まだ続く「知ろうとすること。」

福島で被曝線量の測定に取り組んできた原子物理学者、早野龍五氏。原発事故から6年あまり。科学的には福島に住んで大丈夫と言えるようになったこと、しかし、科学だけでは解決できない問題が多く残っていることなど、著書『知ろうとすること。』以降の展開も交えてお話しします。「はこだて国際科学祭参加プログラム」(2017年8月27日)での講演を抄録。(構成 / 片瀬久美子)

 

 

早野です。本日は『まだ続く「知ろうとすること。」』というタイトルでお話させていただきます。2014年に糸井重里氏とともに『知ろうとすること。』という本を出しましたが、今日はその本の内容に加えて、出版後3年間の展開についてもお話もしたいと思います。

 

 

 

 

 

最初に基本的な知識を説明しておきます。福島第一原発事故で飛散した放射性物質の影響についてです。原発事故の後、放射性物質が大気中に飛び散り、雨とともに地面に落ちました。その放射性物質が今でも地面の上にあります。放射性セシウム137と134というものですが、それらが崩壊して安定したバリウムになるときに放射線を出します。その際にガンマ線が地面から飛んできて、そのほとんどは体を突き抜けるのですが、たまに体に当たります。そのことを「外部被ばく」と言います。外から飛んでくる放射線による影響ですね。 

 

また、地面に落ちた放射性物質は植物などに取り込まれますが、それを食べると放射性物質が体のなかに摂取されます。このように、体のなかに入った放射性物質が崩壊して、放射線を出し影響を及ぼすことを「内部被ばく」といいます。 

 

では、福島での外部被ばくと内部被ばくの影響は実際にどれくらいだったのか? 最初に結論を言いますと、福島第一原発で作業していた人も含め、事故で放射能を浴び、その直接的な影響で亡くなった方は0人です。今回の震災で亡くなった方は地震・津波によるものか、震災後のいわゆる震災関連死ですが、放射線による影響で亡くなった方はおられません。 

 

今現在の結論として、内部被ばくは無視できると言えるようになりました。外部被ばくも、福島で実際に人々が住んで暮らしている所では、その影響はほとんど無視できるようになりました。 

 

さて、私が福島に実際に関わるようになったのは、「給食を測ろうよ」というプロジェクトを文科省に提案した2011年の夏が最初でした。

 

 

 

 

この写真は、2012年の3月に、福島県南相馬市原町第一小学校という、原発から北に30キロの場所にある小学校で1年生と一緒に給食を食べたときのものです。給食のなかに放射性物質が入っているかもしれないとお母さん方がすごく心配をされていましたので、実際に測ってみることを提案しました。やり方としては一食分をミキサーで混ぜて、非常に精度の高いゲルマニウム半導体検出器で測りました。 

 

2011年の夏に、文科省に「毎日すべての学校で給食を測定してみたらどうか」と提案したときには、担当者から「やりたくありません」と言われました。文科省の担当者は、「もし本当に検出されたら、多分パニックが起きるだろう。そのパニックを考えたら、学校の現場は何もできない」と、大変に心配をしておられたんですね。 

 

文科省の反応を見て、下から行くのは無理だと思い、上から行くことにし、大臣室を訪れました。その結果、副大臣を説得することに成功し、2012年度からは予算がつき、国の補助金で給食を測ることが始まりました。

 

その測定結果は次の通りです。

 

 

 

 

 

このグラフは福島市の結果です。2012年から測定を始めて、現在でもまだ検査は続いています。 

 

多くの方はご存知だと思いますが、原発事故の後、放射性物質が含まれている食品の流通が禁じられました。事故直後の基準値は1kg 当たり500ベクレルでしたが、500ベクレルは高すぎるという多くの方々の声があり、一年後に政府は基準値を100ベクレルに下げました。 

 

今でも1kg当たり100ベクレル以上の放射性セシウムが含まれている食品は流通させてはいけないことになっています。そこで改めてグラフを見ていただくと、赤い点線は1ベクレル(1Bq/Kg)です。基準値の100ベクレルというのは、この100倍上ですね。福島市の給食で1ベクレル以上のセシウムが入っている給食は見つかっていません。1ベクレルよりも少し上に灰色の点々がありますが、灰色の点は「これ以下であることは保証できる」という検出限界です。実際はそれよりも低い値となります。

 

福島市は、とても大胆なことをしました。2013年の1月から地元のお米、つまり福島市内で採れたお米を給食で使うようにしました。これにはPTA が大変な反対をしましたが、グラフに青い点線で示しているとおり、福島市のお米に切り替えてからも、給食のなかに含まれている放射性セシウムは増えていないことが良く分かります。こういうデータがきちんと毎日取られて、それが公表されて記録に残されるのは、非常に大事なことだと思います。 

 

ソーシャルメディアでは、多くの人との出会いがありました。なかでも私にとって大きかったのは、福島県内のお医者さんと出会ったことです。彼らがツイッター上で私を見つけて、「困っていることがあります」と連絡してこられたんですね。それで私が福島県に行き、お手伝いをするようになりました。

 

お医者さんは必ずしも放射線の専門家ではありません。私自身は放射線医学の専門家でも、また原子力の専門家でもありませんが、ジュネーブで反物質研究をしていたことから、「放射線を測る」という意味ではかなり専門的な知識がありました。そうした経緯で、南相馬市立総合病院の先生方などと、2011年からかなり密接に協力をするようになりました。 

 

福島のお医者さん方と協力して測定した「内部被ばく」についてお話をしたいと思います。

 

 

 

 

この図はご覧になったことがあると思いますが、福島第1原発を中心に20キロの円と30キロの円が引いてあります。地面の上にどのくらいの放射性物質が落下しているか、その汚染度を2011年の秋の段階で色つきのマップにしたものです。当時、この20キロの円内と飯舘村などの北西方向は避難指示が出ていたので、人は住んでいません。その外側の青色の部分は、1平方メートル当たり10万ベクレルから数十万ベクレルの放射性セシウムで汚染された地域です。 

 

チェルノブイリの原発事故の際に報告が出ていますが、放射性物質で地面が汚染され、そこで農作物を作ると農作物が汚染され、それを食べた人が「内部被ばく」をします。チェルノブイリでの経験を福島市・郡山市などに当てはめると、1年当たり大体5ミリシーベルトぐらい内部被ばくすると計算されました。政府の目標は事故による追加的な被ばくが年に1ミリシーベルトを超えないというものですが、この計算ではそれをはるかに上回ることになりました。

 

さて、世界中の人間は原発事故がなくても被ばくをしています。外部被ばくで年に1ミリシーベルト弱ぐらい。それから、食べ物による内部被ばくと、大気中にあるラドンという放射性のガスを吸うことによる内部被ばくがあります。合わせて約2.1ミリシーベルトの被ばくをしています。 

 

日本の場合はそれに加えて、医療被ばくが多く、世界でもトップクラスで、約3.9ミリシーベルトです。この数値は平均ですが、子どもが転んで頭を打ちCTを受けるようなことも含めて、かなり大きな医療被ばくがあります。こうした医療被ばくも合わせると、約6ミリシーベルトの被ばく量となります。これに対して事故由来の被ばくがどのくらいあるのか。たとえば、内部被ばくが先ほどの計算のように5ミリシーベルトあれば、これは無視できない上乗せとなります。では、実際にはどうだったのか?

 

 

 

 

 

 

放射性セシウムが体のなかに取り込まれると、体のなかでそれが崩壊して、体の外にガンマ線が出てくるようになります。このガンマ線を測定器で計ることができます。写真はホールボディーカウンター(WBC)という、ガンマ線の量とその由来(カリウム、セシウム等)を識別できる装置で、4t の鉄の塊です。ちょっと狭い隙間が開いていて、そこに2分間立ってもらいます。 

 

この鉄の塊のなかに、ガンマ線を図るための検出器が2個入っており、体から出たガンマ線を測ります。原発事故の直後には、原発の作業員を測るためのものを除くと、福島県内にこうした装置は1台もありませんでした。現在は50台以上あります。 

 

私たちはホールボディーカウンターを使って、6年間、福島県の多くの方の内部被ばくの検査をしてきました。2012年までに約3万人を測定しました。2013年の初めに、測定結果を医学論文にしました。当時、福島の内部被ばくについて、海外に発信された英語論文が一つもありませんでしたので、きちんと発表しなければいけないと危機感をもって書きました。この論文は国連の科学委員会のレポートに採録されました。 

 

先ほど述べましたが、地面の汚染度から計算した最初の見積りは5ミリシーベルトでした。しかし、実際には内部被ばくは驚くほど低く、2012年の段階で、子どもからは一人も放射性セシウムは検出されませんでした。大人は約1%検出されましたが、約99%は体のなかに放射性セシウムが存在するとは考えられないデータでした。

 

 

 

 

このグラフは、1950年代の終わりから1990年代の半ばの期間に、日本人の成人男性の体のなかにどのくらい放射性セシウムがあったかを、国が継続的に測定したデータです。1964年がピークで、そこを丸で囲ってありますが、これは東京オリンピックの年ですね。体重1kg 当り約10ベクレル、全身で約600ベクレルの放射性セシウムが体のなかにあったことになります。 

 

原因は、アメリカ、ソ連、それからイギリス、フランス、そして中国などで行われていた、大気圏内での原爆や水爆の核実験です。核実験によって放出された放射性セシウムや放射性ストロンチウムなどが成層圏まで舞い上がり、地球を取り囲むように飛んで、それが地面に落ちて田畑を汚染していました。その結果、汚染されたお米、野菜などを食べて、日本人も体のなかに放射性セシウムをかなり取り込んだわけです。その後、大気圏内の核実験が禁止されてから、体内の放射性セシウムは減っていきました。 

 

対して、福島では2012年の時点で99%の大人、100%の子どもの体内の放射性セシウムは、検出限界以下でした。約1%の大人の方が検出限界を越えており、汚染したもの(猪や原木椎茸など)を少し食べているかなという感じでした。平均的に見ると、すでに2012年の段階で、福島の内部被ばくは過去の日本人よりは低いと確信できるデータが得られていました。

 

なぜそれほど数値が低いのか? あれほど地面が汚染されているのに、なぜ体のなかに放射性セシウムがないのか? これはなかなか興味深い問題です。

 

 

 

 

 

 

この写真の作業をご存知ですか? 福島県内では、30kg 入りのお米が1年当たり1000万袋以上収穫されます。「全量全袋検査」というものですが、2012年から、そのすべてのお米をこうして検査しています。2012年は1000万袋を測って、1キログラム当たり100ベクレルの基準を超えたお米は71袋でした。基準越えは1000万分の71です。そして、2013年はそれが28に減り、2014年は2袋、2015年は0袋になり、2016年も0袋です。この検査は今年も行われます。これから収穫されるお米をまた測りますが、おそらく0だと思います。 

 

お米はやはり毎日食べるものなので、これが汚染されていないことは非常に重要です。もちろん、きのこや春先の山菜が汚染されているケースもありますが、それらを毎日何kg も食べるわけではないので、やはり主食が汚染されていないことはとても大事です。

 

少し専門的になりますが、この図はなぜお米にセシウムが入っていないのかを示すグラフです。横軸は田んぼの土のカリウム濃度です。これは放射性カリウムではなくて普通のカリウムです。縦軸は、その田んぼで採れたお米のなかに入っている放射性セシウムの濃度です。見ての通り、きれいに逆相関をしています。

 

 

 

 

 

元素の周期表を覚えておられますか? 周期表の向かって一番左側には水素、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウムが縦に並んでいます。カリウムとセシウムは化学的に性質が似ています。ですから、お米がカリウムを土のなかから集めようとするときに、隣にセシウムがあると間違って入ってしまうのです。

 

この知識を踏まえて2011年の冬に、福島県の農家に、カリウムの肥料を普段撒いているよりもたくさん撒きなさいという指導がなされました。カリウムを十分に土のなかに入れておくと、セシウムが間違って入ってくる確率が下がるからです。それが効を奏しました。

 

それから福島の魚です。現在、漁業は自由には操業していません。試験操業といって、限られたものだけを捕っています。以下のグラフは、2011年の3月から最近までに、福島原発の沖で捕られた魚のなかに、どのくらい放射性セシウムが入っている魚があったのかを示したものです。

 

 

 

 

3ヶ月ごとに2000数百の検体を調べています。緑の線はそのときに捕った魚のなかの何%が、1kg 当たり100ベクレルを超えていたかを表しています。最初は50%を超えていました。しかし、2015年度に入ってからは0%です。福島原発が見えるような所で捕った魚でも、現在では100ベクレルを超えるようなことはありません。理由は海水にはもうほとんど放射性物質が含まれていないからです。 

 

以上のように、内部被ばくは思っていたほどではないということは2012年から分かっていましたが、福島では依然として多くの問題があります。とくに、お子さんを育てておられる方々の不安が非常に根強くあります。 【次ページにつづく】

 

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