アイヌ差別の現状――民族への差別と民族の内なる差別

“アイヌ差別”とは何か

 

2016年2月、内閣府によってアイヌ民族に関する初の全国調査結果が公表された。それは驚きの結果であった。アイヌへの現在の差別や偏見について、回答者がアイヌの人々の場合には72.1%が「あると思う」と答えたのに対して、国民全体を対象とした同様の質問では、「あると思う」が17.9%と低く、両者の間にかなり大きな意識の差が見られたのである。

 

さらに見過ごせないのは、差別や偏見があると思うと回答するアイヌの人々のうち、実際に差別を受けたという割合は36.6%であった点である。差別が「あると思う」という割合からは低下するものの、今現在も、決して少なくはないアイヌへの差別が実際に「ある」様子がうかがえる。

 

しかし現状では、その具体的な不利益や不平等の内実について十分に明らかにされていない。アイヌの人々をめぐる差別の問題は、和人(アイヌ以外の日本人)からアイヌ民族への差別というかたちで語り継がれ、認知されてきた。ところが、アイヌの人々が語る「差別」を細かく調べていくと、たとえばアイヌ民族のほうが多数派となる場所では、和人が差別される対象になる事例も確認でき、多面的・重層的な構造のなかで差別が“受け継がれてきた”ことがわかる。

 

また、そもそも現代では、純粋にアイヌのみの血筋という人は稀であるため、アイヌとしての血の濃さや別の要素も含めて、アイヌ民族内部にも多様性が生まれている。こうして考えると、アイヌ民族をめぐる差別の問題は、和人とアイヌとの間に起こる民族差別と、アイヌ民族内部に生じる民族同士の内なる差別という構造で全体をとらえ、実態を知る必要があるだろう。

 

以下では、北海道内の5つの地域調査(2009~2014年)にもとづくアイヌ差別の現状を、結婚や恋愛の場面も含め、彼ら・彼女らのリアルな語りから明らかにしていきたい。その際の表現は、リアルさゆえのものとご理解いただきたい。なお前半では、和人との関係性のなかで生じるアイヌに対する差別の具体的な内容を、ジェンダー差・世代差を視点に紹介していく。そして後半では、「アイヌ民族」という括りのなかに見られる多様性に注目し、アイヌ社会内部で生じている差別の実態を報告する。

 

 

薄れつつある民族差別

 

では、どれほどのアイヌの人々が、いかなるかたちで和人から差別を受けてきたのか。北海道内の5つの地域を調査したところ(対象者計264名)、差別を受けたというアイヌの人々の割合は年齢が上がるほど増え、アイヌ男性よりもアイヌ女性に多いことがわかった(図1、図2)。

 

 

図1 地域別世代別被差別経験率

 

図2 地域別男女別被差別経験率

 

 

たとえば老年層(60~70代)、壮年層(40~50代)では、下校途中に“アイヌ、アイヌ”とからかわれ石をぶつけられた、運動会では和人しかリレーの選手になれなかったといった、あからさまなエピソードが多い。現在では和人との混血が進み、外見ではアイヌであることがわからなくなっていることや、差別を受けたくないがゆえにアイヌの血筋であることを公言しないで生活する人も存在することもあり(これはすべて壮年層以下のアイヌ女性である)、青年層(20~30代)では被差別経験は低くなりつつある。

 

 

人生の節目につきまとう差別

 

そうはいっても、冒頭の調査結果からも明らかなように、差別は歴然と存在しており、それは人生の節目に表面化しやすい。人生の大きな節目の一つであろう結婚(恋愛に始まり、ときに離婚にいたるケースを含む)の際の、被差別エピソードはまさにリアルである。

 

あるアイヌ男性は、交際していた和人女性から「あなたともうつき合えません。○○○人だから」という手紙をもらい、しばらく考えて〇〇〇は「アイヌ」だということがわかった。その後交際していた相手にも、結婚前に身辺調査をされ、結局破談になったという経験をもつ。アイヌ女性では、配偶者から何度も「メノコ」(アイヌ語でアイヌの女の人という意味)と罵られ、離婚にいたったという事例も珍しくない。

 

そればかりか、アイヌの血筋をもって生まれてきたわが子を、姑から「うちの孫ではない」と否定され、和人の夫にさえ「俺の子ではない」、「子は産むな」といわれ離婚したという事例も確認できた。壮絶ともいえる離婚に関するエピソードは少なくない。

 

アイヌ男性よりアイヌ女性のほうが差別の風当たりが強いとの調査結果は、こうした恋愛・結婚の場面に加えて、就職の際や職場でのエピソードの多さとも関係している。あるアイヌ女性は、転職の際に友人と面接を受けにいっても、“顔を見て私が落とされる”という差別を受けてきたという。

 

別のアイヌ女性は、中学校時代、教員に就職の相談したところ、一言「あなたアイヌ民族だから」といわれ、就職を支援してもらえなかった過去を話してくれた。この女性は学校でいじめられることも、恋愛・結婚時に差別を受けることもなかったけれども、唯一、中学校の教員から差別を受けたと語る。

 

このように、和人からアイヌへの差別は、学校で起きる差別、恋愛や結婚の際の差別、就職時や職場での差別として顕在化しやすく、それぞれが重要な課題をふまえているといえる(図3)。

 

 

図3 男女別被差別経験の場・きっかけ(複数回答)

 

 

学校での差別は、上述の通り、子どもたちばかりでなく教員からの差別を含み、重大で深刻な結果をもたらす。教員からの差別が原因となって進学意欲を削がれた結果、アイヌの人々のライフ・チャンスが狭められる事例が散見されている。実際に、アイヌの人々は相対的に学歴が低く、中退率も高いことが統計上で明らかになっているのである(表1、図4)。

 

 

表1 最終学歴

 

図4 中退率

 

 

恋愛や結婚については、前節で紹介した通り、アイヌ男性よりアイヌ女性の方が不利益を被りがちであった。実際に和人へのインタビュー調査からも、「見た目でアイヌという感じの人と結婚しようとは、間違っても一緒になろうとは思わなかった」、「死んだ親父にメノコでもいいから再婚するようにといわれた。心の中で冗談じゃないよといっていた」(ともに和人男性)という意識が語られており、アイヌの女性が和人との恋愛や結婚を成就させるために、並大抵ではない苦労を経験していることが感じ取れる。

 

就職における差別は数としては多くないものの、その理由として“アイヌ労働市場”の存在が指摘できる。というのは、アイヌ集住地域にはアイヌの人が多く働いている職場―スナック等の酒場、民芸品店、漁業・水産関係のほか、アイヌの人がオーナーを務める会社など―が存在しており、そうした場所に就職を“水路づけられた”結果、アイヌへの差別が抑えられている実態がある。すなわち、職場で差別が起きていないのではなく、たんに和人とアイヌの棲み分けがなされていることの結果なのである。【次ページにつづく】

 

 

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