日米地位協定の裁判権は他国に比べて不利なのか?

元米海兵隊員で軍属の男が、沖縄県の女性を殺害した疑いで逮捕された。事件は「公務外の行為」とされ、米国側への身柄引き渡しはなかったものの、日米両政府は日米地位協定で保護される米軍属の範囲を見直すことで同意した。

 

米軍や軍属による事件がある度に、日米地位協定、特に裁判権について注目が集まっている。しかし、なぜか地位協定の抜本的な改定には至らない。今回は、そもそも日米地位協定は他国に比べて不利なのか、なぜ見直しの議論が進まなかったのか、をテーマに伊勢崎賢治氏にお話を伺った。(聞き手・構成/山本菜々子)

 

 

地位協定とはなにか?

 

――地位協定とはそもそもどのようなものなのでしょうか。

 

地位協定を非常に簡単に言うと「異国の駐留軍に与える恩恵を規定するもの」です。

 

戦時中や戦後まもなくであれば、言わば無政府状態ですから、すべてが駐留軍の軍事活動の支配下にあるからしょうがない。たとえば、長い戦争だったアフガンの戦争では、2001年から米軍が駐留していますし、日本だって戦後まもなくは駐留軍の支配下にありました。

 

ですが、戦時がおわり、平和が訪れたら(もしくは、戦時に戻ることを防ぐために引き続きある程度の軍事力をおくことが必要な準平和時には)その国には「主権国家」ができているはずです。主権国家の間に占領支配関係があったらマズいわけです。ですので、その両方の主権国家同士で「地位協定」が結ばれます。

 

 

――「協定」なので主権国家同士の間で結ばれるものであると。基本的に、軍に関わる人たちを対象とするものなのですね。

 

そうですね。同じような特権を与えられている人たちに外交官がいます。主権国家同士が大使館などの在外公館をおきあい、お互いの外交官に外交特権(事件を起こした時の現地法からの訴追免除)を与え合っていますよね。

 

ここで、疑問が出てきます。駐留軍に外交官と同じ特権を与えていいのか? 大使館と違い、軍事基地は、ふつう、お互いに置き合うものではありません。同じ乗り物の事故が起こった場合でも、外交官が乗るふつうの乗用車と、軍人が乗る軍用車や戦闘機では危険度と与える損害の大きさが違います。

 

年齢を重ねた高学歴の人間が品行方正だとは、必ずしも言えませんが、兵士は若いし教育レベルも低い。事故以外の犯罪も増えやすいでしょう。ですから、外交特権と同じものを駐留軍に与えるべきか? という議論は「NATO地位協定」でもされています。

 

 

――日米地位協定の元になったのは「NATO地位協定」はどのようなものなのでしょうか。

 

NATOの地位協定は現在の多くの地位協定の裁判権のスタンダードになっています。第二次大戦後、東西冷戦という長期間の”準”平和状態に、西側の同盟国がお互いに軍を置き合う必要性に迫られ、つくられた協定です。

 

地位協定で特に問題になるのは、裁判権についてでしょう。そこの部分だけみれば、日米地位協定もNATO地位協定も、実は、あまり変わりません。裁判権を、「公務内」の事件か、「公務外」かで、前者の裁判権を「派遣国」(日米の場合はアメリカ)、後者を「受入国」(同じく日本)というもの同じです。

 

――裁判権について、基地内と基地外の区別はあるのですか。

 

本来は関係ありません。たとえば、軍人が基地の外で業務中に運転をしていると「公務内」ですので、仮に日本人をはねてもアメリカに裁判権があります。NATO地位協定もそうなので、これは世界で慣習的なスタンダードになっていると考えていいでしょう。

 

「公務外」がいつも問題です。もし最初に被疑者を勾留したのが、アメリカの基地内でアメリカ軍であれば、日本が起訴するまで、その身柄を確保できます。確保している間に本国に返してしまい、日本では問題になっていました。でも、仕組み自体は、NATO地位協定でも同じなのです。

 

 

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変わってきた他国の地位協定

 

――では、日本が特別不利とは言えないのでしょうか?外務省のホームページにも「時々、他国が米国と結んでいる地位協定と日米地位協定を比較して日米地位協定は不利だと主張されている方もいらっしゃいますが、比較に当たっては、条文の文言だけを比較するのではなく、各々の地位協定の実際の運用のあり方等も考慮する必要があり、そもそも一概に論ずることが適当ではありません。」と書いてありますが。

 

外務省の説明は恣意的だと思います。たしかに、「公務外」の扱いについて形式的には同じに見えるかもしれませんが、互恵性の関係と非互恵性の関係ではニュアンスが違うのです。

 

NATOは「Military Alliance(軍事同盟)」ですが、日米は「Security Alliance(安全保障)」です。NATOの中のイタリアとドイツは、敗戦国という意味において日本と同じです。しかし、NATO諸国間の地位協定における関係は「互恵的」なのです。つまり、裁判権などの地位協定が、「受け入れ国」が「派遣国」に認める「特権」は、たとえばアメリカはドイツにも同じ特権を認めているのです。

 

そりゃ、現実的には、世界で突出した軍事力のアメリカが派遣国になる場合がほとんどですが、少なくとも法的な議論では、その「逆」もありうるのです。ですから、NATO地位協定の文面の主語は、日米地位協定のようにアメリカとか日本でなく、あくまで「受入国」と「派遣国」なのです。

 

ですから、同じ敗戦国のドイツとイタリアは、日本とは違いアメリカと「対等」な立場にあるのです。ここがポイントなのです。しかし、互恵性のない日米の地位協定では、なにを「公務外」と決めるのもアメリカ側なのです。条文だけみると特段不利とは言えませんが、そもそも土台が違うのです。

 

 

――他国の状況はどのようなものですか?

 

まず、前提として、アメリカは受入国の国民感情を気にしています。海外に軍をおくと、当然嫌われます。好かれるわけがないのです。ですから、国民感情を配慮してアメリカは譲歩してきたのです。

 

たとえば、NATOの中でも、標準の地位協定に加えて、歴史の事情に応じたものを締結していたドイツとイタリアは、冷戦がおわってから、米軍基地の管理権を全面回復しています。どのような訓練をするのか、なにを持ち込むのか、飛行訓練も、すべて「許可制」です。

 

ドイツの補足協定では、レイプや殺人についてドイツの裁判権で裁くと明確に書いていますし、公務内の過失であっても、ドイツ政府の代表が軍法会議に立ち会えるようにしています。日本外務省は同じホームページ上で

 

ドイツは,同協定(注・ボン協定)に従い,ほとんど全ての米軍人による事件につき第一次裁判権を放棄しています

 

と書いていますが、これは許し難いミスリードです。

 

イタリアの地位協定では、基地があることで迷惑をかける地方公共団体とオフィシャルなチャンネルを持たないといけないとさえと決めています。もちろん、日本にはそれらの仕組みはありません。【次ページにつづく】

 

 

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