新春暴論 ――「幸福」な若者を見限ろう

昨今、「幸福」をめぐる議論をよくみかける。「国民総幸福」を政府の目標に掲げるブータンの国王夫妻が来日したこともひとつのきっかけになっているのだろうが、政府の研究会でも経済成長だけでない政策目標を設定すべきであるとの議論が行われたり、都道府県別の幸福度ランキングが発表されたりと、いろいろな話がでてくるのは、やはり経済の停滞が長引いているせいで、成長への関心が相対的に低くなっているのだろうか。

 

 

「国民の幸福度、132の物差しで数値化 内閣府が試案」(朝日新聞2011年12月5日)

http://www.asahi.com/business/update/1205/TKY201112050419.html

 

国民の豊かさを測る新しい「幸福度指標」の試案を内閣府の経済社会総合研究所が5日、発表した。「男性の子育て参加への女性の満足度」「ひきこもりの数」「人並み感」など132の指標をそれぞれ数値化し、国民が幸せかどうかの「物差し」にしたいという。

 

 

「大学院政策創造研究科の坂本教授研究室が「47都道府県の幸福度に関する研究成果」を発表」(法政大学プレスリリース2011年11月10日)

http://www.hosei.ac.jp/koho/photo/2011/111110.html

 

11月9日(水)、市ケ谷キャンパスにて、大学院政策創造研究科の坂本光司教授と研究室の社会人学生が、様々な社会経済統計を活用して47都道府県の幸福度を40の指標から評価・分析し、それらを総合化したランキングを発表しました。

 

 

とはいえ、これは日本社会にかぎられた話ではなく、アカデミックな領域でも、幸福に関する研究が90年代以降急速に進んできているらしい。行動経済学などのように、これまで経済の問題として扱ってきたテーマへの心理学的なアプローチの導入が進んできているということもあるだろう。いろいろな研究成果がどんどん発表されたり、また一般向けの論考が出たりしていて、なかなか面白い状況になっている。全体として、「幸福」とは何か、についての関心が高まっていることはまちがいない。

 

 

「絶望の国の幸福な若者たち」

 

個人的にも若干の興味があるので、そうしたようすをぱらぱらと眺めていたのだが、最近話題を呼んだもののなかで、『絶望の国の幸福な若者たち』(古市憲寿著、講談社、2011年。以下「本書」と呼ぶ)という本が目に留まった。著者は26歳、といえばまだ十分「若者」の年齢であるわけだが、気鋭の社会学者であるらしい。

 

「本書」の出発点は、巷の若者論でその「不幸」(客観的な意味で)やら、それに対して立ち上がろうともしない不甲斐ない状況やらを指摘される現代の若者が、実際には上の世代よりも強く幸福を感じて、日常の生活に満足している、という点にある。これは実際にそういう調査結果があって、2010年の内閣府「国民生活に関する世論調査」によれば、20代男子の65.9%、20代女子の70.6%が現在の生活に満足している、と回答している。70年代の20代と比べて10%ポイント以上上昇していることから、話題を呼んだものだ(ちなみにだが、これと整合的でない調査結果もあって、たとえば同じ内閣府の『平成21年度国民生活選好度調査』で、「現在、あなたはどの程度幸せですか」に10段階で答える質問では、7点以上をつけた回答者の比率は15~29歳、40~49歳、50~59歳でほぼ同じで、60歳以上は明らかに下がる)。

 

 

http://www8.cao.go.jp/survey/h22/h22-life/images/h02-1.csv

http://www5.cao.go.jp/keizai2/koufukudo/shiryou/1shiryou/6.pdf

 

 

そうした状況を受けて「本書」は、巷の通俗的な若者論を、肩の力の抜けたカジュアルな語り口で、鮮やかに一刀両断にしてみせる。曰く、年輩者による若者論は、都合のよい批判対象である若者を使った自分語りであると。若者を心配するふりをしながら、実際には不安なのは彼ら年輩者であり、閉塞感が蔓延する現在の状況がさらに進んだとしても、困るのも彼ら自身ではないか、と。何せ自分たち若者は、ニコ動とモバゲーと、あとは日々食える程度の収入と仲間がいれば幸福と感じることができるのだから、将来が不安ならば、社会を変えたければ、若者に頼らず自分たちでやれ、と。

 

なんとも痛快ではないか。「本書」は、やや「刺激的」なタイトルのせいもあって、多くの共感とともに反発も呼んだらしい。しかし、わたしに言わせれば、これはまさに慧眼だ。若者たちの心配をするようなことを言っていても、わたしたちはまず自分たちのことが心配なはずだ。そうした「隠された本音」を「本書」はずばりと突いている。だからこそあれほどの反発を呼んだのではないか。通俗的若者論のロジックをそのまま使って切り返すあたりも、見事というしかない。おおいに反省しよう。若者論は若者に任せて、わたしたちはもっとわたしたち自身のことを考えるべきではないか。

 

というわけで、本稿では、古市氏の論に乗っかって、自分の世代である40代を論じてみることにしよう。これも古市氏に倣って、あくまで通俗的世代論のスタイルで。

 

ちなみに、わたしの文章スタイルについては、ある編集者さんから「関節外しのような」という評価をいただいたことがある。その正確な意味を理解しているかどうかはわからないが、「相手の話に乗っかって悪乗りしてみせる」のがブロガーとしての自分の芸風の一部であることは自覚していて、あるいはそういう意味なのかもしれない。以下の文章も、タイトルに「暴論」とつけたことからもお分かりいただけるかと思うが、まあそういう類のものだ。「新春」だし、ひとつ「無礼講」ということで(通俗的世代論によれば、「無礼講」を持ち出せるのは年長者の特権だ)。それでは暴論、スタート。

 

 

 

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