日米地位協定の裁判権は他国に比べて不利なのか?

――少なくとも、ドイツ、イタリア並みとは言えないということですね。日本以外に非互恵的な地位協定を結んでいる国はあるのでしょうか。

 

韓国、フィリピン、そして、現代の戦争の結果としてイラクやアフガニスタンなどがあります。(フィリピンには特殊事情があるので、あとから補足できればと思います)

 

非互恵的な関係である韓国でさえ、地位協定を2回変えています。日本が享受していたものよりもともと不利な裁判権であった韓国では、国民運動により「日本並み」にすることになりました。

 

さらに、アフガニスタンがNATOと結んだ地位協定の中でも、民間軍事会社などの「業者」に関する取り決めを盛り込んでいます。現代の戦争では、アメリカを中心に、民間軍事会社に軍事上の様々な業務を委託するケースが増えています。基地内のレストラン運営から、建設、IT関係、そして要人警護、傭兵までなんでもこなします。地位協定における「軍属」とは、日本の防衛省の制服組じゃなく背広組のような非軍人です。派遣国政府と直接的な雇用関係にある従業員ですね。これに対して、「業者」は会社であり、従業員と契約関係にあるのは政府ではなく、その会社です。政府と従業員は直接的な管理関係にない。

 

こういうふうに戦争の「民営化」が主流になってきているのですが、この「業者」が様々な重大事件を引き起こしてきたのです。そのシンボル的な事件が、2007年にイラクで「ブラック・ウォーター社」が起こした「ニソール・スクエアでの虐殺」です。米国の民間軍事会社ブラック・ウォーターが、17人の民間人を殺傷してしまった。その時、ブラック・ウォーターがなにをやっていたかというと、アメリカ政府の委託で物資を輸送中のコンボイを警護中に――日本流に言うと非戦闘地域、現に戦闘が行われていない地域、つまり民間人居住区です――、ある交差点に差し掛かった時、後で誤認だったということが証明されるわけですが、撃たれたと思った。それに応戦するために、民間人に対して自動小銃を乱射してしまうのです。

 

こういう事件が起こると当然、地元社会の反米、反駐留軍感情が頂点に達するわけですから、現在、NATO地位協定の運用では、「業者」は、公務内外にかかわらず、どんな事件についても、裁判権を「受け入れ国」側に認めることが、慣習的にスタンダードになっています。アフガニスタンとNATOの地位協定では、「業者」は明確にアフガン側が第一次裁判権を持つと明記されています。

 

現代の地位協定では、裁判権の対象カテゴリーにおいて、従来の

 

(1)軍人

(2)軍属

(3)業者

 

を明確に(2)と区別し、(3)には地位協定の裁判権における特権ステータスを授与せずというふうになっています。従来の日米地位協定では、この区別はありません。つまり、地位協定の特権ステータスを与えられた業者の従業員が、就労ビザなしで日本に入国できるわけです。前述のブラック・ウォーター社も、過去、日本で(2)軍属として働いていたし、今回の事件のシンザト容疑者も、本来は(3)ですが、(2)として扱われていたのです。

 

ちなみに、アフガニスタンNATO地位協定では、すべての「業者」は、アフガン国内法によって会社登録されなければならないとまで書いてあります。日本の地位協定における地位は、アフガニスタン以下です。今回の事件を受けて、たぶん日本政府は慌てていると思います。

 

日米地位協定にも「業者」の記述はありますが、裁判権のカテゴリーの問題として扱われておりません。ですから、「変わっていないこと」が問題なのです。他の国とは違い、「運用」でやると言っていますが、(編集部注)それを決める日米合同委員会は、日本側は軍事に疎い官僚、あちら側は軍人で構成され、政治家も入れない密室なので、基本的に、アメリカ側がYesと言わなければ、なにも変わらない。

 

(編集部注)7月5日、日米地位協定の「軍属」範囲を「高度な技術や知識を持ち、米軍の任務に不可欠な者」に限定することで日米政府は合意した。

 

フィリピンにいたっては一度、地位協定を破棄しました。火山が爆発して、基地が使えなくなったこと、反米意識が高まったことが相まって、米軍が完全に出ていったのです。その後、中国と南沙諸島の争いがあり、アメリカと再度関係を持つことになりました。でも、名称は地位協定Status of Forces Agreement (SOFA)ではなく、Visiting Forces Agreement(VFA)。扱いは、あくまで米軍は「お客」です。

 

イタリアやドイツのように、米軍基地の管理権、そして環境権も、フィリピンの主権の元に、統治されています。なにより、核の持ち込み禁止が条文に明記され、裁判権の「互恵性」も獲得しています。つまり、フィリピンの軍人/軍属が、合同演習かなにかでアメリカに駐留中に公務中の事故を起こした時、アメリカ国内の事件にも関わらずフィリピンに裁判権を与えるのです。

 

 

――日本は「運用」で対応しているという話もありますが。

 

非互恵的な関係の場合、向こうに主導権がある構造は変わらず、「運用」には限界があります。互恵性のある関係性だと、やられたらやり返される緊張関係にあるので、運用にも透明性があります。それは、異国の地で兵士が犯罪をすることの予防措置への国家の「やる気」に違いが出るはずです。外国人犯罪の撲滅を保証するものではありませんが。

 

ほんとうに「こんな状況が放置されている国って他にないよなぁ」と思いますね。

 

 

見ないふりが一番得だった

 

――なぜこれまで、見直しの議論が進められなかったのでしょうか。

 

左派に限らず、右派にとっても、「日米地位協定は改定されるべきか」と問われれば、Yesと答える人が多いのではないでしょうか? ここの一点では、右・左、一致する。だけど、その先が違う。

 

右派は、地位協定でアメリカと”より”「対等」になるには、まず、日本が「集団的自衛権」を、大手をふるって行使できるようになり、それには、自衛隊が「軍」にならなくてはならないと主張するでしょう。つまり地位協定に「互恵」を獲得するには、日米関係をほんとうの「軍事同盟」にするべく、まず自衛隊を「軍」にするため憲法9条改正せよ、というロジックができる。

 

だから、左派にとっては、これ以上、地位協定の話を進めると、改憲が政局化してしまい足元をすくわれることになりかねない。だから、「反米」「基地反対」に逃げ込むか、今回の沖縄の悲しい事件の「裁判権」の非人道性の糾弾に止まる。結果、「主権回復」の話にならないわけです。

 

右派の方ですが、ふつうの国では、「愛国心」は、「占領者」に向かうものなんです。しかし、まだ侵略もしていない中国の脅威が過度に煽られるようになっている。ホント日本は不思議な国です……、「占領協定」をぶち壊そうという愛国運動に、結局、向かわない。

 

結果的に、左も右も、地位協定の「主権」に関わる抜本的な改革を求める運動にならない。だから、アメリカが締結している地位協定は数多あれど、60年近く全く変わらない地位協定は日米地位協定だけという「不思議」が維持されているわけです。

 

 

――お互いに見ないふりをしてきたのですね。気が付けば、遠く離れた「沖縄の問題」になってしまったと。

 

ですが、ぼくは左派については、上記のような右派のロジックを恐れず、地位協定における「主権」の問題を真正面に掲げてほしいと思います。なぜなら、既に述べたように、裁判権の「互恵性」や基地の管理権そして環境権において日本の地位の低さは世界的に特筆モノなのですが、実は、韓国もほとんど一緒なのです。

 

旧敗戦国イタリア、ドイツ、そしてアメリカの旧植民地だったフィリピン、そしてアメリカの現代の戦争の戦場だったアフガニスタンと比べても、日韓は兄弟のように同じ低い地位におかれているのです。でも、韓国はちゃんとした軍を持っていますし、ふつうの国のように「集団的自衛権」も行使できます。

 

 

――つまり、集団的自衛権は重要じゃないと?

 

そうです。右は、「集団的自衛権の容認」「自衛隊を軍に」「9条改憲」となるのでしょうし、左は、それじゃヤバイから一気に「反米」と。で、この二項対立の硬直が、結果、なんにも変わらない沖縄への基地集中の追認になってきたのだと思います。

 

でも、(1)米軍基地を内包するのは日本だけでなく、(2)そのほとんどの国で裁判権の「互恵性」も含めて米軍基地の主権を奪取している、この二つのことをしっかりと事実として認識し、とりあえず日米関係を損なわず、そして、とりあえず「主権」を回復してから、右・左の論争を始めるのは、どうでしょうか、というのがぼくの主張です。

 

なぜなら、他のフツーの国との地位協定でアメリカが譲歩してきたのは、それらの国に「軍」があるからではなく、大きな「国民運動」があったかどうかなのです。

 

「地位協定の改定と9条改憲はとりあえず関係ない」と安心して、左・右、手を取り合って国民運動を進めてもらえればと思います。さもないと、ホント、アメリカの手のひらで日本人同士が争っているだけ、としか見えません。

 

合言葉は、「ケンカは主権回復の後で」です。

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

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