「ジョブチェンジ」し続けるための自分への先行投資法

「生物の種の中で生き延びるのは、最も強いものでもなければ、最も賢いものでもない。変化に最もよく適応したものが生き延びるのだ(It is not the strongest of the species that survive, nor the most intelligent, but the ones most responsive to change)」(チャールズ・ダーウィン)という。個人も組織も、「何らかのかたちで変わる方法を知らなければ、自らを保持することができない(A state without the means of some change is without the means of its conservation)」(エドマンド・バーク)ともいう。

 

まして、現在は、変化の仕方それ自体が変化する時代である。「人生100年時代」を迎え、個人の寿命は組織より長い。だとすると、私たちが学ぶべきことは、特定のコンテンツというよりも、変化によく適応し、「私(たち)」の人生や社会に「責任(responsibility)」を持つことである。

 

新潟県立大学国際地域学部一年生向けの「政治学入門」では、そうした負託に応えるべく、毎年、特別講義を開催している。3回目となる2018年度は2018年11月7日に、外交官からコンサルタントへ、そしてベンチャー企業の経営陣へとジョブチェンジし続けている鈴木悠司氏をお招きし、自ら「変わる方法」、リスクへの向き合い方などについてお話しいただいた。(文責:浅羽)

 

 

鈴木悠司「「ジョブチェンジ」し続けるための自分への先行投資法」

 

浅羽 「政治学入門」の特別講義も2016年度2017年度に続いて3回目です。今回、畏友、鈴木悠司さんをお迎えしました。「『ジョブチェンジ』し続けるための自分への先行投資法」というテーマでお話いただきます。

 

みなさんが大学生に入ってから早7カ月が経ちます。「高校生」というジョブから「大学生」というジョブにチェンジしたわけです。この先も、いつまでも大学生でいられるわけではありません。いずれ社会人になりますし、最初に入った会社がずっと残っているかは分かりません。単にA社B社が残っているか分からないだけではなく、産業そのものがどんどん生まれ変わる、イノベーションされる、そういう時代にいま生きています。

 

みなさんも事前課題に取り組む中で鈴木さんについてググるなりして調べてきたはずですが、その回答はすべて、鈴木さんにも目を通してもらっています。みなさんも知っているとおり、鈴木さんはいろんなジョブを経験されてきました。

 

私も、ずっと大学教員ですが、新潟県立大学は3校目です。九州大学、山口県立大学と転職してきました。新潟県立大学は5年目になりますが、テニュア職なので、65歳の定年までいようと思えばいられるわけですが、毎年、契約更新をしているつもりで臨んでいます。条件がいいところがあれば、いつでも異動するという構えでいます。ジョブチェンジに対しては常にオープンです。

 

みなさんは18歳19歳で、私たち2人以上にジョブチェンジしていくことを余儀なくされている世代だと思います。「人生100年時代」とも言われ始めていますが、長い人生を展望しながら、またとないこの機会を生かすように授業に取り組んでほしいと思います。拍手で鈴木さんをお迎えしましょう。

 

 

いま起きている変化の衝撃

 

鈴木 ご紹介に預かりました鈴木です。初めに私の略歴を紹介します。生まれてからずっと埼玉県に住み、東京の大学に通いました。2001年から1年間、韓国のソウル大学に交換留学をし、卒業後は外務省に6年間、金融庁に2年間勤めていました。外務省では初め、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)に関する仕事をしていました。主には担当官として日本とフィリピンの間で看護師や介護士を受け入れる枠組み作りをしていました。

 

そのあと外務省の留学でイギリスに行って、1年目はウォーリック大学、2年目はケンブリッジ大学に通い、経済学とアジア地域研究を行いました。その次はインド大使館の政務班に配属され、当時、安倍総理の第一次政権の時に当たりますが、日印の二国間関係、現地のいろいろな人と会って情報取集をしたり、事件事故があったときの邦人保護をしたりしていました。

 

帰国後は金融庁の国際室に出向しました。ちょうど金融危機があった頃で、金融規制改革というルール・メイキングが国際交渉の議題に上がった時代でした。私もG20(金融・世界経済に関する会合)などで交渉をしたり、WTO(世界貿易機関)やFTAで貿易の自由化交渉を担当したりしました。他には、中国、韓国、東南アジア諸国と金融協議をしていました。

 

このあと大きなジョブチェンジをして、民間のマッキンゼーというコンサルティング会社に移りました。東京に3年、上海に1年いて、自動車、半導体、医療機器、金融などのプロジェクトをして、最後はマネージャーをしていました。戦略、組織、オペレーションと呼ばれるものが業務の中心でした。他に、私の場合は中途採用だったこともあり、若手のコンサルタントの研修講師もしていました。

 

2015年に再びジョブチェンジして、ベインキャピタルというプライベートエクイティ(投資ファンド)にリクルートされ、そのファンド傘下の会社に勤めます。プライベートエクイティは主に会社を買収し付加価値を高めてから上場させたりしてエグジット(売却)します。ファンドが買収したマクロミルという事業会社に入り、会社のトランスフォーメンション(変革)を行っていました。主に、グローバル戦略、欧米子会社との統合プロセス、アジア子会社の取締役など、専ら戦略や営業活動の改善などを行っていました。

 

2018年4月から山形県鶴岡市に本社があるヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ、HMTというバイオベンチャーの経営チームに加わり、戦略、組織、オペレーションを手広くやっています。

 

 

 

 

今日は「ジョブチェンジ」ということで、まずはいま何が起きているのかについてお話します。

 

最近数カ月の出来事を3つ紹介します。みなさんは大学に入って7カ月が経ちますが、すでに情報の取得量やアクセスの仕方に差が出てきているでしょう。今から紹介する3つの話を全部知っている人から1つも知らない人までいると思います。この教室の中でも、表には出ていなくても、実際、今の時点ですでに差があるわけですから、この大学の外も含めて、これからもっと広がると認識してください。

 

1つ目はメルカリについてのニュースです。このフリマアプリは10代20代の3人に1人が使っているといわれています。2018年10月1日にメルカリに入社したのは118人で、そのうち44人が外国籍です。3分の1。その比率はこれからどんどん増えていくでしょう。

 

2つ目が、The Economistという英字誌に載っていたニュースです。“gig economy”という言葉があります。デジタル化によってオンラインのマッチングサイトとかプラットフォームができたことで、Airbnbは個人の住まいをホテルのように利用してもよいという人とそこに住みたいという人をマッチングしますが、ここでは人の時間と仕事をマッチングしています。仕事を頼む側でいうと、どこにいる人であれ、グローバルに仕事が頼める。逆に仕事を請け負う側でいうと、自分のスキルを明示しておいて、切り売りできるようになったということです。良いところもありますが、当然悪いところもあります。

 

良いところは、働く側にしてみたら自分の時間を自由に使えるようになったり、スキルがあるとチャンスが広がったりする点です。一方、マイナス面は、同じ会社に所属することがなくなるので、個人がみんな自営業者のようになります。福利厚生や年金もほぼ期待できなくなる。また、売るものがないと何もできないということになります。さらに、かつては地域内の競争だったのが、ものによっては世界規模で同じようなスキルの人が集まってくるので、みなさんの見ている世界よりずっと広い人たち、全然知らない人たちと同じタスクをめぐって競争が始まることになります。

 

とはいっても、物理的に対面でしないといけない仕事ならそういう心配はないのではないかと思うかもしれません。そこで出てくるのが3つ目の『マネー・ワールド』というNHKスペシャルの番組です。見た人、いますか。

 

この番組では、AIやロボットが仕事のかなりの部分、今までホワイトカラーと呼ばれてきた人たちの仕事も置き換えられていくということが紹介されていました。番組中に引用されていた数値だと、実に日本の仕事の49%くらいが置き換えられる可能性があるそうです。今後、面倒な仕事をAIやロボットにしてもらって、楽にお金を稼げるようになるかもしれませんし、仕事がなくなって困るかもしれません。一人ひとりにとってどうなるかは分かりません。

 

これらは未来に起きることではなく、すでにいま起きていることです。つまり仕事の仕方自体、そして就職活動に大きな変化が出ていると、私は言いたいわけです。

 

 

長期変動は予測できない

 

それでは未来にどう対処すればいいでしょうか。まず「諦めないといけないことがある」という話をしなければいけません。それは、長期の変動を予測するのは非常に難しいということです。

 

みなさんのほとんどは1年生だと聞いていますので、1999年か2000年に生まれたと思います。「人生100年時代」といわれていますから、2100年くらいまで生きるとしましょう。70歳くらいまでは働くとして、2070年までは仕事をしているわけです。52年後にどういう世界になっているか、予想できますか。厳しいですよね。では30年後、みなさんが48歳になったときはどうでしょう。12年後はどうですか。みなさんが30歳のときですね。

 

過去に置き換えてみます。100年前の1918年に生まれた場合、今のみなさんと同じ年になるのは1936年です。1936年の時点で2018年の社会を予想できますか。70歳になる1988年はどうでしょうか。30歳になる1948年でも無理ですよね。1936年の時点では、1940年に東京五輪を行うことになっていましたが、中止になります。その後はよくご存じのように、すべてがまったく違う世界になりました。

 

悪いことに、その当時よりも世の中の動きは速くなっています。私は1979年生まれで浅羽先生とほとんど同年代です。18歳のときは1997年でした。就職氷河期です。2008年に金融危機が起きたときは、インドから帰って来た頃でした。1997年の自分が、70歳になる2049年を予想できるかというと無理です。30歳になる2009年ですら無理です。私が大学1年生の頃は、携帯電話をもっている人はクラスに1人いるかいないかくらいでしたが、今はみんなスマホを持っていますよね。そのくらい全然違います。長期の予測は基本的にできないんです。

 

ですが、自分が長期の予測ができないからといって悲観する必要はありません。偉い人たちの予想をいろいろ集めてみましたが、大外れなんです。

 

天才物理学者のアルバート・アインシュタインは1932年に、「核エネルギーが活用できるようになる兆しはまったくない」と言っていました。しかしわずか13年後に原爆がもうできています。IBMの当時の会長であるトーマス・ワトソンは1943年に、「世界にはコンピューターの需要はおそらく5台分くらいしかない」と言っています。どうでしょうか。大外れですよね。アーヴィン・フィッシャーという著名な経済学者は1929年に、「株価は恒久的に高い状態に達したように見える」と言っています。1929年に何が起きたか、ご存知の方はいますか。(ある学生が挙手をして「世界恐慌」と発言) そうです。世界恐慌です。こういうふうに授業中に学生さんが発言してくれるといいですね。

 

昔だから予想が外れるのであって、最近なら改善していると思われるかもしれませんが、そうでもありません。2006年、ニューヨークタイムズの有名なコラムニストのディビッド・ポーグが、「アップルが携帯電話を出すのはいつなのかとよく訊かれるが、いろいろな問題があっておそらく出せないだろう」と予想していました。今では、iPhoneだけでなくiPadやApple Watchなどいろいろ出ていますね。わずか12年前のことです。

 

テクノロジーは進歩が速いから予想が難しいのではと思うかもしれません。それだけでなく、政治学に関するものも取り上げてみます。フランシス・フクヤマという学者は、1989年、ちょうど冷戦が終わった歴史の変わり目に、「われわれが目撃しているのは単なる冷戦や戦後史の終わりではなく、歴史自体の終わりなのではないか」という話をしています。すなわち、人類のイデオロギーの発展において、西洋流の自由民主主義が政治体制の形として唯一のものになったのではないか、ということなのですが、今、どうでしょうか。中国の政治体制はそれとは違うものですし、民主主義の後退、ポピュリズム現象が各地で起きています。

 

予測が外れているからといってこの人たちをdisるつもりはまったくありません。たぶんここにいる誰よりも優秀で、それぞれの道の専門家でも、長期の予想では大間違いしているわけです。【次ページにつづく】

 

 

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