2017.01.31

投票というギャンブルで「負け」を取り返そうとする人々――安倍政権・トランプ支持の背後にあるもの?

飯田健 政治行動論、政治学方法論

政治 #トランプ#投票行動#安倍政権

現在世界中で、何かを失ったと感じた人々が、その「負け」を取り戻すために投票というギャンブルに興じている。筆者は、こうしたギャンブルを好む人々の存在が、アベノミクスや安保法制など大幅な現状変更を掲げる安部政権へ有権者の支持、2016年アメリカ大統領選挙でのトランプの勝利、さらには大阪都構想の住民投票での接戦、イギリスのEU離脱派勝利など、近年話題となっているさまざまな政治現象の背後にあると考える。

そもそも選挙での投票をギャンブルにたとえるのはそれほど新奇なことではない。ハーバード大学の政治学者ケネス・シェプスリは40年以上前の論文ですでに、「投票するという行為は、ギャンブルや保険の購入といった行為と同様、『リスキー』な選択肢にまつわる行為である」と論じている(注1)。

選挙での選択肢としての候補者や政党は、それぞれが当選した結果どのようなことが起きるかわからないという意味で多かれ少なかれ不確実性をもつ。たとえば大胆な改革を掲げる候補者や政党は、選挙に勝ってその改革が実行され意図通りに成功すれば大きな成果をもたらすかもしれないが、改革が失敗すれば単なる混乱やそれにかかったさまざまなコストだけが残り、現状よりも悪くなるという意味で不確実性が高いと言える。一方、現職の候補者や政党は、選挙に勝っても現状が維持されるだけであり、良い方向にも悪い方向にも触れ幅はある程度予測可能であるという意味で不確実性は低い。

このように不確実性の程度の異なる候補者や政党に選挙で投票することは、候補者間の選挙戦が競馬に例えられることからも示唆されるように、本質的に馬券を買うことと同じである。いわば大して儲からなくても勝てる見込みの高い馬に賭けるのか、それとも当たれば大きいが勝てる見込みの低い馬に賭けるのか――これと同じ思考が投票の際には働くと考えられるのである。

ギャンブルが好まれるとき

どのような場合に有権者はより不確実性の高い候補者や政党に賭けようとするのか。これについて考える際には、著名な社会心理学者のダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが行った有名な実験結果が非常に参考になる(注2)。たとえば次のような2つの選択肢が示されたとしよう。1つは確実に5,000円がもらえるという選択肢。そしてもう1つが、サイコロを振って奇数が出れば10,000円がもらえるが、偶数が出れば何ももらえないという選択肢。この場合、多くの人は確実に5,000円をもらうことを好む。つまり確実な+5,000円の利得と、不確実な期待値+5,000円(+10,000円×0.5+0円×0.5)の利得とを比較した場合、確実な+5,000円が好まれるのである。

しかし、次のような2つの選択肢が示された場合はどうか。1つは確実に5,000円を失うという選択肢。そしてもう1つは、サイコロを振って奇数が出れば何も失わないが、偶数が出れば10,000円失うという選択肢。この場合、多くの人は確実に5,000円を失うことよりも、サイコロを振ってギャンブルを行うことを好む。つまり確実な-5,000円の損失と、期待値-5,000円(-10,000円×0.5+0円×0.5)の損失とを比較した場合、何も払わなくて良い可能性がある期待値-5,000円の損失が好まれるのである。

これら2つの結果が示唆するのは、人々が不確実性を好む度合いは、意思決定の時点で確実な利益を見込んでいるか、それとも確実な損失を見込んでいるか、によって異なるということである。つまり、確実な利益を見込んでいる場合、人々は不確実なギャンブルによってその利益を失うことを恐れリスク回避的になる一方、確実な損失を見込んでいる場合、人々はその状態を確定させることを嫌い、そこから挽回しようとリスク受容的になり不確実なギャンブルを好むようになる。実際のギャンブルにおいて、負けが込んでくるとそれを取り返すために、どんどん大穴狙いの危険なギャンブルにのめり込む人がいることもこれで説明できる。

以上の議論をふまえて話を選挙に戻すと、いったいどのような有権者が大成功と大失敗の振れ幅の大きな不確実な候補者や政党を好むようになるのだろうか。それは、すでに「負け」を見込んでいる有権者、すなわちかつてもっていたもの、そして本来もっているべきものを「失った」という感覚をもつ有権者である。この失ったものには、金銭的利益のほか、名誉、権利(特権)など目に見えないものも含まれる。近年の社会の変化の中でこれらを「失った」と感じた人は、その確定しつつある「負け」を取り戻すために、大成功と大失敗の振れ幅の大きな不確実性の高い候補者に投票するというギャンブルを好むようになるのである。

リスク受容的有権者と安倍政権支持

たとえば現在の日本。日本は1990年代初頭のバブルの崩壊以降、失われた20年と呼ばれる低成長期を経て、2010年代に至るなど、長期間にわたる経済的停滞に見舞われている。この間、1世帯当たりの所得はほぼ一貫して減少しており、1994年の664.2万円であったのが2015年には541.9万円となっている上(注3)、世界における50年後の日本の一人当たりの所得水準の順位についても2014年の内閣府の調査で53.9%が「下がると思う」と答えるなど(注4)、将来の見通しも暗い(「上がると思う」は17.6%)。

また、安全保障面では中国の台頭が著しく、かつてアジアで圧倒的な軍事的優位にあった日本は、2006年には防衛費支出で中国に抜かれるなど(注5)、海洋進出を進める中国との間での緊張が高まってきている。2014年に実施された内閣府による別の調査によると、75.5%が現在の世界の情勢から考えて日本が戦争を仕掛けられたり戦争に巻込まれたりする危険があると回答しているが(注6)、これは冷戦期よりも高い数字である。

このように日本の有権者の多くが経済面でも安全保障面でも「損失」を経験し、かつ将来においてもこれが続くとの予想をもつ中、現れたのが経済政策、安全保障政策の面で大きな現状変更を掲げる安倍政権であった。経済面では、前例の無い規模での金融緩和をはじめとするいわゆるアベノミクスと呼ばれる一連の経済政策。そして安全保障面では、自衛隊の役割の拡大による日米同盟の強化。これらの政策は、いずれもいわばハイリスク・ハイリターンの不確実性の高い政策である。劇的に良い結果をもたらす可能性がある一方、劇的に悪い結果をもたらす可能性も高い。

アベノミクスの推進により、円高の是正、企業の業績の回復、ひいては労働者の賃金上昇の効果が期待される一方、円の貨幣価値が棄損され実質賃金の低下が起こる可能性も指摘されている。また2015年の安保法制では、自衛隊による米軍の後方支援を可能にすることで日米同盟が強化され、その抑止力が向上することが期待される一方、アメリカの戦争に日本が巻き込まれる危険が増すという可能性が指摘されていた。

このようなリスクの高い政策を掲げる安倍政権が選挙で勝ち続け、高い支持率を維持する背景には、経済面でも、安全保障面でも損失を挽回するべく、大胆な政策変更によるリスクをあえて引き受ける有権者の存在があると考えられる。すなわち、確実な損失が予見される現状維持よりも、こうしたリスクの高い選択肢を受け入れることを好む有権者、すなわちリスク受容的な有権者こそが安倍政権支持の中心である(以上の議論の詳細やデータ分析の結果については、昨年末に刊行された拙著『有権者のリスク態度と投票行動』(注7)をご覧頂きたい)。

リスク受容的有権者とトランプ支持

さらに有権者のリスク態度は2016年のアメリカ大統領選挙におけるドナルド・トランプ候補への支持も説明する。事前の世論調査や当日の出口調査の結果を見ると、この選挙でトランプを支持した有権者の中心的な属性は、低学歴・白人・男性であったということが知られている。こうした人々はかつてブルーカラー労働者としてアメリカ国内の製造業で安定した雇用と収入とを得て家族を養い、分厚い中間層を構成していた。しかしグローバル化の進展に伴い、安い労働力を求めての海外への工場の移転や、海外からの安い労働力の流入が起こることで、近年雇用や、ひいては尊厳までも失った人々である。

こうした人々の前に現れたのが、多くの政策分野で大幅な現状変更を掲げるトランプ候補であった。トランプの掲げる保護主義的な通商政策や、減税とインフラ投資という一貫しない経済政策は、現状の政策からの大きなかい離であり、その政策が意図するようにアメリカ人、とりわけ白人ブルーカラー層に「再び」繁栄をもたらす可能性がある一方、トランプの政治経験の無さや、個人的な性格とも相まって、単なる混乱をもたらす可能性も高い。つまり、ウォールストリートジャーナル紙が選挙直前に社説で述べたように、トランプに投票することはまさに賭けだったのである(注8)。

そしてこの賭けに応じたのが前述の人々であった。このまま現状が維持されてもますますグローバル化が進展し、自分たちの雇用や収入は失われる一方である。それならいっそ現状よりも悪くなる可能性があったとしても、大胆な現状変更を掲げる未知数のトランプに賭けたい。このようなリスクを取ろうとする態度が彼らをトランプ投票に向かわせたのではないだろうか。

こうした可能性について検討するべく、ここでは2016年アメリカ大統領選挙から1週間後にアメリカの有権者を対象に筆者を含む研究者グループが実施した独自のインターネット調査「Doshisha American Voter Survey」(注9)の分析結果の一部を示す。この調査ではリスク態度は、“Nothing ventured, nothing gained.”(「危険を冒さなければ何も得られない」)ということわざの考え方に同意する程度によって測定されており、回答者はこのことわざに同意するほどリスク受容的、反対に同意しないほどリスク回避的な態度をもつと想定される。

まずはトランプに投票するか、それともクリントンに投票するかの投票選択を、このリスク態度および政党帰属意識(民主党支持/共和党支持/無党派)、性別(男性/女性)、学歴(大卒/非大卒)、世帯年収、年齢、人種(白人/非白人)、1年前と比べての経済状態認識(良くなった/変わらない/悪くなった)という要因によって説明する統計モデルを推定する(ここで推定されるリスク態度の投票選択への影響は、これらの他の要因の影響を考慮したものとなる)。

そしてこの推定結果にもとづいて、男性、非大卒、世帯年収6万ドル未満、40歳以上、白人、悪い経済認識というトランプに投票しやすいと考えられる属性をもつ有権者を想定し、その仮想的な有権者がそれぞれ民主党支持者、共和党支持者、無党派の場合に、リスク態度の違いに応じてクリントンではなく、トランプに投票する確率を推定した。そうした一種のシミュレーションの結果を示したのが下の図である。

データ:Doshisha American Voter Survey 2016
データ:Doshisha American Voter Survey 2016

この図によると、やはりもともとトランプに投票しやすい属性を持つだけあってこの仮想的な有権者が共和党支持者の場合、リスク態度にかかわらずほぼ100%の確率でトランプに投票すると推定された。しかし本来トランプに投票しないはずの民主党支持者だった場合、その投票選択はリスク態度に大きく依存している。たとえばこの仮想的な有権者が「危険を冒さなければ何も得られない」ということわざの考え方について「強く不同意」を示す、最もリスク回避的な態度をもっていた場合、トランプに投票する確率は約23%と推定される(クリントンに投票する確率が77%)。

しかし反対にこのことわざについて「強く同意」を示す最もリスク受容的な態度をもっていた場合、民主党支持であるにもかかわらずトランプに投票する推定確率は約60%にもなる。つまり、この選挙でブルーカラーの民主党支持者をトランプ投票に向かわせた一つの要因は、彼らのリスク受容的な態度だったと考えられるのである。

改革の原動力か、混乱の原因か

以上見てきたように、有権者のリスク受容的な態度は日本の安倍政権への支持、そしてアメリカのトランプへの支持の背後に共通して見られるもののように思える。このような、何かを失った、あるいは失いつつあると感じた人々が、投票というギャンブルでそれを取り返そうとすることは、これら以外の他の政治現象も説明すると筆者は考えている。

たとえば、2015年7月の大阪都構想をめぐる大阪市の住民投票では、僅差で反対派が賛成派を上回ったものの、多くの賛成票が投じられた。これは東京一極集中に伴う大阪の衰退に危機感を覚えた人々が、現状が維持されてますますジリ貧となるよりも、リスクの高い大幅な現状変更による地域活性化を目指す大阪都構想に魅力を感じた結果と言えるかもしれない。また2016年6月のイギリスのEU離脱を問う住民投票で賛成派が多数を占めたのも、EU加盟によって流入した移民労働者に本来自分たちが享受すべき利益を奪われたと感じた人々が、確実に悪くなる一方の現状に歯止めをかけるべくEU離脱による多大なリスクを受け入れた結果かもしれない。

こうしたリスク受容的な有権者は政治において良い面と悪い面とをもつと考えられる。良い面としては、リスクを取ることを厭わない有権者がいることによって、大胆な改革が進むということがある。改革にはリスクがつきものであるということを考えれば、仮に有権者の大部分がリスク回避的であまりに変化を嫌う場合、どのような改革も実現することは難しい。

ただしこれが良い結果を生むのはあくまで改革の実績や、公約に掲げられた政策の中身が実質をともなった場合に限っての話である。リスクを求める有権者の存在を前提としたとき、選挙で勝つことを第一の目標とする政治家はいくらでも「大風呂敷」を広げる動機をもつ。そして、もし仮にそれが実質を伴っていなければ、誇大な公約を掲げただけの無能な政治家が当選し、実現が不可能な政策が実行に移されるだけである。これではさらなる政治の停滞、さらには人々の生活の混乱を招いてしまう。

現状維持よりも不確実な変化に惹かれるリスク受容的な有権者は、改革の原動力になる可能性を持つ一方、単なる混乱の原因となる危険性をはらんでいるのである。

(注1)Kenneth A. Shepsle. 1972. “The Strategy of Ambiguity.” American Political Science Review 66(2): 555-568.
(注2)Daniel Kahneman and Amos Tversky. 1979. “Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk.” Econometrica 47(2): 263-291.
(注3)「平成27年国民生活基礎調査の概況」 http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa15/
(注4) 「人口、経済社会等の日本の将来像に関する世論調査」(平成26年度)http://survey.gov-online.go.jp/h26/h26-shourai/index.html
(注5)『SIPRI年鑑2007:軍備、軍縮及び世界の安全保障』(日本語要約版)https://www.sipri.org/sites/default/files/yb07minijp.pdf
(注6)「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」(平成26年度)http://survey.gov-online.go.jp/h26/h26-bouei/index.html
(注7)飯田健. 2016年. 『有権者のリスク態度と投票行動』木鐸社. https://www.amazon.co.jp/dp/483322500X
(注8)“The Gamble of Trump: The hope of better policies comes with his manifest personal flaws.” The Wall Street Journal(2016年11月5日付紙面) http://www.wsj.com/articles/the-gamble-of-trump-1478299393
(注9)Qualtrics 社の登録パネルからの居住地域、年齢、性別による割り当て標本(n = 629)を対象に、2016年11月15日から17日の3日間、インターネット上で実施した。ローデータとコードブックは同志社大学アメリカ研究所ウェブサイトからダウンロード可能。http://www.america-kenkyusho.doshisha.ac.jp/news/2017/0106/news-detail-117.html

プロフィール

飯田健政治行動論、政治学方法論

同志社大学法学部政治学科・准教授。1976年京都市生まれ。1999年同志社大学法学部政治学科卒業、2001年同志社大学大学院アメリカ研究科博士前期課程修了、2007年テキサス大学オースティン校政治学博士課程修了(Ph.D. in Government取得)。早稲田大学、神戸大学を経て現職。著書に、『有権者のリスク態度と投票行動』(2016年、木鐸社)、『政治行動論:有権者は政治を変えられるのか』(2015年、有斐閣、共著)、『計量政治分析』(2013年、共立出版)など。

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