ブラックアウトは電力会社のせいか?――北海道ブラックアウトからの教訓

2018年9月6日未明に発生した北海道胆振東部地震をきっかけに、苫東厚真石炭火力発電所にある発電機3台が停止し、北海道ほぼ全域が連鎖停電するというブラックアウトが発生しました。これまで、2011年3月の東日本大震災および原発事故に伴う広域大停電などはあったものの、いずれも電力システムの全域が停電したわけではなく、いわゆるブラウンアウトと呼ばれる状態です。今回、事実上日本で史上初めてのブラックアウトを経験したことになり、それ故、メディアを中心に必要以上の衝撃を以って受け止められているようです。

 

多くのメディアやネットでは、早速ブラックアウトの原因究明(というより犯人探し)の議論が盛んになっています。中には正義感からか、「再発防止のために」「このような事故を二度と繰り返さないために」というような常套文句も見られます。しかし、事故直後で冷静さを欠く議論も多く見られる中、筆者はここであえて、ブラックアウトを「二度と繰り返さないために」という言説は、リスクマネジメント的な観点から本当に妥当なのだろうか? という問題提起をしたいと思います。

 

 

忘れられがちな確率論的リスクマネジメントの発想

 

問題提起をするにあたって、電力工学の基礎理論を確認しておきましょう。ここでは大学の専門課程レベルの専門用語が若干登場しますが、この問題を理解する上で重要なコンセプトなので、多くの方に知ってもらいたいと思います。

 

停電をするかしないかは、電力工学では供給信頼度という指標で表されます。供給信頼度はさらに、アデカシーセキュリティという2つの概念に分かれます。前者のアデカシーは直訳すると「充分であること」という意味で、電力不足確率 (LOLP) などの確率的数値として与えられます。例えば米国では広く「1-to-10基準」として知られているアデカシーの基準があり、これは10年に1日の割合で大停電が発生する可能性があるということをあらかじめ想定することを意味します。LOLPに換算すると発生確率は0.027%です。

 

信頼度のもう一つの評価手法であるセキュリティは、いわば「緊急時」の指標です。電力システムに何らかの突発的な事故や擾乱が発生した際に、システム全体を安定的に維持できるかという指標です。セキュリティを維持するための概念として、N-1基準という考え方が世界各国で(日本でも)取られています。N-1(エヌ・マイナス・ワン)とは、電力システム全体 (N) から発電所や送電線などの設備が1ヶ所、何らか不具合で緊急停止したり断線したりする(–1)ことをあらかじめ想定しなければならないという基準です。万一その電力システム内の最大の設備1ヶ所が脱落したとしても、需給バランスを崩して連鎖停電に至らないことを保証する、ブラックアウトを未然に防ぐための基準です(注1)。

 

(注1)アデカシーとセキュリティ、停電に関する詳細は、拙著『世界の再生可能エネルギーと電力システム 〜電力システム編』, インプレスR&D (2018) もご参照下さい。

 

ここで重要なのは、「停電は絶対に起こしてはならない!」という発想ではなく、現在の技術と適切なコストを勘案すると、ある一定の確率で停電が発生することを想定(許容)した上で電力システムが設計されているということです。これは若干の数値の差はあれど、欧州や日本など世界中のほとんどすべての電力システムが採用している考え方です。もちろん、ブラックアウトは起こさない方がよいですし、起こさないように最善の努力がなされるべきですが、「絶対に起こってはならない」という設計思想はそもそも日本も含め世界中どの国でも採用されていません。この事実は多くの人に知ってもらいたいことです。

 

 

「想定外」だったのか?

 

さて、今回の北海道ブラックアウトでは、執筆時(9月15日時点)で得られる情報では、苫東厚真2号機(定格60万kW)および4号機(定格70万kW)が直下型地震によってほぼ同時に停止しました。その後、電力システム内の一部を負荷遮断(強制停電)させたり、北本連系線を通じて最大限応援融通したりして、なんとか電力システム内の需給バランスを取っていたところ、地震発生から18分後に苫東厚真1号機(定格35万kW)も緊急停止し、努力の甲斐なくバランスが崩壊しブラックアウトに至った、という事故経緯が推定されています。つまり、前述のN-1基準に照らし合わせれば、基準をはるかに超えたN-3事故が発生したことになります。

 

北海道電力の記者会見や過去の資料を見る限り、北海道では129万kWの電源脱落に対しても大丈夫なように対策を立てていたということなので、北海道では世界基準や法令に定められた基準を上回るN-2に相当する対策を自主的に行っていたことになります。実際、地震発生後18分間はその功を奏してか、なんとかギリギリ持ちこたえていたところを、不幸にして3つ目の電源脱落が続き、N-3規模の事故となってしまったことになります。ここで北海道電力に法令違反や内規違反の行為があったといえるでしょうか? 少なくとも現在得られる情報では、そのような瑕疵を見いだすことはできません。

 

今回のブラックアウトを受けて、一つの発電所に頼るような集中型の運用ではなく分散型にしていればよかったとか、はたまた原子力発電が稼働していればよかったなどの「もし〜ならば」という後出しジャンケン的な仮定の話が百家争鳴です。しかし、もしかしたらよりよい手段があったかもしれないという可能性(しかもあくまで可能性にすぎず、科学的・法的根拠がない個人願望を混入させているケースも多くみられます)と、してはならないことをしたり成すべきことを怠ったという制度上の瑕疵とは厳密に分けるべきです。

 

「またしても想定外だ!」と、あたかもN-3事故まで想定した対策を取っていなかったことで、電力会社を槍玉にあげるかのような表現を用いるメディアも散見されます。しかし、前述の通り世界中の電力システムは「絶対に停電を起こさない」ではなく、「ある一定の確率で停電が発生することを想定した上で」設計されています。N-2以上の事象は発生確率が極めて低く、それを予防するために投じるコストよりも、万一それが発生した場合に、生命や財産の安全を損なわない程度に被害を軽減するためのコストの方が安い可能性があります。

 

台風や地震など自然災害による被害は可能な限り小さくする努力をしなければならないものの、絶対的にゼロにすることはできませんし、それを前提とした対策は現実的ではありません。それと同様、台風や地震など自然災害に起因する停電も、絶対に起こしてはならないという立場に立つのは科学的に不合理です。むしろ絶対に起こしてはならないという非合理的な目標が設定された瞬間、安全神話や非合理的な忖度が発生し、より適切な対策を議論する機会が失われます。【次ページにつづく】

 

 

シノドスのコンテンツ

 

●ファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

●電子メールマガジン「αシノドス」

⇒ https://synodos.jp/a-synodos

 

●少人数制セミナー「シノドス・サークル」

⇒ https://synodos.jp/article/20937

 

 

 

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.256 

・熊坂元大「「道徳教育」はこうすれば良くなる」
・穂鷹知美「終の住処としての外国――スイスの老人ホームにおける 「地中海クラブ」の試み」
・徳山豪「アルゴリズムが社会を動かす」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(1)――シンクタンク創設への思いとその戦い」