自分事としてオモロイ仕事を――『「無理しない」地域づくりの学校』発刊に寄せて

近くて遠い関係

 

2017年にミネルヴァ書房から『「無理しない」地域づくりの学校-「私」からはじまるコミュニティワーク』という編著を上梓させて頂いた。この本を一言で表現するなら、帯に書かれている「まちづくりと福祉は接点を持てるのか? 福祉の『枠組み外し』実戦編!」というフレーズに尽きる。とはいえ、普通の読者の方にとっては、この帯のフレーズそのものが、???かもしれない。少し、この部分に光を当てて考えてみたい。

 

「まちづくり」と「福祉」。この二つは独立した・一見無関係な分野である。一番わかりやすいのが、書店や図書館での配架。福祉というのは、医療や教育の近所に並べられている。一方まちづくりは、地方自治のコーナーにあったり、近年ではコミュニティデザインブームなので、建築やデザインコーナーに並べられている。その二つの書棚は結構離れていることがほとんどだ。実際、本書を出して下さったミネルヴァ書房は福祉に定評のある老舗だが、まちづくりの本は殆ど出していない。他方、まちづくり系の書籍を出している出版社が福祉の本を出している、という例はあまり聞かない。

 

この背後には霞ヶ関の縦割りが関連している。地域における福祉の事を考えるのが、地域包括支援センターや社会福祉協議会という存在だが、これらを所管しているのは厚生労働省である。一方、中山間地での地域おこしやまちづくりの重要な担い手に、地域おこし協力隊という存在があるが、この地域おこし協力隊を所管しているのは総務省である。この二つは、一見すると全く接点がない。

 

だが、この「まちづくり」と「福祉」の境界は、現場に出てみると、実は曖昧である。というか、きっぱり二つにわけられない。例えば「シャッター通り商店街」の問題。これは、経営者の高齢化の問題および跡継ぎの不在、の問題と重なっている。更に言えば、中心市街地の空洞化による「買い物難民」の問題も指摘される。そして、この「買い物難民」とは、自動車免許を返納したり、要介護状態の高齢者の層と、かなりの程度、重なっている。

 

あるいは、地域おこし協力隊が関与する中山間地域では、耕作放棄地や獣害対策の問題が深刻な社会課題となっている。だが、そもそもそういう地域は高齢化率が50%を越えた、いわゆる「限界集落」である可能性が高い。団塊の世代が75歳を超える(後期高齢者)となる2025年には、そのような地域を維持することが出来るか、という課題が一気に噴出する可能性がある。「地方消滅」、というのはその文脈で言われているが、これは高齢者福祉の問題と密接に結びついている。

 

つまり、「まちづくり」や「地域おこし」の課題は、「福祉」領域の課題と重なり合っていることがばしばある、というのが実情である。だが、これまでは管轄官庁の違いや、研究領域、あるいは出版社の専門性の違い、などがあって、容易にこの二つは交わることはなかった。そういう意味で、「まちづくり」と「福祉」は「近くて遠い関係」なのである。

 

 

福祉やまちづくり、の前に、私であること

 

そんな関係性を見直そうという動きが、国策レベルでも進みつつある。厚生労働省は、2025年に要介護高齢者が爆発的に増加し、介護保険や医療保険が財政破綻することを強く警戒している。その予防策として、地域の中での自助・公助の推進や、公的サービスに依存しないで地域の中でボランタリーに問題を解決する仕組みとして、「我が事・丸ごと地域共生社会」という政策目標を作り、その実現に向けて「地域福祉」を推進せよ、と大号令をかけている。

 

そして、福祉現場では、個別のケースに対応するだけでなく、そのケースを通じて見えてくる地域課題をも、福祉課題として捉え、その地域の中で解決し、持続可能な地域づくりをするように、という政策目標が掲げられ、それに関する研修もてんこ盛り、である。そして、かく言う僕自身も、福祉現場に出かけて、地域福祉に関する研修なども手がけてきた。

 

だが、正直に申し上げて、「国がそうしろと言っているから、皆さん取り組みましょう」というトップダウン的な展開は、少なくとも地域課題に関しては、向いていない。それは、なぜなのか。

 

理由は簡単だ。人は、説得されても、自分が納得しなければ、動かないからだ。福祉現場で働く専門職に、地域の事を考えましょう、と号令をかけても、当の本人自身が福祉の「枠組み」に固執している限り、「目の前のケースへの対応で日々一杯一杯なのに、なぜ地域のことにまで関わらねばならないのか?」という問いが先行して、積極的に関与しようとしない。

 

これは「まちづくり」「地域おこし」に置き換えても同じだ。シャッター街や耕作放棄地問題について改善したい、と思う人は、確かに「高齢者福祉」の存在を薄々感じているけど、そこまで手が回らない、それは福祉専門職の課題だ、と後回しにしやすい。「福祉」と「まちづくり」「地域おこし」に関しては、その両者を規定する「枠組み」が意外に強固で、それを外すのは簡単ではないのだ。

 

だが、それを乗り越える、意外だけれど本質的な手段があった。それは、「私」を主語として主題化することである。それは一体どういうことか?

 

答はものすごくシンプル。福祉専門職であるまえに、まちづくりに携わる前に、自分自身もその地域に住んだり、関わったりする一住民である。その「私」に立ち戻って、「私」が「したい」地域活動からはじめてみればよいではないか。書けば、ものすごーくシンプルな提案である。だが、この提案は、これまでの常識を覆す提案でもある。

 

 

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「すべきだ」から「したい」へ

 

読者の皆さんは、福祉にどんなイメージを抱いておられるだろう? 固い・真面目・近寄りがたい・正義の・・・といったイメージをもっていないだろうか? そう、福祉って、「○○すべきだ」「○○しなければならない」といった、shouldやmustの語法で溢れかえっている。かく言う僕自身も、数年前まで、色々な研修の場で福祉専門職に向かって「本気度が足りない」「もっと○○すべきだ」といった語法を使いまくっていた。肩の力が入りまくっていた。

 

だが、そんなshouldやmustの語法って、率直に申し上げて、恫喝の語法、である。納得に基づく自発的な行動変容とは逆の、説得や恫喝に基づく強制的な変化を求めるアプローチである。それでは、真面目で従順な一部の人は変わってくれるかもしれないが、大半の人は納得しない限り、行動変容は出来ない。

 

そして、そんな変わらない現実を目の前にして、「あなた達にあれだけ口酸っぱく言ったのに、まだわからないの?」と更に煽って、恫喝を強めて、なおさら反感や反発を招いて・・・。これは親が子どもにガミガミ説教して子どもが反抗を強める、という典型的な悪循環のパターンの再演そのものである。問題を解決したい、と思ってある種のアプローチを取るのだが、そのアプローチそのものが問題を更に悪化させる要因となる、という意味で、悪循環における「偽解決」とも言われている(詳しくは長谷正人『悪循環の現象学』ハーベスト社、参照)。

 

この悪循環における「偽解決」を越える為には、解決したいと思う人のアプローチを変えるしかない。上記の例でいけば、研修講師である僕自身の恫喝やshould・mustアプローチを変えない限り、何も始まらない。でも、どこから始めてよいのだろう・・・。

 

そう悩んでいたときに出会ったのが、僕とは逆に「まちづくり」から「福祉」に参入していた、もう一人の編者である尾野寛明さんだった。彼は、インターネット古書店を格安の家賃の島根の過疎地に移した後、そこで請われるままに障害者就労を引き受け、そのうちに地域課題の解決と障害者就労を結びつけ、今では中山間地域では珍しい障害者就労A型事業所の経営まで行っている社会起業家である。かつ、全国各地で「起業しない起業塾」を展開し、大きな成果を生み出している。

 

その彼の塾を見に行って、僕にとって衝撃的だったのが「マイプラン」だった。塾生が半年間にわたって自分のアクションプランをブラッシュアップしていくのがマイプランなのだが、その一枚目のスライドが「マイストーリー」から始まるのだ。これは、福祉業界の枠組みに浸りきっていた僕にとっては、目から鱗、の展開だった。「自分のことをこれだけ語るなんて!」という、コロンブスの卵、的展開だったのだ。それは、なぜか?

 

should・mustが支配する世界では、「利用者のために○○すべきだ」という語法はしばしば聞く。だが、そう「すべき」私は、なぜそれを「したい」のか、が出てこない。自分自身が福祉の仕事に携わったのはどんな理由で、それ以前に自分はどんな人で、何が好きで、どんなことを楽しいと感じ、どんな人生を送りたいのか。こういう「私」は、福祉専門職の「鎧」の前では見事なほどに「去勢」されてしまう。

 

だが、尾野さんの塾を見ていると、それとは真逆に、塾生達がみんな必死で自分語りしている。しかも単なる自分語りではない。自分を活かし、自分が問題だと思う地域課題を解決するために、自分ならどんなアプローチが出来るか、を真剣に模索しているのだ。これって、まさに「私」を活かした上で、地域の問題を自分事として考える、「私」からはじまるコミュニティワークそのものだ。そう気づかせてもらった。

 

 

「学校」=志塾の冒険

 

そんな経緯から、僕と同じく地域福祉への不全感を抱き、岡山県社会福祉協議会という福祉推進組織の中でくすぶっていたもう一人の編者、西村洋己さんと出会い、尾野さん、西村さんと三人で、岡山を舞台に始めた志塾的な場所が、今回出した本のタイトルでもある『「無理しない」地域づくりの学校」である。

 

2015年からスタートし、三期生まで送り出したこの「学校」。福祉現場で「もやもや」している、一皮むけたい、もっと仕事を楽しみたい・・・でもどうしてよいかわからない。そんな不全感や問題意識を感じている現場の担い手に集まってもらい、半年間というスパンで、月に一度、自分のマイプランを出してもらい、それを「校長」の僕や「教頭」の尾野さんがコメントや添削し、ブラッシュアップしていく場作りを続けてきた。

 

毎回、小さくても自分自身の「場」を作ってきた先駆者達をゲストに呼び、その先輩の試行錯誤から受講生には学んでもらう、という機会も作ってきた。そのような場作りを、岡山県社会福祉協議会という「地域福祉」の中間支援組織で展開できるよう、「用務員」の西村さんは、主催者として骨を折ってくれた。

 

そんな全国的にもあまり例のない、「私」の「したい」を深掘りする、まちづくりと地域福祉の接点のような場を作り続けてきたからこそ、の成果が3年の中で生まれ始めている。例えば一期生で20代のソーシャルワーカーの森さんは、地元の市の専門職団体を作り、自らが「会長」になった。年功序列的に言えば「一番下」に近い若者が「会長」である。彼は、自分自身が知らない・興味ある課題を自分事として考えたい、と市に在住・勤務する外国人の支援に取り組む人との交流の場を作ったり、あるいは福祉現場でもタコツボ化して知らない他の福祉領域を学び合うワールドカフェを作ったり、町屋で介護を語り合うイベントを企画したり、と展開している。

 

同じく一期生の難波さんは、自分の祖父母の暮らした地区を歩いて周り、その地域の魅力的な人々と出会いながら、その人々が交流する拠点としての「酒場」を開き(地方に行くと居酒屋すらない地域も少なくない)、まちづくりや福祉の事を本音で語り合う場を作っている。これらの事例は、従来の「福祉研修」でも「まちづくりのプランニング」でも出てこなかった、「まちづくり」と「福祉」の接点的な展開である。

 

そんな森さんや難波さんの実例だけでなく、尾野さんがどんな風に「まちづくり」と「福祉」をつなげる仕事をしてきたのか、彼の人材育成の方法論などもてんこ盛りに紹介したのが、書籍としての『「無理しない」地域づくりの学校』である。「まちづくり」や「福祉」に興味がある方、あるいはこれからの自由な働き方について模索している方、などに、是非ともお手にとって頂きたい一冊である。

 

最後に、「無理しない」の意味について。先にご紹介した森さんも難波さんも含めて、プランニングを試行錯誤する中で、それぞれの受講生は、一皮むけるための苦労や努力をしている。だが、それはshouldやmustに基づく、恫喝的な「無理」ではない。自分自身の「したい」を深掘りするために、自分自身のコアな部分と向き合い、それを形にしていく作業である。それは、楽ではないけれど、ほんまもんの「自分事」だからこそ、決して「無理」ではない。これが、「無理しない」の意味である。

 

「私」から離れた何らかの規範や呪縛に支配されていては、人生は面白くない。ほんまもんの人生を楽しむためには、外発的な「無理」ではなく、内発的な「オモロイ」を探求しながら、「まちづくり」や「福祉」を自分事として考えて欲しい。そんな編著者からのメッセージも込められている。

 

よかったら、ご一読くださいませ♪

 

 

「無理しない」地域づくりの学校:「私」からはじまるコミュニティワーク

「無理しない」地域づくりの学校:「私」からはじまるコミュニティワーク書籍

クリエーター岡山県社会福祉協議会, 竹端 寛, 尾野寛明, 西村洋己

発行ミネルヴァ書房

発売日2017年12月10日

カテゴリー単行本

ページ数244

ISBN4623081362

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