたりもしているのである。宿願である憲法改正の条件が整うまで高い内閣支持率を維持したい安倍は、その鍵を握る景気の向上に寄与しそうなことであれば、手段を選ばず実施してきた。「女性の活躍」政策は、その代表的なものであろう。

こうした安倍政権の姿勢を、経済界はどう見ているだろうか。規制緩和や原発再稼働に前向きで、企業減税を繰り返す安倍政権は、経済界にとって都合がよい。「女性登用」に協力するくらいで「世界一企業が活躍しやすい国」を目指してくれるなら、お安い御用という面は無論あるだろう。だがそれだけでなく、女性の戦力化は今や経済界にとっても避けて通れない課題となっている面が見過ごせない(日本経済団体連合会「女性活躍アクション・プラン」2014年、同「『豊かで活力ある日本』の再生」2015年)。

もちろん、規制の強化を企業は好まない。経済界の強い反発で盛り込めないと見られていた、女性活躍推進法の行動計画への数値目標設定(従業員301人の以上企業が対象)は、一律ではなく企業の状況に応じるという形で義務化された。政権は数値目標という名を取ったが、罰則規定がなく、数値目標が各企業に委ねられたことから、実効性には疑問も残った。今後も、規制の強化には抵抗しつつも、企業もさらなる女性の登用を目指すことになるだろう。

5.むすび

安倍政権の女性政策について見方が定まらないのには、女性に関連する政策が一緒くたにされ、その内容がきちんと分節化されていないことも大きい。「女性の活躍」「女性が輝く」などと方向性のない情緒的なことばで内容を曖昧にする政権に、報道がつき合っていることも誤解を広げている。女性活躍推進法の法案づくりを行った厚生労働省労働政策審議会雇用均等分科会で、労働代表の松田康子委員は、「男女共同参画という言葉、男女平等の視点が一切出てこないのが非常に不思議な感じがしています。労働力が足りないから女性にもっと働いてもらおうみたいな話では腑に落ちない」と述べた(柿崎 2015: 41)。この認識は正しい。「女性の活躍」「女性が輝く」を連呼する安倍は、「平等」を語らない。安倍がいかに「男女共同参画」や「ジェンダー」の語を避けているかについても、別稿で検証した(堀江 2016)。

安倍が推進しようとしている政策はジェンダー平等政策とは異なるものだが、「女性の活躍」はポーズなどではなく、安倍政権は女性をより多く労働市場に参加させ、経済成長を実現しようとしている。これはあまり面白い指摘ではないが、経済成長に好都合だからというあけすけな本音が隠すことなく語られているにもかかわらず、こうした当たり前の事実がきちんと踏まえられていないことが、安倍政権の政策についての誤解を生んでいる。野党の政策を取り入れ、社会政策風の要素を盛り込むようになっているが、それらも生産性に寄与すると見込めばこそである。保守派による家族の論理と折り合いをつけつつ、政権はあくまで経済政策として、女性の労働供給増を目指しているのである。

引用文献

・安倍晋三(2014)「アベノミクス第二章起動宣言」『文芸春秋』2014年9月号。

・柿崎明二(2015)『検証安倍イズム――胎動する新国家主義――』岩波新書。

・幸田真音・安倍晋三(2014)「60分白熱トーク 総理の胸中に作家が迫る」『婦人公論』99巻3号。

・瀬地山角(2014)「安倍首相、『女性活用』ってホンキですか 第2次安倍改造内閣は『男女共同参画』の基本を壊す?」『東洋経済ONLINE』2014年9月18日。

・辻由希(2015)「安倍政権と女性政策」『法政論叢』176巻5・6号。

・堀内京子(2016)「現実無視のイデオロギーが税制歪める 首相指示により『3世代同居』前面へ」『Journalism』2016年5月号。

・堀江孝司(2009)「少子化問題と専門知」久米郁男編『専門知と政治』早稲田大学出版部。

・―― (2016)「労働供給と家族主義の間――安倍政権の女性政策における経済の論理と家族の論理――」『人文学報』512-3号。

プロフィール

堀江孝司政治学・福祉国家論

1968年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了、博士(社会学)。首都大学東京人文科学研究科教授。著書に、『現代政治と女性政策』(勁草書房、2005年)、『模索する政治:代表制民主主義と福祉国家のゆくえ』(ナカニシヤ出版、2011年、共編著)、『脱原発の比較政治学』(法政大学出版局、2014年、共編著)など。

この執筆者の記事