2020.04.06

日本の新型コロナウイルス対策――クラスター対策と行動変容

服部美咲 フリーライター

社会

新型コロナウイルスとその感染症(以下COVID-19)の流行拡大が、連日報じられています。2020年3月11日にはWHOがパンデミック(世界的大流行)宣言を出しました。世界各国で、新型コロナウイルスによる被害の拡大を防ぐために、対策を講じています。

日本でも、年明け以降の国内での新型コロナウイルスの感染拡大を受け、2月25日に厚生労働省のクラスター対策班が発足し、日夜懸命な努力を続けています。

新型コロナウイルス対策は、各国の政治情勢や医療体制などによって異なります。たとえば、最初にCOVID-19の発症が確認された中国では、政府主導による厳格な都市封鎖・外出制限を行い、人が集中する状況を制限しました。シンガポールでは、多くの病院にPCR検査ができるシステムが整備されていたこともあり、新型コロナウイルスの感染連鎖の状況をほぼ完全に可視化して対処しました。日本では、新型コロナウイルスの特徴に基づいた「クラスター対策」と、私たち自身の行動変容を併せることで、感染拡大を防ごうとしています。

新型コロナウイルスに関連した感染症対策に関する厚生労働省対策推進本部クラスター対策班の押谷仁・東北大学大学院教授が、「COVID-19への対策の概念」(https://www.jsph.jp/covid/files/gainen.pdf)を、2020年3月29日に発表しました。

日本のクラスター対策はどのような考えに基づいて行われているのでしょうか。さらに、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、クラスター対策と併せて、私たちの「行動変容」が必要となるのはなぜでしょうか。

SARS、新型インフルエンザでの対策が使えない

日本では、2000年代に入ってから、SARSや新型インフルエンザといった感染症拡大の対応策に迫られました。COVID-19は、これらのどちらとも異なる対応が必要となる感染症です。

SARSでは、ほとんどすべての感染者が重症化したため、症例を把握しやすく、感染連鎖を大本の広東省までたどり、断ち切り、封じ込めることができました。

(「COVID-19への対策の概念」厚生労働省より)

新型コロナウイルスの場合、多くの感染者が軽症か無症状なのが特徴です。感染したことに気づかずに、普通に生活している人が多いと考えられるため、すべての感染連鎖を見つけだすことはできません。もし、軽症の人や無症状の人を含めて、感染連鎖の全体像を把握しようとすれば、私たち全員が、症状の有無にかかわらず、PCR検査を受け、新型コロナウイルスに感染しているかどうかを調べなくてはなりません。しかし、検査のキャパシティや病院などでの密集を招く(後述します)などの理由から、全員を検査することはCOVID-19への対策として適切とはいえません。

新型インフルエンザでは、対策は感染の状況に応じて変更されていきました。

(1)海外発生期の対策:国内発生をできる限り遅らせる。国内発生に備えての体制整備

(2)国内発生早期の対策:流行のピークを遅らせて、一度に多くの感染者が出ることを防ぐための対策を実施。感染拡大に備えた体制整備

(3)国内感染期の対策:対策の主眼を早期の積極的な感染拡大防止から、治療薬などによる被害軽減に変更。必要なライフライン等の事業活動を継続

(4)小康期の対策:第二波に備えた第一波の評価。医療体制、社会経済活動の回復

(「COVID-19への対策の概念」厚生労働省より)

もし新型インフルエンザであれば、すでに(3)国内感染期で、「積極的拡大防止策から被害軽減に変更」すべき時期です。しかし、COVID-19の場合、治療薬や予防のためのワクチンなどの開発が待たれている最中でもあり、被害軽減という考え方は成り立ちません。感染拡大防止を諦めたとたんに、大規模な感染が始まってしまいます。

新型コロナウイルスの特徴に基づく「クラスター対策」

新型コロナウイルスの感染する力を知るために、「実効再生産数」という指標が使われています。実効再生産数とは、感染症の流行が進行中の集団のある時刻において、1人の感染者から平均で何人に感染するかを示した値です。これは、私たちの行動などで変化します。

実効再生産数が1(1人の人から平均で1人に感染する)のとき、流行は拡大しませんが、いつまでも感染症は消えていきません。実効再生産数が1よりも小さい(1人の人のほとんどから感染しない)とき、流行は拡大せず、感染症もやがて消えていきます。実効再生産数が1よりも大きい(1人の人から平均で1人よりも多く感染する)とき、感染症の流行は拡大します。

新型コロナウイルスの流行初期、発症した人と濃厚接触(感染予防策をせずに手で触れたり、一定時間、対面で互いに手を伸ばしたら届く距離にいたりすること)した人が誰も感染していない(実効再生産数がゼロ)のに流行が起きるという現象が、日本や世界各国で起こりました。

このことからも、新型コロナウイルスは、多くの人が周囲にほとんど感染させない一方で、一部に1人で多くの人に感染拡大するという特徴があると考えられています。

そこで、日本の専門家会議は、同じ感染源から5人以上が感染している現象を「クラスター(感染者の集団)」として把握し、クラスターからクラスターへの連鎖を食い止めるというクラスター対策を実施するために、クラスター対策班を発足しました。

1人からたくさんの人が感染しているクラスターさえ制御できれば、他の感染者からは、家庭内など限られたところを除いてほとんどの人が感染していない状態(実効再生産数が1よりも小さくなる)になるため、新型コロナウイルスは自然に消えていくと考えられます。

逆に、あるクラスターから、そこで感染した人を中心とした別のクラスターへというクラスター間連鎖や、50人以上の大規模なクラスター(「メガクラスター」)、メガクラスターからさらに多くのクラスターが生まれるといった状況が起これば、地域での大規模な流行が起こってしまいます。

(「COVID-19への対策の概念」厚生労働省より)

日本のコロナウイルス対策の目的は、地域経済への被害を最小限に食い止めながら、最大限の感染拡大抑制をはかることです。そのために、クラスター対策を継続し、私たち一人ひとりの行動変容を徹底して、医療供給体制の機能停止を防ぎ、重症化した人の命を救う必要があります。

クラスターの早期発見・早期対応

日本では、北海道で急激な感染拡大の兆候が見られました。それを受け、2020年2月28日に、全国で初めて緊急事態宣言が出されました。北海道の緊急事態宣言では、外出自粛や大規模イベントの開催自粛、学校の休校など、市民の行動変容が行われました。

北海道では、2020年3月現在、新規感染者の増加が一定程度抑えられている状況になっています。

感染拡大が始まった当初、北海道では、札幌市(都市部)で、若年層のクラスターの連鎖が起きていました。それまでのクラスター対策では、「クラスターが起きれば必ず重症者が出る」という前提でクラスタ―を発見しようとしていました。しかし、北海道の例から、若年層では、無症状や軽症のままクラスターが連鎖してしまうことが明らかになりました。たまたま軽症の人が検査を受けたり、高齢者に感染したり、まれに重症化する人が出たりしないかぎり、若年層のクラスターの発見はできません。

北海道の他の地域では、札幌市の若年層のクラスターで感染した人からの散発的な感染が見られました。一部北見市などでは、クラスターも発生しました。

もし、北海道で、クラスター対策と市民の行動変容が行われなかった場合、札幌市では若年層クラスターの連鎖が続き、重症化リスクの高い中高年のクラスター連鎖も発生していたと考えられています。また、札幌以外の高齢化が進んでいる地域では、中高年を中心に感染が拡がり、中高年のクラスター連鎖も起こった可能性があります。こうなった場合、多くの重症者と死亡者が発生する可能性が高かったと考えられています。

クラスター対策の限界を迎えないために

クラスター対策の実務を担うのは、各地域の自治体です。自治体の中でも、中心的な役割を果たすのが、各地域の保健所です。

保健所では、感染が確認された人の行動歴を確認して、家族や勤務先などにも聞き取りをします。感染経路を確認すると同時に、その感染者の濃厚接触者をリストアップします。保健所職員はその後、毎日濃厚接触者の健康観察を行い、症状が出ていないか確認します。もし症状が出た場合には、「帰国者・接触者外来」を受診するかどうかの判断をします。外来での診断内容に応じて、地方の衛生研究所でPCR検査を実施し、感染している人を把握します。

感染者の行動歴把握や濃厚接触者リストアップや健康観察などを確実に行うためには、丁寧な聞き取り調査が必要です。そのため、感染者や濃厚接触者が増えすぎて保健所のキャパシティを超えるようなことがあれば、すべてのクラスターを追跡することができなくなり、クラスター対策を断念せざるを得なくなります。

日本でも、大規模なPCR検査実施を求める声がありました。日本で、PCR検査を感染拡大防止対策の中心とした場合、どのような状況が起こるのでしょうか。

まず、感染しても症状が出ていない人を全員見つけだすことはできません。こうした、検査で検出されなかったような人から感染が拡大すると、さらにその先で、無症状の感染者がどんどん増えていきます。

PCR検査のキャパシティの限界に近づいたとき、不安を抱く人々が病院や検査センターに多く密集し、さらに一部の人が焦りやストレスで興奮して、受付で大声をあげるような状況になることが予想されます。その場にいた人々の多くが感染していなかったとしても、順番を待っていたごく一部の感染者から感染が拡大すれば、その場でクラスターが発生します。もし大勢の人で混雑した状況でクラスターが発生すれば、メガクラスターとなり、大規模な感染拡大が起こるリスクもあります。

(「COVID-19への対策の概念」厚生労働省 より)

「行動変容」とは

2020年4月上旬現在、都市部を中心に、クラスター感染が次々と報告され、感染者数が急増しています。この状況が続けば、医療供給体制が限界を超えて、機能停止になるおそれもあります。専門家が今もクラスター対策を継続していますが、それだけでは感染拡大を食い止めることはできません。

新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、具体的には、どのように「行動変容」をすればよいでしょうか。

まず、絶対に避けなければならないのは、「3つの密」です。

ほとんどの人が周囲にあまり感染させない一方で、一部、1人で多くの人に感染させる「クラスター」という現象が起きているのが、新型コロナウイルスの特徴です。まずは、クラスターを起こさないことが重要です。

これまでに、クラスターが起きた場所では、3つの条件が共通していました。

(「COVID-19への対策の概念」厚生労働省より)

(1)換気の悪い密閉空間

(2)人が密集している

(3)近距離での会話や発声が行われる

これを、「3つの密」と呼んでいます。

人混みや近距離での会話、特に大きな声を出すこと、歌うことを避けましょう。

さらに、「3つの密」がより濃厚な形で重なるのが、夜の街です。

スナックやナイトクラブ、キャバクラなど、店員と客が密接に接触するような飲食店に関連したクラスターは、かかわった人がそのことを隠すなどの社会的な理由があるために、見つかりにくいことがわかってきました。無症状の感染者が多い若年層のクラスターや、社会的理由から見つかりにくい夜の街の飲食店のクラスターの連鎖が、病院や高齢者施設での流行につながっている可能性があります。このことから、以下のことに気を付けましょう。

(1)バー、ナイトクラブなど、店員の接客がある飲食店業への出入りを控えましょう。

(2)カラオケ・ライブハウスへの出入りを控えましょう。

(3)ジム、卓球など、激しい呼吸をする室内運動をしているところでのクラスターも発生しています。

上記のような場所では、ウイルスの含まれた唾液による飛沫感染だけではなく、直接皮膚が触れたりドアノブや手すりなどを触れたりすることによる接触感染のリスクも上がります。

(「COVID-19への対策の概念」厚生労働省より)

「3つの密」のうち、ひとつでも「密」があれば、普段以上に手洗いや咳エチケットをはじめとした基本的な感染症対策を徹底しましょう。

また、東京などの都市部での外出の自粛要請の際に、地方へ移動することは避けましょう。北海道で起きたように、都市部で感染して症状のない人や軽症の人から、地方で感染者が少しでも出た場合、もともと都市部よりもキャパシティの少ない地域の医療体制が機能停止してしまいます。高齢化の進んでいる地域で感染が起き、高齢者施設などで感染者が出た場合、多くの方が重症化し、命を落とすことにもつながりかねません。

また、感染予防、感染拡大防止だけではなく、自分自身が実際にCOVID-19を発症したかもしれないと疑われるときの行動をあらかじめ調べておきましょう。どこに連絡して、どのような交通手段で病院に行けばいいのかを、家族などと話し合っておくことも大切です。

受診の目安と、相談先について

(「新型コロナウイルス感染症についての相談・受診の目安」厚生労働省)

新型コロナウイルスに関する帰国者・接触者相談センター(2020年4月1日時点版)

各都道府県が公表している、帰国者・接触者相談センターのページがまとまっています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/covid19-kikokusyasessyokusya.html

また、新型コロナウイルスに関する一般的な質問は、各都道府県の電話相談窓口に連絡しましょう。

自らの意志で主体的に行動を変容する

日本の新型コロナウイルス対策は、社会・経済活動への影響を最小限にしながら、感染拡大を最小限にしようとするものです。地域の医療提供機能を維持して、救えるはずの命を救うためには、爆発的な感染拡大を起こさないことが重要です。爆発的な感染拡大を避けるためには、個人の行動変容が絶対に必要です。検査や病院の受診そのものは、感染拡大を抑える手段にはなりません。

今、国や自治体などから、外出の自粛やイベント開催の自粛など、様々な自粛要請が出されています。こうした自粛要請によって、これまで通りのライフスタイルが維持できないことに、不満や抵抗感を抱く声もあります。しかし、これまで通りに外出やイベント開催などをしながら感染を予防する手立てがない以上、行動変容をする以外の方法はないのが、向き合うべき現実です。

今回の新たな感染症で亡くなる人を少なくするためにも、そして、市民が国や自治体からの強制力をもってライフスタイルの変容を迫られるような事態を避けるためにも、「国や自治体から自粛要請を受けたから」ではなく、「自分自身の意志で、自らの行動を変え、感染症に立ち向かうのだ」という主体的な行動変容が望まれます。

引用・参考リンク

・COVID-19への対策の概念

https://www.jsph.jp/covid/files/gainen.pdf

・新型コロナウイルス感染症クラスター対策班による感染拡大防止

https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000599837.pdf

・新型コロナウイルス感染症対策専門家会議

「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020 年4月1日)

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000617992.pdf

プロフィール

服部美咲フリーライター

慶應義塾大学卒。ライター。2018年からはsynodos「福島レポート」(http://fukushima-report.jp/)で、東京電力福島第一原子力発電所事故後の福島の状況についての取材・執筆活動を行う。2021年に著書『東京電力福島第一原発事故から10年の知見 復興する福島の科学と倫理』(丸善出版)を刊行。

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