2018.01.22

インターネット/SNSを活用した自殺予防の方向性――座間連続殺人事件から考える

末木新 臨床心理士

社会 #SNS#自殺予防#座間事件

2017年10月末に発覚した座間市の連続殺人事件以降、自殺とインターネットの関連が話題になることが劇的に多くなった。この事件については、加害者はソーシャル・ネットワーキング・サービス(以下、SNS)のツイッターを使い、死にたい気持ちを抱えたインターネット利用者に声をかけ呼び出し、9名もの方を殺害したと報じられている。

この事件が発覚して以降、インターネットと自殺に関する研究を行っている筆者の研究室の電話は鳴りっぱなしになった。このことは、本事件の衝撃が、大量殺人という点よりも、ツイッターを用いて被害者に声をかけていたという点にあったことを意味していると思われる。

事件発覚から3ヶ月近くの時間がたち、ようやく報道は落ち着いてきたところである。そこで、本稿では研究やデータといった客観的な観点からSNS利用と自殺の関連について明かになっていることを紹介し、ネットを活用した自殺予防の方向性について論じることとする。

1.ツイッターで「死にたい」とつぶやく人の自殺の可能性は?

座間市の事件で被害者となった方々が生前にどのような状態であったのかを詳細に知る術を私は持っていない。しかし、ツイッター等のSNSで自殺に関する投稿を重ねている人がどのような特徴を有しているのかは、これまでの調査である程度明らかになっている。

2015年に筆者が20代のネット利用者に対して行った調査では[1]、調査対象者全体(14529名)のうちツイッターアカウントを有するものが8147名(56.1%)いた。その内の1114名(7.7%)は過去に「死にたい」とつぶやいたことがあり、361名(2.5%)は「自殺したい」とつぶやいたことがあった。

この数字を見て、「死にたい」とか「自殺したい」とつぶやくことの頻度をどのように考えるかは人それぞれだが、こうした行動がものすごく稀有なわけではないと言ってもよいであろう。

「死にたい」とか「自殺したい」とつぶやくことがそれほど稀なことでないとしたならば、こうしたつぶやきをしている人は「普通」の状態なのだろうか。よく「死にたい」と言っている人は実際には死なない(本当に死にたい人は「死にたい」などと口にしないで死ぬものだ)という「神話」を信じている人がいるが、科学的なデータはそれと真逆のことを示している。

上述の調査では、ツイッターで「死にたい」とか「自殺したい」とつぶやいている人は、未婚で、恒常的に飲酒をし、精神科などに通院している可能性が高いことが示された。また、彼ら/彼女らの抑うつ度はとても高い。死にたいと考えている者の割合が高いのは当然のことであるが、自傷行為をしたことがある者や過去に自殺を試みたことがある者の割合も高い。これらは全て自殺の危険因子である。

つまり、ツイッターで「死にたい」とか「自殺したい」とつぶやいている人は、そんなことをつぶやかない人に比べて、自殺のリスクが高いのである。当たり前のことであるが、健康で何も問題を抱えておらず幸福感につつまれている人間は、「死にたい」とはつぶやかない。

このようなSNS利用と自殺の関連は筆者だけが論じていることではない。また、これはツイッターだけに限った現象でもない。例えば、中国版ツイッターとも呼ばれるWeiboの投稿内容から、自殺の危険性を予測することが可能であったという報告もある[2]。SNSの投稿内容から利用者の自殺の危険性を評価する研究は、現在、世界中で行われている比較的ホットな研究テーマである。

SNSで「死にたい」とか「自殺したい」といった投稿をしている人はやはり、幸せな状態ではないし、自殺の危険性もそれなりにある。もちろん、自殺そのものは稀な事象であるため、すぐには生じないかもしれない。しかし、ネット上で「死にたい」とつぶやくと悪意をもった者に目をつけられ、今回のような事件に巻き込まれる可能性もある。自殺サイトなどを介して自殺のリスクが高まった者にコンタクトを取り、殺害するといった事件はこれまでにも起きており、今回が初めてではないのである。

自殺のリスクの高まった者は、こうした事件に巻き込まれやすくなっている可能性がある。こうした傾向は、事故傾性という言葉で表現される。これは簡単に言えば、死にたくなると本人にその気がなくても、事故などのトラブルに合いやすくなるという傾向のことである。

このようなメカニズムがなぜ生じるのかは今のところ不明である。しかし、反対に幸福な人が事故に合いづらいという研究も多数あることを考慮すれば、やはり、人間は死にたくなると普通であれば避けられる危険性を避けることが難しい心理状況に追い込まれるということなのであろう。今回の事件も、そのような状態が影響した可能性はあるだろう。

2.インターネットを自殺予防にどのように活用するべきか?

座間市の事件を受けて政府は再発防止策を検討するとしている。それではどのような方法が考えられるであろうか。インターネットを活用した自殺予防の方法に関しては、その方法や効果の程度について「若年者の自殺対策のあり方に関する報告書」[3]にて筆者が報告しているので詳細はそちらを参照されたい。ここでは、具体的な方法の一つとして、近年筆者が協力をしているNPO法人OVAの行っている夜回り2.0という活動について報告をする。

夜回り2.0とは自殺方法関連語をウェブ検索した際の結果画面に検索連動型広告を提示し、無料のメール相談を受け付ける活動である。相談は臨床心理士や精神保健福祉士といった専門家が受けている。相談を受けた後は、相談者の抱えている問題や自殺の危険性の高さを評価し、その評価に応じて対面で支援を受けられる適切な援助機関につなぎ、見守っていく。

この活動の成果は国際自殺予防学会誌に報告をしているが、相談者の2~4割程度が、自殺の計画を思いとどまるなど何らかのポジティブな変化を見せたり、これまでに相談をしたことのない者からの支援を受けるための行動をとるといった自殺予防的な変化を見せている。[4, 5]

この活動によって、自殺方法に関する言葉を検索したネット利用者は、効果的で苦しみの少ない自殺方法に関する情報に接する可能性が低減され、同時に、専門家からの支援が受けられる可能性が高まる。夜回り2.0の効果は実験的なデザインを用いた研究によって確かめられているわけではないため、この活動が明確に自殺予防的な効果を有すると断言することは難しい。

しかし、自殺の危険性の高い者が多く含まれるコミュニティの中のキーパーソン(例:山間部の村にある唯一の病院の医師)に自殺予防教育をほどこし、早期に自殺の危険性の高い者を発見し、見守っていくいわゆるゲートキーパー活動に一定のレベルの効果のエビデンスがあることを考慮すれば[6]、夜回り2.0の効果は有望なものだろう。

このように、インターネットを活用した自殺予防を推進していくためには、自殺の危険性の高い者が利用するメディアの環境を調整することを通じて、自殺を誘発する情報に接っしたり(例:自殺方法を閲覧する)、悪意のある利用者が接触する可能性を減じるとともに、自殺予防的な目的をもった支援者と接する可能性を高めることが重要である。

そのための方策は、メディアの特性によって異なるため一概にこうすれば良いという方法があるわけではない。各メディアの特性に応じた工夫が必要であるが、例えば、ツイッターの投稿内容から自殺の危険性を評価し、一定の危険性が認められた者に対して支援を受けることを促す広告等を提示するといった試みは技術的には可能であろう。

また、相談を受けた際にも、自殺を防ぐためにどのような働きかけをすれば良いのかはある程度明らかになっている。つまり、現時点においても、技術的にできることが多数あることは間違いない。

3.誰が自殺を予防するのか?

問題は、こうした取り組みを誰がやるのかということである。私が知る限り、自殺予防がビジネスとして機能したという話は聞いたことがない。つまり、自殺予防は公的な資金を以て行うよりない領域である。自殺予防を継続的に行うことは善意のみでは難しく、財源の裏付けが必要である。しかし、これが十分とは言いがたい。

2016年に追加された改正自殺対策基本法第十四条は、都道府県及び市町村に対する交付金に関する条文である。この条文は、国が地方公共団体の実施する自殺対策に対して厚生労働省の予算の範囲内での交付金を交付することができる旨を記している。

これにともない、2016年度からは厚生労働省の当初予算に地域自殺対策強化交付金25億円が計上された[7]。2010年度からスタートした内閣府の地域自殺対策緊急強化基金が補正予算でその都度計上されていたことに比較すれば、各地域における自殺対策の財源の安定化に向けて大きな前進が見られたと言うことができる。

しかし、この金額は十分だろうか。我々人類は現在の科学技術の水準ではいつか必ず死ぬことになるが、日本人の約2%は自殺という形で生を終えることとなる。とするならば、全ての形式の死亡(例:病死、事故死、殺人等)対策に費やされている税金の総額の2%ほどは自殺対策にも費やして良さそうなものであるが、病院や警察などの運営に使われている予算に比して、上述の予算はあまりに貧弱である(もちろん、病院や警察も自殺対策の中核的な役割を担っているが)。

仮に支援をするための技術はあったとしても、それを行う人・もの・金がなければ何もすることはできない。今回の問題は、ツイッター社だけの問題ではなく、国の自殺対策全体に関わるものである。

これは何も、政府の姿勢を批判するものではない。むしろ、国民全体の意識の問題だと筆者は思っている。これまでの筆者の調査によれば、自殺による死亡リスクを低減するために支払っても良いと感じる税金の額と、事故による死亡リスクを低減するために支払っても良いと感じる税金の額が大きく違うことが明らかになっている。[8] つまり、現在の予算状況はある意味で民意をきちんと反映していると考えた方がいいだろう。

そして、このような自殺予防に対する否定的な態度の一部は、自殺という事象から我々が目を逸らし、無知な状態にあることからきていると考えられる(自殺に関する講義を受けると、自殺による死亡リスクを低減するために支払っても良いと感じる税金の額が増えるという準実験データがある)。[9] つまり、今回のような悲惨な事件を減らしていくための鍵は、ネットの世界の中ではなく、我々の中にあるのである。

【引用文献】

[1] Sueki, H. (2015). The association of suicide-related Twitter use with suicidal behaviour: a cross-sectional study of young internet users in Japan. Journal of affective disorders, 170, 155–160. doi: 10.1016/j.jad.2014.08.047

 [2] Cheng, Q., Li, T. M., Kwok, C. L., Zhu, T., & Yip, P. S. (2017). Assessing suicide risk and emotional distress in Chinese social media: a text mining and machine learning study. Journal of medical internet research, 19, e243. doi:10.2196/jmir.7276

[3] 末木 新 (2015). 若年者の自殺対策のあり方に関する報告書 第4章 各論 ~多様な領域からの若年者への支援~ 3.インターネットを活用した支援とは. 科学的根拠に基づく自殺予防総合対策推進コンソーシアム準備会 若年者の自殺対策のあり方に関するワーキンググループ報告書, pp.149–157.

 [4] Sueki, H., & Ito, J. (2015). Suicide prevention through online gatekeeping using search advertising techniques: A feasibility study. Crisis, 36, 267–273. doi:10.1027/0227-5910/a000322

[5] Sueki, H., & Ito, J. (accepted). Appropriate targets for search advertising as part of online gatekeeping for suicide prevention. Crisis, 36. doi: 10.1027/0227-5910/a000486

[6] Isaac, M., Elias, B., Katz, L. Y., Belik, S. L., Deane, F. P., Enns, M. W., & Sareen, J. (2009). Gatekeeper training as a preventative intervention for suicide: a systematic review. The Canadian Journal of Psychiatry, 54, 260–268. doi: 10.1177/070674370905400407

[7] 厚生労働省 (2016). 平成28年度厚生労働省所管一般会計歳出予算各目明細書. (http://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/yosan/16syokanyosan/dl/160212-01_01.pdf)

[8] Sueki, H. (2016). Willingness to pay for suicide prevention in Japan. Death Studies, 40, 283–289. doi:10.1080/07481187.2015.1129371

[9] Sueki, H. (accepted). Impact of educational intervention on willingness-to-pay for suicide prevention: A quasi-experimental study involving Japanese university students. Psychology, Health & Medicines. doi: 10.1080/13548506.2017.1371777

プロフィール

末木新臨床心理士

和光大学現代人間学部准教授。2012年、東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース博士課程修了、博士(教育学)、臨床心理士。2012年より和光大学現代人間学部講師、2016年より現職。専攻は、臨床心理学、自殺学。主な著作に、「インターネットは自殺を防げるか―ウェブコミュニティの臨床心理学とその実践―」(2013年、東京大学出版会、単著)、「自殺予防の基礎知識」(2013年、デザインエッグ社、単著)。その他の業績などは、リサーチマップ(https://researchmap.jp/read0146450/)を参照。

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